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第4話 お勤めご苦労様です

 エレベーターの扉が開いた。


 見覚えがある廊下と談話する下っ端ヤクザが見える。ここは私が買い取った、古びた雑居ビルの二階だ。


「お、お嬢! お勤めご苦労様です!」

「ご苦労様です!」

「異世界を刑務所と同列に扱うな」

「同じなんじゃないの? 女神にとってあの世界って刑務所みたいなものだし」

「どゆこと」


「生を全うした魂って天界にある島に行くのが決まりなの。でも島には娯楽のごの字もない。天界が滅びる、その時までぼぅと過ごす場所になっているのよ」


 極道の拷問に、山奥のコンテナに閉じ込めるって鬼畜なやつがある。食事も提供されるしトイレもある。でも娯楽だけ提供されない環境で、三日間過ごす。内容だ。


 素人は三日くらい余裕とか言うけど。コンテナには時計が一切ない。太陽の光もないから今が夜なのか朝なのか分からない。そんなところでぼぅっと過ごすとこれぞ漢って極道でも壊れる。


 原始人なら普通に生活できるのかもしれないけど。娯楽を知ってしまった今の人間には無理だ。天界にあるらしい島にはたぶんきれいな景色とか昼夜とかそういう現象はありそーだけど。すぐに飽きる。


 飽きた後のことを考えただけでもゾッとする。

 娯楽は人類が生み出した明日あすを生きる糧でもあり呪いでもある。


「ひなたぼっこってたまーにやるから良いんだよ。それを毎日それも四六時中って地獄じゃん。私なら発狂するよ」

「そうなのよ。ひなたぼっこが原因で、天界を拒絶する魂が増えてきたらしいの。


 天界のルールを、身勝手に拒否する悪い魂、でも生前悪いことをやってないから地獄行きにもできない。


 そうだ、魔物がはびこる世界を作って、そこに転生って形で、閉じ込めよう。


 魔物に脅かされ、死ぬそれを罰として与えちゃお。これがあの世界の成り立ち」


「思った以上にやばいな。女神」


「そうなの。女神やばい。魔王だって女神の産物なのよ。強く設計しすぎちゃったからこの世界から大勢の人を送り込んでるし。悪魔以上に悪魔なのよ。あいつら」


「この世界から人を送り込んで、どうするつもりなんだろ。エルフの強大らしい魔法でも倒せない魔王に銃器が通用するとは思えないんだけど」


 偶然出会った巨大な狼がめちゃ強だからな。個人の範囲で銃器とか兵器とか持って行っても焼け石に水だよね。自衛隊じゃ厳しいかも。アリスの古巣を丸ごと引き入れるとかしないと私、異世界に戻ったらオワタになりそう。


「らしいじゃなくて強大よ。エルフの魔法は最強なんだから」

「はいはい」


「むかつく反応だわ。まぁいいわ。魔王を討伐なんて期待してないんじゃない? ゴブリンを駆逐して、広大な土地と都市をゲット。この世界の知識を使って、文明を再建があいつらの狙いだと思うわ」


 人類の生き残りがどれだけいるのか分からないけど。出会った人って言えば学校の一クラスよりも少ない洞窟の村人だけ。それが万になるだけでもどれだけの月日が必要だと思ってんの。鬼畜女神の頬をぶん殴りたい。


「チフも言ってたけど。文明さえ戻れば勝手に軍隊やらなんやらが出来て、魔王と戦争だ。そんな展開になるでしょって考えを女神は持っているってことね」


「たぶんそうよ。魔王との戦争は総力戦だから」

「……普通に冒険がしたいだけなのに。総力戦に巻き込まれるの? 最悪だ。とりあえず組事務所に行こっか」


 雑居ビルを出た。真っ暗だ。夜空が広がってる。

 冬に入りかけの風は肌がヒリつく。異世界は秋くらいの暖かさだったけど、東京は超寒い。スチェッキンがキンキンに冷えてる。

 冬に銃、握るのあんま好きじゃない。

 銃撃戦に巻き込まれないと良いけど。そうも言ってられない気がする。


 エリーの存在を知られないようにしよって思ってたけど。軍隊できれば米軍を引き入れるって考えたら知られた方が都合がいい。でもどっちみちあの狭いエレベーターじゃ数人しか転移できないか。


 詰んでるよ。始まったばかりなのに死神が真後ろにいる。


 防弾レクサスが私たちを待っていた。雑居ビルの周りにある店に興味津々のエリーを防弾レクサスに押し込む。アリスは助手席。私は後部座席に座った。


「出発します」


 中堅ヤクザが運転する、防弾レクサスが、ネオン輝く東京の繁華街をひた走る。


 総力戦は国家のすべてを使って戦争をするって意味だ。


 戦える人員は誰彼構わず徴兵し、命と引き換えに敵を排除して頂く。

 国民の財産だったとしても戦争のために頂戴する。などなど、異常が正常になる戦争が総力戦だ。いざ総力戦が始まれば人命が消耗品になる。


 すべてを犠牲にしているから、敗北したら滅亡だ。


「肉の匂いがする! あれなに」


 エリーがサイドガラスに頬を押しつけて、店舗を凝視している。

 エリーの声が、総力戦について考えていた、私を思考から引き戻した。


「牛丼チェーン御三家の一つだよ」

「牛丼ってなによ」


「薄く切った肉とタマネギって異世界にもあるのかな……えっとシャキシャキ食感の細長いやつそのほか色々を醤油っていう調味料、あとえっと、まぁ色々調味料使って甘辛く煮込む。それを丼に盛った白米の上に、これでもかと載せた料理だよ」


「食う食う」

「あとで、アリスに買いに行ってもらうから今は我慢して」

「食う食う」


 エリーが私の腹に顔をピタッとひっつけて、上目遣いだ。牛丼の味を想像して、はぁはぁしているし、よだれもだらだらだ。


「分かったから、ひっつくな」


 防弾レクサスが来た道を戻って、路肩に止まる。

 車から降りた、私たちは店舗に急ぐ。


 周りの視線が痛い。アリスは戦闘服、エリーはボロボロの服、私は制服だけどホルスターが付属している防弾チョッキが悪目立ちしている。


 ホルスターにスチェッキンが収まっている。職質はまずい。


「食べて、すぐ車に乗る。長居は禁物だよ」


 店舗に入った。まばらだけどお客さんがいた。仕事終わりのサラリーマンだ。

 店員は一人だけ。ワンオペご苦労様です。


「じゅるり」


 サラリーマンが食べようとしている、牛丼にエリーが顔を近づけた。

 息を荒げるエリーにサラリーマンが困惑する。

 サラリーマンが離れてくださいと身振り手振りで、伝えている。

 申し訳ありません。


「失礼でしょ」


 とりあえずエリーを羽交い締めにして、引き離した。


「あたしの牛丼!」

「今から注文するから」

「牛丼大盛り、並二つ」


 アリスが注文をする。

 店員がアリスの右足にあるベレッタM9を見ている。


「それ、偽物ですよね?」

「はい」

「です、よね? ははは」


 ぎこちない返事をした、店員が牛丼を素早く作った。


 テーブルに牛丼を置いた、店員がカウンターの陰にさっと隠れて、スマホをいじりだす。電話番号を入力する画面に、ひゃくとうばんと入力している。


 こいつ通報するつもりだ。


「うまいわ! これうまいんですけど! 神の料理なんですけど!」


 エリーの瞳から涙があふれた。

 カウンターからひょこっと顔を出した、店員がへへと喜ぶ。


「小春。龍二りゅうじの娘が、変な女連れてるって話題になってんぞ」


 店舗前の路肩に警察車両が止まった。


 店舗に入った、刑事が私の隣に座る。男社会の警視庁の組対4課、通称マル暴で、班長を務めている女性捜査官だ。


 女性捜査官は悪徳刑事だ。私が横流しする、うちと敵対している組の情報を使って、出世街道を歩んでいる。


 結婚相談所に通っては連戦連敗の美女だ。性格に難あり。


「まぁ色々あって……組対4課って名前から暴力団対策課に変わるかもってニュースで言ってたけど。どうなるの?」

「ああ。変わらないよ。上を脅したからな」

「そうなんだ。四って数字に誇りを持ってるって言ってたし、良かったじゃん」

「ありがと。そこのコスプレイヤー、小春の友達なのか?」


 刑事がエリーを見た。


「友達ではないかな。訳あって、面倒を見ることになったんだよ」

「ふーん。お兄さん」


 刑事が店員に、警察手帳を見せる。

 警部補、周防麻衣すおうまいって記載がある。


「な、なんですか」


 店員が返事をする。


「通報しようとしているようだけど、これ偽物だから。大丈夫」

「は、はい……」


 店員は本物だと確信しているけど。真顔の警察から、偽物だと言われてしまえば肯定するよりほかはない。


 どうして本物だと分かったんだろ。ガンマニアなのかな。

 店内の空気は最悪だ。


「困ったことがあったら連絡しろ。じゃあな」

「もういいの? 飯屋に入ったのに、食べずに出るなんて良くないよ」


 牛丼の並を注文しようとする私を刑事が止める。

 手を左右にぶんぶん振ってる。おごりなのにいらないらしい。


「行方不明になっていた、小春をたまたま見かけて、入っただけだからな」

「たまたま?」

「たまたまだよ」


 刑事が警察車両に乗り込んだ。

 警察車両が走り去る。


「私たちも行こうか」


 牛丼も食べ終わったし、他のお客の迷惑にもなっているから、そそくさと店舗から出る。パトロールに励んでいた、警察官と目が合った。


 通報を回避したのに、結局職質だ。運悪すぎ。


「君。ちょっといいかな」


 警察官のポケットから着信音が鳴り響いた。


「電話に出なくてもいいの?」


 むっとした警察官が少しだけ距離を取って、電話に出た。


「所長! はい、はい。ですが正義に反します!」


 くそったれそう言いたげな警察官がスマホをぶん投げる。

 店舗の外壁にぶつかった、スマホが地面に落下する。


 さすがみんな大好き、日本のシェア、ナンバーワンのスマホだ。損傷はひどい。でもまだ生きてる。とりあえずスピーカーのマークをタップする。


『幽霊に出会ったと考えろ。警察を続けたいなら、な』


 警察官がスマホを踏みつけて、強制的に電話を切った。

 警察官が真っ青な顔をして、私を見る。


 こいつは幽霊、こいつは幽霊。法律が適用されない幽霊。だからこれは正義に反する行いじゃあない。とぶつぶつ言っていた、警察官がパトロールに戻った。


「あたし、この街のこと知りたい。案内しなさい」

「いいよ。でもその前にやることがある」


 エリーとアリスと服屋に向かった。


 時刻は夜の十時三十分だ。この時間でもやっている、服屋は東京といえどもない。仕方がないから、知り合いの店の扉を叩いた。


「小春。今、何時だと思ってんだ? 明日にしろ。扉を叩くな! なんのために高い金払って、インターフォン用意したと思ってんだ」


 扉の横にある、インターフォンから声が流れた。


「借りがあるでしょ」

「……はぁ。こんな時間に戦争でもすんのか?」


 店主の松本まつもとが出てきた。

 松本の顔には、だらしない無精ひげがある。

 松本は来年三十路を迎える、おっさんだ。


「違う。今日は服を買いに来たの」

「服は専門じゃないんだけどな」


 店名は【服屋、松本】だ。


 服屋なのに服は副業だ。本業は武器商人。かくれみのとしての意味合いが強いから、流行の服はない。


 店主の趣味全開のオリジナルの防刃もしくは防弾パーカーやら燃えないジーパンといった、一般向けじゃない服が取り扱い商品だ。


 組事務所兼私の自宅から近いということもあって、松本の店は組員に人気がある。みんな防弾パーカーを着てる。後ろにKDGあとうちの組のエンブレムが印刷してあるちょっとダサいやつを大量注文しているから私はお得意様だ。


 一般向けじゃないから、デザインも普通だ。

 パーカーは無地だし、Tシャツも機能は素晴らしいけど、ただの色つきだ。


 この店に来る、お客はミリオタ一強だ。たまにミリオタの警官も来る。それが良い感じに、本業を隠すアクセントになっている。


「あんたが身につけてる、それってどこにあるの?」


 扉が開いた瞬間、エリーが入った。そして物色だ。


「制服が欲しいの?」

「材質からして、高級品でしょ。それ。人間の貴族どもが着ていた服よりも優れているわ。あたしに着られるために作られた服と言っても過言じゃないわ」


 エリーが私の制服の手触りや強度を触ったり、引っ張ったりして確認をする。


「過言だよ」

「どこにあるのか教えなさいよ」

「ここにはないよ」

「そうなの? なんだ。庶民の服屋なのね」

「なぁ。バカにされたってのはなんとなく分かるんだけどさ。なんて言ったの?」


「え?」


「俺、英語もあやふやなんだぞ。そんな異世界語みたいな言語分かんねぇよ」

「日本語、だよね?」


「小春は日本語で、喋っているけどよ。そこのコスプレエルフは異世界語みたいな言語で、さっきから会話してんだろ! 日本語が通じるってことは喋れるってことだよな? どうして別の言語を使うんだよ」


 意味が分からない。


 私もエリーも日本語……待てよ。もしかして、異世界モノにありがちな翻訳的な魔法使ってる?


「エリー。日本語喋ってるよね?」

「そんな変な言語使ってないわ。魔法で、意思疎通ができるようにしているのよ。右手首にある、時計外してみてよ」


 日本語が変? この世界で、一番優れた言語だ。馬鹿野郎。


「□□□」


 私の右手首にある時計を外した瞬間、エリーの言葉が不明になった。


 未知の言語だ。この世界の言語体系とは似ても似つかない変な言語。と思ってしまった。ごめんなさい。


「時計を外したら、分からなくなったのはどうして?」

「言語を解析して、使用者に伝える魔法が施してあるのよ。一種の魔道具と考えればいいわ」


 愛用していた、時計の裏側に魔方陣が刻まれていた。

 アリスの時計にも同じ魔方陣があった。


 ちなみに私の時計はハミルトン ビロウゼロ リミテッドエディション、アリスの時計は日本が誇るミリタリーウォッチG-SHOCKだ。


「なるほど。魔力を込める必要はないの?」

「使うたびに魔力を吸う仕組みだから、問題ないわよ」


 言語の解析に必要な魔力を時計が勝手に、使用者から吸って、魔法を行使する仕組みらしい。地球人にも魔力ってあるんだ。


 じゃあ、こっちの世界の人類も魔法使えるってこと?


「なにそれすごい」


 適当に服を見繕った。


 エリーは白色のTシャツとジーパンだ。アリスは戦闘服からパーカーとジーパンに交換する。私は店主の松本に防弾チョッキを預けて、終わりだ。


「小春。万引きで通報するぞ」


 店を出ようとする、私を松本が引き止めた。


「ツケで、お願い。契約兵に残りの報酬支払ったら、貯金がゼロになった」

「無理だな。こっちもかつかつなんでね」

「けちんぼ」


 店の外で、待機していた、中堅ヤクザの財布から万札を十枚取り出した。

 中堅ヤクザが泣きそうな顔をしているけど、無視する。


「まいどあり」


 満面の笑みを浮かべた、松本が店を閉めた。

 スキップをする、松本が店の横にあるパチンコ店に歩き出す。

 松本はギャンブル中毒だ。


「パチンコにつぎ込むなんてもったいない。松本。出禁になった裏カジノに特別に入店を許可してあげてもいいけど、どうする?」


 松本は一億の借金がある。

 米俵組の裏カジノから借りた金だ。


 返済が終わるまで出禁になっているけど、今日限りの解除だ。追加の借金はできないから弾は十万。へそくりがあれば別だけど。おそらくすべてを失うはずだ。


「小春! おまえ良い奴だな」

「松本の負け分。全部、あげる」


 私は中堅ヤクザに耳打ちをする。


 店側の売り上げに加算される、松本の負け分を中堅ヤクザに渡せば財布の中身が元通りになる。運が良ければ懐が熱々だ。


「いいんスか?」


 いい顔だ。

 中堅ヤクザと松本が防弾レクサスに乗り込んだ。

 防弾レクサスが欲望渦巻く夜の街に消えた。

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