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第11話:音楽と記憶

中学の頃、僕はあまり周りに好かれていなかった。


少なくとも、僕の学校では「アイツは偏った才能だけの変わり者だ」なんて言葉が流れていた。


そのすべての始まりは、中学一年生の時に起こったある出来事だった…………


*****


「おーい!樹雨!ぼーっとしてるの?」


我に返ると、目の前には一人の女の子が立っていて、僕の頭を軽くポンポンと叩いていた。


さっきまで数学の授業だったはずだけど、疲れすぎて脳がフリーズしてしまっていたらしい。


「今、何時?」僕はぼんやりと尋ねた。


「何時って?」彼女は真剣な表情で僕を見つめる。「もう放課後だよ!今日は一緒に君の新作小説を読む約束でしょ?おバカさん!」


「うっ……ごめん。今日の宿題が多すぎて、小説を書く時間がなかったんだ。」


「えぇ、本当に?」彼女はからかうように言う。「さっき居眠りしてたでしょ?」


「ははっ、バレちゃったか。」僕はため息をついた。


「今日の数学の宿題、確かに難しいし多かったね。」彼女は目をくるくる回して首を振る。「私も終わらなかったよ。」


「僕は君がまったくそれを書いていないと思うよ。」


「えへへ~バレちゃったね。」


「小学校の頃から知ってる幼馴染なんだから、それくらいわかるよ。」


目の前の女の子は、僕の幼馴染である美咲詩音(みさき しおん)だ。


「でもね、これから私が何をするかは当てられないでしょ?」

詩音は僕の手を取って言った。「ちょっと来て、見せたいものがあるの。」


「なに?また新しい曲を弾くの?」


「いいから、ついてきて!」


詩音の後を追い、学校の廊下を歩き、最上階にある音楽室に向かった。

この音楽室には最近買ったばかりのピアノが置かれているらしく、まだ一度も使われた形跡がない。ピアノの蓋もピカピカだ。


普段は放課後、僕と詩音だけがこの場所に残っている。彼女はここでピアノを練習し、僕はそれを静かに聴く。

詩音はクラシックの演奏だけでなく、時には自分で作曲もしていた。小学生の頃は全国のピアノコンクールにも頻繁に参加していて、家にはたくさんのトロフィーが並んでいる。


だけど、今日はいつもと違う雰囲気だった。音楽室に漂う静寂は、短い沈黙とともに重苦しくなっていく。


「何を見せるの?」僕は尋ねた。


「もう少し待ってて。」


詩音はピアノの前に座り、鍵盤の蓋を開けた。

最初の音が響くと同時に、彼女の指先から流れ出す旋律が空間を満たしていく。


「なんだ、新しい曲?」


聴いたことのないメロディーだったけど、詩音の作曲には共通する雰囲気がある。それが「作風(さくふう)」というものなのかもしれない。


だけど、今回の曲は僕の予想を超えていた。

旋律が僕の想像通りに進む中、不意に流れ出したのは詩音の歌声だった。


「孤独の中 音符が光をくれる♬」


詩音の澄んだ歌声が音楽室に響き渡る。


「指先の旋律だけが 心を浄化するわけじゃない♬」


まさか、自分で弾きながら歌ってるのか?


「あなたのペンが 世界に詩を描き♬」


「あなたのインクが 人々に色をつける……♬」


詩音が見せたかったのはこれだったのか?


無意識のうちに、僕は詩音の演奏に釘付けになっていた。彼女の真剣な表情は、まるで一枚の美しい絵画のようで、涙が出そうになるほどだった。


ピアノを弾く詩音は、いつだって輝くピアニストのようで、その音楽に惹き込まれてしまう。

今日はさらに、彼女の歌声が加わり、演奏がより一層心に響いた。


まさか、彼女がこんなに歌がうまいなんて……


気づけば、低音の余韻を残しながら曲は静かに終わりを迎えていた。


「この曲、君に贈るよ。」詩音は演奏が終わると、僕に向かってはっきりと言った。


「僕に?」


「うん。」詩音は立ち上がり、僕の方に歩み寄る。「実はね、来年からもう君とは会えなくなるかもしれないから、曲を贈ろうと思ったの。」


「え?」僕は詩音の言葉に驚いた。


「つまり、私は休学してピアノに専念するつもりなの。」


「ってことは、もう学校に来ないの?」


「うん。でもね、学校に行かなくなるってことは、君とも毎日会えなくなるってこと。」詩音はため息をついた。「二年生になったら、有名な音楽学校に転校するんだ。」


「すごいじゃん。有名な音楽学校なら、きっともっと専門的な指導を受けられるよ。」僕は平静を装って言った。「きっと素晴らしいピアニストになれるさ。」


「うん……」


短い沈黙の後、かすかなすすり泣きが聞こえた。


この曲の歌詞は全部覚えていないけれど、あのメロディーだけは今でも僕の頭の中で流れ続けている。

詩音が本当に伝えたかったことを、思い出そうと必死になっている。


*****


その後の中学生活は相変わらずだった。僕はいつも遅刻ギリギリで教室に飛び込む。授業は変わらず退屈で、僕の小説も変わらず連載が続いていた。ただ、一人の大切な読者が学校に来なくなっただけだった。


平日には詩音の姿が見られなくなったけれど、休日には時々一緒に図書館やレストランに出かけた。詩音が休学してから、ようやく僕たちは本当の意味で「デート」をするようになったのかもしれない。


初めてのデートの日はちょうど詩音の誕生日で、彼女が大好きなバンドのライブチケットをプレゼントするつもりだった。話題沸騰中のEva Nujicaのライブを聴きに行く予定だ。


詩音はクラシック音楽だけじゃなく、ロック、ジャズ、ポップス、EDMなど幅広いジャンルに精通していた。作曲や鑑賞にも長けている。


僕は正直、音楽のことはあまり詳しくなかったけど、それでもそのライブは心から楽しめた。


「やっば!このベース!」

詩音がEva Nujicaの音楽を聴くたびに必ず口にする口癖だ。


この期間、僕は詩音のことをより深く理解した気がする。そして次第に、彼女を恋愛対象として意識するようになった。もちろん、彼女に自分の気持ちを伝えたいと思うこともあった。


でも、詩音が夢のために学校を離れたことを考えると、僕の告白が彼女の負担になるんじゃないかと思ったんだ。

彼女に宛てた手紙を書き終えたものの、それはずっと家にしまったままだった。


「このまま一年を終えよう。」そう自分に言い聞かせた。


詩音と一緒に過ごす時間はいつも楽しかった。でも、その時間が学校生活とは大きく対照的だった。

他の人から見れば、僕は成績が悪く、運動も苦手なダメダメな中学生だった。

目を引くようなルックスもなければ、場を盛り上げるのも得意じゃない。自分ではそう思わなくても、多くの人は僕のことをクラスの「陰キャ」だと見なしていた。


詩音と二人だけで作り上げていた小さな世界は、彼女の休学とともにあっさり崩れてしまった。


詩音は顔立ちが特別整っているわけではなかったが、音楽に育まれた雰囲気が彼女を輝かせ、多くの男子を惹きつけていた。


「おい、そんな陰気なやつとつるむなよ。俺たちと遊ばねぇ?」

詩音はよく男子から声をかけられた。


「嫌!樹雨と比べたら、君たちじゃ全然かなわないよ!」

彼女はいつもそう言って、誘いをきっぱりと断ってくれた。


でも、その断り続けたことが原因で、男子たちの不満は積もり、最悪の選択へと向かった。


僕に対するいじめ。詩音に対するいじめ。


彼らがどんなことをするか、ここでわざわざ説明する必要はないと思う。でも少なくとも、僕には彼らに立ち向かうだけの強さがあった。


僕は反撃の方法を知っていた。自分の実力を証明する術も、自分の感情に価値を与える方法もわかっていた。


それが「執筆」だった。


中学二年生に進級してから、僕は「精神疾患と人間の価値観」をテーマにした『心の瑕疵』、

「恋愛関係と尊重」をテーマにした『赤い糸で縛って』、

「家族愛と帰属意識」をテーマにした『泡沫という名の記憶』を書き始めた。


あの一年間は、まさに僕のインスピレーションが湧き出る時期だった。

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