23話 春葉とケーキと姉達、間にチャラ男
デザートショップみるきぃ。
駅前に店舗を構えるケーキ屋さんで、その評判はこの辺りに住んでいる人なら誰もが美味いと知っているだろう。それどころかテレビでも紹介される程の有名店であり、連日お客さんが押し寄せる。
そんなみるきぃの代名詞と言えば、店内でいただけるデザートバイキングだろう。予約は必須だが、それさえも争奪戦になる程の人気っぷりでもある。
そんな込み具合を見せる日曜日の店内に、俺と春葉は踊る心を抑えながら座っていた。
「はぁ~楽しみだね? 四季」
「そうだな」
金曜日に春葉へ話した通り、お礼も込めて誘ったケーキバイキング。予約の電話を入れると残り1席が空いているということで、運よく来れた訳だ。
制限時間90分。食べ放題とはまさに夢の時間だ。あとは店員さんが諸々の説明をしてスタートを待つのみという訳で、今か今かと待ち構えている。
「ねぇ四季、最初は何にするの?」
「とりあえず無難にショートケーキかな?」
「おぉ、オーソドックスだ! 私はチーズケーキかな?」
「後から生クリーム系に行くパターンだな?」
俺と春葉は何度かケーキバイキングに来たことがある。姉とだったり家族だったり、井上家と桐生院家で来たこともある。2人で来たのは初めてだが、お互いがどういう手順で食べ進めるかはなんとなく分かっている。
「まっ、お腹壊さない程度に存分に食べてくれ」
「奢り感謝いたしますっ!」
敬礼をしながら満面の笑みを浮かべる春葉。そんな様子につられて笑っていた時だった。
「あら? 春葉としっくんじゃん」
「あっ、本当だ」
テーブルの前に感じる人影。そして声的にどうも店員さんではないようだった。思わず視線を向けると、そこに立っていたのは、
「あっ! お姉ちゃん!」
「彩華?」
なんと彩華と春葉の姉でもある采彩さんだった。
(まさか2人もバイキングに? 確かに今日は出掛けるって話だったけど、みるきぃの話なんて一言も聞いてなかったぞ)
「春ちゃんと2人で出掛けるとは聞いてたけど、まさかケーキバイキングとはね?」
「それはこっちのセリフだっての」
「あれ? 春葉、最近太ったって言ってなかった?」
「あぁ! お姉ちゃん!? どうして言っちゃうのさぁ!」
「ふふっ。それにしても奢りですって? しっくん。もちろん私達もよね?」
「采彩さん? 大人が高校生に奢られたらみっともないっすよ?」
(それにしても采彩さん、そのしっくんて呼び方やめて欲しいんですが? しかも、こういう場ではなおさら。でも今更止めてよは言えない雰囲気なんだよなぁ)
「あら。手厳しいお言葉。しっくんも成長しちゃったのね。彩華さん」
「昔は可愛かったんだけどね?」
思わぬ遭遇に、まるで家にいるかのような雑談が始まる。姉達の容赦ないイジりをここで受けるとは思いもしなかった。改めて、もう1人の姉が居ないことにホッとする。3人が揃った瞬間、もはや俺達に逃げ場はなくなる。下手をすれば春葉までそっち側に行くこともあるだけに、一命を取り留めたと言ってもいい。
(そういえば、今日は彩夏ってどうしたんだ? この2人がケーキバイキングに行くと知ってたら、付いて来ない訳はずがないんだけど)
「そういえば、彩夏は来てないの?」
「いや、あの子さ? 昨日食べ過ぎて胃がムカムカするからパス~だってさ? そういえばバンドのライブ見に行ってたでしょ? どんだけ晩ご飯食べたのよ」
その瞬間、昨日の光景が思い出される。
息を吹き返した端午先生の勢いに押されて、とんでもない量を頼んでしまった晩ご飯。さらに途中からアルコールもインした為、端午先生の暴走は止まらず。俺と彩夏は残さぬように必死に料理を平らげた。
さらにまともに動けない先生を連れて電車に乗り、アパートまで連れて行くというオマケつきとあって、精神的にもお腹的にもダメージを負ったのだろう。
その点については、自分には影響がなかったことを喜ぶしかない。
それに今の彩華の話しぶりだと、端午先生と会ったことはちゃんと伏せているみたいだった。自分も注意せねばと気を引き締める。
「まぁ、ちょっと調子には乗ったかな?」
「ったく、余裕出してたらすぐ太るんだからね?」
「あっ! そういえばお姉ちゃん? 明日ファッションショーだよね? 前の日にバイキング来て大丈夫なの?」
「春葉? 今から食べても1日経てば問題なしよ?」
(なんて素晴らしい体の構造してるんだ。是非彩華にも……)
「ん? なに? 四季。何か言いたそうね?」
「なっ、何がだよ! てか、そろそろ俺達スタートだから。自分達の席につきなよ」
「もう、しっくんったらホントに言うようになったわね? まぁそのくらいの度胸なきゃね? ふふ」
「からかうの止めてもらえます? 采彩さん?」
「そうだよ? お姉ちゃん! あと、絶対に食べるの程々にしてね?」
「分かったわよ、春葉。それじゃあ行きましょう? 彩華さん」
こうしてやっと自分達の席へと戻って行った姉達。バイキングがスタートする前に若干の疲れを感じてしまった。
「全く、どうしてこうも絡んでくるのかね?」
「きっと四季のこと可愛いんだよ?」
「それを言うなら采彩さんだって、相当春葉のこと可愛がってるぞ?」
「そうだねぇ。お互い、良い姉に恵まれたってことだよ?」
「そうかもな」
そんな雑談をしつつ、時折笑顔を見せながら……俺達は店員さんの合図を待っていた。
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「う~! 食った食った」
「はう~満足満足っ!」
互いに満足そうな声を出しながら、俺達はデザートショップみるきぃを後にしていた。お腹をさすれば、まるでスイカでも入っているかのような膨らみ具合に、自分でも結構食べたのだと感心する。
「それにしても、お姉ちゃん達先に帰っちゃったね?」
俺達が様々なケーキに舌鼓を打っていた時、一足先に彩華達は帰っていった。おそらく制限時間は残っていたはずなのだが、流石にセーブしたんだろうか?
まぁ、帰り際には当然の様に絡んでいった訳だけど。
「おそらく年には勝てないんじゃないか?」
「あぁ~それお姉ちゃん達に言ったら怒られるやつだっ!」
「だから秘密にしといてくれ」
「了解了解っ」
(姉と言えば、昨日の一件で顧問の先生が決まったってこと、バイキング中にうっかり口にするところだった。春葉には真っ先に喜んでもらいたいけどな。金曜日、皆で集まった後にダメ元で端午先生の所にお願いに言ったら、検討するって言ってもらえた……みたいな感じで言っておくか)
「そういえばさ? 金曜日に皆で集まった後にダメ元で端午先生の所にお願いに行ったんだ。そしたら意外や意外、検討してみるって言ってくれてさ?」
「えぇっ! 本当?」
「あぁ、火曜日に返事貰えることになってる」
「じゃあさ? もし顧問を引き受けてくれるってなったら……ついに同好会発足?」
「そう言うことだ」
「うわぁ~! なんか楽しみになってきた。早く火曜日にならないかな?」
「だな。……ありがとな? 春葉」
「えっ、なに? 四季死ぬの?」
「だから、そんな縁起でもないこと言うんじゃないよ」
「だから、いきなりそんな柄にもないこと言わないでよっ!」
「ははっ」
「ふふっ」
春葉の笑顔を横目に、満足さと嬉しさを噛みしめながら、俺達は一緒に帰路へと就く。
次話も宜しくお願いします<(_ _)>