43話目 魔王城へ
ミカヅキを三バカに託し、
「くれぐれも筋トレさせるなよ」
「馬がやりたがったらどうする?」
「止めさせろ。いいか、絶対にダメだぞ」
まずは船で海へ。
マギアの残した輸送船を使い、外洋から大きく回り込んで魔族領へ突入する。
夜。星を頼りに帆走し、陸に上がってからはラウラの情報をもとに歩を進める。
「こっちだな」
「本当に合ってますの?」
「話と地形が一致してるから合ってるはず」
地形をみれば町や村のありそうな場所は目星がつく。
南下し、浜が見えてきたところで街道を発見した。あとは行き交う馬車や人々を観察し、より栄えてそうな方角に進むだけだ。
「ダーリン。ホントに大丈夫?」
「大丈夫。頼むぞリナー」
「頑張るっす」
リナーにラウラから剥いだ魔族服を着せ、残りはシロクマスーツを着て街道をゆく。
「あの女に服を買い与えたのはこのためだったのですね」
「あ、ああ。うん、そうだよ」
これでひと目は人間には見えないだろう。リナーとラウラの背格好が似てて助かった。
「こんにちは」
「こんにちはっす!」
「後ろの人たちはどうしたんだい?」
「流行り病を患っているのでお医者さんのところに連れていく途中っす」
「ああ、お大事に」
シロクマスーツは目立つが、かえって怪しまれずに済んだ。
変装しているとはいえ、さすがに町や村を訪ねることはできない。が、道中必要な水や食料はリナーが森で獲ってくるので問題なかった。
あとは魔王城の場所だが。
「ジェイ。よろしいかしら?」
「どうした?」
「そこら辺の魔族を拉致して拷問にかければ、魔王城の正確な場所をつかめるのではないかしら?」
モニカがすました顔で言う。
(さすがローザの娘……)
怖ろしい。これも血のなせる所業か。
「大丈夫。順調だから」
もし迷ったら無辜の魔族が犠牲になるな。
(頼むぞラウラ)
俺たちはラウラの言葉だけを頼りに、祈るようにして先を急いだ。
風景は過ぎる。平野が森に、森が山に、山には谷が、谷に降りれば川がある。川沿いにはのどかな魔族の村が。
「無警戒ですわね」
戦時中とは思えないほど人々は落ち着いている。
(んー?)
無警戒というより無防備な感じ。村には年寄りや子どもばかり。若者はどこに出払っているのだろう?
「まあ、ありがたいけど」
なんか見落としている気がするな。とはいえ気にしすぎるとモニカが「訊いてきますわ」といって村に火をかけるかもしれない。
「いまは魔王城に向かうことに専念しよう」
村を避け、旅人をやり過ごし、歩くこと一週間。
「あれが魔王城か」
無事、目的地へ辿り着いた。
夕暮れ。三日月湖に囲まれた白亜の城は、
「え~、あれが魔王城?!」
おとぎ話の中に入り込んだかと錯覚させるほどに美しい。
「ダーリン、騙されたんじゃない?」
「いや、合ってるはず」
壮麗にして荘厳。高くそびえる尖塔、色とりどりのステンドグラス、美しい彫刻のこらされた外観。長い歴史をうかがわせる重厚な造りは王以外の居城だとしたらあまりに贅沢だ。
(ここに魔王《あの娘》が)
落ち着け。慎重にいこう。
魔王城に通じる道は城下町に囲まれていて、その奥はひらけた田畑になっている。潜入するなら湖を渡るのが良い。
まずは魔王城の対岸にある森へ移動する。
(すごいな)
辺りを取り巻く木々は樹齢千年を数えるのではないかというくらい太い。むせかえるような深い緑の香りは天下泰平を思わせる。
(為政者か)
戦火を遠ざけることも政治。彼女がなぜ同胞から強く支持されるのか、強さだけではない側面がみえてくる。
シロクマスーツを脱ぎ捨て、普段着に着替える。夜が更けるのを待って湖を凍らせて渡り、城にとりついた。
崖下からリナーの弓でロープをかけ、壁をよじ登る。壁上に歩哨はいない。おもむろに中庭を見下ろすと、
(なんだこれは?)
かがり火に照らされ、ゴーレムの大群がたむろしているではないか。
「ずいぶん厳重な警備ですわね」
「いや、守りを固めるんだったら普通見張りを増やすんじゃないか?」
これだけ中が賑わってんなら侵入者も諦めるだろうけど。
(俺はあきらめないぞ)
ゴーレムは体が大きく、たぶん城の中には入ってこれない。と見越して城の二階、窓から侵入し、魔王を探す。
(城の構造上、奥まったところに居室があるはず)
ふかふかの赤い絨毯の上を歩き、大きな扉の前に。
「ここだな」
城のほぼ中央、造り的に玉座の間かな?
耳を当てると物音がする。
「皆、準備はいい?」
魔王本人、あるいはその取り巻きか。いずれにせよ即戦闘に移ることもありうる。
「もちろんですわ」
「準備できてます」
「ダーリン。いつでもいいよ」
「よし。いくぞ」
俺はゆっくり扉を押し開けた。




