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第8話 殺人鬼の友達

「お嬢」


 寝落ちしたみたい。声が聞こえる。

 レム睡眠で、働く脳に雑音が入る。耳を塞ぎたいけど体が動かない。


「お嬢……バケモノを止めて、くださいっす……」


 うるさいな。一言文句を言ってやる。

 力を込めてまぶたを開けると、そこには腫れ上がった顔があった。


「うわ」


 とっさに殴ってしまった。幽霊かと思ったけど若頭だった。

 仰向けに倒れた若頭が鼻頭をさする。


「殴るのはひどいっす」

「ごめん。ちょっとびびった。で、どうしたの?」


 掃除がまったく進んでいない。ガラス片が転がってるし、粉々になったフィギュアも放置されてる。進んでないっていうかやった形跡がないんだけど。


 若頭以外の組員が誰もいないし、職務放棄かも。だったらやだな。


「お嬢の友達にボコされたんすよ! マイガンの続きが見たいわ! とか暴れ回った挙げ句に、ボコされたくなければ買いに行ってこいっすよ! なんすかあの悪役令嬢みたいな性格のコスプレイヤー! わがまますぎっす!」


「落ち着いて。エリーと組員は?」


「秋葉原に向かいました。も、もちろん、早朝にやってる店ないっすって説明したんすよ! でも店主を叩き起こせばいいじゃない。あたしは王よの一点張りで、それにあんな怪力のバケモノを止める勇気もなかったんすよ」


 職務放棄じゃなくて連れ去りだった。縦社会の極道で、上の言うことを聞かないとか組織の崩壊だからな。ほっとするけど。これはこれで由々しき問題だ。


「わかるけど。止めてよ。早朝にヤクザとそれを束ねるコスプレイヤーがアニメショップを襲撃するってやばすぎでしょ」


 秋葉原って早朝でもそこそこ人がいるからネットがざわざわする。絶対に誰かがエリーとヤクザの奇行を晒す。そうなったらエリーが有名人になっちゃう。


「そこは安心してください。マカロンをおすすめしたっす」


 マカロンは秋葉原に古くからあるアニメショップだ。一階が店舗で、二階が自宅の個人店だ。中身が殺人鬼のVTuberの姉が店主を努めている。


 路地裏の奥まったところにある、ぽっかり空いた空間に店があるから、マカロンには滅多に人が来ない。腹減ったってニャーニャー鳴く野良猫は来るけど。通勤通学で、路地裏なんて歩く人はいないし、良く言えば隠れた名店のマカロンならネットがざわざわはないかもしれない。


 経営大丈夫なのかな。私とアリス以外お客のいない店だ。


「二階に殺人鬼がいるって知ってるよね。姉の店が襲撃されたらたぶんおこだよ」


 両手を頭まで持って行って、人差し指を立てる。鬼を表現だ。


「バケモノにはバケモノをぶつけるのが定石っす」

「エリーだけが襲撃なら別にいいけど。うちの組員も一緒なんだよ」

「飛び火、する」


 エリーに脅されてうんぬんって言い訳はたぶん通用しない。このままだと厄災に巻き込まれる。最悪だ。ガチのシリアルキラーと喧嘩してもメリットがない。


 お前が死ぬか私が死ぬか。なんだよね。


「お嬢。俺、組抜けます! バケモノと戦争なんてごめんっす!」

「会社じゃない。やめる、なら代償が必要」


 のそりと起き上がった、アリスが若頭の内ポケットからドスを取り出した。

 ドスの刃が若頭の小指に軽く触れる。アリスがちょっと力を込めれば小指がぽろっと取れるはずだ。


 たまーにうまくできずにちょっとギコギコやることもあるけど、アリスなら一発で切断すると思う。下手な奴がやると組員も我慢できずに悲鳴を上げるからな。


 見栄えが良くない。


「アリス。今どき指詰めなんてやらないよ」

「教材ではみんなやってた」


 アリスが言う教材は極道映画と極道のゲームだ。


「私が子供の頃はやってたんだけど。今、指になんの価値もないから正直、貰っても嬉しくないんだよね。捕まるリスクが増えるだけのただのゴミ」


「じゃあドラム缶に詰めて、沈める?」


「チョイスが古い。あと素人のやり方だよ。それは……代償が命なら普通に首を掻っ切るだけで良いよ。そのために高い金払って、清掃業者雇ってるんだから」


「やっぱりやめないっす! だからやめろっす! 姉さんが悲しむっすよ」


 若頭が本家会長の姉さんにすがる。会長極度のシスコンだから手を出したなんて知られたら間違いなくデスだ。だって結婚してないっていうか結婚できないのに、会長、姉さんの夫を名乗ってる痛い人。そんな痛い人からすれば若頭は愛人だ。ここは痛い人の考えに合わせて私も若頭を愛人と呼ぶ。


「安心して。組を簡単に捨てる弱っちい心の持ち主は信用できないけど。まだやらないから。パパもパパで、困るよね。会長の姉さんに猛プッシュされて、おまえを若頭に任命するし。ね。愛人くん」


「へ?」


「若頭になりたい一心で、寝ただろ? 元々チャンスがあれば消したいって思ってたんだよ。組抜けで殺すはやり過ぎだけど面目は立つ」


「お、お嬢。俺はそんな、こと……」


「どっちがお好み。会長にバレて地獄を見るか。アリスにサクッと殺されるか。後者しかないと思うんだけど。どうする?」


「お嬢。イケメンの彼氏欲しいだろ? 第三の選択肢を用意してくれたら、一生おまえだけを愛してあげてもいいんだぜ」


「キモ」


 鳥肌が立った。若頭はタイプじゃないし、そもそも男として見れない。

 アリスから殺意が溢れ出す。無意識に殺しそうな雰囲気だ。


「……なんでもします! 許してください!」


 アリスがドスの切っ先で、若頭のアゴ下をちょんちょんする。

 若頭の顔がイケメンフェイスから媚びへつらうに変化する。


「語尾に、すって付けなくても会話できたんだね」

「申し訳ありません! 生意気やってました!」


 若頭が土下座をする。恐怖で、やっているだけで、誠意はない。

 誠意が不在の土下座に価値はない。


「一度だけどんな命令でも聞いてくれれば許してあげないこともないよ」


「本当ですか!」

「失礼。ボスに二言はない」


 若頭の足をちょっと切った、ドスが床に突き立った。


「ひえぇ」


 組事務所兼自宅の敷地内にある車庫に移動する。

 車庫はちょっとした、工場みたいな建物だ。広々とした空間に三十台の車が保管されている。ほとんどが黒塗りの高級車だけど一部軍用車もある。

 中古のハンヴィーだ。米軍の払い下げで、アメリカから日本に持ち込むのが大変だったし、公道で走れるように覇気を抜かれたハンヴィーを改造するの苦労した。


 アリスが若頭を引きずっている。襟首を引っ張られて、首が若干絞まってる若頭が苦しそうにうめいていた。スーツがビリビリだ。


 アリスの愛車のミニクーパーSのトランクに、若頭を無理矢理押し込む。


「ボス。エチケット袋持った?」

「うん。気にせずに爆走して大丈夫だよ」


 意識を保っていられるうちに、周防にメッセージを送った。


 ミニクーパーSが早朝の道路を縫うように突っ走る。ぎりっぎりのところで、一般車を回避して、車列を横断する。信号だって無視だ。


 一般車を巻き込まずかつ最高速度で、爆走するミニクーパーSは格好の的だ。警察車両がわらわらと集まってきた。


「止まりなさい!」


 野太い声が警察車両の拡声器から流れた。そんな声などお構いなしにミニクーパーSは進む。秋葉原に入った。


 路地裏の入口前にミニクーパーSが止まった。

 お腹がシェイクされて、全部出た。


「おい! あいつ、米俵組のお嬢さんじゃないか!」


 警察車両から降りた、野太い声の持ち主が叫んだ。階級は巡査部長だ。


「本当だ! 追いかけろ! うわ、あぶね」


 巡査部長の相棒が口をあんぐり開けて、のけぞる。

 ミウラSVが警官の集団めがけて突進する。


 ミウラSVはレトロなランボルギーニだ。昭和の時代に販売された車で、今なお可動するミウラSVは貴重だ。


 金があっても簡単には買えない代物だし、販売するとしたら、三億くらいで出品だ。維持費もとんでもなく高い。警部補が乗り回して良い車ではない。


「公務執行妨害で逮捕するぞ!」


 間一髪のところで、止まったミウラSVに巡査部長が悪態をつく。


「やぁ」


 ミウラSVの運転席に座っている周防が挨拶をする。


 周防は昔の車が大好きなんだけど、ミウラSVはやめてほしい。汚職していますって喧伝けんでんしているのと同じだ。


 警察幹部でも買えない車を警部補が乗り回すなんて異常だ。


「警察に喧嘩売ってんのか!」

「巡査部長。この方は四課の悪魔ですよ」

「え!? し、失礼しました!」


 背筋を正した、巡査部長が敬礼をする。


「四課の管轄だから待機で、お願いします」

「お言葉ですが、交通課の管轄……いえ! なんでもありません!」


 周防が巡査部長を睨んだ。


「問題が発生したら、笛を鳴らします。それまでは待て、を厳守で、お願いします」


「俺たちは犬じゃないです」

「お願いします」

「……了解」


 警官の集団が周防に敬礼をする。警官が大勢見てるのに、アリスがミニクーパーSのトランクを開けた。トランクに若頭を押し込んだ気がするんだけど。

 ヤクザのくせに警官に助けを求める、若頭の姿があらわになった。

 巡査部長が鯉みたいにパクパク口を動かす。


「気にしないでください」


 周防が巡査部長の耳元で、囁いた。

 巡査部長が制帽を深く被り、見なかったことにする。


 路地裏に入ってマカロンを目指す。ツタが茂っている二階建ての店舗兼住宅。ここが知る人ぞ知るアニメショップ、マカロンだ。


「店主! 王の来店よ! 防壁を解除しなさい!」


 店舗の前にエリーと組員が立っていた。組員は乗り気じゃないけど、エリーはノリノリで店舗に押し入ろうとしてる。開店前だから、入口にはシャッターが下げられているけど、エリーの手には巨大な氷のハンマーがあるし、ぶち破れると思う。


「エリー。破壊するなよ! 絶対に破壊するなよ!」

「お前はバカか?」


 若頭が自分の頭を指差して、言った。

 失礼すぎる発言に、組員が凍った。


「バカなのかそうじゃないのかすぐに分かるよ」


 エリーが大きく振りかぶった。

 巨大な氷のハンマーがシャッターをぶち破った。


「きゃあああああ」


 殺人鬼の姉が悲鳴を上げる。髪はぼさぼさだ。寝起きらしい。

 腰が抜けた、殺人鬼の姉から血の気が引く。


 寝間着のジャージ姿のまま、バット片手に待ち構えていたら、いきなりシャッターがぶち破られて、エリーが来訪だ。そら恐ろしい。


「あんたが店主ね。マイガンの続きが見たいわ! 用意しなさい」

「え? なんなんですか。こいつ」


 殺人鬼の姉の名前は小鳥遊文乃たかなしふみのだ。十九歳の陰キャの美少女だ。殺人鬼からは、ふみねえと呼ばれている。


「続きが気になって、イライラが止まらないのよ」

「マイガンのブルーレイがほしいから、うちを襲撃したってこと?」


「襲撃じゃないわ。王が来たらいつなんどきでも応対するのが普通なのに、防壁なんて展開するから、ぶっ壊して入っただけよ。お金なら払うわ」


「頭の足りない子だ……シャッターの代金も払ってください」

「もちろんいいわよ。ふふん、お金ならいくらでもあるのよ」


 エリーが魔法のカードを十枚ほど扇子みたいに広げた。

 エリーの手にある、魔法のカードは組員の持ち物だ。


「組員を財布代わりにするな」


 エリーの頭をチョップする。


「痛いわ! なにすんのよ!」

「ボス。下がって」


 殺人鬼が現れた。レインコートを着ている。


「小春。ふみねえに危害を加えたら、親友でも殺すよって前に言いましたよね」


「よる。ごめん」

「米俵組の組員も関わっているようですね。全員、殺します」

「ごめん……けじめとして、若頭を差し出すよ」

「お嬢! なにバカなこと言ってるんすか!」


 一瞬、頬を緩めた組員たちが悲痛な叫び声を発する。


「若頭! 若頭が死ぬくらいなら俺が犠牲になります(棒読み)」

「ダメ。若頭の思いを無駄にしてはいけない」

「アリスの言うとおり、だ。若頭は俺たちのために、犠牲に、くぅなんてお人だ」

「てめぇら喜んでんだろ!」


 担いでいた若頭をアリスが放り投げた。

 道端に置かれた、若頭を殺人鬼が見下ろしている。


 殺人鬼の名前は小鳥遊たかなしよるだ。


「小春。今回だけ見逃してあげる。それにしても演技が下手ですね」


 よるが組員たちを眺める。組員たちが口笛を吹いた。


「くそが! おい、殺人鬼! てめぇ良いように使われて、る……ぞ……やめ!」


「知ってる。でも警察と戦争するよりはマシですよね。いるんでしょ?」


 目を細めたよるが私を見る。相変わらずの冷たい目だ。


「路地裏の外で、待機してるよ」

「そういうことですよ。おまえの命を貰った、なら面目は立つとは思わない?」


 よるは裏社会では有名な殺人鬼だ。恐怖の象徴でもある。


 裏社会はすぐに噂が広まる。警察にびびって手を引いたなら恐怖の象徴が崩れるけど、若頭の命と引き換えに見逃したなら揺るがない。


 よるの姉が目を塞いだ。


「どうして俺は俺を見ているんだ? あ? 首から上がねぇぞ?」


 手斧が若頭の頭部を切り取った。落下した、頭部が喋った。


 痛みを感じることもなく切られた、若頭の脳は状況を把握できない。組員が喋る頭部を不思議そうに見ている。若頭の寿命はあと十秒だ。


「最悪の死を楽しんでくださいね」


 よるが飼育ケージと箱を持ってきた。

 調教済みのねずみが飼育ケージの中を走り回っている。


 よるが好んで使う相棒だ。背中にカメラを載せて、偵察をするのが仕事だが、人を集団で襲ってかみ殺す訓練も履修済みの怖いねずみだ。


 二匹のねずみがよるの腕を伝って、箱に入った。

 箱に絶望する若頭の頭部も入る。


「食うな! 俺を食うなぁあああああ!」


 箱から聞こえた、絶叫が徐々に弱まる。三秒ほどで、しーんとなった。


「その箱、どこかに送ったりしない、よね?」


 よるが箱をラッピングしている。


「小春言ってたじゃないですか。会長の姉さんが憎いって」


 口では憎いって言ってたけど。本音じゃない。立場上姉さんって呼ぶしかないからそう呼んでるけど。姉さんも会長の痛さに苦労してる。その寂しさに付け込まれて、ついついクズ男の若頭と関係を持っただけ。


 会長の痛さがなくて、普通に私の父親と夫婦になってれば付け込まれることもなかった。会長が悪い。私の家庭環境はかなり複雑だったりする。


「……憎いけどやり過ぎになっちゃう。それは焼却処分だ」


 私は箱を奪い取った。ねずみごと燃やすわけにはいかない。と言うわけで、蓋をオープンする。げろろろろってなったけど、胃が空っぽだったからなにも出なかった。


 赤く染まったねずみをつまみ出した。かみかみしただけじゃなくて、ちょっと食べてるよ。このねずみ人を食った。

 箱にライターのオイルをぶっかけて燃やす。

 メラメラと燃える箱から異臭が漂っている。


「ボス。掃除屋からメッセージが来た」

「読み上げて」

「警察が邪魔で、路地裏に入れません。帰ってもいいですか?」

「だって周防。警官を追い払って」

「人使いが荒いな」


 周防が警官の集団と話し合いに行った。

 巡査部長の戸惑いの声が聞こえてきた。

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