26話 月明かりとチャラ男
本日1話目になります!
ゴールデンウィーク初日。
それは多くの学生からしてみれば、大型連休の始まりを告げる日でもある。
部活に勤しむもの、アクティブに活動をするもの。
各々が希望に満ちた行動をしているであろう時間、俺はというと……
「ふい~。とりあえずクリアだな」
絶賛引きこもり中である。
アプリゲームのミッションが終了し、時計を見れば夜も12時を回る寸前。よもやゴールデンウィーク2日目に突入しようとしていた。
とはいえ、どこか満足感を覚えているのは間違いない。なにも1日中アプリをしていた訳ではないのだから。
(……1日目にしては十分すぎる充実感だ)
休みの初日。特段予定がなかった俺は、とりあえず活動場所のレイアウトを考えていた。
申請書を提出してからは特にやることがなかったとはいえ、今後の方針についてはゴールデンウィークが始まるまでの1週間で、皆と一緒に固めてきた。
活動方針としては、基本的にボランティア活動をメインに取り組んでいく。
まずは校内でそういった需要がないかを調査し、実行していく。
何度か繰り返し、要領を得たら活動場所を校外・地域へと拡大していく。
あとは校内新聞やらを通じて、ボランティア同好会の周知を行う。
たたき台としては十分だろう。
こうして休みを迎えた訳だが、俺としては出来るだけ休み明けに円滑な同好会発足を目指したいと考えていた。
何かやべきことはないのか。考えた結果取り組んでいたのが、活動場所のレイアウトという訳だ。
場所は未だに決まっていないとはいえ、旧校舎なのは間違いない。それも教室とあれば、基本的な作りや広さは想像できる。
ただ、残念なことに自分の描く理想の活動場所を考えると、どうしても無駄なスペースが出てしまうなど上手くいかない。
というわけで、ちょくちょく休憩という名のゲームを挟んでリフレッシュしている。まぁそのリフレッシュ時間が少しだけ長くなってしまったけど。
(えっと、もう12時か。結局、良いレイアウト浮かばなかったな)
椅子にもたれながら、頭を抱える。
もはや今から良いアイディアが生まれるとも思えず、風呂でも入って寝ようかとも考えた。いくら連休とはいえ、夜更かしは厳禁。一旦生活リズムが崩れると戻すのには時間がかかり、結果的に体調も崩れ、肌荒れやニキビの原因にもつながる。全部父さんからのお言葉だ。
たった1日ぐらいとは思うが、昔からの習慣は体に染み込んでいる。実際、この時間になればどこからともなく睡魔が襲ってくるものなのだが、今日に限って言えばそうでもないらしい。
(やばい。全然眠くない)
寝なければいけないという意識と、眠くないと訴える体。相反する反応にどうしたもんかと悩む。そしてしばらく考えたのちに、出した結論は……
「よっし。山之上公園まで散歩行くか」
散歩で体を疲れさせ、頭を逆にスッキリさせる。睡眠を促すにはうってつけだと感じた。
そうと決まれば、善は急げ。腰を上げると机に置かれた家の鍵とスマホを手に取り、部屋の電気を消して後にする。
他の家族を起こさない様にゆっくりと玄関まで向かうと、扉を開けて静かに施錠。こうして振り返ると、出迎えてくれたのが大きな満月だった。
暗闇の中に差し込む月明かりは、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。
(じゃあ行くか)
それらを感じながら、俺はゆっくりと山之上公園へ向けて歩き出した。
「はぁ~」
暗い空を眺めながら、大きく息を吐き出す。
肺の中に外の空気をこれでも溜め込み、思いっきり吐き出すと頭の中がすっきりとする。
そこに程よい運動が重なれば、気分転換にはもってこいだ。
(山之上公園に行くのも久しぶりだな)
山之上公園はその名の通り、ここから車で15分程度移動した先にある山之上山の途中にある公園だ。
休日ともなると、大勢の家族連れで賑わいを見せているスポットなのだが、夜になると当然と言えば当然なのだが、野生の小動物ぐらいしか姿を見せない場所へと変貌を遂げる。
そういうひと気のない場所は、いわゆる怖い人達の溜まり場になることが多いのだが、山之上公園については昔から様々な心霊現象の噂が後を絶たず、結果として夜には誰も寄り付いていないのが現状だ。
数年前からは、髪の長いコートを着た女性の幽霊が多く見られるようになったらしく、その姿を目撃した人は帰りの道中で事故にあったり、怪我をしたりしているそうだ。
しかしながら、俺としては1人でゆっくりと過ごせる良い場所ということで、何度かお世話になっていた。そう、中学時代に。
皆が距離を取り離れていく様子に精神的にキツかった俺は、夜に眠れなくなることが多かった。それを打破しようと考えたのが夜の散歩。
最初は当てもなくだったものの、その距離はだんだん伸びて、最終的に辿り着いたのが山之上公園だった。
そこから一望できる光景の点々とする光の輝きが綺麗だった。まるで心と体を浄化させてくれるような……そんな癒しの場所だ。
高校へ進学してからは幸いそういう機会がなくなっていただけに、実に久しぶりの散歩となっている。道中も見渡せば、どこか懐かしさを感じるのも無理はない。
こうして夜風に当てられながら、山之上山入口へと到着。緩い上り坂が続く道路の脇を、ゆっくりと歩いて行く。
流石に久しぶりということもあって、足には疲れを感じたものの、そんなことよりも久しぶりの散歩の楽しみの方が勝っていた。
額に滴る汗を拭きながら、歩いていくこと数十分。
ようやく山之上公園に到着した。
「着いたぁ~」
公園内は、様々な種類の遊具が設置されており、敷地面積も結構広い。
そんな中で、俺がいつも心を癒していたのは1番奥、小高い丘に設置された滑り台の裏側にあるベンチだ。そこに座り街の景色を眺めるのが好きだった。
(やっぱりひと気はないな。とりあえず行きますか)
案の定、夜の公園に人影はない。
本当に幽霊なんか出るのか不思議なくらい澄み切った空気は、体に染み込み何とも清々しい感覚に陥る。
この時ばかりは、霊感ゼロの体質で心底良かったと感じた。
こうして夜の公園を闊歩していくと例の滑り台が見えてくる。変わっていなければ、その裏にはベンチがあり、久しぶりの景色を見ること出来ると思っていたのだが、
(ん? ちょっとトイレ行きたくなってきた)
どうせなら万全の状態で堪能したいと思い、先に近くのトイレへと行くことにした。
前から変わらず落書きもなく、綺麗なトイレで用を足した俺は、今度こそベンチへ向かおうとトイレを後にする。その時だった、不意に目の前の小高い丘……滑り台の頂上付近に、誰か居るのが見えた。
(ん? なんだ……?)
目を凝らしてみると、それは髪の長い人物の後姿。ただ、その服装は今の時期には似合わないコートの様なものを羽織っている様にも見えた。
公園内にはもちろん街灯はあるものの、満月の月明かりに丁度良い具合に照らされていて、その姿がはっきりとしている。
季節的にあり得ない。もしや自分にもついに霊感が目覚め、あらぬものが見えるようになってしまったのではないか? 頭に浮かんだのは、髪が長くコートを着た女性の幽霊の噂。その瞬間、一気に緊張感に襲われる。
ただ良く見ると、その人物には足がちゃんと見えていた。そうなると、一般的には幽霊ではないとの見解になるのだか……どう見ても普通の人ではありえない姿には疑問しか浮かばない。
(えっ? まさか噂の幽霊? でも足はあるよな。けどこの時期にコート? しかも冬用のものに見える。まだ朝晩は肌寒くなる日はあるけど、今日は全然だぞ? 俺なんて半袖だし。ちょっとだけ近付いてみるか?)
幽霊か人間か。
俺の頭の中は、どっちなのかという疑問で一杯だった。そうなると、次第に溢れる好奇心。ゆっくりと滑り台が設置されている小高い丘へと近付いていく。
その距離が短くなるにつれて、それはこの世に存在する人の様な雰囲気を感じる。とはいえ、出来れば声を聞けるところまで頑張りたい。ハッキリとした証拠を掴みたい。
その意気のままポケットのスマホを手に取るとカメラモードを起動させる。こうして構えつつ、小高い丘に足を掛けるか掛けまいかのところで、撮影ボタンを押した瞬間だった。その人物がいきなりこちらを振り返る。
「はぁぁ~!! なんって解放感なの~! やっぱりここは最高よぉぉ~!」
それもなんとも艶のある声と一緒に、コートの前部分を思いっきり開けながら。
その途端、俺の前に現れたのは……月明りに照らされた顔と、形の整ったバランスの良い胸。更には無防備な下半身だった。
「これだからやめられないわぁ~! 自然の中で全てを晒す。なんて気持ち良いのかしらぁ~!」
コートの下が裸だということにも驚いたが、それ以上に驚愕だったのはその顔だった。
見間違いだと思いたい。むしろここに居る訳がない。こんなことをするようには到底思えない。
そう思いながら、思わず口から名前が零れた、
「しっ、七夕……渚……?」
カシャカシャカシャカシャカシャ
そして鳴り続けるカメラのシャッター音。押し続けると連射モードになる設定が、ここまで気まずさを招くとは思いもしなかった。
「ホントにさい…………えっ?」
俺の声に気が付いたのか、シャッター音に気が付いたのか、目を丸くして俺を見下ろす七夕渚……京南高校生徒会長。
真正面から捉えた瞳には、あの吸い込まれるような余裕はもはや感じられなかった。
(なっ、なんて格好してるんだよ! 生徒会長!)
次話も宜しくお願いします<(_ _)>