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見た目がチャラい井上四季は、なぜか皆に誤解されてる  作者: 北森青乃
第2章 ボランティア部、始動編
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36話 続・訪問者とチャラ男

 


「お~い井上! お客さんだぞ~」

「ん?」


 それはホームルームも終わり、クラスのほとんどが部活動へと行ってしまった放課後のことだった。

 取り残された野球部の田辺の声に思わず視線を向けると、なにやら廊下の方を指さしていた。なんだなんだと思っていると、教室の入り口辺りに見覚えのある姿が1人。


(ん? てか、この流れ2度目じゃね?)


 そんなことを考えながら目を凝らしてみると、そこに居たのは前髪でほぼ目が見えない女の子。

 菖蒲薫。休み時間にもここを訪れていた1年の生徒会書記で間違いはない。まるで休み時間の光景を繰り返している様な感覚を覚えるものの、その時とは全く違う点に気が付く。


(1人なのか?)


 そもそも菖蒲について俺はあまり知らない。今日初めて話をした人のことであれば当然だと思うが、それでもあの短時間で感じたことはある。

 大人しくて口数が少ない。休み時間も笹竹の付き添いで来ただけなのだと察することは出来た。そんな子が1人で……しかも再度訪れた状況に疑問を感じるのは当たり前だった。

 とはいえ、このまま立たせておくのは忍びない。とりあえず用件でも聞こうと、席を立つ。


「おいおい。休み時間に来た1年じゃないか? まさかこっちが本命だったとはな。やるぅ」

「何言ってんだよ。早く部活行かないと、また注意されるぞ?」


 すれ違いざまにそんな冗談を言われつつも、俺は菖蒲が待ち構える廊下へと足を進めた。完全にこちらを見ている状況に、どうやら手違いで来た訳ではなさそうだ。


(とりあえず、話聞くか)


「えっと、菖蒲さんだっけ? どうしたの」

「あの……お時間……大丈夫でしょうか……」


 さっきよりも思いの他口数が多いことに驚きを感じながらも、その言動からちゃんとした用件があるのだと感じ取れた。

 となれば、このまま立ったままで話をするよりは、椅子に座りながらの方が何かと楽だ。幸い教室にはもう誰の姿もないことだし、とりあえず教室へ入ることを提案しようと考えた。


「いいよ? じゃあ、椅子座って話さない? 誰も居ないし、座りながらの方が楽だろ?」

「でっ……でも……」


「気にするな。どうぞ?」

「そっ……それでは……お邪魔……します……」


 その小さな足が動いたのを確認すると、俺は自分の席へと足を進める。そして自分の前の席の椅子を引くと、


「どうぞ? 菖蒲さん?」

「はっ……はい……」


 すかさず椅子へと案内をする。

 他の教室、ましてや上級生の席に自分から座るのは抵抗があるに決まっている。座れる椅子を示せばいくらかはマシになるだろう。

 菖蒲はそんな期待を裏切らずゆっくりと椅子へと腰を下ろした。


(田中、お前の椅子に女の子が座ったぞ? 喜べ)


 今頃卓球部で汗を流している田中にそう告げながら、俺も自分の椅子へとゆっくり座る。そして目の前を見ると、菖蒲が俺の方を見ていた。少し俯いた様子に、前髪でほとんど口しか見えないものの、髪の合間から見える目は確かに俺を見ている気がする。

 となれば、さっさと本題に取り掛かってもらおう。


「それで? またしても俺に何か用かな?」

「はい……休み……時間の話……茉莉が……桃に……しました」


「あぁ。それで? 桃さんはなんて?」

「言葉だけじゃ……私が納得できない……って言ってまして……」


「えぇ……俺としては全然十分なんですけど?」

「桃は……そういうとこ……頑固……だから……井上先輩に……直接言いたい……そうで……」


(直接? いやいや、桃さん自体には何ら問題はないけど、お兄さんに問題ありなんだよ!)


「いやいや……菖蒲さんも話聞いてたよね? お兄さんに目つけられてるのよ? 俺」

「それも……伝えたけど……桃は納得してくれなくて……連絡先……聞いて欲しいって。茉莉は今日……早く帰らないといけないから……私が……来ま……した……」


 少し俯きながらも、チラチラと俺を見ている菖蒲。笹竹とは違い、少しオドオドした様子を見る限り1人でここに来るのも相当勇気が要ったはずだ。それほど岩田桃とは仲が良かったのだろうか。


「ん~1人で来てくれたことは嬉しいよ? 菖蒲さんは桃さんとそんなに仲良かったの?」

「はい……茉莉と……桃は……大切な友達……やりたいことがあるから……桃は別の高校に行っちゃったけど……ずっと……友達……」


 正直、目の前の菖蒲がウソをついている様には見えなかった。そして友達の為にわざわざ来てくれているということにも、少しばかり感動を覚える。

 ただ、その裏には……あの太眉シスコン野郎の影が見えてしまっていた。そのせいで、気軽に返事が出来ないことがもどかしい。


(いや……別に連絡先を教えるのは良いんだ。でも、それが太眉シスコン野郎に知られたら、ただでは済まされないはず。余計な面倒は嫌なんだよな……)


「連絡先……教えて……くれません……か……」

「いや、でもなぁ……」


「桃が……知りたがってるん……です……」

「けど、お兄さんに知られたら、何されるか分かったもんじゃないんだよねぇ」


「でも……それでも……お願いしま……えっ?」

「いくら菖蒲さんにお願いされてもな……ん?」


 桃さんの為に連絡先を懇願する菖蒲さんに、何とか納得してもらおうと答えていた時だった。急に菖蒲さんの動きが止まる。

 まるで何かを見ているような、何かボーっとしているかの様に動かない姿に、思わず前髪から除く目を注視してみる。

 ようやく見えた瞳の角度的に、どうやら左下辺りを見ていることだけはなんとなく分かった。ただ、その先には特段何もないはずだ。


(急に黙ったぞ? しかも目線の先って……俺から見たら右? 机の横辺りだけど……俺の鞄ぐらいか? そのくらいしか……)


「いっ、井上さん!」


 それは余りにも大きな声だった。

 聞いたことのない声量が耳に入った瞬間、思わずその声の方へと視線を向けてしまう。するとそこに見えたのは、前髪が丁度センター分けになった菖蒲さんの顔だった。露になった目の大きさにも驚いたのだが、俺は更に度肝を抜かれる。


「井上さん! その鞄についてるの本物ですか!?」

「えっ? 鞄?」

「これですよ! これ!」


 さっきとはまるで別人のような口調と振舞に頭がついていけていない。しかも、そう言いながら菖蒲は俺の鞄を机の上に上げて、とあるキーホルダーを指さした。

 それは自分ではつけたことのないキーホルダー。ただ、そのウサギのデザインに……ある人の言葉が蘇る。


【あっ! そういえばさ? 私がデザインしたキーホルダーが出来上がったのだよ! 折角だし弟の鞄につけておいてあげよう。光栄に思え!】

【はぁ? 無礼な奴め! 絶対に大人気商品になるぞ? 品薄になるぞ?】

【ふふふ。可愛いウサギちゃんなのだ】


(あっ、彩夏のやつ……マジでこっそりつけてやがった! けど、なんで菖蒲さん、そんなに興奮してるんだ?)


「これって! サンセットプロダクションが作ってるキーホルダーですよね?」

「えっ? そう……だけど……」


「しかも、この絵のタッチ! イロドリ・サマー先生のものじゃないですか!?」

「イロドリ……えっ?」


「イロドリ・サマー先生ですよ!? 大好きなんです! サンセットプロダクションのキャラグッズ! その中でも、大先生であるモンベッチー先生と彗星のごとく現れたイロドリ・サマー先生の書かれたものが特に大好きなんです! しかもこれ新作じゃないですか? 初めて見ますもん! どうやって手に入れたんですか!」


 さっきまでの姿とは打って変わって、饒舌活発な菖蒲さん。とにかく、彩夏が作ったキーホルダーが原因なのは理解出来たものの、残念ながらさっきから口にしているイロドリ・サマーという人物には心当たりはない。ただ、このキーホルダーは彩夏がデザインしたもののは事実。

 となれば、考えられるのは菖蒲が勘違いしているということだった。


「いやいや、何かの勘違いだろ? このキーホルダーは俺の姉が作ったやつでさ?」

「姉……お姉さん……? まさか! 井上先輩のお姉さんがイロドリ・サマー先生なんですかっ!?」


(まてまて、彩夏がイロドリサマー先生? あり得ないだろ? まさか……ん? 彩夏……イロドリサマー……彩……夏…………まさか? 彩って漢字いろどりて読むよな? 夏は……サマー!? あいつ……バイトなのに、なにペンネーム使ってんだよ!)


 おそらくイロドリ・サマーというのは彩夏のバイト先でのペンネームに違いない。確証はないが、菖蒲さんの反応と彩夏が付けたキーホルダーを照らし合わせるとほぼ100%間違いはない気がした。

 とはいえ、俺にとってはただのキーホルダーにも関わらず、その大ファンが目の前にいるとは何の因果だろうか? それもまさか菖蒲さんだとは。


「そういうことなんですね!?」


(うおっ! 前のめりになりすぎじゃね?)


「いや、姉がそうと決まったわけでは」

「いいえ! このタッチはイロドリ・サマー先生で間違いありません! 井上先輩のお姉さんは間違いなくイロドリ・サマー先生で間違いありません!」

「えっ、えぇ……」  


 菖蒲さんの圧力に始圧倒されてしまう。終


「あぁ、なんてことでしょう!」

「いや、実は嘘で……」


「そんなウソが口から簡単に出る訳ないじゃないですか! イロドリ・サマー先生の弟さんが井上先輩だなんて、こんな奇跡あるんですね!?」

「だから違う……」


「先輩! ストメ交換しましょ?」

「はっ、はい?」

「良いですよね? 良いですよね?」


 もはや目の前の菖蒲さんに、最初の口数の少ない面影は全くもって消え去っていた。

 目を輝かせながら机に手を掛け、身を乗り出して顔をこれでもかと近付ける。


 もはや熱烈なファンへと変貌を遂げた菖蒲さんの姿に……


「近いって! 顔近い!」

「お願いします! 交換してください! 連絡先、交換してください!」


(こ、これ以上後ろのに体重掛けたら、椅子からおっこっちまうぞ!?」


「ちょっ、一旦落ち着こう! 椅子から落ち……」

「絶対口外しません。むしろ、何でもします! 何でもしますからぁ! だからお願いです! 井上先輩!」


「ちょ! 菖蒲! これ以上は……」

「連絡先! 教えてくださぁぁぁい!」


 俺はとてもではないが……成す術がなかった。



 

次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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