41話目 黄昏の流星剣
翌日、日の出とともに島を発つ。
「三人もついてくるのね」
「もう用は済んだからな」
船頭と俺、そしてマスケル、テクニカ、メンデで小さい舟に乗り込む。
野郎ばっかり。でも気分は悪くない。なんていったって黄昏の流星剣がある。苦難の旅の果て、ようやく手にした剣は期待どおりの気品あふれるお姿で頬ずりしたくなるほどだ。
いまは流木を削って作った鞘に納めている。
(むふふっ)
にんまりしちゃうな。柄に巻かれた変な布でさえ天女の羽衣みたいで貴い。
「ジェイ。大事なのは何を為すか、だぞ」
「わかってる」
マスケルめ。水差しやがって。だいたい筋トレしかさせてないくせに師匠面してんのが気に食わねえんだよなあ。
まあ、いまは気分がいいから黙ってるけど。と、
「オエー」
青い顔したテクニカが舟のへりから身を乗り出し、ゲロを吐いた。
(あー、もう台無しだよ)
青い空、青い海、小さな舟に男が五人。風情もなにもあったもんじゃない。
「ガハハ、なんだテクニカ船酔いか。気合だ、気合が足りん」
「酔うのは鍛え方が足りないからだ。揺さぶってやるからいまここで鍛えろ」
「頭を動かさなければ酔いは収まるはず。ここは鶏に倣って……」
波にのりあげれば首をすぼめ、越えれば伸ばし、横に揺れれば首を傾ける。どんぶらこ揺れる舟の上でテクニカの頭だけがぴたり空中に止まって微動だにしない様は、
(怖っ!!)
往年のホラー映画を見ているようだ。見てるこっちが気持ち悪くなるわ!
なるべく後ろを見ないようにしてしばらく、陸が近づく。
「おや?」
なにやら町の様子が騒がしい。
「祭りかのう」
「聞いたことがありませんね。マスケルはなにか知ってますか?」
「知らん。まあ少し見てみよう」
マスケルは目をカッと見開き、
「目力!」
目を凝らす。
(目力? なんだそれ?? スキル? 魔法?)
街まではまだかなり距離がある。俺の目には港に浮かぶ帆船ですら白い点にしか見えん。
「……どうやら魔族の軍勢が町に攻めてきているようだ」
「見えるのかよ?!」
「鍛えているからな」
ホントこいつは。まあいい。それよりもいまは、
「早く助けにいかないと」
「おい船頭、もちっと急げんのか」
「メンデの旦那、それは無理ですぜ。こうも人数が多いんじゃ舟が重たくっていけねえ」
なるほど。だったら、
「よし、わかった。マスケルたちは舟を降りて泳げ」
「こういうときは若いやつが降りるんじゃないのか?」
「マスケル。水泳はいいトレーニングになるぞ」
「……」
ざぶんとマスケルが海に飛び込んだ。まずはひとり。
「待て、ジェイ。こんな年寄りを海にほっぽり出す気か?」
「メンデ。歳がなんだ? 気合が足りないんじゃないか?」
「なんだと小僧!!」
ふたりめ。あとはテクニカ。
「私、気持ち悪くて死にそうなんですけど」
「大丈夫だ。泳ぐと船酔いは治ると聞く」
「体力的に難しいかと。オエー」
う~ん、さすがにこいつは危なそう。
一応、ふたり減って大分早くはなった。けど、もうひと声欲しいな。
「しょうがない」
黄昏の流星剣。出番だ!
舳先に立ち、鞘から剣を抜き放つとキラン、朝日に輝く。
「剣技 流星剣」
太陽を二分するように振り下ろした剣は、空を割り海を分けた。
「ひえ~! 旦那いったいなにを?!」
ふたつに切れた雲、隔たれる海。
「舷に掴まれ。波に乗るぞ」
割れ目に海水が流れ込み、滝ができる。生じた波に乗って舟はグングン前に進み、左右から押し寄せる波に打ち上げられると、
「もういっちょ!」
再び海を割る。
「ジェットコースターみたいで楽しいな!」
「あああぁぁぁ」
宙を飛ぶ舟。あがる水しぶき。高低差30メートルの|波乗り《スプ〇ッシュマウ〇テン》。
(ヤバい。俺、いま輝いてる)
サーフィンか。やったことないけどこんな感じなのかな?
(チョー楽しいじゃん。皆も楽しんでるかな?)
振り返ると船頭がフジツボみたいにへりにしがみつき、テクニカがマーライオンのようにゲロをぶちまけ、そのゲロのゆく先、激流の中をおっさんふたりが必死の形相をして懸命に泳いでいる。
地獄絵図。例えるならエドヴァルド・ムンクの叫び。
(見なかったことにしよう)
さて、このまま町に突撃すると大変なことになるから町はずれの岸壁を目指す。
激流に押し出された舟は岸壁に打ち上げる波に乗ってジャンプ。見事、崖の上へと降り立った。
「うわー」
「なにが起こった?」
「空から舟がぁ」
騒がしいな。辺りをみると魔族の大群が。
「あれ?」
気づくと槍を持った兵士に取り囲まれているではないか。
(もしかして魔族軍の中央にでちゃった?)
手間が省けるなあ。
「さあ誰から来る?」
最初の獲物はどいつだ? と、
「私がお相手しましょう」
美しいお姉さんが出てきた。
「俺はジェイ。剣聖と呼ばれている。君は?」
「私はマギア・ロンド。ネオ四天王のひとりを名乗らせていただいております」
お、格好の獲物が出て来たな。
「君で三人目だ」
「三人目?」
「フォボス、クロノス、そして君だ」
マギアは目を細める。
「……クロノスが戻らないとは聞いておりますが」
「悪ぃな。斬っちまった」
「人族は冗談がお好きなのですね」
彼女は手にした竪琴を奏でようとするが、
「あら?」
手が震えてうまく弾くができない。なんども試みるうちにとうとう竪琴を落としてしまった。
「どうしたのでしょうか?」
「斬ったのさ」
「なにを?」
「君の心を」
冗談を言っていると思ったのだろう。マギアは苦笑するが、次の瞬間には尻もちをついて立ち上がれなくなった。
「……面白い魔法をお使いになるのですね」
「魔法というか剣だけどね」
周りの魔族も同様、バタバタと倒れていき、ついには誰ひとりとして戦闘を継続できるものはいなくなってしまった。
「マギア、軍を退け。これ以上は無意味だ」
青ざめたマギアはほうほうの体で逃げ出すのであった。
戦いは終わり、剣を鞘にしまう。
「なぜ逃がした」
ずぶ濡れのマスケルが問う。
「争いは憎しみを生むだけだ」
「きれいごとでは魔王は倒せぬぞ」
「大丈夫だ。俺に任せておけ」
なあ相棒。俺たちは必ず成し遂げてみせる。
魔族軍を退けた俺たちは英雄として町に凱旋するのだった。




