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第7話 エリーの勘違いと無残な姿のフィギュア

 色々あって、着替えられなかった結果、体が冷めちゃった。急いで、寝間着のジャージに着替えて、冷蔵ショーケースまでダッシュする。


 風呂上がりの瓶のフルーツ牛乳を飲んで、英気を養った。

 牛乳の代金を入れる箱を揺さぶってみる。大量だ。


 アリスがいっぱい飲んだし、組員も基本一人一本飲む。このお金は私のおこづかいになるのが我が家のルールだ。


 百円玉が八十枚入っていた。所持金が二千円から一万円になった。


「懐が熱々だぜ」


 脱衣所を出て、自室に急ぐ。


 奥の間のふすまをオープン。物たちが私たちを出迎える。


 コレクションケースに大量の美少女フィギュアが飾ってある。畳の上には人と同じくらいデカいVtuberのぬいぐるみが鎮座している。特注品だ。ちなみに誕生日プレゼントでもらった物だ。別に推してない。


 壁にはタペストリー。棚にはラノベとブルーレイボックス。目立つ家電は4K液晶テレビとゲーミングパソコンだ。


「アリス。布団取り出すの、手伝って」


 押入れから布団を三つ取り出した。

 布団を畳の上に広げる。就寝準備は完璧だ。


「外道だわ」


 じっと美少女フィギュアを眺めていた、エリーが呟いた。


「エリーがとんでもない勘違いをしている、気がする」

「小春。これはどういうことなのよ」


 エリーの魔法が氷の剣とさやを生成する。剣を手にした、エリーが問う。


「ただのフィギュアを飾ってるだけだけど」

「フィギュア? 小人の剥製はくせいでしょ。あんたは一回死ぬべきだわ」


 初めてフィギュアを見た、異世界人ってこんな反応をするんだ。たぶん小人と瓜二つなのかな。ちょっと気になる。会ってみたいな。


 あっちの世界には小人が普通にいるらしい。文明崩壊後は分からないけど。


「ボスに危害を加えるつもりなら、容赦しない」


 アリスがエリーの前に立って、ナイフを構えた。


「エリー。落ち着いて! 私は小人の剥製を飾って、喜ぶサイコパスじゃないよ」


「黙りなさい。この外道! あたしが負の連鎖を断ち切るわ」


 氷の刃が迫ってきた。アリスがパリィする。

 弾かれた氷の剣がタペストリーを切り裂いた。


「それサイン入りの限定品!」

「強い」


 アリスの手が小刻みに震えている。

 衝撃を全部、受け流すことはできなかったらしい。

 若干食らって、ナイフを握るのも必死の有様だ。


「ふふん。あたしはこれでも獣剣流じゅうけんりゅう中級の使い手なのよ」


 私を無視して、なおも戦闘は続く。

 部屋がめちゃくちゃだ。


 剣の流派は獣剣流とか言ってたけど。エリーの剣術は先手必勝一撃必殺を体現したような、回避なにそれおいしいのって考えの攻撃特化の流派に見える。


 一振り一振りが食らえば即死の攻撃だ。

 手練れのアリスが防御だけで、精一杯だ。


「あ、待って!」


 アリスが攻撃を避けた。氷の刃がアリスの体を素通りして、その横にあったゲーミングパソコンをサクッと切った。


 切れ味良すぎ。ゲーミングパソコンが豆腐みたいだった。


 ゲーミングパソコンがある机の隣には仕事用のノートパソコンがあった。

 それもサクッと切れて、絶望する私にエリーが言った。


「また買えばいいじゃない」

「データは買えないんだよ!」


 仕事用のノートパソコンにはお宝が入っていた。


 妹のむふふな写真だ。お宝以外にはアリスが集めた、政治家の汚職に関する証拠をまとめたファイルが入っていた。


 まとまったお金が必要なときに、汚職ばらしちゃうよってちらつかせて、頂戴する用のファイルだったのにHDDが物理破壊だ。


 たぶん取り出せないよね。サクッと切れてるし。


「ボス。クラウドにはない?」

「ないよ。クラウドって信用してないから。アリスなら簡単に盗めるでしょ」


「時と場合による――そういえばボス。インターネットに未接続だった。アップは無理」


 情報戦の現代で、素人がパソコンをハッカーから守り切る方法がある。インターネットの接続を切ってしまえばハッカーといえどなんもできない。例外はあるけど。


「USBメモリーにバックアップ取っておけば良かった」

「まとめる前のデータならわたしのサーバーに残っている」

「そうなの!? アリス。最高」

「褒美欲しい」


 アリスが頭を私に差し出す。

 なでなでをするとアリスが猫みたいに喜んだ。幻覚だけど猫耳としっぽが見える。


「ねぇ。お話が終わったみたいだし、再開してもいいわよね」


 エリーは一時的に矛を収めていた。

 戦隊ヒーローの変身が終わるまで、律儀に待つ戦闘員みたいだった。


 戦隊ヒーローって変身する前ならただの人。簡単にボッコボコにできるんだから隙ありすればいいのにって子供の頃は思っていた。


 今なら分かる。それじゃ物語にならない。


「来る」


 エリーが抜き打ちをする。一瞬で、アリスの眼前まで接近する。


 目視できないくらいのスピードだった。風圧がコレクションケースの強化ガラスを粉々にする。飾っていた、フィギュアも粉々になった。居合斬りの達人もびっくり仰天だ。


 攻撃の予兆よちょうを感じ取った、アリスでも反応できない完璧な抜き打ちだった。


 アリスの首が刈り取られる、未来予想が脳裏を駆け巡った。


「あ。ご遺体に失礼なことをしちゃったんですけど! どっかにいる師匠に獣剣士にあるまじき行為って怒られるわ! あたし獣剣士じゃないけど。どうするの!? ねぇどうしよう! あたしどうすればいいのよ」


「知らないよ。とりあえず落ち着け。フィギュアってさっきから言ってるでしょ」


 ぎりぎりのところで、氷の剣が止まった。


 アリスの首からつぅと血が流れた。あと少しで、首が飛ぶところだった。


「フィギュアってなんなのよ!」

「人形って覚えればいいよ」

「これ人形なの? 確かに魔力を感じないわ」


 エリーが無残な姿になった、フィギュアの一つを拾い上げた。

 わざわざフィギュアの祭典に行って買った、思い入れのあるフィギュアだ。

 手の中にある、フィギュアが小人の剥製じゃないとエリーが納得する。


「遺体にも魔力ってあるの?」

「あるわよ。触らないと分からないけどね」


 エリーが何気ない動きで、ポイッとする。

 思い入れのある私のフィギュアがゴミ箱に入った。


「……」

「な、なに怖い顔してるのよ。ゴミはゴミ箱に、でしょ」

「アリス。そこの棚からエモノを持ってきて」


 私が指差した、棚にはパーティーグッズが入っている。


 Vtuberのクソデカぬいぐるみが畳の上にあるんだけど。その中身をやってる殺人鬼から時たま依頼を請ける。内容は殺しのお供だ。


 金欠だから、こっちから、仕事くれって明日にでも言うつもりだ。


 殺人鬼は殺しの腕は一級だけど、ターゲットの調査や下準備といった細々した仕事が苦手だ。細々した仕事とターゲット以外の、殺人鬼はモブって呼んでいるけど、護衛の排除が主な仕事内容だ。


 大仕事を終えた後は、我が家で打ち上げをするっていうなんとなくの流れがある。そのために常備している、グッズのお披露目といこうか。


「王の尻を叩くな! やめなさいよ!」


 ハリセンを装備する。四つん這いにしたエリーの尻を連続ペシペシだ。


「小春さまやめてください。でしょ。さんはい」


「小春ごときをさま付けなんて出来ないわ! せめて小春にしなさいよ。さまっていうのは自分よりも目上のあああああああああああ」


 ハリセンに力を込めた。

 エリーが泣き叫ぶ。なんか悪いことをしてるみたいな気持ちになった。


「組員からうるさいって苦情が来た、ぞ」


 父親がふすまを開け放った。私と目が合った。


「パパ。ごめん、声を抑えるよ」


「小春……まぁなんだ。プレイも人それぞれだが、ほどほどに、な」


 部屋の惨状を見渡した、父親がそっとふすまを閉めた。

 ふすまからうっすらと声が聞こえてきた。


「どんなプレイをしたら、あんな部屋になるんだよ。娘が怖い」


 妙な勘違いをされている気がするのは気のせいだろうか。


「苦情が来たし、お仕置きは終わりにしてあげる」

「ボス。特別な水を持ってきた」

「ありがとう。キンキンに冷えてやがる」


 アリスから特別な水を受け取った。

 キンキンに冷えた水を物欲しそうにエリーが見つめる。


「ごくり」

「泣き叫んで、喉渇いたでしょ?」


 エリーに特別な水を手渡した。

 水はプラスチックのコップに入っている。

 コップにアルミホイルが巻いてあった。

 打ち上げの罰ゲームで、使っている特別な水だ。


「気が利くじゃない。ぶぎゅ」


 水に口を付けた瞬間、エリーが倒れた。

 エリーの体がけいれんしている。


「私の心の痛みを疑似体験してもらったけど、ごめんなさいって言う気になった?」


 コップが落下する。特別な水が畳に吸われた。


「謝罪は後。そんなことよりもビリってなったんですけど!」

「反省してないね」


「エリー。今度はビリッとしない」


 アリスがコップに入ったお茶を持ってきた。それをずいっとエリーに差し出す。


「嘘よッ! 絶対に飲まないわよ!」

「証明する」


 アリスが別のコップにちょっとだけお茶を入れた。

 アリスがお茶に口を付けた。飲んでるように見えるけど、喉が動いていない。


「やっと喉を潤すことができるわ」


 お茶を受け取った、エリーが一口飲んだ。

 エリーが渋い顔をする。


「苦い」


「アリス。もしかしてセンブリ茶?」

「そう。罰ゲーム用に買ったのがまだ残っていた。在庫整理」

「あーエリー頑張れ」

「頑張れはないと思うわ」

「だよね。私にも非はあるし、半分飲むよ」


 エリーからコップをひったくって、くいっと飲んだ。


「あんたの舌、腐ってんじゃないの?」


「苦いけど、飲めない苦さじゃないよ。例えるなら気になるあの子が俺のために作ってくれた料理が焦げ焦げだった。めっちゃ苦いけどうまいみたいな感じ」


「なに、その例え。これっぽっちも共感できないわ」

「エリーもギャルゲーマスターになれば分かるよ。きっと」

「ぎゃるげますたー? それ翻訳できないわ。あたしの世界にはない概念よ」

「良薬は口に苦しは翻訳できる?」

「できるわよ。いい薬は苦いって意味でしょ」

「センブリ茶の苦さって効くなって苦さなんだよ。そこには愛がある」

「愛、ねぇ……やっぱり苦いわ」


 エリーは渋い顔をしながらも完飲かんいんだ。


「片付けめんどくさい」


 畳の上に散乱するガラスやらなんやらをどうにかしないと寝られない。

 片付けなくても布団ですやすやはできるけど、寝返りで、血だらけになる。


「ボス。組員にやらせればいい」


 アリスが離れに向かった。


 叩き起こされた、組員が十人掃除道具一式を持って、やって来た。

 組員のまとめ役として馳せ参じた、若頭が口を開いた。


「お嬢。なにがあったんすか?」


 若頭は相変わらず生意気だ。極道は礼を重んじる生き物だ。普通なら半殺しにするところだが、若頭は本家会長の姉さんのお気に入りの男だ。


 無下にすれば父親の首が危うくなる。


「喧嘩」

「お嬢の喧嘩こえぇっす」


 一刀両断された、棚やゲーミングパソコンを見た、組員がぶるぶるする。


「若頭が直々に来たの? 補佐に任せればいいのに」

「おやじと散歩に行ってるんすよ」

「殺されてないよね?」


 脱衣所での出来事を思い出す。


「さすがにおやじも殺しはしないと思うんすけど……やりかねないっすね」


 私は考えるのをやめた。


「掃除が終わるまで、寝られないし。アニメでも見る?」


 マイガンのブルーレイボックスを残骸の山から拾い上げる。三巻まで無事だ。四から六巻は損傷がひどい。たぶん再生できない。


「暇つぶしになるならなんでもいいわよ」


 一巻のDVDを再生機器にセットする。

 奇跡的に無事だった、4K液晶テレビにアニメが映し出された。

 エリーはいまだに小人の演劇だと思っている。


「演劇の内容を教えなさい」

「演劇じゃ……まぁいいや。ごほん。


 人類の堕落した姿を嘆いた、神々は議論した。

 議題は人類をリセットするか否か、だ。


 大多数の意見はリセットするべきだが、少数派の意見としてチャンスを与えるべきも、出てしまった。


 双方の意見を取り入れることに決めた、神々は人間が定める法の上で、悪人と定義される人間から魂を抜き取った。


 抜き取られた魂は数日だけ地獄に強制連行だ。

 待っていたのは過酷な拷問だった。神々は魂を体に戻し、言った。

 怪人になって人類を虐殺するか、拒否して地獄に戻るか。選べ。


 怪人が虐殺を開始する。人類は軍隊を使って殲滅に動いたが、超能力や人知を超えた肉体に翻弄されて、瞬く間に機能不全に陥った。


 神々は少女たちに異能と銃をモチーフにした武器に変身できる使者を与えた。


 自国を救うため、家族の仇を討つため、神々に復讐するため。それぞれの思いを胸に解放軍第8魔道小隊に配属された、少女たちは混沌と硝煙が支配する東京で、怪人を狩る――これがあらすじ」


 一巻を見終わった、エリーが二巻を催促する。

 二巻の再生の途中で、眠気に襲われた。私はアリスの肩に頭を預ける。


 ぼんやりとする意識の中、組員の悲鳴が聞こえた。

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