42話 週の初めの話題はチャラ男
「なぁ井上! お前彼女出来たのか?」
なんとも憂鬱な月曜日。
ホームルームが終わった頃に、いきなり田辺が意味不明なことを言い出した。
何を勘違いしているのかは分からないが、その大声で言われるとクラスの面々に要らぬ誤解を招きかねない。早々に否定するに越したことはなかった。
「はぁ? なんでだよ。てか誰情報?」
「いや、野球部の1年の奴から聞いたんだけどさ?」
「あっ、俺もそんな噂聞いたぞ? 1年から」
そんな田辺の声に、なぜか前の席に座る田中も加わった。
1人だけなら勘違いで済むものだが、2人となると話が変わる。少なくとも野球部と卓球部の間にはそういう話が広まっているのだろう。それに共通する1年という言葉に週末の自分の行動を思い出す。
(ん? 確かに土曜日、桃さんにご飯は奢ってもらったな? けど、結構な人込みだったぞ?)
真っ先に思い出したのは土曜日の事だ。
最初こそナンパ云々の出来事はあったが、その後は至って普通に桃さんのおすすめのお店でご飯をいただいた。とはいえ、全額はマズイと思い割り勘を提案したのだが、桃さんは断固拒否。
結局有り難くご馳走になった訳だ。
だが、それでさよならは余りにも酷だと思い、折角なら話の中で出ていた桃さんの好きなファッションブランドのお店に行かないかと提案してみた。
お目にかかった洋服を買えたようで、満足そうな桃さんに安心したのを覚えている。
あとは帰りにクレープを買ってあげたくらいだろうか。ご飯に比べれば大した金額でもなく、桃さんからは最初遠慮されたものの、流石にそこは押し通してもらった。
というのが土曜日の顛末なのだが、その光景を誰かが見たという事だろうか。
そうなると真っ先に天女目さんが思い当たる。
思わずいつものメンバー達と話をしている天女目さんの方へ視線を向けた。
(でも、あの時は状況を説明したし、何ならナンパ男から助けてもらったからな。朝一でお礼もちゃんと言ったし……)
そもそも、天女目さんが発信源となると、最初はいつものメンバー達の耳に入るだろう。そうなれば、まずクラスに広まるはずだと考えると可能性は低い。
結果的に1年の誰かが見ていたということになるのだろう。
しかしながら、彼女と言う表現は色々と御幣がある。ましてやその相手が岩田先輩の妹だと知られたら、大惨事は免れない。
「1年? そもそも諸々のお礼を兼ねてご飯はご馳走になったけど、全然そんな関係じゃないんだが?」
「そうなのか? なんか意気揚々と彼女宣言したとかしないとか聞いたんだが……」
「俺もそう聞いたぞ?」
2人の話を聞く限り、その1年が発信源で間違いなさそうだ。そうと決まればとにかく誤解を解かなければ。
(とりあえず、あとでクルミ辺りに噂の発信源を聞くか。その前に田辺と田中にもちゃんと説明しないと)
「ハッキリ言って間違いも甚だしいよ。俺は独り身だし、さっき言った通りお礼も兼ねて食事をご馳走になったに過ぎない。もちろん、その人ともそんな関係じゃない」
「そうなのか。まぁ井上が俺達に嘘を言う理由もないしな?」
「だったらなんで1年の間でそんな話広まってんだ」
とりあえず、2人の誤解は解けた様で、少し安心した……その時だった。
「お~い! 井上?」
柔道部の小関が何ともバツの悪そうな様子で俺を呼びに来た。
正直小関が柔道部だということと、その何とも言えない表情を目の当たりにして、どことなく嫌な予感しかしなかった。
「ん? どうした?」
「いや……実は岩田先輩が話あるって、廊下に来てるんだよ……」
その言葉に廊下へと視線を向けると、そこには一際大きな人影が見える。嫌な予感は良く当たるとはまさにこのことだろう。
「おいおい、大丈夫か?」
「また岩田先輩の呼び出しか?」
「すまん井上。色々あったことは知ってるんだが、先輩には逆らえないもんで……」
各々の心配そうな声が、これから起こるだろう修羅場を連想させる。
(はぁ……こりゃまた話が伝わるの早すぎやしませんかね? とはいえ、廊下で待たせたらますます事態は悪化しそうだ)
「まぁ、事実を淡々と話すだけだよ」
なんて恰好を付けて席を立ったが、面倒くささと恐怖を感じつつも、俺はゆっくりと死地へと向かって歩みを進めた。
その最中ドアの窓部分から見える先輩の表情は何とも言えない無表情。妹のことになるととんでもない顔をしていた人物だけに、逆にその無表情が恐ろしくも感じてしまう。
(いやぁ……とりあえず穏便にお願いしますね?)
廊下へと一歩出ると、俺は先輩へと声を掛けた。
「おはようございます岩田先輩。それで話とは……?」
「井上……井上……」
(あぁ、これ怒り爆発する奴じゃね? ならば先手を打って、事情を……)
「妹のこと、何とかよろしく頼む!」
「はい?」
そんな言葉と共に、深々と頭を下げる岩田先輩。その行動は予想外の何物でもない。自分自身も驚きは隠せなかったが、それ以上に気になったのは周囲の状況だ。柔道部の部長が2年にいきなり頭を下げたとなれば騒ぎにならない訳がない。
ただでさえ俺と岩田先輩のイザコザについては、2年生の間では周知のこととあって、何ともマズいとしか言いようがない。
となれば、一旦この場から離れることが先決だと思い、
「ちょっ、先輩! 止めてください! てか、こっち来てください」
「おっ、おう……」
俺はなんとも元気のない先輩を誘導しながら、階段への踊り場へと足早に逃げ込んだ。
(ふぅ。とりあえず人目は遮ったかな? ちゃんと説明しないと)
「頼む。桃のことを大事にしてやってくれ」
完全に俺が桃さんと付き合っていると思い込んでいる岩田先輩。今までの行動からは考えられないほどの低姿勢は、妹を思う兄そのものの行動なのだろう。
それが桃さんにとってどうなのかは不明だが、先輩にこんな姿は似合わない。俺は先輩へ土曜日のことをの詳細に説明した。
「あのですね? ハッキリ言いますと、俺と桃さんはそんな関係じゃないですよ? 先輩の反応的に、土曜日桃さんが諸々のお礼を兼ねて俺とご飯食べに行ったことは分かってますよね?」
「それはそうなんだが、1年の加藤がな……」
(1年の加藤? たしか野球部に加藤って奴が居たよな。となれば田辺が1年から話を聞いたってのも繋がる)
「野球部のですか?」
「あぁ。最初は朝練の時に柔道部の1年達が話してるのが耳に入ったんだ。2年の金髪チャラ男が土曜日に彼女と居たってな? 俺は桃がお前と出かけるって分かってたから、まさかと思って詳しく聞いたんだよ。そしたらどうやら同じクラスの加藤って奴が言ってたらしくて……直接話を聞きに言った訳だ」
「それで? その加藤って奴はなんて?」
「その前に聞きたいことがある。土曜日に桃ってナンパされてたりしたか?」
「はい。駅の近くの自販機前でナンパされてましたね。あっ! もちろん助けましたよ?」
「なるほどな。辻褄が合う」
「辻褄?」
「いや、そのナンパしていた男の1人が、その加藤の兄貴だったらしい。相当悔しかったんだろうな? 弟に文句言いまくってたそうだ」
(うわ……2人の内どっちだ? しかも弟に八つ当たりすんなよ)
「そうなんですか? けど、それとさっきの話がどう繋がるのか……」
「それが兄貴の方、お前のこと知ってたらしいぞ? ったく、どんだけお前は有名人なんだよ」
「有名人って……なんとなく予想は出来ますけど、絶対悪い方面での話しですよね?」
「そうだろうな。まぁ、ぶっちゃけその辺の話はどうでも良いんだ」
(どうでも良いって……)
「そんな話を聞いて、加藤としては良いネタだと思ったんだろう。話しを聞いた翌日に野球部連中に、そんで行き合った1年連中へと話しまくったらしい」
「運動部は日曜も基本的には練習ですからね」
「あぁ。それでその加藤の兄貴が言うには、お前が颯爽と現れて桃のことを彼女ですと言い放ち、手を引いて行ってしまったとの話だ。まぁ俺としては桃がそこまで気を許すぐらいなら、文句の付けようもないし、任せようと決心してお前の元に来た訳なんだが……」
岩田先輩の言葉に、なんとなく話の流れが掴めてきた気がする。
要はあのナンパ男が加藤の兄貴で、俺のことを知っていた。ナンパから逃げる為についた彼女と言う嘘を真に受けて、うっぷんを晴らすかのように弟の加藤に八つ当たり。
加藤としては良いネタが入ったと野球部へ話を広める。そのまま各部活の1年、そして2年3年に伝わりつつあるということだ。
(追いかけるだけじゃなく、さらにややこしくしてくれてるじゃないかあのナンパ男。とは言え、誤解は誤解だ。岩田先輩にちゃんと説明しよう)
「なるほど。先輩? 確かに彼女とは言いましたけど、嘘に決まってるじゃないですか。ナンパから逃げる為には仕方なかったんです。ただ、そうだとしても手を繋いで逃げたことには反省してます」
「なっ、それ本当なのか?」
「本当ですよ。桃さんに聞いてください」
「あっ、おっ、おう……」
その反応的に、話は理解してくれたようだった。
とは言え今まで妹のことになると、理性を失った野生児の様な姿をしていただけに、この理解の速さには若干の違和感を覚える。
ただ、誤解が解けたのであればそれだけで十分だ。
「なぁ井上……」
「はい?」
「その……なんだ……今まですまなかった」
そう言いながら、またもや頭を下げる岩田先輩。流石に誰も見ていないとはいえ、その行動はやはり見慣れないこともあってか、逆にこちらが焦ってしまう。
「いや、だからなんで先輩が謝るんですか!」
「今回の件で分かった。お前が本当に桃をナンパから助けてくれたんだってな。前のナンパの時も、電車の席譲った時も、純粋な善意だったと思うと……己がしでかしたお前に対する行動が恥ずかしくてかなわん。だからちゃんと言わせてくれ、すまない井上! ありがとう井上!」
「いやいや、大袈裟ですって!」
「いいや。この恩は一生忘れないからな? 何か困ったことがあったら、遠慮なく言ってくれ!」
「えっ、いや……」
「おっと! もうすぐ授業が始まる。じゃあな? 義弟よ~!」
「ちょっ、先輩~?」
言うだけ言うと、颯爽と階段を下りていく先輩。どこか嬉しそうにも見える姿に、俺は何とも言えない気持ちに見舞われていた。
(なんか嵐の様な感じだったな。でも、誤解が解けたらな良かったのか?)
「……教室戻ろっと」
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




