14話 頭を抱えるチャラ男
「ん~!」
学校終わりはどうしてこうも体が凝るのか。そんな疑問を抱きながら、俺は思いのたけに腕を伸ばして電車を待っている。
少なくとも、去年まではこういう疲れのようなものは感じなかったことを考えると年のせいなのか? はたまた学業への集中が増しているのか? 前者については、絶対に彩華の前では口に出来ない。
思い当たると言えば、同好会について柄にもなく机に向かう時間が多いことだろう。いつもであれば、学校が終わればすぐに帰宅していたけれど、ここ数日は学校で色々と考えに耽ってから帰ることが多い。
例にもれず今日も少しばかり考えごとをしていたものの、あまり良い案は浮かばず、早々に帰宅しているという訳だ。
いつもより早いとはいえ、辺りは夕焼けに赤く染まっている。この時間帯もまた、帰宅するには珍しいものだった。
(意外とこの時間って、電車の利用者少ないんだな)
学校終わりには、自分と同じような帰宅部がこぞって利用している為か、結構な学生の数だった。
ここ数日居残った時には、主に部活終わりや塾終わりの学生だろうか? 同じく結構な利用者が見られていた。
そう考えると、この夕方の時間帯は自分自身も滅多に利用はしない。それゆえの意外な発見だった。
電車に乗り込むと、その予感が確信に変わる。まさに選び放題とはこのことだろう。
(しかも想像通り、空いてる席だらけ。これは良い穴場の時間帯だな)
となると、真っ先に選んだのは入り口近くの席。到着と同時に最短距離で出られるこの席は、いつもなら一早く埋まる場所でもある。
こうも簡単に座れるのはなんとも珍しい。
「よっと」
そんな嬉しさを噛みしめながら、ゆったりと席に腰を下ろすと、早速ポケットからスマホを取り出す。
こんな落ち着いた雰囲気でやることと言えば、スマホのゲーム一択。
いつもの駅までの間、集中してプレイできるのは思いがけないご褒美にも感じた。
電車の扉が閉まると、ついに有意義な時間がやって来たと心が躍る。
(さてと、じゃあ……)
「あれ? 井上じゃーん」
しかし、そんな浮かれた気分も長くは続かなかった。
なんとも聞き覚えのある声が耳を通ると、反射的に顔を上げてしまう。するとそこに居たのは……
「天女目さん?」
ギャルの天女目さんだった。
(あっ……)
名前を口にしてしまった瞬間、やってしまったと思ったものの……むしろ目が合った時点で負けだと悟る。
「珍しいねー、この時間帯で行き合うなんてさー?」
「そっ、そうだな」
「じゃあ、隣しつれー」
いつもの友人らが居ればまだしも、1人しか姿のない時点で薄々こうなる予感はしていた。
「よいしょー」
隣に座った瞬間、ほのかに香る匂い。香水だろうか? 少し甘めの香りは、良い意味で天女目さんのイメージとは違うものだ。
勿論、良い香りなのは間違いない。
(無駄に良い匂いだな。イメージとは違うけど)
天女目さんとは、あれ以来1対1で話す機会はなかった。ましてや、いきなり『シない?』なんて口にされた人物と、またもや対面なんて気まずくてしょうがないのが本音だ。
教室で時折目は合うものの、そこから何かをする訳でもないし、あったとしてもウインクをしてくる程度だろうか。なんにせよ実害はないに等しい。
ただ、そんな人物が隣に座るとなると話は別だ。それにこの時間帯、乗客はかなり少ない。この車両も例外ではなかった。
(とりあえず雑談でもして、あの件から話題を遠ざけよう)
「井上は今帰りー?」
「あぁ。少し残ってて、今帰るところだ」
なんて考えていたものの、天女目さんに先を越される。とりあえずこちらが主導権を握らなければ。
「天女目さんは部活終わり?」
「全然ー? 実はデートの予定だったんだー」
「デッ、デート?」
「うん。でもねー、実際会ったら全然タイプじゃなくて―、帰ってきちゃった」
(流石ギャルというか、天女目さんはその見た通りの交友関係をお持ちみたいだ)
「そっ、そうか。それは残念だったな」
「なんかピンとこないんだよねー」
「それは……」
「あっ、井上ー? 丁度良いじゃーん。このままホテル行こーよ」
(いっ、いきなり飛んで来たぁ!?)
こちらの順序良く雑談を繰り返そうという思惑を見事にぶち壊す。ギャル特有の怖さが存分に発揮された瞬間だった。
とはいえ、このまま焦ればロクなことにならないのは重々承知。あくまで慎重に対応することを決める。
「何言ってんだよ」
「いいじゃーん。この前言ったでしょ? 今度シようってー」
「お言葉だけど、前にも言っただろ? こういうのは順序を経てって」
「もうー。ホント井上って意地悪」
対応としては、ほぼ100点に近いだろう。しかし、どうしてこんなにも距離が近いのだろう。わざとなのか無意識なのかか、こちらを覗き込むような姿勢と第2ボタンまで外されたブラウス姿は、並みの……というより一般的な男子学生ならイチコロだろう。
ただ、何度でも言おう。ここはあえて冷静に対処しなければ。
「ごく当たり前のこと言ってるだけだ」
「そんなこと言ってー、ねぇ?」
それは突然だった。左のふともも辺りに感じる感覚。ジワリと伝わるのは、肌の体温だろうか? 思わず視線を向けると、手入れのされた爪が輝く褐色肌が自分の太ももに触れていた。
ただ、それを理解した瞬間に……全身に悪寒が走る。
吐き気に襲われ、額に溜まる冷たい汗。加速する鼓動に、体がついて行けずに呼吸が乱れる。
倦怠感と嫌悪感が体を支配し、どうにも気持ちが悪くて仕方がない。そんな状態に、思わず我慢が出来なかった。
「やめろ」
「えっ……」
どんな表情なのかは分からない。ただ、俺は天女目さんに向かってそう口にしていた。
その声が聞こえたのか、驚いた顔を見せる天女目さん。少なくとも教室内では見たことのない彼女の表情に、俺はハッと我に返る。
そして、やってしまったと感じるも後の祭りの状態だった。
(やっ、やっば! とっ、とりあえず謝っとくか)
「わっ、悪い。でもやっぱそういうのは、そういう関係じゃないと」
とっさとは言え、強い口調で行動を征したことに気まずさを感じ、謝罪とその理由を口にした俺。正直、その行動に文句の一言でも浴びせられる覚悟だったものの、意外や意外。天女目さんはその言葉を聞くや否や、少し笑みを浮かべた。
「あはっ。ちょっと強引だったもんねー」
「いや。俺も少し口調がキツかった」
「そう? 井上の怒った顔と冷たい言葉……なんか逆にキュンってしちゃったけどー」
「えっ……?」
「やっぱ井上って見かけによらずSだよねー。ドS。私もどちらかというと、そっちだと思ってたけど……ふふっ、ちょっと興奮しちゃった」
(この人は一体何を言ってるんだろう)
―――次は桜ヶ丘、桜ヶ丘です―――
「あぁー、残念。駅着いちゃった」
なんとも理解しがたい言葉を発しながら、またしても舌なめずりする天女目さん。その表情は本当にどこか満足しているような、そういう感じにも見えた。
しかしながら、どうやら彼女の降りる駅に到着したのだと思うと心底ホッとする。
「そういえばさー? 井上って同好会作ろうと思ってるんでしょ?」
「えっ? あっ、あぁ」
「アタシ、入ってもいいよー?」
「天女目さんが?」
とはいえ、この人はただで帰るつもりはないんだろう。もはや、その行動1つ1つが予測不明だった。
「だって、一緒の時間が増えたらー、シてくれる可能性も増えるってことでしょー?」
「はい?」
「ふふ。ドSプレイに放置プレイなんてー、やっぱ井上って興味そそるよねー」
(いやいやいや! ちょい待て! どういう解釈したらそうなるんだよ!)
「ちょっ、天女……」
「じゃーまた明日ねー」
そう言いながら、ウインクをしつつ電車を降りていく天女目さん。
あまりの展開と、解釈の相違に思わず溜め息が出る。
「はぁ……どうしてこうなるんだ」
生徒会会計の菊重陽と、ギャルの天女目夏季。
まったく別方向から、頭を悩まされるとは思いもしなかった。
(はぁ……やっぱ女の子って、よく分からないよ)
次話も宜しくお願いします<(_ _)>




