第17話:カップ麺とお返し
遊戲の途中、麻里さんと平岡ちゃんは、ずっとコソコソと話していた。
その間、僕と奈良は黙々と手札に集中していた。
すると、ふと何かを思い出したかのように、平岡が頭をかきながら疑問を口にする。
「で、破壊者って誰なの? みんなで仲良く金鉱掘るんじゃなかったの?」
「お前がずっと私の道具を壊したり、道を塞いだりしてるんだから、破壊者に決まってるだろ。」奈良さんが不機嫌そうに言う。
「ええ!? でも香織ちゃんが『これでみんな助かるよ!』って言ってたし……もしかして、騙された!?」
平岡は納得いかない様子で、麻里さんを見る。
「そんなわけないじゃん、もまみちゃんのためにやってるんだよ~?」
麻里は平岡の話を遮り、声のトーンを上げて言った。
「まあ、細かいことはともかく……」
僕は一番近いとゴールカードを指さした。
「さっき地図カードを使ったんだけど、このカードの下に金鉱がある。」
「やったー! 村上くん、頼りになるー!」
平岡ちゃんは嬉しそうに手を叩く。
お邪魔者は4人でプレイした場合、全員が正直者の鉱夫である可能性もある。
もし麻里さんが余計なことをしなければ、このゲームはあっという間に終わるはずだった。
僕の番が回ってきた。金鉱まであと一歩。
しかし……
「……僕、出せるカードがない。」
「樹雨くん、なんか悩んでるみたいだけど、何か企んでるのかな?」
麻里がすかさず茶々を入れる。
「いや、本当に手札がないんだ。」
僕はため息をつきながら、
「このマスは麻里さんに任せるよ。」
「いいよ~。ちょうどピッタリのカードがあるし。」
僕がどうでもいい道カードを出した後、麻里の番が回ってきた。
「じゃあ、私の番ね~」
そう言うと、麻里さんはわざわざ金鉱とは関係ない場所に道カードを置いた。
「おいおいおい! なんでそっちなんだよ!!」
奈良が思わず声を荒げる。
「香織ちゃん、言ってることとやってることが違うよ!?」
平岡も混乱した様子で麻里さんを見つめる。
「……もしかして、麻里さんが破壊者?」
僕は疑問を口にする。
「やっぱりな! あの爆乳悪魔、絶対裏で何かやってると思ってたんだよ!」
「それに、平岡は多分破壊者じゃない。もし破壊者だったら、『やった! 俺、破壊者だぜ! 絶対に金鉱掘らせねぇ!』とか言い出してるはずだからな。」
「櫻ちゃん、それって私がバカみたいじゃん! ひどい!」
平岡が抗議するが、すぐにへらへらと笑ってしまう。
「まぁ……でも、確かにそうかも……えへへ……。私、小説以外のことは全然ダメだから……。」
「じゃあ、麻里さんは平岡ちゃんをスケープゴートにしようとしてたんだな?」
僕が結論を出すと、奈良も小さく頷いた。
「うわ~、疑われちゃった~。」
麻里は舌をぺろっと出し、困ったような顔を作る。
一瞬、場の空気が凍りつく。
扇風機の音だけが静かに鳴り響き、緊張感が広がる。
再びジャスミンの香りがふわりと漂った瞬間、僕は察した。
麻里が、また僕に囁こうとしていることを。
しかし、その表情は今までの悪戯っぽい笑顔ではなく、どこか真剣なものに変わっていた。
「樹雨くん、私はずっと味方だったのに、こうやって疑われるとちょっと悲しいなぁ。」
「え……?」
「もし私の言ってる意味がわからないなら、今すぐ役職を明かしてみなよ?」
麻里は指で髪をくるくると巻きながら、頬をほんのり赤く染める。「私は信用を犠牲にしてるんだからね? 『樹雨くん』は、ちゃんとキレイに勝たなきゃダメだよ?」
「まさか……」
僕が思考を巡らせる間に、奈良のターンになった。
「ったく、私のランプまだ壊れてんのかよ。動けねぇじゃん。」
奈良は鼻をかきながら、ジト目で麻里を見つめる。
そして、平岡の番。
「金鉱に到達したよー!!」
平岡が空白のマスに道カードを置き、終点カードをめくる。
「……なんで石?」
「そりゃあ……」
僕の番が来た瞬間、落石カードを使い、起点に一番近い道を破壊した。
「僕が、本当の破壊者だからさ。」
「ええええええ!?!?」
平岡の叫び声が響く。
「……まさか、お前、あの爆乳悪魔よりタチ悪いんじゃねぇの?」
奈良は半ば呆れたようにカードを放り出し、降参のポーズを取った。
最初から、最後まで正体を隠すつもりだったのに……
麻里さん、僕のこと、そんなにわかりやすかった?
*****
何回かゲームをプレイしたあと、金塊の数を集計した結果、最終的な勝者は麻里さんだった。
「勝者として、樹雨くんから何かご褒美をもらえたりしないのかな~?」
「ご褒美?冗談だろ。僕にできるのは、ご褒美じゃなくて、麻里さんにたくさんの疑問を投げかけることくらいだ。」
僕には、どうしても聞きたいことがあった。
ただ、その前に、まずは麻里さんが持ち込んだ大量のボードゲームを片付けなければならない。
幸い、教室内には収納用のロッカーがいくつか備え付けられていて、整理は思ったよりもスムーズに終わった。
「じゃあね。」
奈良さんは軽く手を振ると、さっさと教室を出て行った。
「みんな、またね!櫻ちゃん、彼氏に会いに行くの?」
平岡が奈良にくっついて、しつこく絡みながら一緒に出て行った。
教室には、僕と麻里さんの二人だけが残された。
「さっきの最初のゲームで、どうして麻里さんは僕を勝たせようとしたの?」
僕は手押し車を教室の窓際へ運んだ。あそこならスペースが十分にある。
「別に理由なんてないよ。」
麻里さんは壁にもたれかかり、どこか悪戯っぽく言う。
「むしろ、こういうことに理由なんていらないんじゃない?」
「つまり、ただ僕をからかいたかっただけ?」
僕はため息をついた。
「ほんと、人の思考をかき乱すのが得意だよな。」
「それは違うよ?」
麻里さんは席に腰を下ろし、微笑む。
「ただ、できる限り楽しくしたかっただけ。」
「……」
僕は麻里さんの方を向き。
「まあ、確かに成功してるな。今になってみると、この感じ、嫌いじゃない。」
僕はふと、あることを思い出した。
「もしかしたら、どこかに、こういうやり取りをもっと真剣に捉える人もいるかもな。」
「そんな人、いるの?」
麻里さんは僕をじっと見つめ、さらりと否定する。
「いないでしょ?」
「いや、少なくとも僕の知ってる人の中には……」
僕は言葉を飲み込み、軽く咳払いした。
「……いや、麻里さんなら、きっと気づいてるよね。」
「何それ?樹雨くん、何言ってるのかよく分かんないなぁ。」
「いや、なんでもない。」
「ねえ、赤郎くんってさ、たぶん私のこと好きなんじゃない?」
やっぱり、気づいてたんだな。
僕は少し考えた後、尋ねた。
「それで、麻里さんはどう思ってるんだ?」
「正直ね、赤郎くんのあの照れくさい感じ、昔の知り合いにちょっと似てるの。」
麻里さんの声が、少しだけ柔らかくなった。
「でもね、その人とはあんまり深く関わらなかったし……それに、ある出来事があって、私はもう、この手の話を前向きに考えられなくなったの。」
この人望の厚い女の子にも、そんな苦い記憶があるんだな。
僕は静かに耳を傾ける。
「でもね、私はもう一度立ち上がるよ。自分の意思で、自分の道を選ぶの。」
麻里さんは、ふっと僕に近づいた。
たった一枚の紙ほどの距離。
「嫉妬心なんて、もうどこにもないんだから~」
微かな囁き声に、僕の心臓が小さく跳ねる。
時間が、変な空気の中で止まったようだった。
僕は視線をそらし、極力、麻里さんと目を合わせないようにする。
「……赤郎くんは、麻里さんのタイプじゃないってこと?」
「樹雨くん、頭いいねぇ。前からそうだったもんね!」
麻里さんはくすくす笑いながら、一歩下がった。
僕はようやく息をつくことができた。
「いい駒を手に入れたプレイヤーは、それだけで気分が良くなるんだよね~。」
麻里さんは、いたずらっぽく微笑む。
「もしこれがチェスだったら、私はもうクイーンを持ってるってことだよ。」
「クイーン?どういう意味だ?」
「気にしなくていいよ。それより、聞いてくれてありがとう。これが一番のご褒美かな。」
「そうか、なら……」
僕は数歩後ろに下がり、机の上のカバンを手に取る。
「ちょっと待ってよ~。」
麻里さんが、甘えたような声で僕を引き止める。
「人から贈り物をもらったら、お返しをするのが礼儀でしょ? ほら……」
僕が気を抜いたその瞬間——
麻里さんは、そっと顔を寄せてきて、僕の頬に柔らかい唇を触れさせた。
「お返しだよ~」
*****
帰り道、僕の頭の中はさっきの部活で起こった出来事でいっぱいだった。
もし僕の判断が正しければ……さっき、可愛い女の子に頬へキスされたはずだ。
「まさか、麻里って僕に気があるのか……?」
そんなことを考えていたせいで、道中の景色なんてまるで頭に入らなかった。
ただ、火照った耳とドキドキと高鳴る心臓だけが、現実を突きつけてくる。
夏の夜風が木々を揺らし、サラサラと葉を鳴らす音が、不安定な僕の気持ちを映し出しているようだった。
「ただいま。」
家に帰ると、テーブルの上にはカップ麺が置かれていて、ピリッとした香辛料の匂いが漂っていた。
「兄さん、おかえり。今日はカップ麺だよ。」
紗樹がため息混じりに言う。
「ママ今日は仕事で遅くなるって。」
余計なことを考えるのはやめよう。せっかく紗樹が夕飯を準備してくれたんだから、ありがたくいただくべきだ。
「おおっ! いつもは叔母さんの手料理だけど、今日は紗樹が僕のためにカップ麺を用意してくれたんだね。」
「バカにしてるでしょ! そんなこと言ってると殴るよ!」
僕は冗談をやめ、目の前のカップ麺に意識を向ける。
しかし、頭の中に残るもやもやはなかなか晴れない。
そんな僕の様子を察したのか、紗樹がふと尋ねた。
「兄さん、なんか悩み事あるでしょ?」
「えっ……? なんでそう思うの?」
「女の第六感……っていうのは冗談だけど、鏡で自分の顔見てみなよ。めっちゃ赤いよ。」
「え、顔が赤い?」僕は反射的に頬を触る。
紗樹はズルズルとカップ麺をすすりながら、口の中にまだ麺を含んだまま言った。
「きっと学校で何かいいことがあったんでしょ?」
「いや、そんな……ただ、予想外の出来事があっただけだよ。」
なんとなく気恥ずかしくて、僕は慌てて話題を変えた。
「紗樹は学校で何か予想外のことが起こったりしないの?」
「ないねー。毎日同じことの繰り返し。クラスメイトもロボットみたいなもんだし。」
口の中に食べ物を含んでるせいで、彼女の声は少しこもっていたが、それでも僕にはしっかり聞き取れた。
兄妹ならではのコミュニケーション能力かもしれない。
「でも兄さんも同じようなもんでしょ? 毎日昼ご飯はおにぎりばっか食べてさ、ロボットみたい。」
「紗樹に言われたくないな。」
僕はわざと真面目な口調で言った。
そういえばさ、『白ひげパルフェ』にもう何回行ったか覚えてる?
「だって白ひげパルフェ、すっごく美味しいんだもん!」
「それに、今日は僕、学校の食堂でご飯食べたんだよ。」
「えっ!? 毎日おにぎり生活の兄さんが、学校の食堂で!? これは一大ニュースじゃん!」
紗樹は本気で驚いた様子だった。
「まぁ……ほぼ強制的にだけどね。」僕は苦笑しながら頭を掻いた。
結局、学校で女子に頬を奪われたことは話さなかった。
別に言う必要もないし、言ったところでからかわれるのがオチだろう。
僕はカップ麺をすすった。
味は、昼間食べたギャルのクリームシチューには及ばなかったが、これはこれで悪くない。
「さてと、ごちそうさま。」
紗樹は箸を置き、伸びをしながら言った。
「じゃあ、後片付けは兄さんよろしくね! 私はゲームの続きしなきゃ!」
「はいはい。」
僕は素直に片付けを引き受けたが、一応釘を刺しておく。
「でも、宿題は忘れるなよ?」
「わかってるってばー!」




