38話目 海へ
早朝にアンティグワを発ち、はや昼。
雪渓。坑道は凍りついた滝の裏にあった。
「こちらです」
たいまつを手にしたラウラを先頭に、リナー、ユリア、モニカ、最後尾で俺がミカヅキの手綱を引きながら奥へ進む。
「いまにも崩れそうだな」
「冗談じゃありませんわ」
坑道はやはり魔族領に繋がっていて、そこから北上し、国境を流れる川を渡って人間領へ戻る計画だ。
年季の入った坑木はいつ折れて落盤事故を引き起こしても不思議ではない上、魔族と出くわす可能性もゼロではないとあって、決して楽な道のりではなさそうだ。
滑る足元に注意しつつ、先を急ぐ。
「ラウラ。出口まではどれくらい?」
「夕方ごろには外に出られると思います」
坑道は山脈を貫くだけあってかなりの長さがあるようだ。
(よく掘ったなあ)
アンティグワ急襲がいかに大規模な軍事作戦だったかうかがえる。こんな難工事をおこなってまで人に勝ちたいという魔族の怨みは底知れない。
体も冷え切ったころようやく出口が。外はうっすらと雪の積もる深い森だった。
「モニカ。ここ入口だけでいいから塞いでおいてくれ」
「わかりましたわ」
仕掛けをし、いくつかの支柱を壊すと、轟音を立てて坑道は崩落した。
「さて、ここからが本番だ」
敵地を突っ切るのだ。いつどこで魔族と出くわしてもおかしくない。
「あの、わたし、帰ってもいいですか?」
「いいわけないだろ。人質君」
「デスヨネ。あはは……」
渋るラウラのケツを叩き、シロクマスーツを着た俺たちは雪を踏みしめ進む。
(案外、平和だな)
静かな森だ。幸いにも魔族の姿はない。自分たちの作った抜け道を利用されるとは考えなかったようだ。
日没には何事もなく川へ着いた。
「あの……」
「ん? ああ、お疲れ」
ここでラウラとはお別れだ。
「チョーカーを外してもらえないでしょうか?」
「あー、爆発するってのは嘘だから。気を付けて帰ってね」
わーい、と両手をあげてラウラは去っていった。
「ダーリン。本当にあのまま行かせるの?」
「うん。問題ないでしょ」
三人は不満気である。
「師匠は甘いっす」
「リナー。弓を下ろしなさい」
「すぐ別れるのに、どうしてあんな上等な装備を買ってあげたの!?」
「いや、ほら、できれば人間にもいいやつがいるって思われたいじゃん。あと上等な装備って言ってもモニカの二十分の一くらいなんだけど」
「とんでもないお人好しですわね」
「そんなに褒めるなよ」
ため息が白く濁る。
「モニカ」
「わかってますわ」
モニカの魔法で川を凍らせ対岸へ渡り、この日はそこで野営する。
一日が過ぎ、二日が経ち、三日目。
「結構かかったな」
港町デルフィーナ。人間領の最西端にあって魔族の侵攻を食い止める要衝の町である。
「関所か」
町は城壁で囲まれ、入るには審査を受けなければならないようだ。
「げっ、お金取るのかよ」
「心配いりませんわ」
モニカは颯爽とドレスの裾をひるがえし、つかつかと受付へ。しばらくして、
「終わりましたわ。さっ、行きましょう」
ドヤ顔で戻ってきた。
「お金は?」
「不要ですわ。王族に名を連ねるクラウンスフィード家の者から税金を取るバカがこの世にいるとお思い?」
特権階級かよ。汚い。なんて汚いんだ。
(助かったけど)
お嬢様設定がようやく役に立ち、モニカは鼻高々といったご様子。麗しきモニカ嬢と従者一行は衛兵に歓迎されながら門をくぐり、中へ。
「おお!」
眼前には美しい石の街並みが広がる。入り組む水路、行き交う小舟。水平線に落ちる夕日が水面をキラキラ照らしている。
ミカヅキを入ってすぐのとこにある厩舎に預け、小舟に乗って宿へ。部屋で荷をほどき、熱い風呂に入って温かい食事をとった。
「食ったなあ」
「アタシもお腹いっぱい」
「ボクも」
焼き魚、貝のスープ、エビのグラタンと久々の海鮮を堪能した。清潔なベッドで三人、川の字になって寝そべる。
「お行儀が悪いですわ」
「誰に気兼してんだ。モニカも来いよ。気持ちいいぞ」
モニカはもじもじして寄ってこない。
(大変だな、お嬢様も)
宿でぐらいゆっくりしたらいいのに。
(少し労ってやるか)
魔法で白と黒、二匹のウサギを象り、仲良くモニカの周りをぴょんぴょん跳びはねて遊び回らせる。
「ダーリン。すっご~い」
「魔法でこんなことができるなんて……」
魔法使いのふたりはとても気に入ったようだ。
「前々から疑問に思っていたのだけど、ジェイはいったいどこで魔法を習ったのかしら? お母様も一目置いていましたし、興味がありますわ」
「前世」
「茶化さないでいただけるかしら?」
冗談じゃないんだけどな。
「独学だよ。というか生まれたときから使えたんだ」
「それだけの才能を持ちながら、なぜ魔法使いの道を歩まなかったのかしら?」
「わかるだろ」
圧倒的なモニカの魔力と比べ、俺の魔力はあまりにみすぼらしい。
「鍛えればもっと強くなるのではなくて?」
「これが俺の精いっぱいさ」
前世での業ってやつだ。
「……残念ですわね」
沈黙がおとずれる。場を和ませるつもりが、なんか変な感じになってしまった。
「いいんだ。俺には剣がある」
黄昏の流星剣。楽しみだぜ。クロノスとの一戦で思い知ったがやはり良い剣は必要だ。
その後は皆でウサギを眺めて過ごした。ふたりが温かい目でウサギを見守る中、
「射たらダメだよ」
「わかってるっす」
リナーだけは終始、目を炯々《けいけい》としていた。
翌日。港で黄昏の流星剣が眠るという巨人の墓について聞き込みをおこなう。
「聞いたことないな」
「そうですか」
手分けして聞いて回ったが、いまだ情報ゼロ。
「騙されたか?」
マスケルに一杯食わされた?
(いや、まさか、そんな、ありえない)
考えるだけで吐き気がする。とはいえあてもなく途方に暮れていると、
「……知っているよ」
係船柱(※波止場にある足のせてかっこつけるやつ)に腰かけた船乗りに出会った。
「本当か?!」
「ああ、つい先日、似たようなことを言ってたやつを渡してやったばかりだ」
なんてことだ。誰か知らんが先を越された!
「俺も連れてってくれ」
「金さえもらえるならどこへなりとも行ってやるよ」
運賃を交渉し、早速出発することにした。
「いよいよだ」
とうとう旅の終着点。剣を手にするときが来たのだ。




