7話 理解するチャラ男
四角い物体が2つ。
片面は黒く、もう片面は白い。
その黒い面には0.01の数字が描かれ、うっすらと円状の形が浮き出ている。
そんな一般的にコンドームと呼ばれる代物を、俺はなぜか手に持っていた。
おそらく見間違いではない。この短時間で5回は見直したものの、それ以外に当てはまらない。
もちろん、この旧校舎に落ちていることは有り得ない。そしてもっと有り得ないのは、その落とし主があの生徒会副会長兼学級委員長の下塚さんであることだ。
(えっと、落ち着け。落ち着いて状況を整理しよう。この際、固定概念や既成概念に囚われてはいけない。目の前で起きたことと、物証をもとに冷静に)
「ふぅ」
俺は一息つくと、今一度現状を整理する。
まず、時間帯は日も暮れかけている放課後。そしてここは一般的に誰も来る用事がないであろう旧校舎
だ。
そこに現れたのは、間違いなく生徒会副会長の下塚さん。あの足音的に、少し駆け足気味で3階に上がって来たのだろう。
さらに手には化粧ポーチのようなものを持っていて、おそらくそこから物が落ちた。
そう、2つのコンドーム。
下塚さんはそれに気が付かず、ここから2つめの教室に入っていった。
それらを全部集約して、どういう状況なのかを予測しよう。
その結果をもとに、自分がとるべき行動の参考にすれば大丈夫なはずだ。
(そもそも、ここに用事がなければ来るはずはないよな? じゃあその用事とは?)
その点で大事なのは、落としたであろうこのブツだ。
確実に関係しているとは言えないが、チャックが開いていなければ落ちることもなかったはず。
チャックが開いていたということは、ここで使う為の準備の為に開けていたのではないか。
(……はっ!)
その瞬間、1つの仮定が思いつく。
それは状況諸々と自分の思考を照らし合わせた結果、1番可能性が高いものだ。
(もしかして下塚さん。彼氏さんと旧校舎で密かにそういうことをしようと思ってたんじゃ?)
家庭の事情で休日にデートが叶わない為、両者が会えるのは学校内。それでも副会長という立場上、大っぴらにその関係を知られたくない、もしくはそれを考慮した彼氏さんの配慮で内密に関係を続けている。
そんな2人が唯一会える場所として見つけたのが、ここ旧校舎3階の教室。それも放課後で、生徒会の仕事を早く終わらせた夕方近くの時間帯。
さらに、こういった行為が出来る時間も場所もない為、全てをここでしている。
つまり愛の巣なのではないか。
となれば、このブツは非常に重要では? 時間も限られている中でようやく2人きりの時間が訪れ、そういった行為をしようとしたのに肝心のブツがない。テンション駄々下がりも否めない。だとすれば、俺としてはどうするべきなのか……答えは1つだった。
(よし。下塚さんに返そう。多くを語らず、落としたのを見たからと言って渡して、すぐに撤退しよう)
急に俺が現れたという状況に、下塚さんも最初は唖然とするだろう。
それを利用して、あくまで落としたのを見つけた。だから届けに来た。その2点を強調して去れば、下塚さんは落とし物が返って来た。俺は落とし物を返せた。まさにwinwin。
(となれば、善は急げだ)
俺は足早に、下塚さんの入って行った教室へと歩き出す。
ここまで下塚さん以外に教室へ向かった人影はないことから、まだ彼氏さんは来ていないだろう。いや、もしかすると既に教室で待っていた可能性もある。
それを危惧した俺は、例の教室近くまで足を運ぶと今一度教室の中を覗き込む。1階の教室と一緒で机と椅子が置かれているものの、その数は少ない様に見える。後ろの入り口からは入ることは出来ないものの、いわゆる前方、黒板がある方は広々とした空間になっていた。
そしてそこに居た人影は1人。閉められたカーテンの方に体を向けている下塚さんのみ。
その光景に間に合ったと安堵していると、下塚さんはモゾモゾと動き出す。どうやら、ピンクの化粧ポーチらしき物の中を見ているようだ。
「あれ……あれ?」
聞こえてきた焦るような声は、このブツを落としたことに気が付いたのだろう。となれば、不安を解消する為にも早めに渡してあげた方がいい。
俺はゆっくりと歩き出し、前に位置する入り口から……教室へと足を踏み入れる。
そしてなるべく驚かせないように、静かに声を掛けた。
「あの、下塚さん?」
「はっ! えっ!?」
かなり声量を落としたつもりだったが、やはりこういう場所でいきなり声を掛けられるのはビックリするだろう。
そんな声を出しながら、一気に下塚さんがこちらを振り返る。その面持ちは、警戒心と言うよりは驚きが勝っている気がした。
それはある意味予定通り。あとはこのブツを渡して帰るだけだった。
固まっている下塚さんを刺激しないように、なるべく優しい声を意識しながら近付く。
「えっと、ちょっと用事あって旧校舎来たんだけどさ? 下塚さんの姿見かけたもんで」
「そそっ、そう……」
「いや、そしたらさ? 下塚さんがなんか落としたの見えて、渡しに来たんだよ」
「おおっ、落とし……」
(よし。あとは持っているブツを渡してオサラバだ。2人の時間を楽しんでおくれ)
「はい。これなん……」
それは一瞬の出来事だった。
下塚さんに向けて、例のブツを優しく握っていた手を差し出す。そしてゆっくりと開いた瞬間……瞬く間にブツが綺麗になくなっていた。
(はっ?)
視線の先には、もはや肌色の手のひらしか見えてない。
そんなよく分からない状況に、思わず下塚さんの方を見ると……なぜか背中を見せていた。
その様子に、例のブツは下塚さんが持っていると確信する。
別にその取り方にどうこう言うつもりはないけど、想像以上の速度に驚きは隠せなかった。
(一瞬だった。手の動きが一切見えなかったんだけど? まっ、まぁ下塚さんに返せたから良いか)
なにはともあれ、結果として下塚さんに返すことには成功した俺は、あとはこの場を去るのみと教室を出る準備をする。
いまだに後ろを向いている下塚さんに、何か言うべきか迷ったものの、そもそもここで彼氏さんと遭遇でもすれば、それはそれで修羅場になりかねないと判断し、退散しようとした時だった。
「なっ、何が……」
聞こえてきたのは、下塚さんの声。
(ん?)
それも……
「何が目的なのっ!?」
とんでもなく意味の分からない言葉だった。
(……はい?)
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




