33話 姉達とチャラ男
「それでさ? めちゃくちゃ温泉が気持ちい良い訳よ」
夕食を終え、一通りの片付けが終わったリビング。この時間帯に姉達と3人という状況はなかなか珍しいものだった。
両親ともども会議で結構遅くなるとのことで、せっかくだし帰りに2人で晩ご飯を食べてくるという熱さを見せつけられた結果なのだが、こういう雰囲気も特に違和感は感じない。
「良いな~。私も行きたかったのだよ」
姉達が話をしている中、俺はテーブルに置かれたお土産を眺めている。定番のアップルパイにりんごが丸々入ったカステラ、果汁100%のりんごジュースとりんごの饅頭にりんごの入浴剤。そして様々な種類のりんご達。
ゴールデンウィークの途中、彩華が仕事の関係で出張に行った青森で買ってきてくれたのは、見事に名産品を使ったお土産ばかりだ。
なんでもサンセットプロダクションの女優さんが映画に出るらしく、撮影場所が青森県だったとか。そこで泊まった旅館がすこぶる良かったようで、絶賛彩夏がブーブー言っている。
(さて、せっかくだし彩華が切ってくれたカステラ頂こうかな)
「流石にバイトの子が良くは無理でしょ?」
「えぇ……そこをなんとか! てか、四季! 何抜け駆けして先に食べてるんだよっ!」
「あっ、めっちゃ美味いわ。彩華」
「でしょでしょ? りんごも剥こうか?」
「お願いいたします」
「なっ! 私だってカステラ食べるもん! ……はっ! 何これ美味ではないか!」
悔しさを発散するようにお土産を頬張る彩夏。
果物ナイフを持ってきて、器用にりんごの皮を剥く彩華。
りんごジュースを片手に、剥かれたりんごを待つ俺。
こうも役割がハッキリしているものだと、我ながら面白く感じてしまった。
「それでねぇ、お世話になった旅館なんだけど露天風呂が最高だったのよね」
「むふー! その話はもうしないでおくれっ!」
「露天風呂か。良いな、浸かりながら時間を忘れてみたいもんだ。ほら彩夏、俺の分あげるから機嫌直しなよ」
「ありがたくいただくぞ四季! むふ~!」
「それに働いている人達の肌が凄くスベスベでね? 女将さん達も美人ばっかなの。特に女将さんの娘さんは一際目立ってたなぁ」
「へぇ。そんなに?」
基本的に彩華は人の外見を口にはしない。安易に口にすればそれが元でトラブルになりかねないという可能性を危惧しているからだ。これは前職で受付嬢をしていた時の名残の様なものらしい。
ただ、本当に感動したり衝撃を受けた時にだけは、こうして俺達の前で話したりする。つまり、その女将の娘さんとやらは結構なルックスなのだろう。
(彩華が口に出すということは、結構レベル高いぞ? もしかして采彩さんクラスか?)
「うん。かなりのルックスだと思う?」
「もしかして采彩さんクラス?」
「いやいや、さあちゃんクラスなんてそうそう居ないでしょうよ?」
「いや……有り得る。てか結構、さあちゃんと似てるとこあるかも」
「マジかい」
「はいぃ? さあちゃんとぉぉ?」
「まず、さあちゃんと同じ大学2年生。あと良い意味で両極端なんだよね? さあちゃんは日本人離れしたブロンドヘアが特徴だけど、その子はザ・大和撫子みたいな艶のある長い黒髪なのよ。しかも着物が異常に似合ってる。旅館では着物姿しか見てないけど身長も同じくらいかな?」
「ある意味対極だけど、似てるって……何その子! 余計に見たくなるじゃん! 写真は? 撮った?」
「流石に撮れなかったわよ」
(へぇ……青森といえば本州最北端。そんなところにも居るもんだな? そういう人)
「なんでじゃ~!」
「スケジュール確認とか色々忙しくて忘れてたの! あっ、あとその子と同じ大学に通ってて、住み込みのバイトしてる男の子も格好良かったよ? その子出身は東京みたいだけど……ルックスだけなら四季とタメ張るんじゃないかな?」
「じゃあ大したことないってことか」
「おいおい弟よ。お前のルックスだけは我ら姉達が自慢できるポイントだぞ?」
「そうそう。そのルックスだけは自信持ちなさい?」
「だけってなんだよ。傷付くんだけど?」
「まぁまぁ。母さん達にも言っておくから、今度皆で行きたいわね。宮原旅館ってところなんだけどさ?」
「宮原旅館……メモメモ。絶対言ってよ? お姉ちゃん!」
「期待しとくよ」
なんて色々な雑談で盛り上がりながら、俺達は彩華の買ってきたお土産に舌づつみを打つ。それにりんごは健康に良いそうで、今後の体調面にも効果を期待せざるを得なかった。
部室完成までは休まず作業を続けなないと、いつまでかかるか分かったもんじゃない。最低でもそれまでは体調管理を徹底しなければ。
「そういえば四季? ボランティア部の方はどう?」
なんて考えていると、彩華からボランティア部について問い掛けられる。特段隠すことでもない訳で、とりあえず現状について話すことにした。
「ここ数日は部室の掃除かな? 埃とか凄いんだよ」
「旧校舎だっけ? 掃除も大変そうね?」
「確かに滅多に生徒行かないからなぁ……旧校舎」
俺達姉弟の中で、唯一彩華だけが京南高校ではない。卒業したのは清廉学園という学校なのだが、都内でも学力面で有名だ。ただ、いくら違うとはいえ活動場所が旧校舎の教室だった場所と言われると大体の想像はつくはず。もちろん発足が決まった時も、家族らにはいち早く伝えてあった。家族のグループメッセージでの反応は結構早かった記憶がある。
「なるほどね。でも、本当に部活作るなんてね? いきなり先生に相談してくる! って言って飛び出した時はどうなることかと思ったよ」
「あの時は本当にこれだっ! って気持ちで一杯だったからな」
「でも結局本当に作るんだから、すごいぞ弟」
姉達2人から向けられる眼差しと、優しく頷く姿に本音なのだと理解する。
口には出さなくとも、色々と心配をしていたのかもしれない。京南高校へ行きたいと言った日、まさにこの場所で見せた姉達の表情が一瞬浮かび上がる。
ただ、今回は自分で行動できた。受け身ではなく自分で打破しようと動くことが出来た。
ボランティア部の発足はただのスタートに過ぎない。これから部として成長して、もう2人にはあんな表情をさせない。
そう強く誓った。
「でもこれからだからさ。地道に頑張るよ」
「そうだね? 頑張れ四季」
「頑張るのだ! 弟ぉ!」
(色々とありがとな2人共。とりあえずやれるとこまで頑張るよ。っと、俺の話はこれくらいにして……弟としてこの際に聞いておきたいことあるんだよね)
それはズバリ、姉達の男性事情だ。
彩華については学生時代にそれらしき影はあったものの、就職してからめっきりそういう気配がない。
彩夏に至っては、中学生の頃に1度そういう気配があっただけで、それ以来サッパリだ。
弟としてはそろそろそういう相手が居ても良いのではと思ってはいるのだが……
「ところで、俺の話はいいとして、2人はどうなの?」
「どうなのって?」
「なんの話だね?」
「いや、彼氏とかそういう男居ないのかなって」
「……男?」
「……彼氏?」
その瞬間、一気に雰囲気が変わった気がした。
「えっ? いやだから、2人ともいい歳だし……」
「おい、彩? 良いよな? こいつシバいても」
「おうよお姉ちゃん。いっちょヤっちまおうぜ?」
(ちょっ、彩夏? なんでりんご持ってるの? まさかそれを俺にぶん投げようとしてませんよね? それと彩華? その手に持った果物ナイフ、どうするつもりですかね?)
「いや、その……一旦! 一旦落ち着きましょう?」
「四季~?」
「弟ぉぉ~?」
踏んではいけない地雷とは意外と近くにあるから気をつけろ。
そう肝に銘じた夜だった。
「あっ、その……ごめんって~!」
次話も宜しくお願いします<(_ _)>