37話 部室とチャラ男
いつも通りひと気のない旧校舎。俺はボランティア部の部室を目指して歩いている。
しかしながらその心中は穏やかではなかった。もちろん原因はさっきまで話をしていた菖蒲一択。思い出すだけでも、またもや恥ずかしさがぶり返す。
(あぁ、恥ずかしい)
鞄についていたキーホルダーを目にした瞬間、人が変わったかの様に饒舌になった菖蒲。
キャラグッズを集めているらしく、描かれたデザインのタッチが大好きな人の物だったらしい。
イロドリ・サマー先生という名前らしいが、このキーホルダーを作ったのは彩夏で間違いない。それを伝えた瞬間、イロドリ・サマー=俺の姉との認識になったらしく、連絡先を教えて欲しいと相当な圧力を掛けられた。
このままではいかんと思い了承したものの……なんともまぁ、菖蒲が聞きたかったのは彩夏の連絡先だったらしい。
あの瞬間の空気感は耐え難かった。流石にそれは難しいと話すと、あからさまにテンションが下がった菖蒲。そんな姿に『とりあえず聞くだけ聞いてみる』と告げると、目に見えて表情が明るくなった。
去り際についでの様に連絡先を聞かれた時も相俟って……自分の勘違いがとんでもなく恥ずかしい。
(そもそも、本来の予定は俺の連絡先聞くことだろ!?)
なんて若干の恨みつらみを発散していると、目の前にボランティア部の部室が目に入る。
室名札に書かれているのは、クルミがデザインしてくれたボランティア部の文字。遠くからでも目立つように考えてくれた力作に、少しだけさっきの件も薄れていく。
(っと、いかんいかん。部室の内装もほとんど完成したんだ。今日から正式に活動するんだから、キリっとしないとな?)
そう自分に言い聞かせると、俺は部室の扉を開いた。
「あっ、部長~」
「お疲れ様。井上君」
「お疲れです! 先輩」
「お疲れー井上ー」
目の前に広がる部室と、椅子に座る皆。
その光景が、まばゆいばかりに輝いて見える。そして改めて、ボランティア部を作ることが出来たのだと……実感した。
教室でいう後ろ側の入り口。そこを開くと、俺達部員が作業するスペースがお目見えする。机も長テーブルを使用し、椅子は背もたれ付きのオフィスチェアという豪華っぷりは端午先生のおかげだ。使われず放置されていたこれらの物品を探し出してくれたことには感謝しか浮かばない。
そしてそんな部員を見渡すかの様に、窓を背にして置かれた長テーブルと椅子。そこが一応部長の席らしい。俺は難色を示したのだが、皆からの要望でこういう位置関係になってしまった。
現状、長テーブル1つに部員1人。ノートパソコンも1人1台の割合となっていて、ここだけ見てもとんでもなく設備の整った部室の様だが、これだけでまだ部室の半分というのは……結構自慢できるポイントかもしれない。
教室の半分が部員の作業スペースなら、書庫で上手く仕切られたもう半分は応接スペースとなっている。
書庫と希望通りのパーテーションで作成した個人用の相談用スペース。
大人数の来客に対応できるように作った来客用スペース。
それもこれも俺がイメージし、春葉が考えてくれたレイアウト通りの部室そのものだった。
そして物品も、端午先生のおかげで部活動費を使うことなく揃えることが出来た。
まさしく完璧な部室。
しみじみそう感じながら、俺は自分の席へと腰を下ろした。
目に映るのはこれから部を盛り上げてくれる部員の姿。端午先生が居ないのは残念だが、基本的にはこの5人で活動していくことになるだろう。
「皆お待たせ。あと、無事に部室も完成しました。本当にありがとう」
「全然だよぉ」
「端午先生に改めてお礼言わないとね?」
(もちろんそうだな)
「その点については、必ずしておかないとな? それじゃあ前にもチラッと言ってたけど、部室関係についてもう1度おさらいするけどいいかな?」
「は~い」
「えぇ」
「了解ですっ!」
「もちのーろんー」
部活の活動については、部室が出来る前から大体の流れを皆で話し合っていた。
まずはボランティア部の周知。
次に部へ依頼等があれば、当日部室に居る部員がのニーズと要望を聞き取り。
部員同士で協力の有無を検討。
実際に協力するとなれば、もう1度依頼者を呼んで煮詰めていく。
ボランティア活動実施。
堅苦しいかもしれないが基本的な流れは必要だと思った。もちろん、状況に応じて都度対応していくことも念頭に入れているし、皆も理解はしてくれている。
(出来れば早めに1つでも活動をして、ボランティア部の名前を知ってもらいところだな。っと、それと同じくらい大事なこと確認しないと)
「えっと、基本的に活動依頼とか活動報告はパソコンでの入力かな? 手書きの方が良い人は、そっちでも大丈夫。それにパソコンは起動する際にパスワード設定してある。皆には教えてるけど、決して他言しないようにね? あと、メモしてる人は落とさない様に」
依頼を受けるからには、色々と記録をとる必要がある。そもそも個人からの依頼も考えられるため、どんな情報であろうと守秘義務は厳守しなければ。
「あと、書庫にも鍵はついてる。まぁ今は空だから差しっぱだけど、今後ここにファイルが置かれるようになったらちゃんと管理しないとな?」
「早くカギ閉めれるように頑張らないとねぇ。ちなみに四季? 目標は?」
「ん?」
「それは大事よね? ただ活動するよりだったら、何かしら目標があった方が良い気がする」
「とりあえずー1件活動するーとかはー?」
「天女目先輩。それは簡単すぎますって」
(目標か……出来れば具体的な方が良いよな? えっと……あっ」
その時不意に目に映ったのは、先ほど話した書庫。様々な教室から集めた書庫は、幸いにも6つ置かれている。2段に重ねられる大きさは持ち運びにも保管にもピッタリサイズだ。
大きくも小さくもない……書庫。具体的な目標、それも目で見える形の方が良い。ガラス戸で中の見える書庫はうってつけだった。
「じゃあさ、こうしよう。俺達が卒業するまでに、活動報告書のファイルでこの書庫1つ一杯にする!」
「書庫……」
「いっぱいにするかぁ~」
「いんじゃないー? 目標目に見えるのはいいしー」
「いいですね! 先輩」
(皆の反応的に、悪くはないってことだな? じゃあ……決まりだ)
「よっし。当面の目標はこれで行こう。じゃあ、明日から……って言っても、それぞれ用事や他の所属してる部活優先しても大丈夫だからさ? 最初は周知活動メインになると思うけど、よろしく頼む」
「はぁ~い」
「分かった」
「任せてください!」
「りょうーかーいー」
(部活が出来て、部室も出来た。あとは活動するだけだな)
明るい雰囲気が漂う部室に、どこか心地良さを感じる……そんな放課後だった。
ヴーヴーヴー
(ん? なんだ? ストメ……彩夏? そういえば菖蒲の話したんだった! なになに?)
<はっはっは~! 姉の力を理解したかね? 絶対に大人気商品になるぞ? 品薄になるぞ? とな? はははぁ~>
(なんだろう? 無性に腹立つな……彩夏の野郎!)
次話も宜しくお願いします<(_ _)>