34話目 陵墓
しばらくして、リナーが三勇士らを引き連れてきた。
「おっすジェイっち。魔族はどう?」
「墓に入ったきり出てこないな」
「一網打尽にするチャンス」
「チコ様の剣の錆になりたいようだね」
「え、チコ行く気?」
「もちろんさ。なにか不都合でもあるのかい?」
だってお前のクレイモア、狭いところじゃ振り回せないだろ。
デイヤとミーシュに目をやるがふたりとも問題ないという顔をしている。
(心配だな)
こいつら胡散臭いんだよな。
「じゃ、俺っちたちで中を見てくるから、モニカちゃんたちは入口を見張っててくれよな」
「ちょい待ち。ここで待ち伏せした方が良くないか?」
「えー。どうっすかな」「出口がひとつとは限らない」
「逃げられたときはまた後日仕切り直せばいい。内部の地図とかないんだろ?」
「魔族の目的がわからない以上、早めに叩くべき」
「逆だ。魔族の目的がわからないうちは慎重にいくべきだ」
「マニュアル通りならそうだろうね。でもこのチコ様が行くんだ。問題ないよ」
肩書で人を判断したり、過剰な自信をみせたり、経験不足がにじみ出ている。同じ白銀等級のモニカやリナーに対抗心を燃やしているところもそうだ。
(なあモニカ。俺たちもついて行った方がよくないか?)
(わざわざ面倒事に首を突っ込むつもりですの?)
モニカは心底嫌そうな顔をする。
(わたくしたちは十分働きましたわ)
(でもあいつらだけだと危ないって)
(あれだけ大口を叩くのですから、問題ないでしょう)
この娘、疲れてどうでもよくなってるよ。プライドはどうした?
(リナーはどう思う?)
(師匠にお任せします)
(ユリアは?)
(ダーリンが行くなら、どこにでも……///)
うーん。やっぱりなにかあったら寝覚め悪いし、俺たちも行こう。
「あの、俺らもついてっていい? アンティグワ三勇士さまの仕事っぷりを見学したいんだ」
「悪ぃなジェイっち。足手まといはゴメンなんだわ」
「そう言わず。後進に手本を見せてくれよ。な?」
「えー、どうする?」
「好きにすれば?」
「いいんじゃないかい? 後進の育成も僕らの仕事さ」
「助かるよ」
陵墓内に突入するのは総勢三十名。残りは入口を見張る。
「このチコ様が先頭だね。君たちは離れずついてきたまえ。はぐれたら知らないよ」
盾を持った前衛に守られながらチコ、続いてクロスボウを持ったミーシュ、魔法使いのデイヤが続く。
(なんだろう。思ってた職構成じゃない)
アグレッシブなデイヤが戦士役で、寡黙で知的なミーシュが魔法使い、チコは……まあ、サポート役かと思ってた。
「俺っち、運動はからっきしなんだわ」
「……勉強嫌い」
「どうしてこのチコ様が、誰かのサポートをしないといけないんだい?」
うーん。こういうところもしっくりこないな。
(まあ、まともな剣もってない剣聖には言われたくないだろうけど)
俺たちも後に続こうとしたら、
「どうしたの?」
「……わたくしも行きますわ」
モニカもついてくる気になったようだ。
(なんだかんだいって優しいんだから。いや、ひとり残るのが寂しいのかな? んー……?)
「なんですの?」
「別に」
結局、全員でいくことになった。
カタクティス二世の陵墓。アンティグワ古墳群の中でもっとも巨大な地下式横穴墓である。入口は騎乗したまま通れるほどの高さと広さがあり、長い下り階段が続く。もとは美しい紋様の絨毯、壁画で彩られていたらしいが、いまはどこも剥げている。
階段の突き当りにあったであろう扉も取り外されており、荒れ果てたエントランスが丸見えになっている。中に人影はない。
総大理石造り。たいまつの灯りが辛うじて届くくらい高い天井には、煤けた天使の絵が描かれてある。
エントランスから三方に通路が伸び、
「それじゃ、三人手分けしてそれぞれの通路を調べよっか。モニカちゃんたちは待機で」
三勇士が調査に向かった。
「待機か。どうしよう?」
かなり広いと聞いている。探索には時間がかかるだろう。入れ違いになった魔族が出てこないとも限らないし、なにかあったら駆けつけないといけないから気は抜けないな。
暗い地下墓地。俺たちはたいまつを壁にかけ、少し離れたすみっこに座り、三勇士を待つ。ひんやりした冷気にたいまつの火が揺れ、大理石に反射して妖しく光る。と、
「モニカさん……?」
「なんですの?」
その手を放してほしんですけど?
「もしかして怖いの?」
「別にそんなことありませんわ」
なんだ、かわいいところあるじゃないか。と、
「あ~んダーリン、アタシ怖い!」
「師匠! ボクも!」
三人が思い思いに身を寄せてくる。
(冬のスズメ)
墓地だし、怖がるのも無理ないか。正直、俺も怖くないわけではないが、女の子に頼られると不思議と心が落ち着く。
団子になってしばらく、冷静になった俺はある違和感に気づいた。
「リナー、なんか風吹いてないか?」
壁にかけたたいまつがときおり一定の方向に揺れる。風上は壁でなにもないように見えるが……。
「調べます」
「ああ、悪い」
リナーがたいまつを手に風の出どころを探す。と、
「師匠!」
「どうした?」
見ると足元の床、大理石のつなぎ目から風が吹いている。
「なにかあるな」
ノックするとここだけ音が違う。下に空間があるようだが、さて?
「どういう仕掛けかしら?」
「わからん。なんか術式っぽいのがあるけど」
たぶん謎解きみたいなのをクリアすれば開くんだろうけど。ここにヒントはなさそうだ。
ひとまず三勇士が戻ってくるのを待つことにした。
かなりの時間が経過した。退屈で眠たくなってきたころ、
「戻ったぜー」
全員が戻ってきた。
「こっちはなんもなかったぜ。そっちは?」
「……収穫なし」
「まったく、ねずみ一匹見なかったよ」
「つーか本当に魔族いたの?」
三勇士がこっちを見る。
「それなんだが……」
俺は事情を話し、仕掛けのある場所へ案内した。
「ん~、俺っち頭使うの苦手だからな」
(ディヤって魔法使いなのに知力低い系か……)
「……早く帰りたい」
(ミーシュはクール系なのに案外子どもっぽいな)
「誰かつるはしを持ってないかい?」
(チコはお坊ちゃんのくせしてパワー系かよ)
やっぱりダメだった。絶対どこかに仕掛けを解く手がかりがあっただろうに三人とも手がかりなしとは。
「しゃあない」
出番だな。木剣を手に、
「斬るか!」
床をスパッと四角く切り抜いた。
ゴトンと床が落ちる。
「瓦礫をどけてくれ」
「……は?」
やはり下に空間がある。どうやら階段のようだ。瓦礫をどけ、少し進むと、
「やっぱりな」
埃の上に真新しい足跡を見つけた。
「なあジェイっち。いまのはいったい?」
「ん、なにが?」
「……どうやったの?」
「これで斬ったんだよ」
「その木剣で、かい?」
「なにか問題あります?」
三人は首をかしげる。あれ、俺なにかやっちゃいました?
「まあ細かいことはいいじゃん。ほら、さっさと行こう」
暗い階段。たいまつを手にしたチコを先頭に下っていくのだった。




