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21話 熱気に包まれたチャラ男

 


「やって来たなぁ! 弟!」


 どこかテンションの高い彩夏の声に、周りを見渡せば夕日とともに見慣れない風景が広がっていた。

 少し離れた場所ですらそう感じるとなると、いつも自分が通っている距離が途端に近く感じてしまう。


(それはそうと……)


「脇腹つつくの止めてもらえる?」

「良いじゃん良いじゃん? 姉とのデートだぞ? 逆にもっと喜ぶのだ!」


 彩夏と一緒に訪れているのは、お隣の県の繁華街。昨日連絡が来た通りに、目的はライブハウスへ行くことだ。

 なんでも大学の知り合いが演奏をするそうで、是非見に来てくれないかと言われたらしい。元々こういう誘いには弱い彩夏が協力しない訳もなく、とりあえず2枚のチケットを購入。せっかくだし姉2人でどうかと思ったが、彩華は騒がしいのは苦手だそうで、用心棒代わりに俺が誘われたという訳だ。


(にしても、仲の良い友達なら分かるけど、少し話をした程度の人の頼みを聞くかね?)


 俺としてはチケット代やらここまでの電車代、晩ご飯代まで出してくれるらしいので万々歳なのだが、いささか姉の優しさに不安を感じつつもある。

 本人としてはチケット代が比較的安かったというのもあり、困っていた様子を放っておけなかったみたいなのだが、チケット代うんぬんより結果として結構な出費になっている気がする。まぁ、そこは口にしないでおこう。


「じゃあ行くぞ~」

「へいへい」


 こうしてスマホの地図アプリを見ながら、俺と彩夏は目的地へと歩き出した。




 +++++++++++++++




「うおっ、涼しっ!」


 ライブハウスから1歩出るとやけに風が涼しく感じる。

 額から零れる汗を手で拭い、思わず声が零れた。

 熱気という意味をこれほど肌で感じたことはない気がする。それはある意味初めての経験だった。


(いやいや、盛り上がりすぎだろ?)


 正直、バンド界隈については詳しくないがライブハウスとはどこもこんなに盛り上がっているのだろうか? 入口こそ小さいものの会場はかなりの広さで、お客さんもほぼ満席の状態だった。演奏するバンドが変わっても、一斉にジャンプをしたり掛け声をしたりと息の合った光景は圧巻だった気がする。


 彩夏の知り合いが所属しているバンドも大いに盛り上がりを見せていただけに、なぜチケットを困りながらさばいていたのか理由が分からない。


(その辺も、色々あんのかな?)


 結局俺達は、彩夏の知り合いのバンドが出演した第1部の終了とともに外へと来た訳だ。元々そういう予定ではあったのだけど、おそらく中では第2部の開始とともに更に熱気に包まれているだろう。

 これもまた、良い経験だったのかもしれない。


「待たせたな弟!」


 なんて考えていると、その知り合いへの挨拶を終えた彩夏がライブハウスから出てきた。

 わざわざ挨拶まで行く必要があるのか疑問に思ったが、そこはちゃんと来たという証明も含めてしっかりとしたいとのことだった。

 まぁ、せっかく買ってもらっても自分たちの演奏を聞いてなかったと分かれば、本人達もガッカリするだろう。そもそもあの人の数で、来たかどうかが分かるのかは不明だけど。


「はいよ。てか、結構盛り上がってないか?」

「だよね? 来てくれてありがとう! だそうだ!」


「あの人数だったら、チケットなんて完売御礼だと思うけど」

「その点についてはだな、色々とあるらしいぞ? なんでも第2部に急遽有名なインディーズバンドが出演することになったみたいで、短時間で一気に無くなったらしい」


「マジかよ?」

「そもそもここに来る人って音楽好きでしょ? 目的はその有名バンドだけど、どうせ2部構成のライブなら色々なバンドを見たいっていうのがあるらしくて、結果1部もいつもよりめちゃくちゃ盛り上がってたらしいのだ」


「なるほどね。でもまぁ、良い経験になったよ。さんきゅ、彩夏」

「おぉ、もっと敬意を示してくれてもいいのだぞ? 弟?」


「さぁ帰るか」

「おいぃ!!」


 なんて冗談を交えつつ、俺達はとりあえず駅の方へと歩き出す。電車の時間はまだ余裕がある。晩ご飯について彩夏は何か考えているのだろうか? そう思い、声を掛けようとした時だった。


「うざいんだよ!」


 どこからともなく、穏やかではない声が聞こえてきた。

 思わず目を向けると、そこは俺達がいたライブハウスと隣のビルに挟まれた路地裏。普段であれば特に気にも留めないのだが、もしかするとさっきまでお邪魔していたライブハウス関係の人かと思い少し気になってしまった。


(ん? なんだ?)


 その路地裏は街灯が薄暗く、結構な暗さを醸し出している。ただ、唯一1箇所だけ煌々と灯っていた街灯。その光に照らされていたのはライブハウスの裏口だろうか? 扉の様なものが見えると同時に、2人の人影があった。

 1人は赤い髪の男。そしてもう1人は服装と髪の長さ的に女性なんだろう。

 しかしながら、その光景はさっき聞いた言葉通りのものだった。


「たっ、たかちゃん。お願いよ? 戻って来て?」

「お前とはとっくに終わってんだよ!」

「そんなこと言わないで? たかちゃんに捨てられたら私どうすれば……」


 いかにもバンドマンと言った風貌の男に、必死にすがる女性の背中がなんとも寂しくも見える。

 話の内容からして恋人同士の別れ話だろうか? いわゆる修羅場という現場を目の前に、なんとも言えない感覚に襲われる。


「料理だってしたし、お金だって出したよ? ご飯美味しくなかった? お金足りなかった? 何か駄目だった?」

「そういうのが重いんだよ! 最初はすんげぇ良かったけどな? ここまで尽くされると逆に怖いんだわ」


「そんな……それにたかちゃん、バンド成功したら結婚してくれるって……」

「だからさ、考えてみろよ? お前みたいなおばさんよりもっと若い子の方が良いに決まってるだろ?」


「若い……子……」

「今まで色々と世話になったけど、もう終わりなんだって。ここにも来るなよ。じゃあなっ!」


「まっ、待って? ねぇたかちゃん!」

「触んじゃねぇ!」


 必死の言葉を投げかけながら、女性がバンドマンを引き留めようと体に触れた。すると、あろうことかバンドマンは女性を手ではねのける。


「キャッ」


 勢いそのまま地面に倒れる女性。そんな姿に何の心配もすることなく、バンドマンは近くの扉から中へと入って行ってしまった。


(おっ、おい! マジかよ?)


 手を付きながら、なんとか起き上がろうとする女性。流石にそんな痛々しい光景を目の前にして、素通りなんか出来なかった。


「彩夏!」

「おうよ!」


 俺達はすぐさま路地裏へと入ると、女性へ声を掛ける。


「大丈夫ですか?」

「怪我は? 膝とか大丈夫? あの野郎、女性に手あげるとは!」


(彩夏、顔が恐ろしいぞ?)


「すっ、すいません」


 そう話す女性の手を彩夏が支え、ゆっくりと上体を上げると、その女性の顔が街灯に照らされてハッキリと見える。

 ただその瞬間、俺と彩夏の反応は一緒だった。


「えっ?」

「あれっ?」


 黒髪のポニーテールに黒縁の眼鏡。


「ごっ、ご迷惑お掛けしました。ありがと……はっ!」


 その姿はまさしく、


「端午先生?」

「香ちゃん?」


 担任の端午先生だった。



次話も宜しくお願いします<(_ _)>

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