47話目 剣聖
魔王城からテレポーテーションで飛んだ先は、
「禁術 星壊砲」
「へっ?!」
光。とんでもない質量の魔力が迫り、あわてて斬り払い、逃れた。
光はふたつに分かれ、それぞれ森を薙ぎ払い、山に穴をあける。
「あっぶねぇ……」
地表の雪が吹っ飛んで地面まで深く抉れている。俺じゃなきゃ死んでるよこれ……。
「皆、大丈夫?」
「師匠! 問題ないっす」
「いったいなんですの?!」
「ヤバぁ……」
よし。問題なさそう。と、
「助かったよジェイ君!」
「あ、ああ。勇者か」
久しぶりだな。ローザやエレナもいるじゃん。
「皆さん、おそろいで」
血の滴る剣、鎧。傷ついた兵士たち。戦いはすでに始まっている。
「ちょうどよかった。これから魔王をやっつけるところだよ!」
だが、間に合った。勇者の視線の先には魔王――。
「……何者だ?」
「俺はジェイ。剣聖ジェイ」
――ああ、ようやく会えた。思い出のまま、在りし日に抱いた想いをいまに繋ぐ姿に、つい見惚れてしまう。そう、ひと目みたときから、俺は君に恋している。
「わらわの魔法を一刀両断するとは……」
だけど彼女の目に映る俺は人族で、敵のひとり。
「勇者。悪いがこの場は俺が預かる」
「……なに言ってるのかな?」
勇者の顔が引きつる。
「これから皆で魔王をやっつけるところだよ。預かるってどういうこと?」
「兵を退いてほしい」
「冗談でしょ?」
弛緩した空気が緊張へ。
「いままさに魔王の首を獲ろうってところだよ?」
「魔王は殺させない」
「なに言ってるの?」
動揺が広がっていく。
「ここにいる全員、人も魔族も、誰も死なせない。だから兵を退け」
「どういうつもりかな? 魔王を殺せば戦いは終わるんだよ?」
「戦いは終わらない。新たな魔王が選ばれてそいつと戦うようになるだけだ」
「だったら! 新しいのも殺しちゃえばいいんじゃないかな? 殺して殺して殺して。いっそ皆殺しにしちゃおうよ。二度と戦えないように!!」
「それで平和になると思うか?」
俺にはそうは思えないよ。勇者。
「なる! 魔族さえいなければ、誰も傷つくことはなかった!!」
「別の敵を作って魔族と名付けるだけじゃないのか?」
「……言ってることがわからないな」
だって俺には人と魔族の違いがわからないんだ。皆はどうやって見分けているんだ?
「教えてくれ。勇者。君はなぜ剣を振るう?」
もう引き返せない。窮地を救った英雄は裏切者へ。
「魔族が憎いから」
「なぜ憎い?」
「それは……」
勇者の瞳に憎悪が点る。
「……パパとママを殺したから」
この世界ではありふれた理由。
「パパとママを、村の皆を、魔族が殺したんだ。仇を憎むのは悪いことなのかな? 皆、普通に暮らしてただけなんだよ?」
よくある話。
(ああ、そうか)
なのに思い至らなかった。
「田畑を耕して、魚を釣って、それだけなのに。魔族は皆を。僕は梁の上でずっと見てたんだ。パパと、ママが……。僕は怖くて。自分が助かることばかりで。なにもできなくて。賢者様が来てくれるまで、ずっと声を押し殺して、梁にしがみついて! ああ賢者様。どうしてもっと早く来てくれなかったの?」
賢者としてちやほやされながら、なにも知らないくせに、戦いは嫌いだなんて逃げ回って。皆は知ってたから、懸命に人々を救おうって頑張ってた中、ひとり花火なんて打ち上げて。
「……復讐するんだ。僕は」
異世界だチートだって浮かれてたんだ。皆、どこかNPCみたいで、俺のための世界だなんて思いあがってたんだ。だから気づかなかった。賢者。その言葉に託された人々の願いを。
(二度目だ)
母だけじゃない。俺に期待してくれたのは。
「仇を討つんだ! 皆のために!! いくら殺してもあの日の憎しみは消えないし、褪せることもない! だから殺すんだ。僕は、死ぬまで、魔族を許さない!!」
勇者は剣を抜く。聖剣リーヴァルティ。神が魔族を討てと啓示を下した。
剣聖。俺はなんのために戦う? 誰のための正義だ?
(迷うな。相棒!)
わかってる。戦いを止めるんだ。勇者がこれから殺す人たち、そしてその家族のために。もう二度と勇者がその手を血に染めることのないように、
(黄昏の流星剣。力を貸してくれ)
彼女が前を向いて歩きだせるように。
「ジェイ君。君を斬るよ。僕自身のために!」
「斬らせない。誰も。君自身のために!」
勇者、渾心の一撃。憎しみと怒りと呪いと、人と魔族を巡る千年の殺し合いをなぞる一撃。
受け止める。少女の力ではない。これは神の一撃。鍛えた脚が、腕が、筋肉がバチバチはち切れていく。関節が軋み、肩がはずれ、腱が伸びて。でも耐えた。
(ありがとう)
強い体に産んでくれて、ここまで育ててくれて。だから受け止められる。神の代理。勇者の怒りを!
(さあ反撃だ)
黄昏の流星剣。神に仇なす剣よ!
狙うは剣。勇者を仕立て、戦いに駆り立てるあの剣。
「剣技 流星剣」
悪いな勇者。俺は剣聖だ。剣の上では誰にも負けない!
「そんなっ?!」
流星が聖剣リーヴァルティを打ち砕く。散る剣の欠片たち。人と魔族。両者が殺し合うよう仕向けた神の意志は断たれた。
「君の役目は終わりだ。勇者。もう誰も殺す必要はない。怨むことも。君は君の人生を歩むんだ」
「ふざけるな! 復讐こそ、僕の人生のすべてだ!!」
彼女をこんな風にしたのは俺だ。
「……ごめんなレイ。助けるのが遅くなって」
あの日、あと少し、早く駆けつけていれば。
「どうして、僕の名前を? 誰にも言ったことないのに」
覚えているよ。十九年前、俺は君を助けた。君を助けて安全な場所まで運んだ。そう思っていた。でも、君の心はずっとあの家に囚われたままだったんだね。
「約束するよ。もう君のような思いをする人は出さない。だから君は、君の幸せを願ってくれ。君自身のために」
あの日と同じようにレイを抱きしめる。
「けんじゃさま……」
今度こそ君を助け出す。そのためにやらなきゃいけないことがある。
「レイ。離れていてくれ」
戦いを終わらせるんだ。
「待たせたな」
「なに、仲間同士潰しあってくれるのじゃ。いくらでも待とうではないか」
魔王。今度は君の番だ。
「ジェイと申したか。わらわは勇者のようにはいかぬぞ」
「ああ、そうだろうな」
君の戦う理由を消す。
「人の子よ。身の程を教えてやろうぞ」
「来い。剣の冴えを見せてやる」
他の誰でもない。俺自身のために。




