27話 生徒会長、陥落
本日2話目になります!
見下ろせば、光の粒が輝く夜景が広がる。
これこそまさに、昔の自分を支えてくれていたものだった。かつて御用達だったベンチに座りながら、久しぶりに見るそれはあの時から何も変わらずただただ美しい。そんな夜景を眺めながら心も体も癒される……はずだった。
隣の人が居なければ。
同じベンチの隣に座り、項垂れている生徒会長。普通に服を着ている姿はいつもの生徒会長なのだが、あんな姿を見られたらこうもなるかと同情する。
(やっば。気まずい)
丘の上に立っていた、ほぼ全裸状態の生徒会長と目が合ってから数秒の沈黙が流れた。そして事態を理解したのか、やっとコートで体を隠してしゃがみ込んだ生徒会長。聞こえてきたのは震えるような声だった。
「みっ、見た……?」
「えっ? あっ、まぁ……」
俺としても、今思えば気を利かせて見えていないと言えば良かったのかとも思う。しかしながら、ガッツリ目が合ってしまった以上、首から下が見えていないのはあり得ない。結局正直に答えてしまった。
「ひぃぃぃ!」
奇声を発しながら、丘を下って行った生徒会長。残念ながらその方向にはお目当てのベンチがある訳で心底困った。夜景を拝むことは難しいのでは? なんて考えていると、丘の横のからひょっこりと生徒会長が顔を覗かせた。
「いっ、井上君よね?」
「そうですけど……」
「すっ、少しお話があります。こちらのベンチへ来てください」
「えっ? いや……」
「だだっ、大丈夫です。ちゃんと着てますから」
「はっ、はぁ……」
こうしてお望み通りに向かうと、こんな状態で生徒会長が座って居た訳で……とりあえず間隔を開けて座って居る。
(とはいえ、何か言わないと。この空気はたまったもんじゃない)
「あの、生徒会長?」
「はっ、はい……」
「なにゆえあんな格好を?」
「ぜっ、全部見られました……か?」
「遠目ですけど……」
「全部聞かれました……か?」
「まぁ、大体は……」
「あっ、あのシャッター音はもしかして写真も……」
「すいません。噂の幽霊かと思いまして。詳細は確認してませんけど、連射モードで……」
「そう……ですか……」
聞いたこともない弱弱しい声。見たこともない落ち込んだ様子。本当に七夕渚なのかと思わざるを得なかった。
しかしながらついさっき目にした光景を見る限り、生徒会長のしていた行動にふさわしい名前はなんとなく知っている気がした。ただ、それを本人へ聞くのは酷と言うものだ。
「あの……バッチリ撮られ、見られ、聞かれたなら言い逃れできません。私はこういった場で裸になることで快感を覚える特殊な人間なんです」
(自分から言ったぁ!)
「つっ、つまり露出癖をお持ちと?」
「そう捉えていただいて構いません」
朧げな瞳で俺を見ながら、淡々と口にする生徒会長。まさかだとは思っていたが、本人の口から聞くとなんとも複雑な心境だ。
ただ、ここまで落ち込んだ生徒会長……もとい女のを前にして、知らんぷりなんてもちろん出来ない。なんとかしていつもの気品を取り戻してもらわないと。
「あのーそのーあれだ。人には色々と趣向や癖と言うものがありますからねぇ。てか、いくらひと気のない場所だからって無防備すぎますって。そもそも七夕さんは生徒会長であり、人からの認知度も高いんですから」
「本当にその通りです。軽率な行動でした」
(いっ、いかん。更に追い詰めてしまった!)
「でっ、でも! この解放感は他では味わえないんです。こうしている時間が、私の全てをさらけ出せている気がして……身も心も浄化されるんです!」
「身も心も……」
身も心も浄化される。その言葉が妙に響く。
自分がこの景色を求めている理由と酷似した生徒会長の告白。他人事とは思えず言葉に詰まる。
(もしかしたら、俺達が完璧だと思っている生徒会長もどこか無理をしてんのか?)
見た目でチャラ男と噂されている俺。
見た目と役職で完璧と思われている七夕渚。
自分に置き換えて考えるのは失礼かもしれないが、もしかすれば通ずるものがあるのかもしれない。
「もしかして、色んなしがらみから解放されるとか?」
「えっ……? 分かるんですか?」
「まぁ……なんとなくだけど」
「あの、井上君? ……もしよろしければ聞いてもらえませんか?」
それから生徒会長は、淡々と言葉を口にする。
数年前から、時折この時間帯にこういった行動をしていること。
解放感と何とも言えない興奮で止められないこと。
これが自分の本性だと言うこと。
更にはこうなるに至った原因さえも、ゆっくりと話してくれた。
「きっかけは偶然でした。小学6年生の時、お風呂から上がった瞬間に電話が鳴ったんです。その日は両親が遅いって分かってたので、慌てて体を拭いてリビングに向かいました。それで電話の応対をして、終わった時に自分が裸だったことに気が付いたんです。その瞬間なんとも言えない感覚を覚えました。普段家族と過ごしている場所で裸になっている。あり得ない。でもなんか気持ちが良い。それから何回か部屋で裸になったりしました」
「なっ、なるほど」
「その内、家の中でもそうするようになって……あとは察しの通りです。徐々に刺激を求めて、ついにここへ辿り着きました」
「そういうことね。まぁ自然に囲まれてそんなことしたいなら、ここはうってつけだ」
数年前からという話と、さっき見た七夕のコート姿。噂になっている髪が長くコートを着た女の幽霊の容姿に似ているだけに、もしかすれば正体は……なんて思ったものの、今は口にすべきではないと言い留まる。
(それにしても、人は些細なキッカケで目覚めてしまうものなんだな)
「俺達から見たら完璧な生徒会長だと思ってたけど、普段の仕草や振る舞いに俺達からのそういう目もプレッシャーになったりしてるのか? あとは家の関係とか。こういう行動も、知らず知らずに溜め込んだストレスの発散って言う意味合いも少なからずあるんじゃね?」
「どっ、どうして分かるの!? 人の心が読めるって……やっぱりチャラ男だから?」
「チャラ男は余計だって。今の話といつもの七夕の姿見てりゃ誰でも分かる。それプラス有名企業のご令嬢とあればなおのことだ」
「そう……ですか。なんでしょう、ここまで自分を見透かされたのは初めてです」
そう言うと、少しばかり笑みを浮かべる七夕。俯きどこか途方に暮れていた表情の変化に少し安心する。
「こう言っては失礼かもしれませんが。見られたのが貴方で良かった」
「驚きはしたけどな? でも、なんか他人事には思えなかっただけだ。もちろんこの件については誰にも言わないから安心しろ。信じてもらえないかもしれないけどな。まぁ写真については、目の前で全部消すからさ」
「……いいえ、信じます。これでも色々な人を見てきまして、人の本質を見極める力は他の方々より多少は上回っていると思います。正直、井上君については噂が多く判断し兼ねていましたが、以前お話ししたこと、今私の話を真剣に聞いてくれた面持ちに……良識のある人だと判断いたしました」
「いや、それは褒め過ぎ。俺だって私利私欲がない訳じゃないぞ」
「そうですか。でも、それと私の心証は別物ですから」
「そんなもんかね」
(やけにハードルを上げられても困るんですけどねぇ)
自分に対する評価をいただけたのは願ってもいないことだった。ただ、そのハードルの高さが今後同好会活動……ひいては部への昇格の際にネックにならなければいいと一抹の不安が過る。ただ、そんな俺の考えを知ってか知らずか、七夕もまたどこか聞き覚えのある言葉を口にした。
「では井上君。私の秘密を守ってくれる以上、私もそれ相応の何かをしなくてはいけません。何かありませんか?」
「いや、別に何もないんだけど……」
「それでは私が納得できません」
(あれ? なんだこの展開。生徒会役員が律儀なのは分かるけど、まさか3人から同じこと言われるとは思わなかったよ。それにやって欲しいことなんて特にはないぞ?)
またしても似たような光景に少し頭が痛くなる。
過去の2人の件を考えると、何かを提示しない限りずっとこの調子なのだろう。それに七夕の性格上、否が応でも俺を帰さない気がする。
俺は少しばかり考え……1つの案を思いついた。
自分にもプラスであり、七夕には朝飯前であろう案を。
「じゃあさ? 俺達が同好会作るって話は知ってるよな?」
「えぇ。先生方の話だと、端午先生が顧問をやられるということで、ゴールデンウィーク明けには無事発足ということでしたよね?」
「あぁ。という訳で、生徒会には全力でボランティア同好会の活動に協力的でいて欲しい。もちろん、最初から健全なボランティア活動を計画してはいる。決していやましいことやら、目的があって活動してる訳じゃないってことを覚えて欲しいんだ」
「それはまぁ構いませんけど……それだけでいいのですか?」
「もし間違ったことをしでかしたら、存分に粛清してくれ。でもそれ以外では寛容に見ててほしい」
「う~ん。なんとも物足りなさを感じますが、ご希望であれば承知しました。ちなみに同好会に役立つことであれば色々と実施しても構いませんか?」
「そりゃ願ったり叶ったりだ」
「分かりました。では、お互いにそういう約束を交わしましょう」
とりあえず七夕から良い返事をいただけたことで、この件に関してはお開きとなった。
俺としては偶然にも生徒会長の後押しを得られ、この上なく運が良かったと喜びを感じる。もちろん、何かをしでかさないと言う条件付きではあるが、そんな気はさらさらない。
(ふぅ……とりあえず、一件落着か。となれば久しぶりに夜景を堪能……)
「あの、井上君?」
「ん?」
「秘密を守ってもらいながら、さらにこんなことを言うのはダメだと分かっているのですが……」
「ん? なんだ?」
「いや……その……とっ、時々で良いので、私の裸を見てくれませんっ!?」
「はい?」
「井上君に見られたと分かった瞬間、今まで以上の快感を感じてしまったの! だから、毎日とは言わない! 時々、時々で良いから! 私の裸を見てくれないかしら!?」
(えぇ!? 嘘だろ? 俺に見られた結果、更なる刺激を覚えてしまったのかっ!?)
「なっ、なに言ってんだよ! 無理に決まってるだろ?」
「お願いします! 元はと言えば、井上君が見たのが悪いんですよ? 刺激を与えた責任を取ってくれないと!」
「いやいや! あれは不可抗力だって!」
「でも見ましたよね? 胸も下半身も全てをっ!」
「だからって、年頃の嫁入り前の女の子が男に裸を簡単に見せるもんじゃないよ!」
「くっ……なら、下着姿でも良いです! これなら良いでしょう?」
満面の笑みを浮かべながら、履いていたスカートをたくし上げる七夕。なんともデザインの凝った下着が露になり、目のやりどころに困ってしまう。
「うおっ! だから、女の子が下着を……」
「お願いです! お願いします井上君! いえ、井上様っ!」
身も心も癒されるどころか、今後の生徒会との繋がりに不安を覚える……夜となった。
「私を見てください~!」
「だから、それは……って! 今度は上着を脱いでんじゃないよっ!!」
次話も宜しくお願い致します<(_ _)>