8話 副会長、ご乱心
「えっ?」
それは、まごうことなき本心から出た言葉だった。
(もっ、目的って?)
必死に考えるものの、当然思いつく訳もない。
しかし、肩越しに振り返る下塚さんの視線は妙に痛い。怒っているような、怯えているような……そんな雰囲気を感じる。
「だから……何か目的があるんでしょ? だからわざわざ、これを届けに来たんでしょ!?」
その言葉と同時に体をこちらに向け、これと思われる物を目の前に突き出す下塚さん。その手には、まさにさっきまで自分が手にしていたブツがあった。
それが目に入った瞬間……といえば色々と御幣を招くかもしれないけど、本来の目的を思い出させてくれた。
(そうだ。さっさと返して、さっさと退散するんだった!)
それならば、目の前の少し情緒不安定な下塚さんを落ち着かせながら、素早く退散するのが得策だ。
「目的って、俺はただ渡しに来ただけだよ」
「うっ、嘘」
「嘘な訳……」
「そうやって安心させてから一気に落として、精神的に弱らせる作戦なんでしょ?」
「いや、作戦もなにもないって」
「そんなこと言いながら、女の子を毒牙にかけていくんでしょ? いっ、井上君の噂は知ってる。本当に噂通りなのね!? 生徒会副会長がこんな物を持ってるって分かったから、私を…………くっ!」
「だから……」
「こっ、ここであられもない姿にさせて、その姿を動画で撮影して、更にそれを使って脅迫するんでしょ!? そして私を何度も何度も調教して肉奴隷にして、最後はあの人の前で……あぁぁっ」
そう言いながら、体を震わせる下塚さん。まるで、エロ漫画のシチューションのような状態に、逆に冷静になっている自分が居た。
それに、何だかんだ俺にも対等に接してくれていたと思っていた下塚さんも、本心では噂通りのチャラ男だと思っていたことに若干の悲しみを感じる。
(なんだ、下塚さんも俺のことを……いや、それはとりあえずおいといて、やっぱりここは一旦落ち着いてもらうべきだよな)
とりあえず痛みに我慢しながら、冷静に返事をすることにした。
「いやだから、違うって」
「わっ、私は絶対あなたに屈しないんだから。何をされたって!」
「あの……下塚さん?」
「分かった」
(分かった? おぉ、ようやく話を聞いてく……)
「何を言っても見逃してくれないんでしょ。じゃあお望み通り、好きにしなさいよっ!」
「ん?」
そう言いながら、なぜかブラウスのボタンに手を掛ける下塚さん。突然の行動は、もはや理解の範疇を超えていた。
それはまるで、学校のチャラ男に見られてはいけない物を見られて、口止めの代わりに体を差し出すという……まさしくNTR作品の導入部分と似ていた。
とんでもない暴走も、ここまでくると頭が痛くなる。
「でっ、でも初めてなの。だからせめて最初は優しく……お願い……」
(あぁ、なんでこうなるんだよ!)
「ちょい、まてぇ!」
「えっ?」
流石の俺も、もはや限界だった。
「あの、ちょっと良い?」
「なっ、なによ」
「下塚さんはあれかい? このコンドームを餌にして、俺がそういうことを強要しようとしてると?」
「じっ、実際そうでしょ? 企みがなかったら、わざわざ拾って私の所に持ってこない。脅迫にはもってこいだもん」
「じゃあ聞くけど。そもそもの話、仮にそのコンドームが下塚さんの物だったとして、俺が渡した時に違うって一言言えば良かったんじゃない?」
「だって、落としたのを見たって……」
「それって俺視点の話でしょ? 大体旧校舎には2人しか居ないんだし、下塚さんが違うって言えば、そのコンドームの所有者が誰かなんて分からなくなる。つまり、下塚さんがコンドームを落としたという事実を証明することは出来ない」
(漫画とかでも良くあるんだよね。そもそも落としたよね? って言われて、認める時点でおかしい訳。動揺もしてるだろうけど、多少言葉に詰まっても違いますけど? って言えば、その一言で大抵の人は反論できなくなる。都合よく落とした瞬間を動画撮ってたりしない限りはね?)
「なっ……」
「にも関わらず、なぜか変に解釈されているみたいで、すごく残念に思うよ」
「へっ、変って……ひどい! こういう風になるって分かってて、私を誘導したんだ!」
「全く違うね。ちなみに生徒会副会長だろうが何だろうが、別にコンドームを持っていても良いんじゃない?」
「はっ、はぁ? 生徒の見本になる生徒会役員が持ってたら……ダメに決まってるじゃない!」
(それも、あるあるなんだよなぁ。創作物に異論をぶつけるは忍びないけど、ここって現実なもので)
「それもまた下塚さんの勝手なイメージでしょ? 生徒会だろうが何だろうが、そもそも人。三大欲求があるわけで、多感な思春期の高校生がコンドームを持っていることは普通じゃ? むしろ、きちんとした性に対する考えを持っているという証明になると思うけど?」
「いやそれは……」
「そもそも、それを先生方に言われたとして大っぴらにする人は居ないと思うよ? だって別に問題視することじゃないし。停学はもちろん、退学なんてありえないでしょ。あったとしても、持ってきちゃダメと言う名目で注意されるくらいな気がする」
「でっ、でも……」
「つまり、下塚さんが今危惧していることは、全部下塚さんの勘違いと、先走った行動のせいで起こったってこと。そもそも、俺はそんなことする気は毛頭ないけどね」
「えっ、私の……」
大体のことを言い終わると、下塚さんは顔を俯かせてシュンとしているようだった。少し言い過ぎたかと思ったが、自分にそういう意思がないことを伝えるには、これくらい言うしかなかった。
それに、流れるように外したブラウスのボタンを早く直して欲しい。
「言い過ぎたけど、ちょっとは落ち着いた?」
「えっと……その……ごめんなさ~い!」
(えぇっ!?)
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先ほどの騒がしさから一転、いつもの静けさが戻っている教室の中。
俺と下塚さんは椅子に座って、向かい合っていた。
状況が状況だけに、とりあえず話を聞こうと椅子を拝借し……結果的に下塚さんはあれやこれやを話してくれた。
「つまり、ここには自身の妄想癖を発散しに来ていたと」
「はい……」
(なるほどね)
下塚さんがここに来たのには、明確な理由があった。それは彼氏と会う為ではなく……妄想をする為。
なんでも、きっかけは小さいころに見た漫画だそうだ。主人公が告白される場面に感動し、もし自分が主人公の立場だったら……と考えるようになり、自分が主人公になる妄想をすることで何とも言えない喜びと何とも言えない気持ち良さを感じたらしい。
しかしながら、その欲求は年を重ねる毎に大きくなり……いつしかその内容もアッチ寄りに。単純にそういう系の方が妄想した時に、何とは言わないが感じるものが大きいらしい。
それに付随してシチュエーションにもこだわる様になり、更なる刺激を求めて目を付けたのが旧校舎のこの教室だった。
現在では多種多様なジャンルの場面に入り込んで妄想をしているらしく、生徒会長との秘密の関係やら、教師と生徒の密会などの妄想を楽しんでいるそうだ。
ちなみに今日は、彼氏とそろそろ初体験をするという頃合いに、隠れて用意していたコンドームを落としてしまい、それを見つけた不良に強引に迫られるという……まさにエロ漫画の1コマを妄想して楽しもうとしていたらしい。
その為に用意したコンドームをまさか本当に落としているとは思わず、俺の登場に妄想スイッチがオン。
色々と入り込んでしまったそうだ。
「別にそこまで赤裸々に話してくれなくても」
「いやいや、あんな姿見られた時点でアウトでしょ。もう全部話した方がマシ」
(それにしても、下塚さんにこんな趣味? 癖? があるとは思わなかった。……いや、まてまて人を見かけで判断しちゃいけないのは、俺自身が1番良く分かってるはずだろ)
自分の秘密がバレて、あからさまに落ち込んでいる下塚さんに掛けることが出来る言葉を必死に探す。
ただ結局、本音を言うのが1番だと思った。
「まっ、別に俺は下塚さんが妄想癖だろうが、なんとも思わないけどね」
「嘘。幻滅したでしょ? 学級委員長だよ? 生徒会副会長だよ?」
「全然。人って色んな性癖やらフェチやら秘密やら持ってるもんでしょ? だから、俺の中の下塚さんはただの女の子で、成り行きで学級委員長と生徒会副会長やってる人って感じだから」
「井上君…………ふっ、ふふ」
それはやっと見れた、下塚さんの笑顔だった。
「なんか井上君って、噂と全然違うね?」
「噂って……やっぱ下塚さんの耳にも入ってるのね」
「まぁ……天性のチャラ男! とかって噂はね? でも、私の知る限り井上君って見た目はそうだけど、行動とか仕草とか違うなって思ってた」
「さっき、本当に噂通りなのね!? って言われたけど」
「傷口抉るの止めてもらえる?」
「ごめんごめん」
(まぁ少なくとも、下塚さんは噂は知ってたけど実際はそうでもないって思ってくれたってことだよな? もしかしたら、そういう考えの人が他にもいるかもしれない。だったら、なおさら同好会の発足を早めたいところだ)
「それで? 井上君」
「ん?」
「なにか望みはないの?」
「秘密を口外しない為の条件ってやつ? そういうのは興味ないって言っただろ?」
「いや、なにも要らないって言われると逆に不安なんだよね。なんかそういうのに縛られてる方が、井上君も約束を守るって安心できるんだよ」
「そういうもんなのか?」
「そういうものだよ?」
まさかの下塚さんのお願いに、正直戸惑いは隠せない。
とは言え当人が望んでいるなら、何かしらの条件を提示するべきなんだろう。俺は少しばかり考え……1つの条件を思いつく。
自分にもプラスであり、下塚さんとっても重荷にはならないだろう条件を。
「あっ、じゃあさ? 1つ聞きたいんだけど?」
「なに?」
「生徒会って、部活とか同好会の兼任って可能?」
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




