第5話 深夜の繁華街とまちめぐりは相性最悪
「ふふふ。どうよ。かわいいでしょ」
新しい服をゲットした、エリーがポージングをする。
Tシャツとジーパンといった非常にラフな格好なのに、すげぇかわいい。不思議とおしゃれに見えるんだから不公平だ。
「かわいいかわいい。じゃあまちめぐりすっか」
棒読みで答えた。
路上を歩いている、通行人がエリーを憧れの目で、見ている。
モデルさんかな? きれいなどなど称賛の声が聞こえた。
「むふぅ」
むかつく顔だ。冬もまじかなのにTシャツだよ。エリーが寒い日に合わない服を選んだときは笑い者になるって思ったのに、美人はちょっとおかしくても似合うのずるい。てか寒くないの? けろっとしてるけどエリー。
エリーとアリスを連れて、繁華街を歩く。深夜ということもあって、半グレの若者がちらほらと見受けられる。
うちのシマで、いかがわしい商売やらなんやら、挙げ句の果てに、御法度のヤクにまで手を出す半グレに、うちも他の組も困っているんだけど。今は無視している。
半グレのボスの父親がちょっと厄介だ。
多方面に影響力のある政治家の父親を先に殺す必要がある。
親もかなりの極悪人だ。
「なに、このモンスター」
深夜でもやっている、ディスカウントストアに到着する。
正直、案内できるのはここくらいだ。
ここ以外でやってる店といえば大人が大金払って、遊ぶ場所だけだ。
店舗の入り口のちょっと上の方に立体看板があった。
ペンギンをモチーフにした、マスコットの立体看板を見た、エリーが詠唱をする。巨大な氷柱が生成されて、飛び立とうとする。
モンスターが壁にへばりついている、と勘違いをしてるっぽい。
「こら」
エリーの頭を手のひらで叩いた。空手チョップだ。
「痛。なにすんのよ」
「あれはモンスターじゃない! ただの看板だよ」
「看板って、板に絵を描いて、何屋さんなのか教えるやつでしょ?」
「まさにそれだよ」
「小春はバカね。あんなリアルな絵があるわけないでしょ。立体だし」
「とにかくあれは看板なの! 賠償金請求されたらどうすんの! 払えないよ」
エリーがしぶしぶ詠唱を中断する。
巨大な氷柱が溶けて、水になった。
立体看板を警戒している、エリーがじりじりと入口に接近する。
「あんなリアルな看板を作れるはずがないわ。どうしてモンスターを庇うの? 看板だって言うけど。あれ、絶対に生物だわ!」
完全に不審者だ。野次馬がスマホで、撮影を始めた。
エリーは立体看板を生物と言い切って、襲われる恐怖におびえている。
「ボス。まずい。魔法の存在が知られたら面倒」
「エリー。魔法を絶対に使うな。この世界には知的好奇心のためなら、泣き叫ぶ人間だって平然と実験材料にできる科学者がいる。捕まったらモルモットだよ」
魔法の存在を知った、各国政府がエリーの確保に動くかもしれない。
確保のために、特殊部隊が来るなんてごめんだ。軍隊を引き入れる案は無理だし。
「わ、わかったわよ。マッドウィザードみたいな危険な奴がいるってことね」
「マッドウィザード?」
「狂った魔術師のことよ。魔力の解明のために人体実験を繰り返していた、S級冒険者や狂った魔法を研究した挙げ句に村人を全員モンスターにして、村を壊滅させたA級冒険者が選んだ、魔術師系の上位種の一つなのよ」
「待って。そんなやべぇ上級職があったの?」
異世界にありがちな冒険者の職業の一つがマッドウィザードだ。
「冒険者ギルドの長と治安部隊の団長が王に無断で、設けた職業なのよ。魔法の発展のためにマッドウィザードの犯罪行為を見逃す。特権があったから知的好奇心を抑えられない天才が悪事に手を染めることになったわ」
知的好奇心は人を悪魔に変えるはあっちの世界でも同じみたい。
店舗に入った。
ずらりと並ぶ商品に、エリーが驚愕する。
エリーが興味深そうに、展示品のテレビを視聴している。視聴をやめたエリーが、テレビの横や後ろを見て、不思議そうな顔をする。
「気になるの?」
「出入り口ってどこにあるのよ」
「え?」
「薄っぺらい板の中に、小人が入って、演劇してるんでしょ。それを上流階級がガラス越しに見る。小さい劇場がテレビなんでしょ。どこに出入り口があるの?」
今、テレビに映っているのはドラマだ。
説明が面倒だな。原始人に車の仕組みを教えるみたいなものだし。
「……ないよ。家族に給料が支払われる見返りに一度、入ったら未来永劫、演劇を続けることになる。入った入口は塞がれて、出られなくなるんだよね」
「お、お仕事お疲れ様ですわ」
エリーが律儀にお辞儀をする。
物に感謝することを忘れた、現代人にとってその光景は異様だった。
「ママーあれなに」
「見ちゃいけません」
通りすがりの親御さんが子供の目を手のひらで、隠した。
テレビの売り場から炊飯器とか電子レンジの売り場に移動する。
その次は冷蔵庫の売り場だ。
エリーは家電製品に驚きの連続だったけど、冷蔵庫だけは驚かなかった。
「冷蔵庫ってもしかしてあっちの世界にもある?」
「近いのはあるわよ。食料を冷却する小屋があるのよ。なかったとしてもすごいとは思わないわ」
「どうして?」
「魔法で、氷を作って冷やせばいいだけじゃない」
「あーそっか。さっき見た、氷柱を大量に生成して、それと食料を一緒に木箱でもいいし、小さい部屋でもいいからそういう場所に貯蔵すれば良いんだ」
「そういうことよ」
「魔法って便利だ」
「むふぅ。そうでしょそうでしょ。もっと褒めなさい」
本日、二度目のむかつく顔だ。
「エリーのことを褒めた覚えはないよ」
エリーが家電売り場から食品売り場に移った。
「おいしそうなスイーツじゃないの」
エリーがショッピングカートに、食べ応えがあるゼリーを大量に放り投げる。
カートに入った、ゼリーの大半を私とアリスがせっせと元の場所まで運んだ。
「ちょっとなにするのよ!」
「すかんぴんなの」
財布を取り出して、広げた。
財布を逆さまにする。
上下に振って、落ちたのは、牛丼屋のレシートと千円札が二枚だ。
これが全財産だ。
魔法のカードは未所持だから二千円以内に収める必要がある。小切手は持っているんだけど。裏取引でしか使えないし、裏社会御用達の銀行は暗号資産の出し入れ以外できない。ヤクザじゃないけど私に厳しい時世が表の銀行で、口座作るなんて許可してくれないから魔法のカードがあったところで、口座振替ができない。
キャッシュレスの波が古い考えを越えようって時に、嫌々でも現金派を名乗ってる私どうなるんだろ。あーでも一応、ペイは使える。
「ボス。これ使って」
アリスがクレジットカードを財布から取り出した。
色はブラックだから、正真正銘の魔法のカードだ。なんでも買える。
組から受け取る月収が、およそ二百万。それに加えて、軍と民間軍事会社に勤めていた頃に蓄えた貯金が四十億あったりする。
貯金の大半がちょろまかしによるお金だ。つまり元は政府の財産だった数々を元手に作った貯金だ。
アリスは働かなくても食っちゃ寝できる富豪だ。
「親友の貯金を使って、豪遊だ! を楽しめるほどのメンタルはないよ」
アリスから魔法のカードを受け取ってしまったら、関係性が崩壊する。アリスじゃなくてATMに見えてしまうかもしれない。そんな恐怖で、手が震える。
震える手が、魔法のカードを求めて、伸びる。
魔法のカードを掴む直前で、引っ込めた。
友情はお金よりも大事だ。
「そのカードなによ」
「お金がなくても商品を購入できる。魔法のカードだ」
「立替証明印のことね」
「なにそれ?」
「紙にぽんって押しつけると、印――紋章なんだけど。がぶわっと記されて、その紋章の家系が代金を代わりに支払ってくれることを証明する。魔道具のことよ」
信頼している召使いに、高価なお使いを頼む際に貴族や王族が渡していた、魔道具が立替証明印だ。
ごく稀に勇者や冒険者に依頼達成に必要なお金の代わりに渡していたみたい。
紋章の影響が及ぶ範囲なら、どんな物でも購入できたらしい。
「厳密には違うけど。まぁ似たようなシステムかな」
「あんた、貴族と知り合いだったの? それ、よこしなさいよ」
エリーが魔法のカードを掴んだ。アリスが抵抗をする。
魔法のカードが引っ張られて、ちょっと変形する。
「へそくりも時計も全部取られちまったぜ」
松本を見つけた。弁当を物色している。
「松本じゃん」
「おー小春。こんな時間に出歩くなんて不良だな」
「裏カジノに行ってたんじゃないの?」
「行ったよ。時計を換金してもらってさらなる勝負をしたんだけどよ。ボロ負けだ。そればかりか時計が偽物ってばれて、殺されそうになったから逃げてきた」
「呑気に弁当を選んでる場合なの?」
「腹は減っては戦はできぬって言うだろ。腹ごしらえして、ヤクザを返り討ちだ」
「誰を返り討ちだって? 松本さん」
入口から入ってきた、ヤクザがダッシュして、松本を拘束する。
他のお客さんからは仲の良い友達に見えるように、拘束しているからたぶん通報の危険はないと思う。松本の顔が真っ青になった。
「松本。助けて欲しい?」
「こくこく」
頷いた、松本の財布から魔法のカードを抜いた。
色はゴールドだ。年会費を払えば基本的にゲットできるカードだ。
見栄っ張りの松本にぴったりの魔法のカードをエリーにプレゼントする。
「好きな物買って良いよ」
「豪遊ですわ!」
エリーがスイーツを片っ端から、カートにごっそり入れた。
ブラックカードよりも黄金色に輝いている、松本のクレジットカードの方が価値があると勘違いしたらしい。エリーがアリスのブラックカードをあざ笑っている。
「やめろ! カードが使えなくなる! 限度額まであとちょっとなんだよ!」
「王族の立替証明印よ! ひかえおろーですわ」
エリーがゴールドカードを振りかざして、マウントを取っている。他のお客さんの視線が痛いし、はずい。
穴があったら入りたい。
「限度額いっぱいになるか、半殺しになるか。どっちがお好み?」
「小春。おまえは悪魔だ! 命よりも金って言いたいところだけどさ! 言えるわけねぇだろ! 俺の生命線を使って、楽しめ! 悪魔ども」
松本の了承を得た。半殺しにならないように交渉することに決めた。
「時計の鑑定をミスったのはそっちでしょ? 偽物だったとしても自己責任だよ」
「ですが、お嬢! こいつは最初から騙すつもりで、換金しました!」
「自己責任だよ」
語尾を強めにして言った。
ヤクザは完全な縦社会だ。上の言葉は絶対だ。
「う。松本。次はないからな」
解放された、松本がそわそわしている。そわそわの原因は購入金額がいくらになるのか不安だからだ。
山盛りになった、スイーツやらお菓子やらをレジに持って行く。
購入金額は三万円だった。リーズナブルだ。
「あぶねぇ」
松本が叫ぶ。
「もしかしてもうちょっとで限度額超えるの?」
「残り五百円だ! 今月はカードで、食費をまかなおうと思っていたのに、どうすんだよ! 俺、どうすればいいの!」
こんな大人にだけはなりたくないな。
「知らないよ」
「小春。どんな武器でも仕入れてやるぞ! 買え! いや買ってください」
松本が必死に懇願する。
異世界に行った初日の武器を手引きしてくれた人物は松本だ。
在日米軍と私を仲介して、色々と買える状況を作ってくれた。
「武器がまた必要になったから、依頼するよ。詳細は後日」
「おお。小春。ありがとう」
ずびぃと泣いている、松本が酒の売り場に吸い込まれた。
クレジットカードを取り戻した、松本がなけなしの限度額で、酒を買っていた。
ぐぅと鳴るお腹を無視して、やけ酒のために帰路につく、松本は惨めだ。