36話目 死闘
傷つき倒れた仲間たち。幸いなことに、皆まだ息がある。
(これなら治せる)
曲刀故に骨を断つ前に刃が逸れたらしい。まだ刀身をワープさせる距離感をつかみ切れていないとみえる。
「ユリア。頼む!」
「まかせて! 広範囲回復魔法」
光がけが人を包み、傷を治していく。
(さすが聖女)
効果、範囲ともに全盛期の俺と比べてもなんら遜色ない。この分なら誰も命を落とさずに済むだろう。
(さて)
治療の邪魔はさせない。
「いくぞクロノス!」
木剣を手に前へ。果敢に斬りかかり、追撃の暇を与えない! しかし、
「時空剣」
クロノスには恐るべき技がある。
振り切った刃がきらり、次の瞬間には元の振りかぶった位置へ戻るのだ。神出鬼没の剣は守りにも活かされる。
隙を突いて打ちこんだはずの剣が、
「六臂受け」
ことごとく受け止められる。
「どうした、こんなもんか?」
「まだまだ」
剣は速さだけじゃない。膂力を剣先に、岩をも砕く撃剣を受けてみよ!
「クソッ!」
受け止められるのは織り込み済み。だが、この斬撃は手首や腕だけでは抑えきれまい。体ごと押し込み体勢が崩れたところですかさず追い打ちをかける。が、
「裏斬り」
弾きだされながらもハルパの剣が空を斬る。亜空間より来る斬撃が踏み込んだ右足のかかとへ。
「くっ」
腹筋を収縮、股関節を屈曲させてかわすが、その間に体勢を立て直された。
(仕切り直しか)
大振りは追撃に移るまでの間を生み、反撃を許してしまう。
(かといって連撃は防がれるし)
どうしようか? 攻めあぐねていると、
「今度は俺の番だ」
クロノスが上段に構えた。暗い室内、揺れるたいまつの火。明暗おぼろにゆらめく刀身が消え、
「時空剣 逢魔」
真正面から来る。
(芸のない)
木剣で弾く。と、
「は?」
胴に激痛が走った。見れば袈裟に斬られているではないか!
(確かに防いだはず……)
手ごたえはあった。間違いなく剣を合わせ弾いた。なのにどうして?
パッと血が散る。魔法で治せるがその隙をクロノスは逃しはしないだろう。ならば、
「ふんっ」
筋肉を膨張させ血管を圧迫、血止めする。
「……てめぇ、ホントに人族か?」
「? 見てのとおりだが」
なに驚いてんだ。魔族は出来ないのか?
(驚かせやがって)
いまのは魔法か? いや、魔法なら俺がその起こりを見逃すはずがない。かと言って技と呼ぶにはあまりに奇妙。
(タネがわからないうちは迂闊に仕掛けられない)
一度、守りに徹する。
「どうした、来ないのか? だったらこっちから行かせてもらうぜ!」
上段。またしても刀身が消え、
「時空剣 逢魔」
正面に。今度こそ剣を合わせ、弾く。が、
「バカな!?」
跳ね返した斬撃が舞い戻り、
「チィッ!」
斬られる寸前、横へ跳んでかわした。
今度はきっちり避けた。そして掴んだ!
(見切ったぞ。そのからくり)
魔剣の本質。
(振り下ろした剣を瞬時に振り下ろす前に戻せるのなら、弾かれた斬撃を弾かれる前に戻せるのも道理)
恐ろしい技、いや才能か。この短期間でハルパの剣をものにし、己の技と合わせ昇華させるとは。
(うらやましいな)
これほど剣に愛される者がいるのか。
「おら! どんどんいくぜ!」
受けるのは危うい。かといって上下左右、あらゆる方向から迫る斬撃をかわし切るのも至難。
(だったら)
距離を詰める。背後からの斬撃に合わせて前進し、俺の間合いに持ち込む。攻撃の機会を与えなければ、斬撃に怯えることもない。
軽やかな連撃は有効打にこそならないが、うまく立ち回って壁際に追い込んだ。
「やるじゃねえか」
剛剣。逃げ場のないここでなら潰せる!
「だけどな、ジェイ」
剛剣を放つためには溜めがいる。その一瞬を逃さず繰り出されるクロノスの剣を一旦は受け止め――
「一流は道具にもこだわるもんだぜ?」
ようとした木剣が折れる。
(しまった!)
剣はそのまま止まることなく胴を斬った。
「ぐはっ」
勢いはないが肉を斬るには十分な一撃。胴に刻まれた深い傷。とても応急処置では間に合わない。
チコたちの治療を終えたユリアが、
「ジェイ!」
「手を出すな!」
援護しようとするが、それはダメだ。
「そうだぜ女! これは俺たちふたりの戦い。邪魔する奴は何人たりとも許さねえ」
クロノスが刃を向ければ、俺は仲間を守り切れない。
「大丈夫だ」
出血が止まらない。でも、あと少し、少しなら動く。
「その傷はてめぇの落ち度だ。わかるな?」
一流の職人が鍛えた剣とそこら辺の木を削って作った木剣。打ち合えばどちらが折れるかは明白。ただ、
「ああ。遠慮せず、来い!」
いまのは剣ではなく、俺の腕が悪い。
(力みすぎた)
手首に余計な力が入り、うまくいなせなかった。裏を返せば木剣でも十分防げる攻撃だった。
(未熟)
もっと稽古しておくべきだったな。
(おっといけない)
反省はあとだ。切り替えろ。いまやるべきことはなんだ?
「来い、つったって丸腰が相手じゃなあ」
「舐めるなよ、クロノス。三度だ」
「……なにが?」
勝つ。勝って魔王のもとへゆく。
「お前は三度俺を仕損じた。わかるか? お前が俺を斬りそこなったのは剣のせいじゃない」
「……腕が悪いってか?」
二年前、クロノスが俺を斬りそこねたのは単純に鍛錬が足りなかったからだ。剣を振り切る腕力、敵を逃がさない脚力。お前にはそれがなかった。
そしていまも変わらず、才に溺れ、剣に感けている。
「心技体。剣はその延長にある」
「ハッ、その姿でずいぶん威勢がいいじゃねえか。だったら遠慮するこたあねえな」
クロノスはハルパの剣を掲げ、
「俺の腕が未熟か、試してみろ! 時空剣 逢魔」
斬撃が袈裟に。
(己を信じろ!)
たゆまぬ修練の果て、手にした剣に誤りがあろうか?
突き出した右腕、肉を裂く凶刃。
(恐れるな)
いかな名工の剣であろうと魔人の剣であろうと、木剣で捌けるのなら腕でも捌ける。
刃が骨に触れる、もっとも力のこもる瞬間を見計らっていなし、跳ぶ!
削がれた肉、魔剣を置き去りに懐へ。
「無駄だぜ!」
置き去りにしたはずの剣が上段に、
「時空剣 二段斬り」
頭上より迫る。
(その技はもう見切っている!)
稲妻のごとき一刀を額で受け、頭蓋の丸みで逸らす。
「ジェイ!!」
「クロノス!」
――無刀流 流星剣
流星。暴王の墓を翔けて。魔剣を砕き、魔人を貫く。
拳の輝きが消え、戦いの熱が去ると、静けさが戻った。
「……二年」
くぐもった声、口の端から垂れる血。
「二年もの間、俺は努力した。なのにどうして……」
絞り出される今際の言葉。
「道具ひとつにも心を砕いたってのに、どうして俺はてめぇに勝てない?」
「道具に頼り過ぎだ。斬れればそこから技は進まない」
「……クソッ」
倒れ込むクロノスを支える。
「親父。すまねえ。アンタの剣に泥を塗っちまった」
流れ出る血、失われていく体温はもう戻せない。
「ああ、魔王様。どうか、どうか俺に代わって……人族を殺して殺して殺して、妹の仇を……」
最期。涙が頬を流れた。
(ああ)
虚しい。
(剣とは所詮、人を斬る道具に過ぎないのか)
殺し殺される宿命。剣士の一生とはかくも儚いものか。どこかにあるのか? 第三の道が。
「あ~あ、死んじゃった」
残されたクロノスの仲間がつぶやく。
「これで契約は終わりだね」
駒と呼ばれた少女は黒い翼を生やし、仲間ふたりを連れて飛んだ。
「どこへ行く?」
「どこでもいいでしょ?」
満身創痍だが逃がすわけにはいかない。
「降参しろ。殺しはしない」
「イヤ。もう誰の指図も受けない」
少女が突き出した右手の先、宙に光り輝く魔法陣があらわれると、
「まさか?!」
「じゃあ~ね~。テレポーテーション!」
魚が水面に跳ねるがごとく飛び込み、ぽつんと消えてしまった。
「超級魔法だと?!」
テレポーテーション。ワープゲートのように触媒を必要としない、自由に世界を飛び回る魔法。俺以外にも使えるやつがいたのか。
逃げられた。しかし幸か不幸かわからない。あいつが本気で向かってきたとき、果たして俺は勝てただろうか? と、
「ひっ、ひぃ~~~~。置いてかないでぇ~~~~」
ひとり残された魔族の女が悲痛な叫び声をあげた。
「ん? お前どっかで見たことある面してるな」
「……ア、アンタもしかしてランドタートルを投げ飛ばした怪力男?!」
ランドタートル? あれか! マスケルとの修行を終え、村に戻ったときにいた魔族。
「思い出した。村長の家をぶっ壊した極悪人だ。あの後の村長の落ち込みようときたら、それはもう気の毒で」
「誠にごめんなさい! もう二度としませんから、殺さないで……」
足元にひざまずいて許しを乞われる。
(んー、ここまでされるとなあ)
これで処刑しちゃったら血も涙もないみたいじゃん。
「名前は?」
「ラウラです。なんでもしますから、お願いですから……」
ピクッ。なんでも?
「そうか。だったらじっくり君たちのことを教えてほしいな」
魔族側の情報は喉から手が出るほどほしい。来たるべき魔王との戦いに備えて。
俺は捕虜を尋問し、情報を得ることにした。




