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天の岩戸

 三つの孤島、大乃島、西南島、樫実島。大乃島にはゴッドウィンドこと俺、西南島には韋駄天こと麻堂冴子、そして最後の樫実島にはアマテラスこと天野照美が根城を構えている。スマホの画面を見る。時刻表示は19時20分とある。他人の家を訪問する時刻としてはいささか非常識だろうか。


 しかし、普通の日常から離れた生活を続けているためもはや感覚があやふやである。周囲はすっかり暗くなっている。ここ樫実島は岩場だらけのごつごつとした表面が延々と続いてる。その中に鋼鉄製の扉がある。その扉の上に立つ。おそらくここが射出口なのだろう。非常時にはこの扉が開閉しそこからアマテラス出撃となるわけだ。脳裏にオレンジ色に発光しながら射出口から飛び立つアマテラスこと天野照美の像が浮かび上がる。さて、想像も良いが本題に入るとしよう。スマホを耳に当てある番号をプッシュする。プププと通信音が夜に響く。


「あ、力人。何よ」

 

 こいつはいつの間にか俺をファーストネームで呼ぶようになったのか。すっかり馴れ馴れしくなったものだ。


「この前の映画、アレ、面白かったよ。何だってパルプ・フィクション」


「ああ、そうね。気に入ってもらえて何よりだわ」


「だが肝心なのはその先だ。DVDを忘れたいっただろう」


「そうなの?今度行ったときにでも回収するわ」


「いや、その必要はない。返しに来たんだ」


「返しに?」


 アマテラスこと天野照美は怪訝そうにたずねる。


「だから文字通り飛んで来た。ここ樫実島まで」


 天野照美は何も答えなかった。通話口の向こうの女が何も喋らないというのはその1秒が1分に感じその1分が10分に感じるものだ。そうしてるとプツリと通話が切れる。波の音が聞こえる。もういくら時間が経過しただろうか。


「女子の根城を突撃訪問とは恐れ入ったわね」


 振り向くとそこには韋駄天の姿があった。この女、いつの間にここまでやってきたのか。俊足で水面を走ってきたとはいえ天野照美に意識の大部分を奪われ気づくことが出来なかったということか。


「韋駄天。何でここに?」


「照美から電話をもらったのよ。空飛ぶ不審者がいきなりやってきたけどどうしようって」


「俺は不審者なんかじゃない」


「はいはい。ふくれないの。坊や」


「それよりお姫様は扉を開けてくれないがどうすりゃ良いんだ。共に夜を何度も過ごした仲だというのにだな。ちなみにこれは性的な意味じゃないぞ。一緒に映画を観ただけだ」


「さあ、彼女も突然で戸惑っているのよ、きっと」


「しかし、韋駄天。一体どうすりゃ良いんだ。こんな扉、力ずくで突き破れるんだが」


「良いこと?女の心の扉というのはね力ずくでこじ開けるものじゃないの。鍵穴を見つけてそれに合う鍵を見つけて差し込むの。天の岩戸を開けるかどうかはあんたにかかってる。健闘を祈るわ」


 そう言って韋駄天は波飛沫を上げて水面を走り帰っていく。ひとり残された俺は頭を掻きながらどうしたものかと考える。いやはや一体、どうしたものか。俺はたかがDVDを返しに来ただけだ。それが何でまたジグソウに捕えられた被験者のように難問を与えられて途方に暮れている。今一度、天野照美の携帯の番号をプッシュする。プルルルルッと着信音が響き渡る。またも解答は無い。全くあの女、面倒臭いったらありゃしない。これはもうどうしたものか。


「天の岩戸を開けるかどうかはあんたにかかってる」


 先ほど韋駄天の残した言葉が脳裏をリフレインする。天の岩戸か。どうしたものか俺は夜空に輝く星々を見上げながらため息をつく。


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