第13話 警察と仁義なき戦い
隊列を組んで下水道を進む一団。その様子を天井から見下ろしていたアリスが、スパイダーマンみたいにすーっと降下する。
最後尾の敵の首を締め上げそのまま持ち上げるように上昇。気絶した敵の防弾チョッキにはスタングレネードがぶら下がっていた。
アリスがピンを引く。死ぬことはないだろうけどあんな至近距離で爆発したら……めちゃくちゃ痛いよ。
「さっきのスタンのお返し」
アリスが力を緩め敵を放った。
ドスン、と音を立てて落ちてきた仲間に仰天した一団は索敵に全リソースを割きはじめる。目の前の脅威にはまるで無関心だった。
次の瞬間、スタングレネードが爆発する。
真っ暗な下水道ではその閃光と轟音は破壊力抜群だ。
防弾プレートに守られていたため致命傷はなかったが、めっちゃ痛い衝撃を受けた敵は目を覚まし燃える防弾チョッキを慌てて叩き消している。
「熱い熱い」
のたうち回る敵とは対照的に光と音響を浴びた他の連中は茫然自失だ。
今が好機と見て私と周防が闇から飛び出す。
戦闘のエキスパートであるSATの隊員もこの状態じゃ素人に毛が生えた程度。
特殊ペイント弾で次々と意識を刈り取りあっという間に一団を制圧した。
「Sがやられた! 撃て!」
駆けつけた刑事たちが一斉にSAKURAを撃つ。
SAKURAは現代を生きる警官が生死を共にする回転式拳銃のことだ。
激闘の昭和を生きた警察が使っていたニューナンブM60に変わる新米の回転式拳銃の通称がSAKURAだ。正式名称はSAKURA M360Jだ。
周防は今もニューナンブM60を愛用している。「こっちの方が命中精度が高い。信頼できる相棒だ」そうだ。
生産終了して久しいニューナンブだが、根強い人気は健在だった。
「排水を制御する。こっち」
アリスの後を追った先は完全な行き止まりだった。
進行方向には鉄柵が立ちはだかり、南京錠でガッチリ施錠されている。
横に伸びる通路もなくここで立ち往生だ。
戻ろうにも行く手を阻む刑事の壁があった。
「袋のネズミだな! 周防」
「どうかな」
「強がりもいい加減に、あ? ああ? 水だ!」
刑事の集団は流水に呑まれ汚物まみれになったばっちぃスーツをびしょ濡れにしながらアップアップと顔を水面に出しては沈むを繰り返す。
水は通路を曲がらず、真っ直ぐ進んでやがて流れが弱まった。
アリスが排水を止める。
しばらくすると刑事の集団は水から這い出てきた。
刑事たちはまるで漂う海藻のようにぷかぷか浮かんでいる。
「大丈夫そうだな」
ほっと一安心した周防がロープを柵に結びつける。
そのロープを水に投げ入れると刑事の集団がわらわら集まって奪い合う。
引っ張り合いの衝撃で柵が軋む音が響いた。
経年劣化で脆くなっていた柵はついに外れた。
「爆弾の節約になった」
アリスがプラスチック爆弾をショルダーバックに仕舞った。
柵を破壊するつもりで取り出していたけど、もう使う必要はなくなった。
「周防、やるじゃん」
「狙ってやったわけじゃないぞ」
下水道を二十分ほど進むとついに出口だ。
はしごを上り、マンホールの蓋をこじ開ければテレビ局の敷地に出る。
「総理がいるんだけど」
マンホールからこっそり外を覗くとそこは駐車場だった。
総理とそのお供が悠然と歩いている。
総理に質問を投げかけるアナウンサーの声も、かすかに聞こえてきた。
「今日はどのような目的で来たのですか」
「エリーさま特別法の草案のチェックをお願いに参りました」
エリーさま特別法って響きからしてろくでもない法律に決まってる。
そんなのが草案の段階まで進んでるなんて――軽く絶望する。
「エリーさま特別法とはなんでしょうか?」
「我々が敬拝するエリーさま! に日本のすべてをプレゼントするために日本国民が保有する財産の権利はエリーさま! が有するものと制定します」
「素晴らしい!」
アナウンサーが拍手する。
憲法に違反してる気がするのは私だけ、なのかな。
違憲だけど通っちゃいそうな予感がする。
「政府も洗脳の力には抗えなかったみたい。エリー恐るべし」
「そうだな。逮捕状を請求したらエリーさまに抗う不届き者めって言われたし司法も政府と同じで、機能していないぞ」
「じゃあ法案を止める人がいないじゃん」
「ボス、通りそうじゃなくて絶対に通る」
「三権分立が終わる日が来るなんて思わなかったよ」
マンホールから飛び出し狙いを定める。総理を守るSPを制圧だ。
アリスと周防が的確にSPを撃ちながら前進する。私もSPを撃つ。
特殊ペイント弾だから死傷者はゼロ。
「お戻りください」
周防が総理の背後を取り銃を突きつけて官邸への帰還を強要する。
ほとんどのSPは制圧したけど、まだ一人だけ残っている。
最後のSPも総理が人質に取られた状況では愛銃のグロック17も宝の持ち腐れだと悟り銃を下ろす。
「非殺傷弾だろ?」
「残念ですが、ニューナンブに入っているのは実弾です」
「うぅ。分かった」
松本とは違い、命が惜しい総理は従うけれどSPは別の考えを持っていた。
「エリー教徒のくせになんたる怠慢! 死んで詫びろ」
SPが銃を構え指をトリガーにかける。
銃口は総理を狙っていた。
周防が咄嗟に身を挺して総理を守る。
防弾チョッキ越しとはいえ背中に受けた衝撃は桁違いだ。
それでも周防は必死に耐え抜いた。
「SPだろ!」
「職務よりもエリーさまを優先することに何か問題があるのか」
「狂ってる」
「狂ってる? おかしいのはおまえの方だろ。周防」
「知り合いなの?」
「ああ。警察学校の同期だ」
周防は非殺傷弾しか撃てないマカロフで同期を撃った。
「周防! この野郎!」
駆けつけた機動隊が周防に迫る。
殺意満々で盾を構え特殊警棒を振り上げる――その姿はまさに狂気だ。
「野郎じゃない」
周防が特殊ペイント弾を放つ。
透明のポリカーボネート製の盾に彩りと衝撃を与える。
でも貫通しない弾は機動隊にとって脅威にはなり得ない。
「ぶははは! 効かぬわ! 機動隊スピリッツを侮ったな」
「スピリッツって酒が語義じゃなかったっけ?」
「そう。複数形は酒が基本だからスピリットが適している」
「う、うるせぇ!」
顔を真っ赤にした機動隊員が隊列を離れた。
そしてアリスに襲いかかる。
「質量弾なら貫通しなくても参った、するはず」
実弾に分類されるけど、相手は人じゃなく盾だからセーフだ。
アリスは松本の店から持ち出した軍用ショットガンを装備。ゴム弾を排出し、スラッグ弾を装填する。
ショットガンはパチンコ玉サイズの丸い弾を一度にたくさん撃ち出すイメージがあるけど、普通の銃みたいに一発の弾を撃つこともできる。
一度にたくさんではなく、一発の巨大な鉄塊を撃ち出すのがスラッグ弾。
「ぐっなんて衝撃だ!」
熊すら殺せるスラッグ弾を押さえ込める筋肉は機動隊にはなかった。盾はスラッグ弾を防いだけど、機動隊員は後ろに吹っ飛ばされた。
「スラッグ弾すげぇ」
「当然。スラッグ弾を受け止めることができる人なんてコマンドーの主演くらい」
迫る機動隊にスラッグ弾が襲いかかる。
ボウリングのピンみたいに吹っ飛ばされた隊員が他の隊員を巻き込み、バタバタと倒れ込む。残弾がゼロになった。
「ぶっ殺してやんよ!」
吹っ飛ばされた隊員がぷるぷると震える手で拳銃を構える。
意識がまだあるなんて、すごいな。
隊員の防弾チョッキに五発以上の特殊ペイント弾が衝突した。
周防の攻撃だ。
「痛、へっち、ッゃらだぜ」
意識を保ち続ける隊員が強がりを言った。
「辛いだろ。楽になったらどうだ」
「俺は無敵だ! 機動隊魂をしかと見よ!」
隊員がなけなしの力をすべて指に集中させる。
引き金がほんの少し動いた。
にやりと笑った隊員を無力化すべく、アリスは手早くリロードし、ゴム弾を放った。盾ではなく直接隊員の体にぶち込む。
にやりから苦悩へ――表情が切り替わった。
「仇は取ってやる。今は眠っていろ」
「あ?」
周防の言葉に疑問を浮かべた隊員は意識を失った。
総理とお供の官僚が走り出す。
無事に官邸へご帰宅できたらいいんだけど。
「……不安だ」
周防がテレビカメラをちらっと見た。
エリーよりも命を優先した総理の行いが放送されてしまった。
私たちの顔がお茶の間に知れ渡ったのも問題だけど、今はどうでもいい。
エリー教徒のくせに「死んで詫びろ」と言い出す過激派が現れる可能性は高い。
SPの自制心でも抑えられなかったんだから、一般人ならなおのことだ。
「私とアリスだけでも大丈夫だよ」
「同僚を頼む」
周防が総理の後を追いかけた。
私とアリスは駐車場を抜けて局内へ向かう。
「警察の威信にかけて奴らを止めろ!」
どっかで見た顔のおっさんが警官隊に的確な指示を飛ばしている。
その声、その仕草……そうだ思い出した。あれは警視総監だ。
「うおおおおお。逮捕だ!」
警官隊が突撃する。
ロビーに入った瞬間、これだ。勘弁してよ。
「ボス。突っ切る」
アリスがマカロフを構える。でもその構えが違う。
さっきまではアイソセレススタンスだったのに、今はC.A.R.スタンス。
日本じゃジョン・ウィックの構え方として知られる近接戦闘に特化した技法だ。
敵が遠ければ無意味。だから距離を見て、遠ければアイソセレススタンス、近づけばC.A.R.――切り替えを繰り返す。
アリスの動きはまだ拙い。
民間のトレーニング施設で講習を受けただけだからね。
けれど、日本の警官相手なら十分すぎるほど圧倒できる練度だった。
「物量で押し切れ!」
「無理です! 強すぎる!」
百人はくだらない警官の荒波――でも、手薄な場所は確かに存在する。
アリスはそこを見極め警官を蹴散らしながら道を切り開いた。
「突破された! 総監、逃げてください」
警官の荒波を抜けた先。
仁王立ちで、警視総監が立ち塞がる。
「舐めるなよ。俺はこう見えて全国警察柔道選手権で優勝しているんだ」
ちょっとぽっちゃりした警視総監が上着を脱いだ。
柔道の構えでアリスを待ち構える――でも、同じ土俵で戦う義務はない。
「邪魔」
問答無用。アリスが警視総監を撃った。
異世界と違ってこっちの世界では銃が最強だ。素手で銃弾を掴んだり弾いたりすることもなく、撃たれた警視総監は痛みに悶絶する。
「総監!? 卑怯だぞ! 正々堂々戦え」
警官が叫ぶが無視してエリーを捜す。
スモークグレネードで煙幕を張り状況を混乱させてとんずら。
警官をまいて局内を走っていたら、テレビ局員と出くわした。
おかしくなったテレビ局から脱出しようとする局員。私やアリスのように洗脳されていない人間じゃん。ごく少数だけどいるね。
エリーの居場所をもしかすると知っているのかもしれない。
「すいません! エリーってどこにいるのか分かりますか?」
「こっち来んな。あっち行けあっち」
話を聞こうと駆け寄っただけなのに、猛烈な拒絶だ。
「ボスと関わったら死ぬリスクが高まる。当然の反応だから落ち込む必要はない」
「嫌な社会になったね」
「局員が口パクで一生懸命伝えている」
アリスがテレビ局員の口元をじっと見ている。
口パクならあとで「おまえ喋っただろ」と責められても言い訳はできる。
「本当だ。えっと……エリーの居場所は第二スタジオみたい」
「了解。先導する」
アリスのタブレットに局内の地図が表示されている。
通路を進み階段を上る。
「反逆者を発見! 射殺します」
踊り場から銃撃を受ける。相手の武装は拳銃だ。
対するこちらはM16A1で応戦する。
「弾ある限り掃射だ! アリス、敵が怯んだ」
敵が体を障害物に引っ込める。
銃撃が一時的に止んだ。
「ボスが作ったチャンスを無駄にはしない」
アリスが壁を走りあっという間に敵の真横に移動する。
敵はなすすべもなく、特殊ペイント弾に意識を奪われた。
踊り場の扉を開け二階の通路へと進む。
「エリーさまのために心臓を捧げよ!」
通路の右奥には百人規模のテレビ局員が大集合。
その中でもひときわ目立つ、ぎんぎらぎんの時計を身につけた局長が言ってはいけないことを口にした。
心臓を捧げよ。会社はエリーにすべてを捧げると決めたってことでしょ?
つまり、社員もエリーの所有物。ブラックすぎる。
直立不動のテレビ局員の手には武器が握られていた。
「はい!」
「いい返事だ。全職員に次ぐ、反逆者に罰を与えよ!」
「うぉおおおおお」
「アリス。エリーの洗脳で一番厄介なのってなんだと思う?」
「警察や政府を私物化できること」
「それもあるけど。私の答えは無数の一般人」
「どういうこと?」
最強の特殊部隊や傭兵でも法には逆らえない。
紛争地域で活動中、ごく稀に暴徒に襲われることがある。
殺意満々でも相手は法で保護される一般人だ。
軍属なら軍法会議で刑務所行き。傭兵なら逮捕され最悪の場合は死刑もある。
リンチされても攻撃できない状況――これが一番厄介。
今の日本も紛争地域と同じ状況だと言っても過言じゃない。
今日、止めなければ取り返しのつかない事態になる。
「政府が健在だったとしても国民が洗脳されちゃったら、どうすることもできない。国民を攻撃できない以上、従う以外に道はない」
エリーの洗脳の影響範囲は計り知れない。
たとえ政府が健在でも終わりの見えない内戦で国が滅ぶ。
滅ぶか従うか――どちらに転んでも万策尽きた状況が今の日本政府だ。
魔法ってほんとチートだよ。
テレビ局に来るまでにかなりの人が法を破ってるの見たけど。どうなるのかな。私がエリーを止めて、洗脳が解除になったら逮捕の連鎖?
科学では洗脳魔法は証明できない。
証明できないなら悪いのは行為者だ。
そう考えると、仮に洗脳が解けても鎖のない支配は続くのかもしれない。
国が正常に戻れば逮捕されちゃうって誰もが考える。
でも、司法も政府も警察もダークサイドに染まってやっちゃってるから逮捕の流れになったら自分たちも破滅する。
だから罪に問われないんじゃないかな。
「捕まったら終わりの鬼ごっこになる」




