第10話 掃除屋の隠匿六花
「ばいばーい」
よるが配信を切った。
本当に切ったかどうか確認してから私は口を開く。
「アリス。ターゲットの予定を探ってほしい」
半グレのボスの父親をはやく殺すために、デスゲーム会場に乗り込む以外のやり方を探す必要がある。調べもせずに行き当たりばったりで殺しはよるでも難しい。
ごろつきなら楽勝なんだけど。プロの護衛が一緒の政治家は厄介だ。
「分かった。よる、パソコンを借りる」
アリスがゲーミングチェアに座った。
さっきまでよるが配信のために使っていた、パソコンにアリスが手を伸ばす。
「配信用のパソコンはやめてください。こっちを使ってください」
よるが高性能のノートパソコンを棚から取り出した。それをアリスに手渡した。
「一、二時間は必要だろうしマイガンの続きでも見る?」
映画と違ってリアルのハッキングは地味だ。地味な作業を何時間も場合によっては何十時間もやってようやく目的を達成することができる。
アリスがベットに寝っ転がって、膝を曲げる。
アリスが膝の上にノートパソコンを置いて、ハッキングを開始する。立ち上がった、黒い画面によく分からない文字をいっぱい打ち込んでいる。
アリスが軽快にキーボードを叩く音が心地よいBGMになっている。
「続きは気になるわ。でも今はそれよりも配信って行為が気になるのよ」
「どんなところが気になるの?」
「このカメラってやつで、あたしの姿を視聴者に見せることもできるのよね」
エリーがパソコンのモニターに設置されている、カメラを触った。
「できるよ」
「やっぱり科学って最高よ! 洗脳し放題じゃないの!」
「不穏なことが聞こえたんだけど」
「魔法を知らないってことは対策もしていないってことよね」
「やべぇ奴を連れてきちゃったのかもしれない。アリス、モニターを破壊して」
アリスが拳銃を抜いて、モニターを撃った。
モニターの画面が砕け散った。
「視聴者数たったの一万人の配信に興味はないのよ。テレビのニュース番組って配信ならこの国のすべての人間が視聴者なのよね。日本を乗っ取るわ!」
「おいこら! たった一人で、テレビ局を占拠できるわけ……できるか。エリー強いし……日本の終わり来ちゃった? 独裁者爆誕とか嫌なんだけど」
私とアリスが拳銃を発砲する。
銃弾が飛ぶ部屋をエリーが走る。窓を突き破った、エリーが路地裏から出た。
急いで追いかけたけど、人混みに入ったエリーを見つけることはできなかった。
極道と言えばたばこ。今みたいな雰囲気で吸う姿はかっこいい。というわけで、私も持ち歩いている。本物じゃなくて吸う真似をすると本物っぽく見えるお菓子だけど。お菓子の箱を振って、一本取り出す。かっこよくふぅってする。
満足した私とアリスはよるの部屋に戻った。
「……」
よるが箒とちりとりを持って、掃除をしている。
床に散らばる破片がちりとりに入った。
「よる、ごめん」
モニターはぶっ壊れているし、派手に銃を撃ったから、流れ弾が色々と破壊していた。棚にあったヨルのグッズがバラバラだ。穴が空いた、書類が舞っている。
「ボスが弁償する」
「財布空っぽ……アリス。お金持ち」
「一銭も払わない」
「まだ怒ってる?」
アリスの貯金で、弁償は無理だった。
アリスはエリーのたわわをもみもみしたことをまだ怒っている。
エリーが関わると部屋がめちゃくちゃになるの、どうにかならないかな。
よるの機嫌を取るために狩りに出掛けることになった。
「好きなだけ殺していいから! 今日は大盤振る舞いだよ」
米俵組のシマで好き勝手やっている、半グレの拠点にやって来た。
繁華街からちょっと外れた場所にある、廃れたボウリング場だ。
政治家の父親を殺害してから半グレを殲滅する予定だったけど、よるのターゲットになった時点で死んだも同然だから順番が前後しても問題はないはずだ。
「殺戮を楽しみましょう」
レインコートを着ている、よるが笑った。
「ボス。大丈夫?」
「大丈夫。私は戦わないよ。よるの背中に隠れて、陰ながら応援する人になるから」
「よるに任せれば安心。私は裏口から突入する」
「じゃあよると私は表から攻めるよ」
二手に分かれることになった。
アリスが裏口に走り去った。
「なんだ。てめぇら。嬢ちゃんが来てもいい場所じゃねぇぞ」
ボウリング場の入口に見張りが立っていた。
見張りが私たちに詰め寄った。よるが見張りの首に切れ込みを入れる。
よるの手斧が血に汚れた。数秒後、首から血が吹き出す。
「ま、まじかよ! 手斧とレインコート。間違いねぇこいつデットアーティストだ! 都市伝説じゃなかったのかよ!」
騒ぎを聞きつけた、三人組が入口から出てきた。バットを構える。
「やべぇって、銃持ってんのリーダーしかいねぇのに、無理だろ!」
「逃げちまおう! リーダー死ぬだろ絶対。逃げても問題ねぇよ!」
顔を見合わせた、三人組が背を向ける。
「逃がしませんよ」
急接近した、よるが三人組を切り刻む。
あっという間に三人組が肉の塊になった。
「なにちんたらやってん……だ、よ」
プロレスラーみたいな体つきの男が様子を見に来た。
床に転がる人間だった物を発見した、男が青ざめる。
「こんにちはそしてさようなら」
男はよるの挨拶に戦慄だ。
「ひ。やめろ! やめろぉおおお!」
腰を抜かした、男がお漏らしをする。
よるが手斧を振り上げた。手斧の刃が男の頭にずぶりと入った。
よるがボーリング場に侵入する。そして運悪くよると出会った相手を惨殺だ。
よるが通った通路には死体がごろごろと転がっている。
「よる、満足できそう?」
「はい! どうしてそんなことを聞くのですか」
「戦いってスリルがあるからこそ面白いと思うんだよ」
よるが強すぎて、緊張感のない狩りになっている。
「殺しができればスリルなんてどうでもいいです」
「よるは過程じゃなくて行為を楽しむタイプの殺人鬼なんだ」
「小春は過程を楽しむタイプですか」
「殺人鬼じゃないけどね」
「ボス。リーダーを除いた、すべての構成員の命を奪った」
合流した、アリスが報告をする。
よると違って、アリスは返り血が一切衣服に飛び散っていない。プロだ。それに反してよるのレインコートは血まみれだ。
よるがレインコートを脱ぎ捨てた。
「リーダーの場所は分かる?」
「駐車場」
「急がないと取り逃がしちゃう」
「大丈夫。車に細工した」
小走りで、駐車場に移動する。
駐車場には魔改造された無数の車が乱雑に止まっている。そのうちの一つ。炎のペイントがある車にアリスは細工を施した。
私たちに気がついた、半グレのリーダーがダッシュする。
アリスがリモコンを投げた。私はそれを受け取った。
「チャンスを与えよう」
ポチッとな。車が爆発する。リーダーが風圧に押されて、地面を転がる。
乗り込んでから爆破でも良かったんだけど、それはつまらない。
追い詰められたリーダーのあがきを見たいな。
「こんなところで終わるわけにはいかねぇんだよ! 俺はビックになって、あ」
トカレフなんて、今どきチンピラでも使わないよ。
ドラマ以外では見ない、銃がトカレフだ。ヤクザが使う銃で有名なトカレフだけど、それは昔の話だ。今はまともな銃を使ってる。
トカレフを構えようとする、リーダーの右腕が取れた。
ぼとりと落下した、右腕をリーダーが見つめる。
「つまらない。最後のあがきだよ。もっと本気になってよ」
私の思いとは裏腹に、よるは殺しを楽しみ尽くしている。
「あああああああ。俺の腕!」
アリスが取れた右腕からトカレフをもぎ取った。
「正規品じゃない。粗悪品」
「誰から買ったの?」
「あああああああ」
「ボスの質問に答えて」
リーダーはリュックを背負っている。
アリスがリーダーのリュックから白い粉を取り出した。
白い粉をリーダーの傷口に塗り込む。
「痛くなーい! ひひひひひ掃除屋から買ったんだー」
リーダーの脳が薬物に侵食された。
痛覚を失った、リーダーが不気味に微笑む。このことから白い粉の純度はかなり高いことがうかがえる。銃は粗悪品なのに、商品の白い粉は良品だ。
「異世界に行く少し前に、蔵に眠ってた銃の処分を依頼したことがあったな」
「よりにもよって敵対していた、半グレにあいつら売った?」
「たぶんそうだね。ここの掃除は無料でやってもらおう」
死体が二つくらいなら人間も片付けてくれるけど、数十人ともなるとやってくれない。証拠になる指紋エトセトラを綺麗さっぱり削除して終わりだ。
追加料金を払えば罪をなすりつける相手を用意することも可能だ。
今回は掃除屋にとってちょっと楽な案件だ。だから勝手に銃を売ったことと引き換えに、無料にしろと言えば対応してくれるはずだ。
「腸がドバドバ出たーくさーい。俺の腸くせぇひひひひひ」
よるがリーダーのお腹を切り裂いた。
腸がどぶりと飛び出る。腸を掴んだ、リーダーがなぜか引っ張ったり、臭いを嗅いだりと不可解な行動をする。完全に頭がイッちゃってる。
「グロすぎて見てられないよ。よる、はやくトドメを刺して」
「痛がらない相手はつまらないですし、さっさと殺して、作品にしましょうか」
よるがリーダーの胸部を斧の柄の底で、殴った。
リーダーの体内から心臓が破裂する音が聞こえた。
心臓を失ったはずなのに、リーダーはまだ動いている。
「ひひひひひ」
力なく立っているリーダーが笑う。ホラーだ。
「これだからヤクは嫌いだ」
「啓発動画の素材として撮影する?」
「定期的に組員に見せる。啓発動画には使えないんじゃないかな」
米俵組は薬物が御法度だ。
組員が手を出さないように、毎月啓発動画の鑑賞会がある。
素材としては最良かもしれないけど、こんなの見たらトラウマになる。
「しぶといですね。生きたまま加工になりますよ?」
人間だったリーダーが、椅子になった。
生きたままバラバラになって、加工される様子はグロすぎる。
よるが言うには強欲は身を滅ぼすってメッセージを込めて作ったらしいんだけど、よく分からない。アリスと私からすれば中二病全開のただの椅子だ。
「正義の殺人鬼フォーラムにアップしておけば良い?」
私は椅子もとい作品の写真を撮った。
スマホに保存した、写真をどうするのかよるに問う。
「はい。反応が楽しみです」
正義の殺人鬼フォーラムは一般人の命は奪いません。やっぱぶっ殺す対象は悪人に限るぜな人殺しが集まる、ネットの掲示板だ。
よるはこの掲示板に作品の写真を投稿する。そこから派生したのが都市伝説。デットアーティストだ。日本中の悪人がデットアーティストを恐れている。
「ボス。掃除屋が来た」
「小春ちゃん。やったね。ついに排除できたじゃん」
大正時代から掃除屋を営んでいた、隠匿家。由緒正しい家系の本家の娘がワンボックスカーから降車する。とててと私の前までやって来た。
名前は隠匿六花だ。
六花は背の低い女子高生だ。世間一般的に言うところのギャルだ。
「一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな」
「うん」
「銃の処分を依頼したことがあるよね?」
「はい。溶かして、金属にしましたよ」
「リサイクルしたんだ。でも半グレのリーダーが持ってたよ。米俵組が処分を依頼したはずのトカレフを一丁。掃除屋から買ったらしいんだけど」
「……バイトくん。売った? 今、目が泳いだよね?」
ワンボックスカーに背を預けていた、若い男を隠匿六花が怪しむ。
「う、裏切ってなんか」
「んー自白ありがとう。嘘の声だ」
六花がXDMのコンパクトモデルをホルスターから抜いた。
日本の裏市場ではほとんど出会うことがない拳銃だ。
貴重と言うわけではなくグロックシリーズが人気で、あまり仕入れる人がいない。
「ぐっ」
六花が発砲する。
バイトくんの右耳が弾け飛んだ。
「額を狙ったのに、外れた」
「相変わらず射撃は下手だね」
私も拳銃を抜いて、発砲する。バイトくんの額に命中する。
「これでいいですよね」
六花が微笑んだ。
「バイトの面談はしっかりとやった方がいいんじゃない?」
「こんな仕事やりたがる人なんて、ヤミ金に手を出して、人生が詰んだ連中くらいだから意思疎通ができれば即採用じゃないと万年人手不足になるの」
「極道も似たような状況だからすごく分かる」
「裏切り者を粛正したことだし、作業開始! キリキリ動け!」
防護服姿の作業員が機材とボストンバックを持って、ボーリング場に入った。
ボストンバックのチャックが少し開いていた。
チャックの隙間からどっかのチームの旗と釘バットや木刀がうっすらと見えた。半グレ同士の抗争もしくは暴走族に喧嘩売って、返り討ちになったように偽装するみたい。半グレは旗をあまり使わないから暴走族かな。
「今回の代金は無料でもいいよね」
「バイトくんの不手際を誰にも言わないって約束してくれるのなら、はい」
「分かった。墓まで持って行くよ」
六花が防護服に着替えた。そして現場の指揮を開始する。
「久しぶりの殺戮は楽しいですね。満足です」
「良かった。昼飯食べに行こうよ」
腕時計を見る。時刻は十二時だ。
「ボス。日本を乗っ取るつもりのエリーはどうする?」
「組員に捜索するように言っといて」
洗脳魔法があるとは言っても国家を転覆させることができるほどではないはずだ。
国家を転覆できますわな洗脳なら異世界で、人類とエルフの勢力が争っていた説明がつかない。争う余地もなく人類が支配されていなければおかしい。
あーでも対策とか言ってたな。
「分かった」
「おすすめの喫茶店があるんだ」
ミニクーパーSで、秋葉原に戻った。
ビルの一角にある、マイガンのコラボ喫茶に入った。
「ボス。テレビにエリーが映ってる」
アリスが喫茶店に設置されていた、テレビを指差した。
「え?」
ニュース番組に乱入した、エリーと番組スタッフが押し問答をしている。
放送事故だ。エリーが詠唱をする。そしてとびっきりの笑顔を作った。
男なら誰もが見惚れる笑顔だ。
番組スタッフがアナウンサーがエリーに忠誠を誓った。
『あたしはエリー・ハイエンド! この世界の王になるエルフよ』
洗脳魔法のことを甘く見ていた。影響範囲が予想の範疇を超過している。
「エリーさま! 俺たちはあなた様の奴隷です!」
「エリーさま! 私たちはあなた様に人生を捧げます!」
テレビを見ていた、店員やお客さんがエリーに忠誠を誓った。
映像でも効力があるってチートだよね。はやく止めないと、世界の終わりだ。
「ボス。ターゲット」
薬物の恐ろしさを教えてくれた、半グレのリーダーの父親がテレビに映った。
『エリーさま! 私の預貯金のすべてを捧げます! お側で仕えさせてください』
「汚れたお金なんていらないわ」
ターゲットの頭がトマトみたいに潰れた。
見えないなにかで、挟まれたんだと思う。
「……小春。頑張ってください」
よるがまだ席にも座っていないのに、出口に歩み寄る。
「手伝ってくれないの?」
「私も人の子ですよ。バケモノと殺し合いなんてごめんです」
「いや、エリーは生け捕りにする」
「小春。頭、大丈夫ですか?」
「正常だよ」
「藁にもすがる状況になったら、連絡をください」
ごめんだと言いつつも見捨てるつもりはないみたい。
「優しいね」
「絶対に行くとは限りませんよ」
よるが出て行った。
エリーも人の子だ。捕らえる手段はいくらでもある。