炎を操る者達
ムメンは百の兵を率いて、東の辺境にあるとされる海に囲まれた大陸を目指した。
行軍の途中、ムメンはニーヴァが支配する種族の地を訪れ、その地で兵の休息とニーヴァへの忠誠を確認し、その種族の協力を得て更にその近隣の種族も平定しながら、その歩みを進めて行った。
しかし、未開の地に足を踏み入れるその行軍は困難を極め、訪れる地域特有の自然環境が彼らの行先を阻んだ。
灼熱の砂が広がる大地を越え、荒れ果てた岩塊が連なる丘陵を登り、凍えるような寒風に耐えながら険しい山々をいくつも越え、峡谷が進路を塞ぎ、大河を迂回し、未知の種族による不意の襲撃を受けたムメンの兵は、いつしかその三分の一が消え去っていた。
疲労と喪失感が広がるムメン軍。それから月が三度ほど満ちた頃、ムメン達はようやく運河沿いの森へとたどり着いた。
その地で傷つき疲れ果てた兵たちを休ませると、ムメンは少数の兵と共に、鬱蒼と茂る森へ踏み入れる。森の中は薄暗く、絡みつく未知の植物が行く手を阻み、樹木の根に足を取られ、幾度かの陽の昇り陰りを繰り返した頃、森の奥に一筋の明るい陽光が差し込み始めた。
そして鬱蒼とした木々が途切れると、目の前には青空が広がった。
目の前の白い砂浜は地平線まで続き、遠くには波間が光を反射している。長く苦しい行軍の果てに、彼らはついに海に囲まれた大陸の対岸へと辿り着いたのだ。
そして、ムメンは残った精鋭の側近十数名を率い、そこで暮らす種族を探し、さらに北へと進む。
海岸沿いを探索しながら、続け四度目の月が満ちた時、水辺で生活する種族を発見する事ができた。
その種族は小柄で細身、全身が艶やかな黒い体毛に覆われ、原始的な暮らしを営んでおり、ムメンは慎重に接触を図るべく、静かに彼らへと歩み寄った。
しかし、その気配を察知した黒毛の種族たちは鋭い目を光らせ、甲高い声で仲間を呼びながら威嚇を始めた。
その緊張感が辺りに満ちる中、ムメンと彼の側近たちは動じることなくその場に立ち続ける。
やがて、黒毛の種族たちはムメン達の屈強な威容に圧倒され、徐々に威嚇を止め、森の奥へと引き下がる者も出てきた。
しばらくすると、他の個体とは異なる大柄で堂々とした数匹が、慎重な足取りでムメンたちに近づいてきた。
彼らはムメンの目の前で立ち止まり、じっとその顔を見つめる。
ムメンも静かに彼らを視野に収める。
しばしの間、無言のやり取りが続くと、その中の一匹がぽつりぽつりと声を発し始めた。それは単純な音を組み合わせた原始的な言葉で、ムメンにはその意味を理解することができなかった。
それでも、彼らに敵意がないことを確信したムメンは、兵士たちに左手で合図を送り、全員が武器を下ろし地面に座るよう指示した。
緊張が解け始めると、ムメンは跪き、彼らと視線を合わせたまま前腕を上げ横に振ることで、自らの無害さを伝えた。
黒毛の種族たちはその仕草をじっと見つめ、大柄な個体が低いうなり声で仲間に何かを伝えた。すると、彼らの集団はムメンたちに倣うように地面に座り、少しずつ穏やかな空気が漂い始めた。
しばらくして、森の奥から果実を抱えた数匹が現れ、それを慎重にムメンたちへと運んできた。
一匹がムメンの前で立ち止まり、果実を差し出す。
その仕草に、どこか敬意のようなものが感じたムメンは、無表情を保ちながらも優しく果実を受け取り、小さくうなずいてみせた。
その瞬間、黒毛の種族たちは警戒を解き、他の兵士たちにも果実を運び始め、二つの種族は争う事なく、同じ食事を共にした。
こうして黒毛の種族と友好関係を築いたムメンは、彼らの集落に拠点を定め「セテト」と名付けた。
ムメンは黒毛の種族との共同生活の中で、彼らの原始言語を理解し、対話が可能になってゆくと、威厳ある毛艶を持つ族長に、大陸や浮遊鉱石、ニンゲンについて尋ねた。
黒毛の種族はこれまでの歴史を語り始め、自らの集団をヤァーと呼んでいた。
彼らは、元々あの大陸で暮らす種族で、外から来る者は殆どいなく、その地で静かに暮らしていた。
… ゴォォォォォ…
ある日、突然、地響きを伴う激しい轟音が大地を揺るがし、炎と黒煙がヤァー族の暮らす土地を覆った。
ヤァー族は恐怖に慄き、慌てて森の奥へと逃げ込み、身を潜めた。
日は沈み、再び昇る頃になると、炎の勢いは弱まり、辺りに立ち込めていた煙が徐々に薄れてゆくと、ヤァー族たちは警戒しながら元の場所へ戻って行った。
しかし、そこに広がっていたのはかつての豊かな森とは違う、黒い炭と灰色の煙に覆い尽くされた、見るも無残な森だった。
倒された木々、焼け焦げた地面、周囲を見回しながら、ヤァー族たちは焼け焦げた大地に刻まれた一本の奇妙な道をたどり、慎重に進むうちに、目の前に巨大な崖のような影がぼんやりと見え始めた。
息を潜めながらじっとその影を見つめる、ヤァー族たち。
その時だった。崖の周囲に漂う煙の奥から、黒い何かが揺らめきながら現れ始めた。
黒い影は次第に輪郭を濃くし、数を増やしながら近づいてくる。ヤァー族たちは緊張に息を荒らし、不安げにその動きを見つめる。
そして、仲間の数匹が恐怖に耐えきれず逃げ出すと、残った者たちも次第に声を荒らげ、威嚇を始めた。
「ギャア!」「ギャア!」
恐怖に駆られたヤァー族は、威嚇をしながら、体格の良い長たちの周囲に集まり、互いに顔を見合わせると、一匹の勇敢なヤァー族が前に進み出て、煙の奥へと向かって行った。
すると、
―ゴォォォ!!
突如、煙の奥から巨大な炎が吹き出してきた。
「ギャア!」「ギャア!」
ヤァー族たちは驚き、四方八方に逃げ散り、倒木の影に身を潜め、再び声を荒げ、物を投げた。
だが煙の奥の黒い影は動じることなく、じりじりと彼らの方へ近づいてくる。
「フッ! フッ!」
怯えるヤァー族たちの中から、一匹の力強い個体が大きな岩を持ち上げ、それを黒い影に向けて投げつけた。
―ゴンッ!
鈍い音が響き、それを合図に他のヤァー族も次々と岩を投げ始めた。
黒い影は一瞬動きを止め、煙の中で揺らめいている。
だがその直後。
―Pi!!
一瞬の間を置き突然、聞き慣れない高音が森に響き渡る。
―ゴォォォ!!
そして、再び巨大な炎が放たれた。
逃げ遅れた数匹のヤァー族が炎に巻かれ、その場に倒れ込んだ。仲間たちは必死に助けようと近づくが、炎がそれをはばむ。
それでもヤァー族の数匹が、炎の先にいる仲間を見つめながら、必死に近付こうとした時、彼らはその炎の先に、黒い影の姿を見た。
炎の奥には、ヤァー族がこれまで見たことのない種族が立ち、鈍い光を放ちながら、
― ブゥゥゥゥ…ン
鋭く光る目で、彼らを睨みつけていた。
ヤァー族はこの脅威に追い立てられ、かつて暮らした森を離れると、海辺で暮らす別の種族と合流し、共に新たな大陸を目指して逃げ延び、その後は対岸の地で新たな生活を始めることとなった。
それからしばらくして彼らの元に、かつて焼かれた仲間の一匹が、瀕死の状態で帰ってきた。
彼は炎を操る者達に捕まり、暗く狭い場所で寝起きをしていたらしく、時々物凄く明るい場所に連れられ、体を縛られ痛い思いをし、彼らが放つ声も聴いていた。
炎を操る者達は、明るい場所ではその姿を変え、ヤァー族に近い姿をし、そして何度も、
『 ニンゲン 』
と言う声を、捕らえられた仲間の顔を見ながら話していた。
彼は、体が動くようになると、すきを見てその場から逃げ出し、薄暗く冷たい洞窟を駆けて行ったが、すぐに彼を捕らえようと、多くの炎を操る者達が集まり、追いかけてきた。
炎を操る者達は、追い掛けながら、破裂音と共に体を斬り、何かが刺さる矢のような物を放ち、彼は意識が朦朧としながらも必死に逃げ、海を渡り、ようやく仲間の下へ帰る事が出来た。
しかし、彼はその傷からか、次の日の朝を迎えた頃には動かなくなっていた。
ムメンは、彼らの話している内容が、にわかに信じられなかったが、ヤァー族の性格を考えると偽りではなく本当の事なのであろうと納得し、動かなくなったヤァー族の仲間を弔う言葉を彼らに掛けた。
その弔いの後、ムメンは改めて彼らに浮遊鉱石を見せ、もう一度、浮遊鉱石について訊ねてみた。
「 これは あそこに あるか 」
彼らは、これと同じか判らないが、似たような物があの大陸にはあると答え、ただそれがあるのはアー族が暮らす大陸にある山々の奥地、地中の奥深くで見た事があるらしく、そこはとても暑く、赤く煮え滾る川が流れ、時折、唐突に仲間が倒れ動かなくなる、とても恐ろしい場所である事を伝えた。
ムメンはその話を聞き確信をした
「|ハペプ《黒い鋼の外骨格を持つ種族》…」
ムメンはヤァー族にある事を条件に、浮遊鉱石の採掘に協力する事を求め、ヤァー族はそれを受け入れると、あの大陸を取り戻す事を約束する。
この世界に君臨する最強の種族として、
炎を操る者達 ”ニンゲン” を排除する事を条件に
遥かなる星々の物語
第二章 「邂逅の惑星~30億年の出会い」 第一部 「 君臨する者 」 END




