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40話目 相棒

 技の起こりは筋肉から。筋肉の躍動は心から。


「覚悟しろ!」


 極限まで鍛えぬいた肉体が放つ至高の技。人生を賭した一撃が、


「テクニカ。俺に合わせろ」

「承知!」


 全盛期をとうに過ぎたおっさんに受け止められる。

 足を使い、側面へ回り込もうとするも、


「どこへいく?」


 三人目メンデが行く手をはばむ。


「さあかかって来い!」


 仕方ない。道をあけさせるためおどしの剣を放つ。が、あろうことかメンデは自ら首を差しだした。


「くっ」


 あわてて手首を返し、離れる。


「死にたいのか?!」

「ガハハ。剣に死ねるのなら本望」

「狂ってやがる!」


 精神力なんてものじゃない。イカレてるんだ。じゃなきゃ……。


「ジェイよ、斬れ! 俺を、そして魔王を。強き心は力に屈しない!!」

「?!」


 なに言ってんだ? そんなわけない。あってたまるか! 心は移ろうもの。窮乏きゅうぼうから悪事に手を染めることもあれば、真摯しんしに説けばひるがえるもの。そうでなくては困る。そうでなくては、計画が、いままでの努力が、剣に捧げた人生が色あせてしまう!!

 魔王。彼女を手にするためにここまではげんできたんだ。振り向いてもらわないと困る。困るんだ……。

 目を背けていたわだかまりが頭をもたげる。


(俺は剣を手にしてどうするつもりだ? 脅すのか? それで魔王をものにできるのか? 力の差が明白である賢者を相手に、一歩も退かず最後まで勇敢に立ち向かってきた魔王がいまさら力に屈するだろうか? 仮に屈したとて俺はそれでいいのか?)


 薄々勘づいていたが、魔王は説得に応じないかも。


(……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ!!)


 だとしたら、なんのために死んだ? なんのために生まれ変わった? 辛い修行も、これまでの旅も、いったいなんのために……。

 命を賭けてたったひとりの女もものにできないっていうのか、俺は!!


「ジェイ君。剣とりなさい。正義だとか愛だとか、そんなものは捨ててしまうのです。剣はただ斬るのみ。それでよいではありませんか」

「ジェイ。剣を志したのなら迷うな! 理由なんていらない。一心に、ひたむきに、力を追い求めろ! 斬って斬って斬りまくり、鬼となれ!!」


 違う。俺にとって剣は手段に過ぎない。願いが叶わないというなら俺にとって剣は……。


「あっ?!」


 剣が離れていく。いつも胸に抱いていた剣が、手からするりと抜け落ち、ふっと世界から消えてしまう。


「どうして!?」


 手にすくった水がこぼれ落ちるように、つちかった技が、鍛えた体が、練り上げた胆が、すべてが水泡に帰していく。


(そんな……)


 実感がある。剣はひじりにこそ宿る。迷えば去るのだ。そして一度ひとたび去れば、もう戻ることはない。思うままに剣を振れた日々は過ぎ去ったのだ。


「見放すというのか俺を」


 魔法にも剣にも見放され、この先、生きていく意味とは?

 胸が苦しい。涙が止まらない。


(そんな……)


 転生してまで繋いできた命の火がかげり、絶望の闇が押し寄せる。と、


(あきらめるな)


 誰かが叫んでいる。傷つき疲れた胸の内から、前を向いて生きているときには気づけないほど小さく、でも確かな声がする。


(ほっといてくれ。俺にはもう、なにも……)

(大丈夫だ。俺がいる!)


 ドクンッ!! 強い衝撃が全身を駆け抜けた。


(なんだこれは?)


 力があふれてくる。懐かしくて、温かくて、湧き立つような力。


(バカ野郎。告る前にあきらめるやつがいるか!)


 覚えがある。いままで俺を突き動かしてきた原動力。死を乗り越え、辛い修行に耐え、ここまで俺を支え、導いてきた光。


(心か!)


 剣を求めるうち、体と技とが強くなるたびに忘れていった。


(クロノスにご高説を垂れておいてこのざまとは……)


 いつだってそうだ。迷ったときは心が行き先を教えてくれる。


(相棒。いったい俺はどうすればいい?)

(わかってるだろ? 心を打つには心だ。心をぶつけろ。剣なんていらないのさ)


 ……な、なんてことだ!! そんな簡単な話なのか?


(待て。俺は人間だぞ。魔族がみ嫌う……)

(ロミオとジュリエットみたいでそそるな)


 心が、心臓が高鳴る!


(魔王とお付き合い、できるのか?)

(できる。ワクワクするな)


 いったいどこからそんな自信が……。


(俺たちは賢者にして剣聖だぞ。これ以上のステータスを持つ男がどこにいるっていうんだ?)

(!? そうか、そうだよな!)


 なんて心強い。思えば長い魂の旅。前々世、前世、そして今世と楽しいときも辛いときもずっと一緒だった。現世だって異世界だって孤独ひとりじゃなかった。君がいる!


(だが具体的にどうする? 相手は魔王だ。会うだけでも一苦労なのに、告白なんて……)

(相棒。そのための剣だろ?)


 剣。剣は俺を愛しいあの人のもとへと導いてくれるのか? しかし、


(剣はもう失くしちまった。愛想尽かされたんだ)

(だったら探せばいい。新しい剣を。ちょうどいいのがあるだろ?)


 ちょうどいい? 心に秘め、長年連れ添ったあの剣以上のものなんて一体どこにあるって言うんだ?


(相棒はここまでなにをしに来たんだ?)

(……黄昏の流星剣(ラグナロク)か!)

(心技体。すべてが揃ったいまこそ黄昏の流星剣(ラグナロク)を手にするときだ!)

(伝説の剣を持つ剣聖……。魔王も惚れてくれるかな?)

(ああ。メロメロのイチコロさ!)

(そ、そうだよな! そうと決まればまずはあの三馬鹿をなんとかしないと)


 ちらり目をやると、三人は律儀に俺の葛藤かっとうする様を見守っている。


(フッ、別に戦う必要はない。剣はこの先の神殿にある)

(なぜわかる?)

(ロマンがささやくのさ)


 俺は三人を尻目に、


「おい! どこへゆく!?」


 脱兎のごとく駆けだした。



 沈む夕日。荒れた大地。古びた神殿。

 石柱の間を走り抜け、


「あれか!」


 祭壇、突き立てられた剣を、


「俺に力を貸してくれ」


 引き抜いた。

 水晶の如く向こうを透く両刃の直刀。つばはない。持ち手になにやら怪しげな紋様の織られた布が幾重いくえにも巻かれてある。


「これが黄昏の流星剣(ラグナロク)


 手にした瞬間、血が通うのを感じた。てのひらから血管が伸び、柄から刀身へ。まるで体の一部となったかのような感覚がする。いま俺は新たな力を手にした。夢を叶える力だ!


「おい、手順をすっ飛ばすな」


 いの一番に追いついたマスケルを、


「まずは俺たちを倒してからだ」

「そうだな」


 斬った。


「バ、バカな」


 剣はマスケルの正中線を抜き、唐竹割りにした。


「……どうなっている?」


 しかしマスケルは生きている。


「斬之不斬」

「ま、まさか」

「斬ることが自在なら、斬らぬこともまた勝手。ならば斬ったとて、斬らざることも思いのままだ」


 剣は、頭蓋、脳、背骨、内臓、つまり体をすり抜けたのだ。


「待て。そんなことで俺を倒したと……」


 カラン。マスケルは剣をとりこぼした。拾おうとするが手が震えてうまくつかめない。


「なにが起きている?!」

「心が負けを認めたのさ」


 続いて駆けつけた、


「ええい。敵に背を向け逃げるとは!」


 メンデも斬った。


「なん、だと。我が心が……」

「感謝する。お前たちのおかげで相棒の声を聴くことができた」


 神殿を去り、夜の星を眺めながら舟のところへ向かう。

 道中、体力不足で倒れたテクニカがいたが、


(斬るか?)

「ヒトデナシ」

「……」


 さすがに斬らずにおいた。

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