4話 起死回生の一手
本日最後の投稿です<(_ _)>(4/4話)
俺、井上四季は焦っていた。
色々なことが起きた新学期初日。今までの経験上、それらの出来事は日が経つにつれて薄れていく。
1週間もすれば誰もが忘れる。そう思っていたにも関わらず、現実は非常だった。
岩田先輩の件から、俺のチャラ男としての噂はいまだにホットな話題として注目されている。
1年生からは怯えるような視線。3年生からは案の定という視線と、一部からは獲物を狙うかのような視線を浴びていた。
3年生については、もちろん岩田先輩が元凶だろう。1年生に関しては……正直思い当たる節はある。あの電車で俺が席を譲ろうとしていた現場を見ていた3人。確証はないけど、可能性はゼロじゃない。
そんな中、なぜかは分からないが同学年男子からの感嘆の声が多いのが救いだろうか。女子からの眼差しはあれだけど……全く身に覚えのないことで色々言われるのは複雑な気持ちだ。
(どうするべきか)
そんな状況を肌で感じながら、俺の頭の中はそれで一杯だった。
通学中も。
授業中も。
家でご飯を食べている時も。
お風呂に入っている時も。
布団に入っている時も。
(どうするべきなのか……一体どうするべきか……)
「ちょっと四季? 早く食べな?」
「はっ!」
意識がハッキリとすると、目の前には朝食とやれやれといった表情の女性が1人。
「まったく、ここ数日ずっとそんな感じだよ?」
名前は井上彩華。俺の姉であり、年のことを言うと烈火の如く怒る社会人だ。その外見は、贔屓なしで見ても中の上ぐらいのレベルだろうか。どちらかというと、キリっとしている印象だ。
前職はどこぞの会社の受付嬢で、今は芸能プロダクションで社長秘書をしているらしい。良くもまぁそんな良い仕事が見つかったもんだ。本人曰く日頃の行いだそうで、後は良縁に恵まれるだけ! が口癖。
ちなみになぜか俺は名前で呼んでいる。小さいころからの癖で、今更姉さんなんて言いづらい。
それと、もう1人の姉は大学生で、現在は絶賛部屋で熟睡中だ。
「ごめんごめん」
「せっかく母さんが朝ご飯用意してくれてるんだから、ちゃんと食べな?」
食卓に並ぶ料理を見ながら、それはそうだとおかずを小皿に盛り付ける。一口食べると、やはり美味い。
うちの両親は、どちらも働いている。そして朝の出勤が異常に速い。同じ会社の別部署に勤めているのだが、社会人の彩華はもちろん、学生の俺よりも出社が早いなんてブラック企業かと思った。
まぁ本人達が言うには、早く出勤したらその分早く退社できるらしいので問題ないらしい。俺だったら、朝はゆっくりして夜に帰宅を選んでしまいそうだ。
「それで? なんか悩み?」
(流石に顔に出ちゃってたか。彩華もさっき言ってたもんな)
「実は、高校で結構噂になっちゃって」
「……そっか。中学の時みたいな感じ?」
「その始まりに似てる気がする」
彩華が話す中学時代とは、まさにこの髪色が原因で起きた出来事を言っているんだろう。
生まれてずっとこの髪色ってことで、小さい頃は、周りの人もただ可愛いって印象だけで済んでいた。
しかし、小学校に入ると少し目立つようで、イジられるように。それでもすぐに皆慣れてくれて、なにも不自由さは感じなかった。
中学時代も、当初は同じ反応。けど、小学校の時の様にすぐに慣れてくると思っていたんだ。ただ、そんな状況が訪れることはなかった。
目立つ髪の毛はイジられ、そのうち変な噂が流れ始める。
2組の子と付き合っている。
いや、3組の子だ。
他の中学の女の子だ。
最初はただの噂ってことで、俺も友達も気にはしなかった。
けど……噂は消えることなく、中学3年間で逆にその内容が大きくなっていった。
4股、5股は当たり前。
高校生と付き合ってる。
経験人数2桁。
そこまでくると、俺だって必死に否定した。最初こそ俺を庇ってくれる人も居たけど、噂が大きくなるにつれて、信じ始める人が多くなった。
その数は次第に大きく……次第に俺が否定すればするほど、本当のことだから必死なんだと思われるようになる。態度には出さないけど、皆の俺を見る視線が物語っていたんだ。
嘘も100回言えば真実になるじゃないけど、誰もが俺はそういう人なんだと心の中で思っていたんだろう。
それに中学校なんて多人数が強いのは当たり前だ。噂を信じる人が増えれば、徐々に同調するように増えていく。結果として、次第に庇ってくれる人も少なくなり……孤立した。
いわゆるイジメみたいな行動はない。
けど、話し掛けても戸惑った様子で、距離を取りたがる。
あからさまな態度はしないけど、察してほしいという雰囲気が滲み出る。
自分から話し掛けるのは迷惑なのだと理解するのに、それほど時間は掛からなかった。
結局、それに嫌気がさして高校は少し離れた京南高校を選んだ。前に通っていたのはいわゆるエスカレーター式の学校だった為に、途中で別の学校に行くのは珍しい。だからこそ、ちゃんと両親にも話した。
2人からは謝罪されたよ。気持ちを察することが出来ずに申し訳なかったと。
そんな2人に、俺は申し訳なさでいっぱいだった。
自分だって何も言えなかった。簡単な問題だと決めつけていたんだから。
ふと、あの時の光景が蘇る。
両親以上に悲しそうな表情で、謝っていた姉2人の姿。
自分のせいで、余計な心配を掛けてしまった後悔。
(あの日、この場所で見た悲しい顔はもう見たくない。だからこそ、どうすればいいのか……今度はちゃんと考えよう。でも一体どうすれば……)
「ねぇ? やっぱり行動すべきじゃない?」
「行動って?」
「うーん。簡単に言うと、悪い噂を消すには、良い噂が1番効果的だと思って」
「はい?」
「知り合いでね? とんでもない噂が原因で、仕事辞めちゃった人が居るんだけど……結果的に今までしてきた良いことがどんどん積み重なって、一気に幸せになったんだよね? つまり、四季も良いことして、噂になれば良いんじゃない?」
(……彩華? 新学期早々、それらしきことをした結果、見事に悪評になったんですが?)
「いやいや、良いことって……そう言う場面なんて滅多にないぞ?」
「それもそっか。じゃあ、思い切って部活作れば? 奉仕活動……ボランティア部とか」
(ボランティア部!?)
その瞬間、頭の中に妙光が差し込んだ。
部活なら学校内での団体活動で健全。
無償の手助けを何度もすることで、チャラ男のイメージを払拭。
結果的に悪しき噂は消え、井上四季は普通の人だと認識される。
「それだ!!!」
「わっ!」
「サンキュー彩華! さっそく担任に聞いてみる!」
「ちょ、四季? ご飯途中……」
俺は彩華にそう言うと、椅子に置かれた鞄を手に取り一目散に高校へと向かっていた。
春葉には大事な用があるからと連絡し、いつもより何本も早い電車に乗車。
とにかく早く部活のことを端午先生に聞きたかった。
こうして校門に辿り着くと、いつもの時間に比べて当然と言えば当然だが、学生の数は少ない。この時間に居るとなると朝練をしている運動部の生徒だけだろうか。そんな目新しい光景に目もくれず、俺は職員室へと向かうと、扉を開けて挨拶を口にする。
辺りを見渡すと、先生の人影も少ない。始業時間よりもかなり早い時間であればそうだろう。ただ、お目当ての端午先生は……居た。
(ナイス! 端午先生)
「端午先生。おはようございます!」
「おっ、おはよう。こんな早くにどうした?」
「実は相談がありまして」
「相談?」
「はい! 部活を作りたいと思ってまして、先生にお話聞きたくて来ました」
「部活? ちなみにどういう趣旨なんだ?」
「ボランティア部です!」
「ボランティア……」
その一瞬、端午先生は俺の顔を見て、不思議そうな表情を見せる。ただ、すぐ様いつものクールな表情に戻ると、
「そうか。じゃあ、色々と必要なことがあるな」
あくまで事務的な様子で話し始めた。
「まず、部活となると賛同する人が10人必要だ」
「じゅっ、10人ですか?」
部活を作るにあたって、詳しい条件は分からなかったものの、ある程度の人数は必要だと思っていた。しかしながら10人というのは結構多く感じる。
「あと担当してくれる先生だ。それをもとに名簿と部活申請書を生徒会へ提出し、承認されたのちに学校長へ話が届く訳だ。こうして学校長が認めてやっと正式に部となる。学校長はおおらかな人だし、生徒会から話が来た時点で反対はしないだろう。それと活動場所はおそらく旧校舎だ。結構な空き教室もあるし」
「げっ……つまり、なにがなんでも生徒会に認められないと無理なんですね……」
(てっきり学校の先生方の話し合いで大丈夫かと思ってた。よりによって生徒会……生徒が主となる組織か……)
「新しい部活を作りたいという気概は評価するが。意外と道は険しいぞ?」
「ははっ……そうみたいですね」
賛同者10人。生徒会の承認。結構なハードルの高さに、改めて新しい部活を作る大変さが身に染みる。
(このくらいで諦めるようでは、所詮その程度の覚悟だと言わんばかりだな)
「それか、とりあえず同好会という手もある」
「同好会?」
「生徒会から活動費は出ないが、賛同者5人に担当の……顧問を務めてくれる先生が居れば問題なく承認される。活動場所も込みでな」
(端午先生! あなた神か?)
「マジですか? じゃあ俺含めてあと4人。それと顧問の先生が居れば同好会は出来ると」
「そういうことだな」
「同好会から部活に昇格することも……」
「条件を満たせば可能だ」
それは部活動発足に比べると、だいぶハードルが下がった条件だった。
人数も半分、生徒会の承認も必要なし。準備さえ整えば部活に昇格も可能となればやる気も出る。
「なるほど」
「まぁ、1番大変なのは担当してくれる先生の確保だろう」
「と言うと?」
「先生方の殆どが何かしらの部活を受け持ってるし、2つ掛け持ちは原則無理だ」
その点については盲点だった。京南高校は各種部活も強豪で、有名どころが揃っている。それ故に、先生方はすでに何かしらの部活の顧問をしている。
それに加え、部活動等での活動に対してはそれこそボランティアのようなものだと聞いたことがある。
そんな内情を知る中で、同好会とはいえ顧問を引き受けてくれる先生は居るのだろうか。
(……待てよ? しゃべり方はあれだけど、ここまで親身に答えてくれるなんて……端午先生、実は熱い思いを持ってるいわゆるツンデレさんなのでは? だとしたら、可能性はある)
「そうなんですか」
「そうだな」
「ちなみに端午先生は何か部活を担当していらっしゃいます?」
「いや?」
「じゃっ、じゃあ! クラスの生徒の大きな一歩ということで、顧問になっていた……」
「無理」
(うわっ、めちゃくちゃバッサリ切り捨てるじゃんか。それに視線がとんでもなく冷たい。けど、ここで諦める訳には……)
「そこをなん……」
「無理」
「そこを……」
「絶対に無理」
「ですよね」
次話もどうぞ宜しくお願いします<(_ _)>