35話目 三勇士
華美な廊下。飾られた絵画、しつらえた家具、あつらえた絨毯。ただの通路に財が惜しみなく注がれている。
「国が傾くわけだ」
死後眠りにつく墓にさえこれほどの大金を投じるのであれば、生前の暮らしがいかに栄華を誇るものであったか容易に想像がつく。
(よほど悪いことをしていたらしい)
祖廟を厚く祀るのは孝だが、自らの墓を飾り立てるのは罪の意識の裏返しに他ならない。聖人は野にして死に、悪人は神を畏れて死ぬのだ。
階段つきあたり、左手にある部屋から明かりが漏れている。
チコの指示でたいまつの火を消す。
「ミーシュ、来てくれ」
ミーシュはチコに代わって前に出る。壁に背を預けてメガネを外し、
「鷲の目」
部屋を覗き見る。
「……魔族が十。祭壇の前にいる」
「彼らはなにをしているんだい?」
「棺の蓋を開けようとしている」
棺か。カタクティス二世のものだろう。
「嫌な予感がするな」
カタクティス二世は武人でも術師でもない。ゾンビとして甦えったところで脅威ではない。が、問題はその副葬品。王が棺にまで持ち込む品とは?
(少なくとも魔族に渡していいものじゃないな)
「蓋を開ける前に踏み込もう」
「わかっているよ」
チコは部下の騎士らと示し合わせ、
「僕が先頭で踏み込む。ミーシュ、デイヤは援護してくれるかい?」
「了解」
「うーい」
「いくよ」
盾を前面に押し出し部屋へ突入。ミーシュ、デイヤが続き展開する。
「そこまでだ」
「……誰だ?」
後ろから背伸びして覗くと、
(あれは魔王軍ネオ四天王のクロノス!)
そこにいたのはハインリグから聖都へ向かう道中で戦った魔族だった。
(まずいな)
そのとき一緒にいた駒もいる。やつらは強敵だ。
「僕はペロリコ家の次代当主チコ・ド・エル・ペロリコ。チコ様と呼んでくれ」
「いまは取り込み中だ。おい」
クロノスの指示でとりまきの魔族たちが前に出て、
「そいつらを始末しろ」
剣を振るって襲い掛かってきた。
「盾、構え!」
身体強化魔法を重ねがけされた魔族の剣を密集した盾で防ぎ、
「ミーシュ!」
「任せて」
ひしめく盾の隙間をぬった矢が魔族の胸を貫き、
「おのれ人族め。雷撃」
「させないぜ! 地盾」
雷をデイヤが防ぐ。
「ぬう。あと少しだというのに」
「どこみてるんだい?」
その間に敵の前列を突破したチコが術士に斬りかかる。
「ペロリコ流剣技 桜華乱れ突き」
舞い散る桜をしてひとかけらたりとも地に落とさず刺し貫く小剣を、大剣に持ち替えて放つ妙技は、切り刻んだ魔族の血しぶきをもって桜とする。
「小癪な」
両手両足の腱を斬られた魔族はドゥッと床に倒れ込んだ。
三勇士たちはバッタバッタと魔族をなぎ倒していき、残りは五人。
「やるじゃん!」
思わず声をあげちゃった。白銀等級って飾りじゃないんだな。チコ、ミーシャ、デイヤも強いが、パーティメンバーも洗練されていて、異なるパーティ間でもしっかり連携が取れてる。
「……使えねー連中だな。まあいい」
クロノスは棺の蓋を蹴とばした。
「やっと封印が解けたぜ」
中から取り出したのは一本の曲刀。禍々《まがまが》しい、鮮血のような赤い刀身。立ちのぼる魔力で空間が妖しくゆらめく。
(なんだあれは?)
剣の峰に見たことない術式が彫られている。殺戮を好んだカタクティス二世の宝刀か。どう考えてもまともじゃない。
「おい、いつまで後ろで隠れているつもりだ?」
クロノスはこちらに向かって手招きする。
(いったい誰を呼んでいるんだろう?)
知り合いでもいるのか? 魔族と通じるなんてスパイじゃないだろうな?
「ジェイ。お前だよ」
うっ、俺かぁ。気が進まないけどご指名とあらば仕方ない。
「よっ、久しぶり。元気してた?」
なるべく明るく、ね。久しぶりだから印象良くしておこう。
「てめぇに腹殴られてから、ずいぶん苦しんだぜ」
めっちゃ恨まれるし。でも、こっちだって大変だったんだからおあいこじゃない?
「あの時の礼をさせてもらおうか」
「そんな気を使わなくても……」
「遠慮すんな」
前に出ようとしたらチコが割って入った。
「僕を無視するなんて、いい度胸だね」
「おいおい、俺っちもいるぜ」
「……私も」
「雑魚は引っ込んでろ」
三勇士そろい踏みもクロノスはせせら笑い、
「まあいいや。てめぇらで試してやる」
牙をむいた。
「チコ。そいつは強い。下がれ!」
「バカを言っちゃいけないよ。白銀等級がルーキーの背に隠れられると思うのかい? そこで一流の仕事を見てるといいよ。密集隊形!」
「チコ。援護するぜ! 魔法壁」
チコの号令でメンバーが集結、盾を構え、デイヤが魔法を防ぐ壁を作った。
「とっておき」
守りを徹底し、クロスボウで攻撃する作戦。剣士には有効だ。が、
「とくと見よ.。ハルパの剣の斬れ味を」
クロノスが剣の間合い、遥か遠くで素振りした刃がふっと消え、
「そ、んな……?!」
盾隊の後ろで指揮をとるチコがガクッと膝をついた。
「チコ!?」
駆け寄り支える。
「どうした?」
喀血。どす黒い血が滴る。
(斬られたのか?)
腹部を押さえている。治療のため手をどかしてみるが、
(どうなっている?)
鎧には傷ひとつない。
「ほら、どんどんいくぜ!」
またしても振り下ろされた剣。消えた刃が、
「キャッ」
「……マジ?」
ミーシュ、デイヤをも斬り裂いた。
次々に倒れていく仲間たち。
(斬られているッ……!)
仕組みはわからない。が、間合いも盾も魔法壁もお構いなし。斬撃がすり抜け人体を破壊している。
(付与魔法か?)
俺の目を持ってしても見破れないまったく新種の魔法……。と、ゾクリ背中に悪寒が走る。
「くっ」
急ぎ身を返し、迫る凶刃をかろうじて木剣で受け止めた。
「やるな」
「……どうも」
刀身がワープしている?!
「面白い剣だ」
「そうだろう? はるばる出向いた甲斐があったぜ」
まさかこんな剣があろうとは。というか元賢者の俺ですら知らないことをなんでこいつら知ってんだ?
「知りたいか?」
……顔に出てたかな?
「ああ。教えてくれ」
「こいつは名をハルパの剣という。暴君であるカタクティス二世の苛政をなぜ誰も止められずにこんな豪勢な墓まで掘ってやったのか? 答えはこの剣にある。玉座に居ながらにして百里を斬る剣。恐怖によって人民を支配したのさ」
「やけに詳しいな」
人類側にはそんな記録残ってないぞ。
「カタクティス二世に剣の作り方を教えてやったのは俺たちだからな」
「へえ。昔の魔族って親切だったんだな」
敵国の無能な王に力を与えて国力を衰退させる、ね。昔から陰謀がお好きなようで。
「ん? 作り方知ってるならわざわざ墓荒らしなんてゲスい真似しなくてもよかったのでは?」
「クックック。こいつを作るには若い娘千人を生き埋めにした土地に壊血樹を植え、十年に渡り生き血を注ぐ必要があるからなあ。俺たち魔族にはとても作れねえよ」
……反吐が出るな。
「もういい。お前もその剣も、ここで斬らなければならないようだ」
「楽しみだぜ。二年間、てめぇを殺すことだけを考え生きてきた。この剣なら斬れる。仕損じはしない!」
「ユリア。皆の傷を治してくれ。モニカとリナーはユリアの援護を」
「ジェイ!」
「安心しろ。アイツは俺が斬る」
剣聖として剣の魔を断つ。これはきっと俺が背負う業だ。
俺は覚悟を決め、クロノスに立ち向かった。




