30話目 水神祭
「よくやった!」
優勝したリナーを抱きかかえ一回転、二回転。
(むっ)
一度下ろしてからあらためて両手で腰をつかんで持ち上げると、
(こ、これは)
たかいたかい。いい具合に三角筋に刺激が入るな。
しばらく上げ下げしていたら、
「し、師匠、もう、勘弁してください」
「あ、すまん」
リナーが真っ赤に照れてしまった。
(なにやってんだ俺は……)
慌てて下ろし、咳払いして誤魔化した。周囲からの温かい視線が痛い。
(マスケルがうつった。早く治療しなきゃ。)
特にモニカの視線が堪える。こいつだけ視線が生温かいんだよなあ。蔑まれている感じがする。と、
「あん、ダーリン。次はアタシ!」
ユリアが腕に抱きついてきた。
(むっ。ユリアか。リナーより効くだろうな)
その豊満なボディなら肩にダンプカーを乗せられるまでに鍛えあげられるかもしれない。そうなると二頭と三頭もやらなきゃな。お姫様抱っこからのアームカールで二頭筋を刺激しつつ――。
「はっ?!」
モニカが呆れている。
「なにを考えていますの?」
「別に……」
どうやら重症のようだ。リナーの奮闘に触発されたのかもしれない。
(まずは師匠として、きちんと誉めてあげないとな)
ユリアを振り払って屈み、リナーと視線を合わせる。
「あらためて、おめでとうリナー。俺は誇らしいよ」
「はい! 師匠のおかげです!」
師匠という言葉にまわりの参加者がざわめく。
(いやー、参っちゃうなあ)
なにが参るって、俺、弓使えないんだよね。
恥をかくまえに俺たちは優勝賞金……、賞品?
「それだけ?」
「みたいです」
たくさんの燻製した鳥肉をもらって旅を再開した。
「鳥肉はヘルシーで高たんぱくだから、リナーもたくさん食うんだぞ」
「はい!」
「食うんだぞもなにも、リナーのものでしょう?」
「モニカも、しっかり食べて筋トレをすればそれはもう立派な……はっ?!」
気づくと筋肉のことばかり考えている。
(筋トレが恋しくなるなんて)
胸に手を当てると大胸筋が脈打つのを感じる。
(あとで筋トレするか)
夜。皆が寝静まったころを見計らって俺はひとり汗を流し、筋トレ欲を発散するのであった。
「ちょっとジェイ。貴方、こんな夜中になにやってますの!?」
「えっ、筋トレだけど」
「なんでこんな夜中に筋トレしてますの! しかも裸で!!」
「だって昼間は移動しなきゃいけないし、服着てやったら汗ついちゃうじゃん」
「一緒に旅をする男が夜な夜な寝床を抜け出して、フッフ、フッフ言いながら全裸で筋トレしているのに、わたくしたちが安心して寝ていられると思いまして?!」
「ダーリン///」
「師匠……」
「そ、そんなぁ」
鍛錬の道は遠く険しい。
さて、迷路のような峡谷をぬけると河。対岸に町がある。渡し船に乗って向こう岸へ渡るのだが、
「えっ、そんなすんの?」
「最近は船も軍に徴発されちまって。こっちもいっぱいいっぱいでさ」
想定以上の出費を強いられた。
「ほんと金策しないと」
俺たちはひとまず町に留まって仕事を探すことにした。町を散策すると、
――水祭りの巫女募集。礼金あり。審査は公開にて執りおこないます。
という案内が貼られた紙を目にした。
かつて町では暴れ河を鎮めるために美しい生娘を人柱に捧げる風習があった。
ある年、聖都から巡行してきた聖女が話を聞き、代わりに舞を奉納したところ、その年は水害に見舞われなかったという。以来、毎年巫女を選び、舞を踊らせて防災を祈願するようになったとか。
(よくある聖女伝説だが)
礼金。のどから手が出るほどほしい。なにより……。
「なあ、モニカ」
俺たちにはモニカがいる! 巫女選びはとどのつまり人気投票。すなわち容姿の良いものが勝つ!
「なんですの?」
いつも馬の上でふんぞり返っているお嬢様だが、口さえ閉じていれば美しいお人形のよう。偉そうな振る舞いも却って気品があるように見えなくもない。必ずや礼金をGETしてくれるだろう。
「モニカなら優勝間違いなしじゃん! 頼む、出てくれ!」
「いやですわ。そんな見世物にされるなんて」
「そこをなんとか。俺たちを助けると思って、ね?」
モニカはふんっと斜に構えてこそいるがまんざらでもないご様子。
(もうちょっと押せばイケるな)
なんだかんだいってチョロいんだから。
「頼むよ。モニカしかいないんだ」
小一時間くらい経っただろうか。
「仕方ありませんわね……」
しっかりご機嫌をとって出場の約束を取り付けた。と、
「ねえ、ダーリン?」
「ん、どうした?」
ユリアが少しいらだっている。
「アタシは?」
そうか。ユリアは聖女だったな。
「大丈夫。モニカが出るから」
思うところがあるのだろう。が、審査のために衣装とか色々と入用になるから、できれば出場するのはひとりにしたい。ならば、確実に勝てる方を出すべきだ。
「アタシの方が向いてると思うけど?」
「ありがとう。気持ちだけで十分だよ」
「勝ちたいんならアタシを出すべきだと思うんだけど?」
「ここは相性のよさそうなモニカでいこうと思う」
「相性?」
「ああ、なにせ祭りだ。祭りに負けないだけの華やかさが欲しい。その点、モニカは完璧だ。ボリュームのある華やかでクルンと巻いた金色の髪に、長いまつげ。みずみずしい肌と厚いくちびるにきゅっと紅をさせばそれは見事なものになるだろう。きっと大衆もイチコロさ」
「アタシは?」
「ユリアは……まあ、そうだな。うん」
言葉に詰まる。いや、別に劣ってるというわけじゃないんだけど、まあ、好みというか、なんというか。
「次があればユリアにお願いするよ」
「次っていつ?」
「次は次さ」
許せ。俺たちはいまどうしても金が欲しい。恨むのなら普段の行いを恨んでくれ。
「ダーリンはアタシよりモニカの方がかわいいと思ってるの?」
「いや別にそうは思ってないけど……」
モニカがキッと睨む。
「あ、いや、その、好みというか、たぶん、町の人はモニカのが好きそうだなあって。ほら、どことなくモニカのがこの町に似合ってそうじゃん。氷魔法が得意なモニカと水祭りってのがさ」
「アタシ、聖女なんだけど?」
「うん。それはわかる。でも、なんというか祭りだから、こう、ほら、フレッシュな感じのがいいかなって……」
「?! アタシはフレッシュじゃないって言いたいの?!」
「師匠……」「最低ね」
あ、しまった。返答に窮して地雷を踏んでしまった。
ユリアはうつむき、こぶしを握り締めたままぷるぷる体を震わせている。
「違うんだ。ただ、その、ユリアが持つ大人の魅力はこの大会ではあんまり伝わらないんじゃないかなって。ほら、祭りだし元気のある方が……」
「……アタシは元気ないって言うの? 肌とか髪とか荒れてるから? 年だもんね! こんなしわくちゃのババアはお呼びじゃないよね!!」
「いや、そんなこと言ってないけど。ちょっと落ち着こうよ」
肩にのせようとした手が、ピッと払われる。
「もういい。ダーリンのバカ!!」
そしてユリアは彼方へ走り去ってしまった。
「追いかけたほうがよろしいのではなくて?」
「……いまはなんて声をかけたらいいかわからないから、少し時間を置いて探しに行くよ」
「最低ですわね」
モニカはリナーを連れて審査のための買い出しに向かい、ひとり残された俺は打ちひしがれるのであった。




