31話目 巫女
翌々日。巫女選び当日。
「どこいったんだ」
あの日別れたきりユリアは帰ってこなかった。
「師匠!」
「モニカはどうだ?」
「完璧です」
会場である町の広場は各地から集まった見物客でごった返している。
異様な熱気。美しい娘をひと目見ようと集まったのはなにも男だけではない。女も、美しいとはなにか、答えを探しに来ている。
特設ステージの上、町長が挨拶をし、しめやかにコンテストの幕が開けた。
静まり返る会場。一人目の候補者は、
「あれは……」
ぽっちゃりした女性だった。キトン(※古代ギリシャ人が着ているような服)を纏い、棍棒のように大きなフライドチキンを手に、自身の魅力をアピールする。
(担いでスクワットすればいい脚が作れるな)
続く候補者は優しそうな年配の女性。赤ちゃんのような頭巾をかぶっている。
(クリームシチュー作るの上手そう)
その後も次々にあらわれる多様性の乙女たち、乙女?
「なあ、あれ男だよな?」
「師匠! 巫女が女にしかなれないなんて時代はもう終わったっす」
これも時代の流れか。盛り上がる若者の一方で、伝統を重んじるおっさんたちの間ではどこか白けた空気が流れる。と、
「43番 モニカ・クラウンスフィードさん!」
モニカの番だ。鮮烈な赤のドレス、麗しい金色の髪をなびかせて、ヒールを高らかに鳴らし、舞台袖から颯爽と姿をあらわした。
「うおおおーー!!」
さっきまでダイバーシティ研修に放り込まれていたおっさんたちから歓声があがる。美しいとはなにか? きめ細やかな肌、よく手入れされたつややかな髪、上品な身のこなし、女性特有の曲線美!
美しいものはまぶしい。純白のシーツを、精巧なガラス細工を、汚さぬよう壊さぬよう触れることさえ恐れるのなら、見ることすらも憚られるもの。
(見たか、野郎ども!)
男冥利に尽きる。いい女ってのは連れているだけでそう思わせてくれるもんよ。
人類が長い時間をかけて探求してきた美はどんな理屈を並べようとも否定できやしない。
(ふっ、勝ったな)
審査は観衆による投票制、すなわち多数派が勝利する。不摂生な体は美しいのか? 不潔な身なりは美しいのか? この大会が今後どうあるべきか? 票をまとようとおっさんたちが団結していくの肌で感じる。
時代に取り残された保守派の叫びが、場を支配した。
「モ・ニ・カ! モ・ニ・カ!」
声援を受け、モニカの美はますます研ぎ澄まされていく。自信を深め、増す気高さ。壇上からこちらを見下ろす瞳はさながら女王陛下のそれ。ひとたび命じれば、ここにいるおっさんのことごとくがかしずくだろう。が、
「44番」
次の候補者が姿をあらわすと、会場の空気が一変する。
(バ、バカな!?)
美しい。モニカがバラならこちらは白いユリ。肩のところで切りそろえられた黒髪と端正な顔立ち、立ち振る舞いはいかにも清楚といった印象を受けるが、その衣装は、
(ゴクリ)
なんてエロティシズム。純白のドレスの胸元は大胆に開かれ、歩くたびにエチチなバストがたゆんたゆんする。さらにはスカートに入った深いスリットからのぞくおみ足が、白いガーターベルトに吊られたあみあみのストッキングに縛られ、苦しそうに「脱がして」と助けを求めてくるのだ。
「おい、あれ!」
「おう!」
「さすがにやりすぎじゃ……」
ザワザワ。会場が揺れ動く。
(くっ、卑怯な)
「私、男の人と付き合ったことなくて」みたいなすまし顔しておきながら、エロで男を釣ろうとはなんて破廉恥な。
しかし悔しいかな所作も見事。笑顔を絶やさず、皆に目が合うよう視線を会場中くまなく回し、元気いっぱいに愛嬌を振りまく様はまさにプロ、プロの女。指の先、まつげの先まで、一挙手一投足、躾が行き届いている。
(できおる!)
流れが変わった。モニカがうつむく。
(まずい)
高嶺の花を思わせる気品。それを支える自尊心が強敵の出現によって翳りつつある。
決して劣っているわけじゃない。華やかさはモニカが上、第一印象は勝っている。が、人心を掌握するという点においてはどうだ?
(認めざるをえない)
女としての経験の差。まるで街で評判の美人と全国規模で活躍する演技派女優が並んでいるかのよう。人を惹き付けるのはなにも顔やスタイルだけではない。
モニカも理解している。だから彼女は耳まで真っ赤にしながら、大衆にアピールしようと両手を上げて――
(やれるのか?!)
――顔を覆い隠してしまった。
「あぁ……」
そんな真似できなかった。誇り高きクラウンスフィード家のご令嬢は大衆に媚びなど売らないのだ。
結果、二位。
モニカはすっかり拗ねてしまった。
「俺はモニカに入れたよ?」
宿の部屋、毛布に包まるモニカを励まそうと声をかける。
「結果は残念だけど、場の雰囲気というかなんというか。勝負は時の運だ。まあ、あんまり気にすんなよ」
返事はない。こりゃダメだ。
重い空気。と、誰かが部屋の戸をノックした。
「誰だろう? どうぞ」
訪ねてきたのはモニカを下した44番さん。間近にするとすんごい別嬪。
「あの、なにか御用でしょうか?」
なんだろう。もしかして俺に一目惚れしちゃったとか?
(困るなあ)
ちょっといまは間が悪いっていうか、後でお話したいな。
「きゃ~、ダーリン!」
「?!」
いきなり抱きつかれ、俺は目を白黒する。
「え、まさかユリア?!」
「気づいてなかったの?」
ぷ~、とむくれる44番さん。
「いやだって、雰囲気全然違うじゃん!」
君さあ、初めて会った時、俺に「チキン野郎」って言ったんだよ? それがどうだ。あんなに愛想を振りまいちゃって。
(俺のときもそうしとけば印象違うのに)
そうすればいまだって違う対応してるのに。
「ダーリン、びっくりしちゃった?」
「ああ。心臓が飛び出そうだ」
ドキドキするわ、こんなん。
あるときはやさぐれヤンキー、またあるときはミスコンの優勝者。その正体は元聖女様なのである。
(器用なことで)
ユリアは俺の首に手を回し、顔を近づける。
「見直した?」
「見直した」
「惚れ直した?」
「もともと惚れてない」
「あんっ、冷た~い」
イヤイヤするユリア。ご機嫌だな。
(しゃーない)
見返されてしまった。もう完全に。
(考えてみればそれもそうか)
聖女なのだ。公務でいろんなところへ行幸して、いろんな人と会って話をしてきただろう。教会の代表として頑張ってきたのだ。
(亀の甲より年の功だな)
感心していると、
「あっれれ~。モニカちゃんどうしたのかな~?」
ユリアは手を放し、ベッドで丸まっているモニカのもとへ。
「どこか悪いの? コンテストのときもなんか具合悪そうだったし~」
あのバカ、いらんことを。
「そっとしておいてやれ」
「え~だって、心配だし~。あ、もしかして二位で落ち込んでるの? ごめんね~www」
高笑いするユリアの横で、モニカが震えだす。
(まずい……)
早く止めないと大変なことに。
「ユリア! わかったから。俺が悪かった。だから、な?」
煽るな。いい歳してみっともない。
「え~、ダーリンは悪くないよ~。悪いのはア・タ・シ。かわいすぎてゴメンね~www」
ユリアをベッドから引き離そうとする。
(リナー。一緒にこいつを止めてくれ)
ちらっと窓際のイスに腰かけるリナーに助けを求めるも、
「……」
リナーは昼間のふくろうのように目を閉じて、じっとしている。
(リナー!)
見捨てるのか?!
(まずい、非常にまずい)
ふたりとも喧嘩早いから、このままじゃめちゃくちゃに。
「師匠、どうにもならないっす」というあきらめの声が聞こえてくる。そして、
「ずいぶんとはしゃいでおられますこと」
堪忍袋の緒がぶち切れたモニカがゆらり、ベッドから起き上がる。
「まあそれも仕方のないこと。おめでとうございます、ユリア様。あのようなはしたない真似までした甲斐がありましたわね」
「あ”? なにがはしたないって?!」
「あら、そうでしょう? あんな娼婦《ビ〇チ》みたいな恰好をして、色仕掛けで票を獲得したのですから、さぞお喜びのことでしょう」
そう言って手の甲で口元を隠し嘲る。ユリアのこめかみに血管が走った。
「負け犬の遠吠えか? ずいぶんと板についてんね。もしかしてクラウンスフィードのお家芸ってやつ? さすが賢者公認の足手まとい一族www」
あ、それは言っちゃだめなやつ。モニカの笑いがピタッと止まる。
「勇者パーティを追放された聖女様にだけは言われたくありませんわ。ああ”元”聖女様でしたわね。嘆かわしい」
にらみ合う両者。しばしの静寂。そして、
「やる気か! この負け犬!!」
「お黙りなさい!!」
戦いの火蓋が切られた。
(あわわ。まずい止めないと)
「ふたりともいったん落ち着こう。ね?」
「モニカが悪いんじゃん! 負けた分際で偉そうにするから」
「貴方が喧嘩を売るからでしょう!?」
「そして勝ったのがアタシ! 負け犬はおとなしく尻尾巻いて寝てろ」
もう終わりだ。
(リナー)
リナーはいない。すでに窓から脱出している。
「これ以上、クラウンスフィード家の名を貶めるのであれば、こちらにも考えがありますわ」
「テメェこそ。聖女を侮辱しておいてタダで済むと思ってんのか?!」
(あ、ああ……)
ぶつかり合うふたり。ほとばしる魔力、弾ける魔法。カーテンが、花瓶が、机が、宙を舞う。
(これが巫女様選抜大会一位と二位の姿か)
見た目で人を判断してはいけない。俺は教訓を胸に、窓から飛び降りた。




