第8話:ディスカッションと秘密
教室に戻ると、有馬くんが彼の取り巻きの女子たちと楽しそうに話していた。
脂肪くんは教室の端っこの席で、一心不乱に原稿を書いている。
麻里さんは昨日夜更かししたらしく、机に突っ伏して眠る準備をしていた。
僕の隣の席に座るのは、日比野くん——フルネームは日比野赤郎。
彼は相変わらず、朝のバレーボール練習のテンションを引きずっていた。
「きくん!」
日比野くんが僕を見て、いきなり叫んだ。
「先生の嘘つき!『体育』専門の生徒は体育だけやればいいって誰が言ったの!」
「たぶん、君の考えすぎだよ。先生はそんなこと一言も言ってなかったと思うけど。で、『きくん』って誰?」
「もう自分で自分をきくんって認めたじゃないか。」
赤郎は腰に手を当て、得意げに言った。
「そういうわけで、俺たち、次の授業は何するんだ?」
「さあ……僕にもよくわからないよ。」
僕は溜息をつき、肩をすくめた。
「でも『グループディスカッション』らしいから、そんなに退屈しないんじゃないかな。」
午前中の授業を受けてみて、普通の高校とはかなり違うと感じている。
少なくとも、特別才能クラスに関しては独特な授業スタイルみたいだ。
「ねえ、赤郎。」
「ん?」
「普段、君たちの授業って何してるの?」
「練習!試合!体力トレーニング!」
赤郎は目を輝かせて答えた。
「……他には?」
僕は苦笑しながら尋ねる。
「練習!試合!体力トレーニング!」
赤郎は同じテンションのまま繰り返した。
やっぱり、体育専門の生徒は運動と筋トレに時間を費やすものなのか。
それ以外、特にやることがないように思える。
赤郎、もしかして……単細胞の筋肉生命体なのか?
*****
グループディスカッションの授業では、異なる三つの専門を持つ生徒でチームを組む必要がある。
そのメンバーは抽選で決まった。
結果として、僕と同じチームになったのは、「体育」専門の日比野赤郎と、正体不明の「ボードゲーム」専門の麻里香織だった。
「私の専門の情報は、簡単に他の人に漏らせないんだよ。」
麻里さんが最初にそう釘を刺してきた。
「えっ?なんで?」
赤郎が不満そうに声を上げる。
「ならば、ふふんっ。この学校のとっておきの秘密を教えてあげる!」
麻里さんは自信満々で天井を仰いだ。
「どんな秘密?」
僕もつい乗っかる。
「うちの学校にはね、普通科が五クラスと、特別才能が五クラスあるんだよ。
普通科の授業スタイルやクラス運営は、他の学校とほとんど変わらない。
でも、『特別才能クラス』はXクラス、Yクラス、Zクラス、αクラス、βクラスに分かれてるの。」
「つまり、僕たちはそのZクラスの一員ってことだね。」
僕は誰でも知っているような事実をわざわざまとめた。
「そうそう!樹雨くん、頭いいね~。」
「麻里さん!お前、今きくんの名前呼んだか!?」
赤郎の声は相変わらず大きい。
「ダメなの?名前で呼ぶ方が仲良くなれるじゃん?」
麻里さんはそう言いながら、僕の頬を指でぷにぷに突いてくる。
「いや、異性が名前で呼び合うのって、幼馴染かカップルだけだろ!!」
赤郎は興奮して立ち上がり、すぐさま自分のテンションに気づいたのか、慌てて座り直す。
「すまん!!」
「気にしないでね。じゃあ、話を続けるよ。」
麻里さんは自分の頬を軽く叩いて、話を再開した。
「この五つの特別才能クラス、三つは英字で、二つはギリシャ文字で表されてるのに気づいてる?
これはね、専門ごとに学校が異なる指導方針を取ってるってことなの。
アルファベットのクラスには、それぞれ八つの専門があるんだよ。
たとえば、私たちZクラスなら、文学、美術、体育、料理、多言語、演劇、園芸、そして『その他』ね。」
「『その他』?」「『その他』?」
僕と赤郎は声をそろえて反応した。
「その通り。」
麻里さんは得意げに眉を上げた。
「他のクラスの専門も教えてあげるね。
Xクラスには、社会学、機械、医療、哲学、生命科学、天文学、物質科学、そして『その他』。」
「Xクラスはかなり学術寄りの専門が多いね。」
僕は共通点を見出そうとする。
「正解。」
麻里さんが頷きながら続ける。
「で、Yクラスはディベート、写真撮影、音楽、プログラミング、リーダーシップ、銃器、近接武器、そして『その他』。」
「待って、銃器!?近接武器!?そんな専門あるの?」
僕は驚きを隠せなかった。
「まあまあ。」
麻里さんはニヤリと笑った。
「それでね、私の専門もこのクラスの何かに該当するわけだけど……秘密だから言えないの。つまり、『その他』専門ってわけ。
『その他』の生徒は、自分の専門を明かすことが禁止されてるの。
私は本来、このクラスにはいないはずなんだ。私たちはね、αクラスとβクラスから派遣されてきてるのよ。
αクラスとβクラスは、通称『特別異能クラス』って呼ばれてる。」
「ってことは……麻里さん、本来はうちのクラスにいなかったってこと?」
赤郎がようやく話についてこられたらしいが、ただのオウム返しだ。
待って……僕、急に麻里さんの話についていけなくなったぞ。
「でも、『特別異能クラス』から『特別才能クラス』に移る条件として、秘密保持契約を結ぶ必要があるんだ。だから、自分の専門は明かせないの。」
麻里さんは一息つき、まるで怪談話を語るように静かに笑った。
「それ、本当?」
僕はさらに尋ねる。
「たぶんね。」
麻里さんは僕をじっと見つめながら、意味深に微笑む。
「ただ、考えれば誰でもわかることだよ。想像力があれば、だけどね?」
「おいおい!!」
赤郎は頭を抱えながら叫んだ。
「もう無理だ、俺にはついていけねぇ!!」
「まあ、今日はこれぐらいにしよう。」
僕は大きく息を吸い込んで言った。
「そろそろ、課題の話を始めないとね。」
*****
僕たちの課題は、「それぞれの専門を活かして、目に見える経済効果を生み出すこと」。
文学と体育をどうやって結びつけるんだろう?
「忘れちゃダメだよ、『ボードゲーム』もあるんだから~。」
麻里さんが僕の頭をぺしっと軽く叩いた。
「俺、全然わかんねぇよ!この課題って何だよ!」
赤郎が頭を抱えて、困惑の表情を浮かべる。
「はいはい、赤郎が理解できないなら、できる範囲で貢献してもらえればいいから。」
僕は真面目な顔で赤郎を見つめ、大声を出すのを止めさせた。
「それと、ちょっと静かにしてね。」
「俺、考えるの苦手なんだよ!全部!」
赤郎は空中にパンチを繰り出し、余ったエネルギーを発散させようとしているのか、考えるのが嫌で暴れているのか、よくわからなかった。
体力が有り余っている人とのコミュニケーションって、正直難しいな。
「もういいよ、赤郎くん。」
麻里さんは僕と赤郎を見渡しながら言った。
「樹雨くんに迷惑かけちゃダメだよ?」
「麻里さんが……俺を赤郎くんって呼んだ?」
赤郎は両手で顔を覆うと、もじもじし始めた。
「麻里さんも普通に樹雨の名前を呼んでるじゃん!でも麻里さんのためなら、俺、迷惑かけねぇよ!」
麻里さん、まさに「男子高校生クラッシャー」だな……。
「いや、ツッコむわけじゃないけど、きくんの方が樹雨くんより親密に聞こえるんだが。」
僕はため息混じりに言った。
「ふふっ、そうかな?」
麻里さんが僕の肩にぽんっと手を置いて、耳元に近づき、ささやくように言った。
「きくん~」
や、やばい。心臓がめちゃくちゃドキドキしてる……。
「でさ、きくんが言ってた『俺も貢献できる』って話、マジ?」
赤郎が急に話を戻した。
「ああ、そうだよ。」
「で、俺は何をすればいいんだ?」
「んー……。」
僕は考え込んで、頭の中を整理する。
隣を見ると、麻里さんが僕を見てニヤニヤしていた。
「また何か企んでるのか?」なんて、心の中でつぶやく。
はあ……結局、僕もこの課題について、特に良いアイデアは思いつかないな。
「赤郎くんには、授業の内容を詳細に記録してもらうのがいいと思うよ。」
麻里さんがいち早く何かを思いついたようだった。
「日記みたいにさ。」
「……日記みたいに?」
赤郎はスマホを取り出し、指で画面を叩きながら独り言をつぶやく。
それに気づいた僕たちが見つめていると、彼は頭をかいて、照れくさそうに言った。
「悪ぃ。俺、すぐ忘れるタイプだからさ、スマホにメモる習慣があるんだよ。」
めちゃくちゃ良い習慣じゃないか。
その瞬間、僕の頭に一つのアイデアが浮かんだ。
「みんなさ、自分の専門が将来どんな『仕事』になるか、想像してみてよ。」
僕は一息つき、考えがまとまってきた。
「経済効果って、仕事で得られる収入や、ブランド価値みたいなものだから。」
「そう考えれば、なんか難しくないかもな!」
赤郎が僕の意見に同意してくれた。
「でも、違う専門を結びつけるには、豊かな想像力が必要だよね。」
麻里さんが眉を指でつつきながら、じっくり考え込むように言った。
「先生が言ってたけど、この課題の発表は来週だって。週末、一緒に話し合わない?」
「行くぜ!俺、絶対行くからな!」
なぜか赤郎が再びテンションを上げて立ち上がった。
「僕も大丈夫だよ。」
「やった!じゃあ……。」
麻里さんは教室の壁の時計をちらっと見て、
「まだ時間あるね。ん~、雑談でもしよっか?」
麻里さんと話す時間が増えるのは悪くない。
想像力豊かな人と話すことで、僕も創作のインスピレーションを得られるかもしれないし。




