40話 岩田兄妹とチャラ男
まるで般若の様な顔をしながら、俺の前で仁王立ちしている太眉シスコン野郎もとい岩田先輩。
その姿は過去に呼び出された時とはまた違った威圧感を放っている。
まさに蛇に睨まれた蛙状態と言うべきだろうか。なんともナイスタイミングでの登場に、己の運の悪さにはほどほど呆れるばかりだ。
「よぉ~? 色々言いたいことはあるんだが」
とはいえ、今はそれどころではない。どうにかしてこの状況を切り抜けなければ。
「おっ、お兄ちゃん!」
「井上~? 妹に関わるなって言ったよな。確かに言ったよな? にも関わらず、なんで話してんだ?」
「ちょっ、井上さんは関係ないでしょ?」
「桃、お前は黙ってろ。大体なんでお前が京南に居るんだ。まさかこいつか? こいつに会いに来たのか!」
(うお……なんて顔してんだよ。シスコンを妹絡みで怒らせたらこうも恐ろしいものなのか。とりあえずここは誤解を解いて……)
「そうだよ? 井上さんに会いに来たんだよ」
「はぁ!? ふざけんなよ井上!」
(って、火に油注がないでもらえます!?)
「いや、俺は何も……」
「私が勝手に来ただけなの!」
「いいや違うな。お前こいつにそそのかされてんだろ? 井上ぇ~!」
もはや制御の利かない野生動物の様な姿に、変貌を遂げた太眉シスコン野郎。もはやその光景は俺を殴ろうと言わんばかりの躍動感。しかしながら、その間に割って入ってくれている桃さんのおかげで、一命を取り留めている状態だ。
ただ、そもそも君がここへ来なければこのような事態にならなかったのではと思ったものの、この状況でそんなことを口にすれば命の保証はないだろう。そう思い、俺はとりあえず兄妹喧嘩の行く末を見守ることにした。
「お前。そこどけろ! こいつはな? チャラ男なんだよ! こうなったら1発……」
「なんでそうなるの! 井上さんには助けてもらったんだよ?」
「だからそれも全部こいつが仕組んだんだ!」
「意味分かんないよ! ちょっと落ち着いて!」
「うるさい! お前の為に……」
(まじで激しい喧嘩だな。にしても、この状態の岩田先輩に立ち向かえるなんで、兄だからって言っても桃さん度胸あるな……んっ?)
「お前の……為……?」
目の前で繰り広げられる兄妹喧嘩をただただ見守っていた時だった。桃さんの雰囲気が少し変わった様に感じた。俺からはその背中しか見えない。しかしながら、どことなく周りを漂う空気がピリッとしたように思える。
「あぁ! お前の為だ!」
そしてその予感は……的中する。
「はぁ? 話聞いてた?」
「なっ!」
(えっ? あの……桃さん?)
「誰がお兄ちゃんにそんなこと頼んだ訳? そもそも自分の意志でここに来たって言ったよね? 井上さんは関係ないの」
「いやっ、だからそれは……」
「大体、席譲ってくれたのも事実。ナンパから助けてくれたのも事実! あのナンパしてきた人が仲間なら、その後連絡先でも聞くよね? 井上さんはあいつら見えなくなったらすぐ手を離してくれて、心配してくれて、すぐに颯爽と行っちゃったんだよ?」
「手……だと? 井上お前! 桃と手をっ!」
「そこは今関係ないでしょ!」
「えっ、あの……だけど……」
先ほどまでのお兄さんを嗜める光景はどこへやら、太眉シスコン野郎をどんどん責め立てる桃さん。キッカケとなったであろうワードを思い出すに辺り、過去にも色々とありがた迷惑を被っていたのだろうか。しかしながら、その雰囲気の変わり様は岩田先輩のそれよりも恐ろしく感じる。
「そもそもお兄ちゃん? 井上さんのこと知らないって言ってなかった? でも今の感じ知ってるじゃん。てか、もしかして井上さんに酷いこと言ってたんじゃないよね!?」
「そっ、そんなことないというか……」
(おい、チラチラこっち見るんじゃないよ岩田先輩)
「お兄ちゃんが知らないって言うから、茉莉と薫にお願いした。そもそも最初からちゃんと対面でお礼が言いたかったの! それなのにお兄ちゃん……最低っ!」
「さっ、最低!?」
「早く部活戻って!」
「けっ、けど……」
「聞こえなかったの?」
「えっ、あっ……」
「戻りなよ?」
「はい……」
もはや俺の知る岩田先輩は見る影もなく縮こまり、弱弱しい声と共に俺の横を通り過ぎて行く。
その変わり様には驚きと、若干の痛々しさを感じる。
とはいえ、桃さんの言っていることは至極真っ当。あそこまで落ち込むとなると、初めて妹にこれだけ強く言われたんだろうか。
「あっ、あの! お見苦しい所お見せしてすいません」
なんて考えていると、桃さんがいつの間にかこちらを振り返り申し訳なさそうな表情を見せていた。
兄に見せていた雰囲気とはまた違い、ある意味当初の様子に戻ったような状態に少しばかり戸惑いを感じるものの、深々とお辞儀をし真っすぐこちらを見る姿に黙っているのは申し訳ない。
「全然だよ」
「すいません。本当は良い兄なんですけど、ちょっと過保護気味と言うか……」
「ははっ……」
「あっ! お話が逸れましたよね。あの、本当にありがとうございました」
「いやいや、大袈裟だって。それにお礼の気持ちは十分伝わったからさ?」
「ですけど、今の様子を見ると、兄が大変迷惑を掛けていたんですよね?」
「そんなことないって!」
「いいえ。あの様子を見ればわかります。私も関係してることですし、言葉だけじゃ……」
真剣な眼差しで、何かを考えている様子の桃さん。正直俺としてはここいらでおさらばして、岩田兄妹とは距離を置きたいというのが本音だった。
(えっと、何か理由を付けて……そうだ、部活中だと言って戻ろう)
「あの……」
「そうだ! あの井上さん、是非今度ご飯をご馳走させてください!」
(えっ?)
「いやいや、それは悪いって!」
「そうでもしないと私が納得しません。あの、連絡先は薫から聞いてまして……って、やだ! もうこんな時間だ!」
そう言いながらスマホを手に取った桃さん。ただ、この後予定でもあったのか画面を見た途端に少し焦った様子を見せる。
「あの! また連絡しますので、今日はこれで失礼します。あの、本当にありがとうございました!」
「えっ、あのちょっと……」
こうして急ぐように、走って行ってしまった桃さん。その背中を、ただ茫然と俺は見ているだけだった。
あの雰囲気から察するに、笹竹さんや菖蒲の友達ということもあって悪い子ではなさそうだった。それに自分に対しても、見た目に捉われずに行動で判断してくれているのはありがたい。
(行っちまった。それにしても、あの太眉シスコン野郎をあんな状態にするとは……それにご飯? いや、言葉の綾だろうし気にすることもないか。岩田桃か…まっ、これで岩田先輩問題が解決すればいいんだけどな……)
姿が見えなくなったのを確認すると、俺はゆっくりと校舎へと戻って行った。
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