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48話目 魔王

 魔の王。彼女の定める法こそ魔法。魔導士は何人たりとも逆らうことはできない。賢者でさえも。


「死兆星・双極」


 あらゆる魔法を分解し、無に帰す暗黒球を両手に、ふたつの死がすり合う狭間で剣がきらめく。


「剣技 流星剣」


 緻密にして至高の法であろうと剣はその治外法権にある。無法に暗黒球は崩れ去った。


小癪こしゃくな!」


 続く魔法のことごとくを斬り、無効化していく。


「よもやこれほどとは……」


 自らの法の支配の及ばぬ相手。魔王は苦しい。

 だから俺は、無理に追わず、ゆっくり時間をかけて間を詰める。


「賢者、勇者……そして剣聖か。人族は人材豊富よのう」


 追い詰めないように。


「フフッ。わらわにも良き部下がおったのだがのう」

「フォボス、クロノスなら俺が斬った」

「……そうか」


 魔王には伝わっているはずだ。


「これほどの剣士が相手では部下を責めることもできぬのう」


 君を殺す気はない。


「しかし、わらわは負けるわけにはいかぬ」


 敵意も。


「王として。わらわの双肩には魔族の命運がかかっているのじゃ!」


 魔王は命を燃えす。あふれ出た魔力は、冬の平野を春に変え、曇り空を晴らす。


「あまりに残忍故に封じた禁術じゃが、事ここに至っては是非もない。ジェイよ。恐怖は一瞬。目を瞑って祈りでもしておればすぐに解放してやろう」


 干戈が去り静寂がおとずれる。


「冥獄」

 

 魔王が両手を合わせると同時に闇が放たれ、一息に呑まれた。


(闇? いや、これは無!)


 存在しないものは斬れない。分解もできない。しかもただの無ではない。有を浸食していく無限の魔法。


「五感を消し去る魔法ぞ。ゆるりとそのときを待つが良い……」


 声が遠のく。視界は闇に染まり、冬の冷気が去り、時間を忘れ、戦場を漂っていた血の臭いが消えていく。残ったのは孤独。まるで宇宙をひとりさまよっているかのような。ただしここには星の光も届かない。


(なるほど)


 普通の人間であれば心が壊れかねない、恐怖と絶望を与える魔法。呑まれたが最後、攻撃を受けたかどうか、もしかしたら死んだことにさえ気づけないかもしれない。だけど、


(困りごとか? 相棒!)


 俺は怖れない。心はいつだってともにある。


(どうやってこの魔法を破るか)

(これだけの魔法だ。攻撃されたら術者はこの空間を維持できないはず)

(どうやって居場所を探る?)

(相棒。簡単なことだ。思うままに進めばいい。そこに魔王はいる)

(どうしてそんなことがわかるんだ?)

(赤い糸で結ばれてんのよ)


 道は示された。後はゆくだけ。

 感触はない。けど黄昏の流星剣(ラグナロク)はある。


 ただ思うままに剣を振る。剣に生きた日々は五感を奪われたとて無くならない。鍛えた肉体は、練り上げた技は、自ずと最速の剣を描く。

 斬った。手ごたえはないが、


「バカな?!」


 空間にひびが入るとともに魔王の声が、光が差し込む。

 ガラス玉が割れるようにして無は去り、光が、世界が生まれる。

 まぶしい。目を開いていられないほどに、世界は輝きに満ちている。


「なぜわらわの位置がわかった?!」

「相棒が教えてくれた」


 正しい方向を。ゆくべき道を。


「たしかに斬られた。なぜわらわは生きておる?」

「剣が思いに応えたんだ」

「……情けをかけたのか?」

「ああ」

「許さぬ。お主もわらわをはずかしめるか!!」


 魔王の魔力は尽きかけている。これが最後。


「魔族の王が人族に情けをかけられるなどあってはならぬこと。消し去らねばならぬ。この忌まわしい過去と共に」


 発動した魔法が魔王を蝕む。


「なにをしている!?」

「葬り去るのじゃ。不出来な王を。せめてもの償いにお主を道連れにして!」


 細胞のひとつひとつを溶かして、魔力に置き換え、凝縮していく。高密度に圧縮された魔力はやがて臨界をむかえる。


「自爆する気か?!」

「フフッ。せっかくの情けが無駄になったのう」


 魔王の体が光り輝き、失われていく。


「君を死なせはしない」

「この期に及んで、まだ言うか」

「何度だって言う。俺は君が好きだ」


 まだだ。まだ間に合う。


「君が好きだ。前世から。生まれ変わっても変わらず」

「なにを、言っておる!?」

「一緒に生きよう」


 光の中へ。心が行けと言っている!


「ふざけておるのか?!」

「ふざけてこんなこと言えるか!」

「人族めっ! わらわは魔王ぞ」

「知ってるよ。ひとの体でお人形遊びするのが好きなんだろ!?」

「?! な、な、なにを言っておる!!」


 白く輝く世界で消えていく君を抱きしめると香るんだ。お前、城で倒した賢者と同じ匂いするぞ!!


「ロクサーヌに教えてもらったよ!」

「あやつめっ!!」


 王とか偉そうにしやがって。適当に吹かしただけでこの様じゃないか!!


「くぅ~。恥ずかしい。死んでしまいたい」

「させない」

「だが、お主でもこれはどうにもなるまい」

「どうにでもしてやるさ。剣聖だぞ」


 なあ黄昏の流星剣(ラグナロク)。俺たちなら未来を切り開ける!


「それよりも返事を聞かせてもらおうか」

「フンッ! もし生まれ変わってわらわが普通の女の子にでもなったら考えてやろう」

「……言質とったからな?」


 行こう。真っ白な新しい未来へ。

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