33話目 捜索
アンティグワ古墳群。有史以前の名もなき古代人からアンティグワを築いたカタクティス一世に至るまで、多種多様な人々が埋葬された墓場の総称である。
レンガを積み上げて作られた墓所に盛り土をして築造された墓には、副葬品として莫大な財宝が眠っていることもあるが、多くは盗掘に遭い失われてしまった。中には、遺体すらも残されていない墓もある。
「でも、すべてが被害にあっているわけじゃないんだ」
墓によっては玄室が巧妙に隠されていて、盗掘を免れたものが、近代になって考古学者により発見された事例もある。
「たとえばカタクティス一二世なんかも墓自体は特定されているけど、まだ玄室は見つかっていないんだ。もしかしたら、お宝が眠っているかも」
「詳しいのね」
「まあね」
元賢者だからな。というか昔、調査協力を依頼されたことがある。他人の墓を暴くのに乗り気じゃなかったからテキトーに断ったけど。
(決してミイラとか古代の呪いとか、そういうのが怖いんじゃない。断じて)
時刻はまもなく正午。魔族が目撃されたという陵墓からほどない森で三勇士とおち合う手はずになっている。
「やっと来たのかい? このチコ様を待たせるなんてずいぶんといいご身分だね」
三勇士はすでに現場入りし、準備を進めていた。
総勢百人にもなる大所帯だ。長期間に渡るであろう張り込みのため、多くのテントが設営されている。
「多くない?」
冒険者というより傭兵団や騎士団の規模だ。どういう構成かデイヤとミーシュに訊いてみた。
「俺っちのところは十二人だぜ」
「私は八人」
「……つまりチコだけで八十人か」
見たところその多くは傭兵や騎士崩れっぽい。金で雇ったんだろうな。
「ってかチコ、その装備は?」
フルプレートアーマーで全身ガッチガチである。さらにジャラジャラと魔石を埋め込んだネックレスやブレスレットなど高そうなアクセサリーを身に着け、魔法に対する防御力も高めている。
「これかい? これはペロリコ家に代々伝えていく家宝とも呼べる鎧さ」
代々伝わったものじゃなく、伝えていくつもりなのか。たぶんなにかあったらひとりだけ逃げ遅れるな。そのときは君が末代だ。というか今回の任務に不向きでは? 重いだろうし、カチャカチャうるさいんだけど。
「索敵に向かないな」
「僕は戦闘専門だからね、コソコソ探し回るのは君たちとあっちのふたりに任せるよ」
そうなの? 俺より若いらしいし小さいから斥候向きだと思うけどな。魔法使いなのか? にしては装備が重たすぎる気もするけど。
ちらり目をやると、チコはこれまた色とりどりの宝石で彩られたクレイモア(※大剣)を部下から受け取り、見せびらかしてくる。
(まあ、これだけ人数いればどうにでもなるか)
打ち合わせの結果、チコの手勢(本人除く)と俺たちとで魔族を捜索、発見したら報告、三勇士が討伐に向かう段取りとなった。
「楽で助かるな」
探すだけか。これならあいつらの風下に立つのも悪くない。
「貴方にはプライドがありませんの?」
「ルーキーなもんで」
「そんなこと言って……」
肉体労働が苦手なお嬢様は地道な捜索活動がお気に召さないらしい。
「おい、偵察いくぞ」
「へい」
まあでもこれも仕事だ。俺たちはチコが雇ったおっさんたちと夕暮れまでしっかり捜索をおこなった。
「全然楽じゃない」
古墳群はとても広い上に魔族に勘づかれないよう神経を使うので非常に疲れた。
「師匠。あっちは異常ありませんでした」
「あ~んダーリン、アタシ疲れちゃった」
「そろそろ戻って休憩するか」
日のあるうちは表立って活動するとは考えにくい。本番は夜だ。
「モニカ、生きてるか?」
「……こんなのわたくしの仕事ではありませんわ」
モニカはすっかりへばっている。これだからお嬢様は。
「しゃーない。おんぶしてやるよ」
「えっ……?!」
ポッとモニカの顔が赤らむ。いや、そんな反応されると俺も意識しちゃうんだけど。別にそういう意味で言ったんじゃなくて、あくまで親切心からというか、別に他意はないんだけどな。
「あ~んダーリン、アタシも~」
「師匠! ……あの、ボクも……その……」
三人は無理だよ。雑技団みたいになっちゃうよ。
「ちょっと! ジェイはわたくしに言ってますのよ!」
おずおずモニカは立ち上がって俺の後ろへ。
(やべー。なんか緊張してきた)
乗りやすいよう屈んであげる。
「ほら」
照れるから早くしてくれ。
「……失礼します」
肩にモニカの細く白い手が載せられる。それから背中に膝頭の硬い感触。
「バランスとりづらいから、なるべく体を寄せてくれ」
少しずつ股が開き、ふとももで胴を挟むような格好に。
(オ、オフッ。こ、これは……)
エッチかもしれない。密着しないよう少し腰を引いて間をとるモニカの両脚をがっちり抱え、
「どこ触ってますの!」
「す、すまん。落ちそうだったから」
そっと引き寄せる。絶対に胴体部分は触れさせない鉄壁のおんぶ、だけど……柔らかい肌、耳元にかかる熱く湿った吐息。鼻をくすぐる女の子の匂い。腕がむっちりとしたふとももに食い込んで……。
(幸せじゃ、いま俺は幸せを背負っている!)
生きててよかった。女神さま、ありがとう! と、
「あ~んアタシも~」
モニカの背にユリアがとびつき、
「ボクも!」
ユリアの背にリナーが乗っかった。
「ちょっ、お前ら」
ひっくり返りそう。慌てて前かがみになってバランスをとった。俺、モニカ、ユリア、リナー。これ知ってるぞ。ブレーメンの音楽隊だ。
「貴方たち、なにしてますの!」
「あ”、文句言うならテメェが降りろ」
「おー、高い!」
幸せって重いんだな。年取ったら腰が曲がるのは幸せに生きてきたからかもしれない。と、
「師匠、なにか見えます!」
「なにが見える?」
「灯りが揺れて……あれは魔族?!」
目のいいリナーが魔族を見つけ、いったん解散する。
「重かったですわ」
「あ”、誰が重いって?!」
「皆静かにしろ」
じき日が沈む。俺たちは慎重に魔族のもとへ向かった。
「あれか」
黒いローブをまとった魔族、九、いや十人か。彼らはこちらに気づくことなく、ひときわ大きな陵墓の中に入っていった。
「あれはカタクティス二世の墓だな」
カタクティス二世は父の跡を継いでアンティグワを治めたが、政治を顧みず国庫を使い込んで享楽にふけり、国を傾けたバカ息子として歴史に名を遺した。彼は生前、豪勢な墓を作らせている。
「あんなところになにかあるのか?」
史書によれば彼の墓には水銀の川が流れ、その側には紫水晶、金剛石、琥珀のなる木が植えられているという。が、悪名が祟ったのかすぐ盗賊に荒らされてしまい、いまではなにも残っていない。
「知りませんわ」
このことは広く知れ渡っている。つまり誰も寄り付かない場所だ。墓の中は広く、複雑に入り組んでいるため、魔族の隠れ家には絶好の場所と言えるだろう。
「とりあえず報告しないと。俺が見張ってるからリナー、頼めるか?」
「了解です」
一番元気なリナーを使いに出す。リナーの脚ならそうかかるまい。
嫌な予感がする中、残る俺たちは帰りを待つのだった。




