37話目 装備
死線を越え、緊張の糸が切れる。
(あれれ?)
額から流れる血が視界を赤く染めるのに、端から白く、ぼやけて……。
「師匠!?」
「ユリア、早く!」
ダメだ。もう立ってられない。
揺れている。どれくらい意識を失くしていただろうか。
「ん?」
誰かに背負われているようだ。
「師匠!」
「リナーか。おはよう」
朝日か? まぶしいな。
「……関節が痛い」
なんて固い背中だ。カツンカツン骨に当たって痛む。
「やあ、起きたのかい?」
「……チコ?」
話を聞くと、どうやらユリアの治療が終わった後、チコが運び出してくれたらしい。で、いまはアンティグワへ帰還している最中だとか。
「鎧付けたまま俺を運ぶの大変だったろ?」
「命の恩人だからね。このくらいはさせてもらうよ」
「戦闘は終わったんだ。鎧脱いだら?」
「これはペロリコ家の家宝だからね。家に帰るまでは脱がないよ」
いや、フルプレートアーマーが節々に擦れて痛いから脱いでほしいんだけど。
「もう大丈夫だから降りるよ」
「ダメですわ!」
隣でモニカがぴしゃり言う。
「魔法で処置はしましたが、失った血は戻っていませんのよ。安静になさい」
「いや、ちょっと体が痛くて」
「それはそうでしょう。ジェイ。貴方、本当にひどい怪我でしたのよ」
痛むのは怪我じゃなくて、貴方たちの親切なんですが? まあいいか。
「ほかに被害はどんな感じ?」
「皆、無事ですわ。さすが元聖女といったところかしら」
「その聖女さまはどこに?」
「彼女も魔力を使い果たして倒れたのでいまは馬車に寝かせていますわ」
馬車あるのかよ。俺もそっちがいいんだけど。
「君は特別にこのチコ様自ら運ぶことにしたんだ。光栄に思ってくれたまえ」
「……」
感謝してるのはわかったからこっちの事情も酌んで欲しいんだけど。
「師匠!」
「リナー、どうした?」
「これ食べるっす」
口に草団子を押し込まれる。
「苦っ、まずっ!!」
「滋養強壮に効果があるっす」
君たちが感謝を形にするたびに俺がひどい目に遭うのおかしくね?
しばらくして街に着き、俺はベッドに寝転がされた。
一週間後。
「よし、バッチリ!」
宿。ベッドから跳ね起きる。
全快。関節もどこも痛くない!
「あん、ダーリン。良かった!」
「おおユリア。心配かけたね」
この短期間で回復できたのはユリアの献身的な看護のおかげだ。抱きしめてしっかりと感謝を伝える。と、
「朝からナニやってますの!」
部屋の戸口にモニカとリナーが立っているではありませんか。
「ナニって感謝してるんだが」
モニカは見舞いと称して足しげく通っては枕元でグチグチグチグチと小言を並べ、リナーはリナーで食事時にあらわれてはイモリの黒焼きだの人の形をした奇妙な根菜のサラダだの、野趣あふれる料理を置いていくのでしばらく出禁にしていた。
「バカなことしてないで、ギルドにいきますわよ!」
「ギルド?」
「今回の報酬をいただくのですわ!」
冒険者ギルド。扉を開けると、
「おおジェイの旦那!」
「キャー! ジェイ様ー!!」
「アンティグワの救世主よ」
中にいた人の熱烈歓迎を受けた。
「うむ。皆の者、息災か?」
「もちろんでさ。これも旦那のおかげですぜ」
寝ている間にすっかり英雄として名を馳せたようだ。
「その後どうだ? 魔族が出たとか……」
「旦那、冗談言っちゃいけねえ! あの三勇士が勝てなかった魔族、ネオ四天王のひとりを素手で倒した男がいるんだ。魔族も恐れて近づけねえよ」
「聖都に稀代のけんぽう家がいるという噂は耳にしていたのですが、ジェイ様のことだったのですね」
「よっ、けんせい! 人類の誇り!」
むふふ。くるしゅうないのう。
なるべくすました顔で受付にいき、
「先日の報酬をもらいにきたんだが?」
低く渋い声で訊く。
「はい! 会議室にご用意させていただいております。三勇士の皆様もお待ちです」
「うむ」
大金を下ろそうとするとき銀行の奥へ連れていかれるように、受付は恭しく会議室へ案内し、
「失礼します。ジェイ様、モニカ様、リナー様、ユリア様をお連れしました」
扉を開けると、三勇士が直立して迎えた。
「ジェイさん! お体はもうよろしいので?」
「ああ、一週間も休んだからな」
デイヤめ。敬語使うなら最初から使えよ。
「……あの、この前は助かった」
ミーシュめ。最初からそうしていれば可愛げのあるものを。
「やあ、ジェイ。このチコ様を待たせるなんてずいぶんだね」
こいつだけは変わらんな。一番変わってほしいんだけど。
とにかく席に着き、机に両肘をついて手を組みあごへ。
「? 座れよ」
「はいっ」
なんだかなあ。
「で、報酬なんだが」
「はい。その件ですが……」
なんと、報酬の七割を譲ってくれるらしい。
「いいの?」
「はい。俺っちらはなんもできませんでしたし」
「……面目ない」
「受け取ってくれたまえ」
「そういうのなら……」
机の上に置かれた大量の金貨と銀貨。それをガサッと袋に詰め込む。
(ああ、幸せ)
ついこの間まで金欠で悩んでいたなんて嘘のよう。……と、なにか忘れているような?
「あ、捕虜はどうなった?」
魔族の女ラウラ。すっかり忘れていた。
「地下の牢屋にぶち込んでいます」
「そうか。よし!」
俺は牢屋へ行き、
「よぉ~ラウラ。久しぶりだな」
「ひっ?!」
ラウラを連れ出して、街へ。
「装備更新じゃ~~!」
一緒に買い物をすることにした。
「ちょっと。魔族なんて連れてたら騒ぎになりますわ」
「大丈夫だって。バレやしない」
ラウラは素性を隠すため布でぐるぐる巻きにしてある。変なことさえしなければ大丈夫。
「ラウラ、わかってるよな?」
「ハ、ハィ!」
うんうん。おとなしくしていれば問題ない。でも、ちょっぴり不安だな。一応、念を押しとくか。
「ラウラ。あれを見ろ」
そこにあるのは瓦礫の山。近づいて、
「ふんっ」
一蹴すれば、ご覧、跡形もないでしょう?
「わかるな?」
「コクコク!!」
これだけ脅しとけば十分だろう。
「ねえダーリン。そんなやつ連れてどうするの? 見せしめに広場で処刑する?」
「ひっ?!」
「しないよ! ユリア、やめてやれ」
「え~、だってぇ」
もう十分だって。せっかく穏便に済ませようと思ったのに。
「聞きたいことがあるんだ。ラウラ。正直に答えてくれ」
「……なんでございましょう」
両肩に手を置き、屈んでラウラと目を合わせる。
「ラウラはどこからここに来たのかな?」
「……魔族領から来ました」
「移動方法は?」
「歩いて」
「ルートは?」
「さ、さぁ……」
視線があらぬ方に。
「ラウラ。目を見て」
顔を近づける。
「正直に答えてくれないと、とても不幸なことになる。君もクロノスの最期を見ただろう? 俺は素手で人を殺すことができる。両腕を引きちぎり、目玉をくりぬくことだってわけないんだ」
肩を強く握り、
「でも俺はそんなことしたくない。わかるよね?」
鎖骨に親指を当て、ゆっくり力を入れていく。
少女の華奢な体がたわみ、骨が折れ――
「山を越えて来ました!!」
る前に、音を上げた。
「どうやって? もう雪が積もってるよね。君みたいな女の子が雪山登山なんてできるとは思えないけど」
「それは、あの、テレポーテーションで……」
「さっきは歩いて、って言ってなかった?」
目が泳ぐ。なんてわかりやすい。
「テレポーテーションねえ。行きは送ってくれたのに、帰りは送ってくれなかったんだ。可哀そうに」
「はい。誠にひどいです」
「……そんなわけないよね?」
あごをつかみ、もう一度、視線を合わせる。
「坑道でしょ。お兄さん、知ってるんだ。いまはね、君が本当のことを話すかテストしてるとこ。嘘つきは……わかるよね?」
「はい。坑道を通りました!!」
「その坑道はどこにあるのかな?」
「はい! 場所は……」
ラウラはすらすらと流暢にしゃべった。
(なるほど。魔族の侵入経路を探るつもりでしたのね)
(それだけじゃないぞ。たぶん、その坑道は港町デルフィーナへの近道に使える)
黄昏の流星剣が眠るという巨人の墓。そこにもっとも近い港町デルフィーナは山脈の向こうにある。坑道の出口は魔族領だろうけど、これで雪山越えは回避できる。
(ダーリン。この捕虜の話、信じるの?)
(信じてないから案内させる)
というわけで、
「さあ買い物だ。せっかく金も手に入ったし、冬用の装備を整えるぞ!」
市場へ向かった。
アンティグワには大陸中からいろいろな出自の人が移住してきているため、各地の知恵や技術が結集して最新のアイテムが作られている。
「師匠! ボクの弓、ちょっと調子が悪くて……」
「冬用の新作ドレスを確認しませんと」
「ダーリンをオトす大人の下着……」
皆わかってると思うけど冬を越すための装備だからね。
「よし。じゃあまずはリナーから。これを……」
E 父お手製の小弓
E クマのフード付きアウター
E 狩人の服
E わらのサンダル
「こうだ!」
E モリリンの弓
E クマのフード付きアウター
E シノビの服
E 疾風の靴
「……モリリンってなに?」
「弓作りの名人っす! まさかこんなところにいらっしゃるなんて」
「すごいの?」
「すごいです。モリリンの弓は風を射るので矢が要らないのです」
マジ? ナニソレもはやチート武器じゃん。
「アウターは変えなくていいの? 結構古くなっちゃってるけど……」
「師匠! それだけは絶対ダメっす」
こんなに大事にしてくれるなら、もうちょっといいのを買ってあげるんだったな。
「じゃ、次はモニカ」
E 高級な腕輪
E 高級なドレス
E 高級なブーツ
E 高級なネックレス
「なんというかぶれないな」
「当然ですわ」
「で、更新後は……」
E 超一流職人がこしらえた神秘の腕輪
E 超高級ブランドが手掛けたデザインドレス
E 女王様御用達のヒール
E 超老舗宝石店が仕入れた月の宝珠
「……ねえ、これいったいいくらしたの?」
「あら、予算内に収めましてよ」
「いや、こんなもの買えるほどの予算なかったと思うけど」
「値切りましたわ」
ドヤ顔してるけど、君、ホントにお嬢様?
ツッコミどころが多すぎてなんて言ったらいいか……。
「装備の効果がよくわからないんだけど」
「どれもわたくしのやる気をあげる効果がありますわ!」
「そうなの?」
まあ、本人が気に入っているならいいか。
「で、ユリアだけど」
「あん、ダーリン恥ずかしい///」
E 聖女の指輪
E 聖女の衣
E 聖女の靴
E あぶない下着
なんだこの聖女のゴリ押しセットは。……そんな目で見つめても絶対ツッコまないからな。
「ユリアはそのままでいいな」
「いやんダーリン。アタシも新しいドレス欲しい」
「どう考えてもいまのが最強装備だろ」
「あんまりお金使わないからおねがぁ~い」
「……まあ、いいけど」
「やった!」
ユリアはルンルンで買い物に行き、
「やっほー。ダーリン待った?」
「ユリア、それ……」
E あやしいビスチェ
E なまめかしい革のパンツ
E 小悪魔ミュール
E セクシーランジェリー
変な服装で戻ってきた。
「ほぼ下着じゃないか! それで冬越すつもりか?!」
「ああん、でもかわいくって、つい?」
「ってか聖女の指輪とかどうした? どう考えても貴重品だろ!」
「売っちゃった。てへぺろ」
ダメだ、こいつ。どう見ても全ステータスが下がってる。
「売った装備の金は?」
「全部使っちゃった。なんか色っぽい服ってどれも高いんだよね~」
頼むから実用性で選んでくれ。
「好きにさせた俺が馬鹿だった」
「え、なに? ダーリン、アタシに着てほしい下着とかあったの? もう、言ってよぉ~」
「……とにかくそんな恰好じゃ街歩けないから、後でコート買おうな」
「うん!」
で、ついでに……。
E 布のローブ
E 魔族の服
E 魔族の靴
E 魔族の角
「わ、わたしですか?!」
「その恰好は目立つからな」
E 魔術師のローブ
E シルクのワンピース
E ワニ革の靴
E 黒いチョーカー
「ラウラはまあ、こんなところか」
あんまりしょっぱい装備させてるとせっかく広まった剣聖の名に傷がつくし、これくらいが妥当なところだろう。少し値が張ったけどしゃーない。ってか魔族の角って装備扱いなのか。取り外せるんだな。
「あ、あの、ありがとうございます」
「気にすんな。ところでそのチョーカー、外したり俺たちから離れたりすると爆発する仕掛けだから、気をつけろよ?」
「ひっ、ひぃ~~~~」
さてと。
「で、俺の番」
E ボロい革のジャケット
E 血まみれのシャツ
E 穴のあいたズボン
E くさい革靴
「汚らしいですわね」
「これがこう!」
E おろしたてのジャケット
E パリッと乾いたシャツ
E 折り目の付いた綿パン
E 汎用ブーツ
「パッとしませんわ」
「こういうのでいいんだよ」
あつらえた服装じゃ動きにくい。俺たちは戦いにいくんだ。パーティーに行くわけじゃない。
「そして最後!」
E シロクマのまるまるもっこり着ぐるみスーツ
「なんですの?」
「冬山を舐めるな。あと登山靴も買っといたから、履き替えといて」
「せっかくの新衣装が、台無しですわ」
こうして装備を整えた俺たちはラウラの案内で坑道を抜け、港町デルフィーナへ向かうのだった。




