20話 気品と才能
窓から差し込む夕日が、オレンジ色に教室を包み込む。
机に打ち付ける指の音だけが響く中、俺は考えに耽っていた。
話し合いが終われば、いつもはそそくさと帰宅している。ただ金曜日ということもあって、少しばかり1人で考えようと教室へ戻ってきたものの、これぞといった案は浮かばない。
(先生を説得する方法か……)
同好会発足の為の最後の難関が、顧問の先生を探すことだった。そこで昼休みに春葉と話した通り、現状適任と思われる先生方をリストアップ。誰に狙いを定めるべきかを決める為に、同好会賛同者へ連絡を入れた。
結果として放課後であれば大丈夫ということで、多目的室にて各々へ説明をし、相応しい先生を選んだのだが、その結果が端午先生だったという訳だ。
リストアップされた3人の中では、個人的に1番無理な気がする。それでも皆からの意見は、端午先生一択だった。
年齢。
他の先生より生徒から親しみやすい。
ストメといったアプリの理解度の高さから来る連絡のしやすさ。
言われてみれば、確かに候補としては最上位だろう。しかしながら、直に目の当たりにしたあの反応を変えられるかと言われると自信はない。
という訳で、何か案はないか必死に考えていたのだが……結果は残酷だ。
三顧の礼を尽くすか。
(いや、あの拒否反応は何度行っても無駄だろう)
好きなものを持参するか。
(好きなものってなんだ? 情報収集して……って言っても誰から? 端午先生の性格上、自分のことはあまり話していない気もする。けど、やってみる価値はあるか?)
何か弱みの様なものを探すか?
(いやいや。だからそんなの都合よく見つかるはずがない。下塚さんと菊重の件は本当にたまたま。大体そんなことしたら、それこそチャラ男確定だっての)
結局、これといって目新しい案は浮かぶ気配がない。むしろ悩めば悩むほど深みにはまっていく気がする。
(あぁ、やっぱ良い案浮かばないな。とりあえず今日は帰るか)
この件については、一旦持ち帰ることにした俺は、鞄を手に取り教室を後にしようとした。すると扉の辺りでとある人影と遭遇する。
(おっと)
艶やかな長い黒髪。
すっきりとした鼻筋。
白い肌。
張りのある唇。
それは紛れもなく、現在の京南高校で1番有名であろう人物。
(七夕……渚?)
生徒会会長の七夕渚、本人だった。
「あら? あなた……」
こちらに気が付いたのか、顔を向ける生徒会長。改めて真正面で対峙すると、その瞳に引き込まれそうな感覚を覚える。さすがは生徒会長になった人だ。同い年とは到底思えない。
しかしながら、無言という訳にはいかないだろう。同好会発足に王手をかけている今、ちょっとでも心証を損なう行動だけは慎みたい。
「あっ、こんにちは生徒会長」
「こんにちは。井上……四季君……ですよね?」
意外にも生徒会長に名前を憶えてもらっていることに驚きを感じる。
「名前を知ってもらって嬉しい限りですよ」
「だって、井上君有名人だもの。名前を知らない訳ないじゃない?」
「有名人とは、社交辞令でも光栄です」
「あら? 本当のことよ? その容姿は目立っているし、噂は常々耳に届いていますから」
(……あぁ、容姿ね? それにしても噂というのはあれだよな?)
「派手な地毛で申し訳ないです。それに噂というのは?」
「京南のプレイボーイ、天性のチャラ男、ナンパ百戦錬磨、年下キラーなどでしょうか」
もはや定番となった噂も、生徒会長の口から言われると多少なりとも心にくるものがある。それに加え、聞き覚えのない噂も聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。
色んな意味で俺を知っているという現状を喜んでもいいものなのか、複雑な気持ちだ。
「なんか知らない噂もあるな」
「そうでしたか? これは失礼しました」
「別に大丈夫ですよ。慣れたもんです」
「慣れた……つまり噂は事実と?」
「いやいやなんでだよ!」
「ふふっ。冗談です。それにやっと砕けた話し方してくれましたね?」
「まっ、まぁ……とっさにね」
「同い年なんですから、もっと楽にいきましょう?」
そう言いながら、笑みを浮かべる生徒会長。圧倒的な空気感なのにも関わらず、誰からも慕われる意味はこういうことなのかもしれない。
対面するとその理由が分かる。最初こそ身構えてはいたものの、どこか話易い雰囲気に口調も柔らかくなっていた。
(流石は生徒会長ってとこか)
「善処はしますよ」
「お願いしますね? ところで井上君、秋乃から話は聞いてますよ。ボランティア同好会を作ろうとしていると」
「すいませんね? 下塚さんお借りしちゃって」
「全然です。生徒会としても、ここ数年新たな部はおろか同好会が出来ていない実態があります。生徒の積極性が薄れているということに多少なりとも危機感を感じていました。そんな中、新たな同好会が出来るのは喜ばしい限りです」
「そう言ってもらえると嬉しいですね」
「ちなみに進行具合としては、現状どうなんでしょうか?」
(同好会、ひいては部への昇格に関して生徒会とは仲良くするに越したことはない。ここは事実を話して問題はないだろう)
「とりあえず、残りは顧問の先生を探すのみかな?」
「顧問……それはまた難関ですね? でも、なんとなく井上君ならあっけなく解決してしまいそうな気がします」
「いやいや、一杯一杯ですが? 良い案が浮かばないもんで帰ろうと思ってたところだし」
「そうなんですか。ふふっ。生徒会としても応援してますよ? それでは気を付けてお帰り下さいね?」
そう口にし一礼すると、廊下を歩いて行く生徒会長。その動作1つ1つに気品を感じるのはなぜだろう。これが有名企業のご令嬢としての振舞なのだろうか。ただ、そんな雰囲気を感じさせつつも親しみさを兼ね備えているのは、まさしく人の上に立つ才能と言ってもいい気がする。
(世の中には、こういう完璧な人が居るもんなんだな)
生徒会長の背中にそんな思い募らせながら、俺は静かにその場を後にした。
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