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15話 羨ましがるチャラ男

 


(あぁ、疲れた)


 まだ1週間が始まったばかりだというのに、もはや週末かのような疲れに襲われながら、俺は家へと帰宅した。

 思い起こせば、なんと濃厚な1日だっただろうか。

 朝から岩田先輩の呼び出しに、菊重からの宣戦布告。

 クルミのおかげで少し和らいだものの、さっきの天女目さんとの一幕で完全にやられた。


(こんな日は熱めのお湯に浸かるのが1番だ。絶対に)


 そんな確固たる決意を胸に、俺は玄関の扉を開ける。


(ん?)


 玄関へ入ると、どこか食欲を誘う良い香りが漂っていた。基本的に晩ご飯は母さんが作ってくれるのだが、玄関の靴を見る限りまだ帰ってきてはいない。その代わり見知った靴が2足。

 その様子に、誰が晩ご飯を用意してくれているのかはなんとなく察することが出来る。


「ただいま」


 いつもの様にリビングの扉を開けると、キッチンには2人の姿が見えた。

 まさに予想通りの姿に、全く違和感を感じない。

 というより、これもまた靴で判断出来るほどの長年のお付き合いの賜物かもしれない。


「おかえり。四季」


 1人はエプロン姿の春葉。


「戻ったか! 弟よ!」


 そしてもう1人は姉だった。

 井上(いのうえ)彩夏(さやか)。俺のもう1人の姉で、現在京南(けいなん)大学に通う大学生だ。

 彩華とは違って、どちらかというとおっとりした雰囲気だろうか? 父親似の彩華に母親似の彩夏と周りから言われるくらいだし、そうなんだろう。

 まぁ実際性格も結構違っていて、見た目通り何とかなる精神でのほほんとしている。

 とはいえ、なぜ名前に同じ漢字を使いながらも、読み方を変えたのか……漢字を覚えた時にそれなりに混乱した記憶がある。まぁ、そればかりは両親にしか分からないことだ。


(母さん遅いってことか。けど、なんで2人で料理?)


「なんとか戻ってきましたよ。んで? 母さんは会議とか?」

「そうなのだよ。連絡があってねぇ、急遽晩ご飯の当番を仕った」

「帰って来た時に、さやちゃんと偶然一緒になってね? お手伝いしに来ちゃった!」


 なんとなく察しがついたように、どうやら母さんは緊急の会議のようだ。そうなると、晩ご飯の準備は基本的に姉2人のどちらかが担当している。どうやって決めているのかは、各々の予定に沿っているのだろう。詳しくは分からないけど、今日は彩夏の番らしい。


 姉達が全滅の場合は、もちろん俺が当番になるのだけど……正直、味には自信がない。

 今日みたいに春葉が応援に来てくれたら最高なのだが、流石に毎回とはいかない。なので、実のところ学校での居残りは良い口実になっていたりする。その代わり精神的に疲弊するけど。


 ともかく、彩夏と春葉の料理には微塵も不満がない。そうと分かると、俺は『着替えてくる』と2人に言い残し、自分の部屋へと向かう。

 そして簡単に着替えを終えると、2人の作業するキッチンへと足を運んだ。


「えっと、何かやることは?」

「おぉ、良い心掛けだ弟よ。ならば、サラダを頼もうか」

「へいへい」


 誰かの手伝いをする。

 この意識については、幼いころから父に教えられた。何かしら困った様子の人はもちろん、誰にでも親切にすること。そしてその第一歩が何気ない一言だそうだ。

 社会に出る為には当然の考え方らしく、口酸っぱく言われていた影響か、こういう場面では手伝わなければいけないという意識が体に染みついている。


「ふふっ。流石、四季。気が利くねぇ」

「ありがとさん」


 こうして、見事にカレーにサラダ、スープが完成。お腹の膨れる準備が整った。

 折角だし春葉もどうかと誘ったが、桐生院家に自分が作った晩ご飯があるそうで、完成した瞬間にそそくさと帰ることになった。

 いくら珍しくない光景とは言え、最低限の見送りは当然だろう。春葉と一緒に外へと出ると、ゆっくりと歩き始めた。


「てか、本当悪いな。自分の家の晩ご飯作った後に彩夏の手伝いまで」


 桐生院家の晩ご飯は、基本的に春葉が作っている。ご両親の仕事が忙しいらしく、たまにお父さんが作ってくれるらしい。

 ただ、休日となるとご両親が平日のお礼も兼ねて腕によりをかけるらしく、家族間の仲はすこぶる良い。毎年必ず家族旅行に行くなら当たり前か。


 ちなみに、春葉にも大学生の姉さんが居るのだが、もはやモデルやらの仕事もしているらしく、こちらも忙しそうだ。

 確かに春葉が可愛い系なら、姉さんの方は綺麗系な気がする。


「全然! ウチの作り終わって、時間あったから手伝いに来ただけだからっ! 四季もちゃんと食べてね?」


 そんな何気ない話をしている時だった、ふとさっきの出来事を思い出す。同好会賛同者として、春葉にはさっきのことを話しておくべきだろう。


「了解。あぁ、それと天女目さんいるだろ? なんか同好会に入っても良いって言ってるんだけどさ……」

「えっ、そうなの? やったじゃん!」


「ただ、天女目さんは茶道部入ってるからな。既に部活に入ってる人が賛同してくれるとは思ってもなかったから、その点がどうなのか明日下塚さんに聞いてみようと思う」

「あぁ、確かに。でももし兼任OKなら……」


「同好会発足に王手だ」

「だねっ!」


 そんな嬉しさを互いに感じていると桐生院家へ到着。詳しくは明日話そうと告げると、春葉は笑顔で家へと入って行った。

 流石に嬉しそうな春葉の表情を前に、天女目さんの不純な動機は口に出来なかった。


(まぁ……なんとかなるか)


 とりあえず、その点についてはご飯を食べながら考えようと思い、春葉を見送った俺は自宅へと戻った。

 こうしてキッチンへと足を運ぶと、彩夏がすでにカレーをお皿へ盛り付けている。どうやら結構遅くなりそうだということで、先に食べていて欲しいとの連絡があったらしい。

 こういう事態は別に珍しいことでもないけど、本日の晩ご飯は久しぶりに彩夏との1対1となった。


「して弟よ。学校生活はどうかね? 同好会発足は順調かい?」


 同好会については、彩華を始めとして家族内ではすでに周知のものになっている。とくに彩夏は、母校の同好会ということもあって興味があるようだ。


「とりあえず、賛同者は残り1人かな」

「おぉ! すごいな」


(あれ? 彩夏って京南高校卒だよな? だったら部活兼任云々も知ってるんじゃ?)


 俺が高校の進学先を考えた時、京南に決めたのは彩夏が通っていたという部分が大きい。事前にどういう場所なのか、雰囲気を知れたのは良かった。


「ちなみにさ? 部活の掛け持ちって有りなの?」

「う~ん、少なくとも私の時代は大丈夫だったよ?」


「マジか?」

「だって私、美術部と吹奏楽部と華道部掛け持ちしてたから」


「はぁ? マジかよ」

「いや、部員が少ないって泣かれたもんでね? ははっ」


 彩夏の頼まれたら断れない性格は、弟の俺から見てもハッキリと分かる。まさしく、何とかなる精神の権化だ。ただ、実際にそれをこなしてしまうのだから末恐ろしい。


「そっか。良いこと聞いた」

「役に立って何よりだ! まぁ、何かあったら香ちゃんに相談しなよ? 雰囲気冷たいけど、意外と話聞いてくれるのだよ」


(香ちゃん……あぁ端午先生か。さすが卒業生。名前で呼ぶなんて俺じゃ考えられないぞ)


 京南高校を卒業しただけあって、彩夏は端午先生のことを良く知っているようだ。

 もしかすれば、端午先生も井上彩夏の弟ということで、少しは気に掛けてくれているのかもしれない。

 同好会の顧問うんぬん以外は。


「なるほど、了解。ちなみに彩夏こそバイトどうなの? 前の喫茶店のバイトは速攻で辞めてたけど?」

「あれはねぇ、とんでもないお客に遭遇してな? トラウマものだったぞ」

「一体どんな客だよ」


 こんな性格の彩夏が、1ヵ月も経たずに辞めてしまった喫茶店のバイト。そのお客とは相当ヤバイ奴だったんだろう。

 とはいえ、今のバイトは始めてもう1年は経とうとしている。それも彩華と同じ芸能プロダクションの商品開発方面で、デザインなんかを担当しているらしい。良くもまぁ、そんな良いバイトが見つかったもんだ。本人曰く日頃の行いだそうで、姉2人のその点については、ひどく憤りを感じている。


「でもまぁ今が楽しいから、ある意味あのトラウマ客には感謝しないといけないなっ!」

「そんなもんかね?」


「あっ! そういえばさ? 私がデザインしたキーホルダーが出来上がったのだよ! 折角だし弟の鞄につけておいてあげよう。光栄に思え!」

「えっ? 結構です」


「はぁ? 無礼な奴め! 絶対に大人気商品になるぞ? 品薄になるぞ?」

「キャラクターによる」


「ふふふ。可愛いウサギちゃんなのだ」

「あっ、結構です」

「なにおぉ!!!」


 そんなことを話しつつ、充実した毎日を迎えているだろう姉に、やはりどこか羨ましさを感じてしまう。今日この頃だった。


(俺にも早く、日頃の行いの報い……来ないかな)


「聞いてんのか!? 弟ぉ!」



読んで頂きありがとうございます。

もし面白い、続きが読みたいと感じてもらえましたら、感想や評価・ブックマーク等を頂けると大変嬉しいです。

次話もどうぞよろしくお願いします<(_ _)>

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― 新着の感想 ―
やっぱり他の物語と登場人物がコラボしてるのは面白い。
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