28話目 目標
翌日。俺はひとり郵便局へ向かった。
レンガの建物。木の戸を押し開くと差し込む明かりに砂埃が舞う。
「お願いします」
鉄柵で仕切られた受付カウンターで手紙を四通出す。
オビスポさんにユリアのことを伝える手紙とモニカからローザへ、リナーからご両親へ、そして俺から母へ近況報告の手紙だ。
「……受け取ったぜ、お前のSoul。伝えるぜ、最速でな……」
こいつ、ここで働いていたのか。
もう二度と来ない。そう決意して宿に戻り、皆と今後のことを話し合った。
「黄昏の流星剣を取りにいく」
「聞きましたわ」
「で、行程なんだけど」
まずは古都アンティグワに向かう。砂漠を越え、渓谷を抜け、河を渡って少し進んだところだ。そう遠くはない。それから山を越えて港町デルフィーナに行って船を借り、一路「巨人の墓」を目指す。
「ふたつほどよろしいかしら?」
「どうぞ」
「ひとつめ。そんな剣、本当にあるのかしら。わたくし、聞いたことありませんわ」
うっ、どうなんだろう? マスケルが言ってるだけで俺も知らないんだよな。本当ならもっと噂になっていてもおかしくない。
改めて考えるといろいろ疑わしくはある。でも、
「俺も聞いた話で確証があるわけじゃないんだけど、ただそいつは嘘をつくようなやつじゃないんだ」
マスケルだからな。嘘をつく知能を持ち合わせているとは思えない。……与太話を信じ込んでしまった可能性もあるけど。
「ふたつめ。どうしてそんな剣が必要なのかしら?」
「え?」
「だってそうでしょう? そんなものなくても貴方は十分強いと思うのだけれど」
う~ん。言われてみると要らないような気もしてくる。実際、ネオ四天王? には楽勝だったし。
(でもなあ……)
前世での失敗もあるし、万全の状態で臨みたい。それに……。
「ロマンだよね」
伝説の剣があるなら欲しいじゃん。
「子どもみたいですわね」
「モニカだって貴重な宝石とかあったら欲しいだろ?」
「それはそうですけど……」
レースの件もそうだが、モニカはあまりこういったことに関心がないらしい。一方で、
「勇者みたいでカッコいいじゃん!」
ユリアは目を輝かせる。
「聖都にあったあんなパチモンより絶対イイって!! って言うより、そっちのが本物なんじゃない? おかしいと思ってたんだよね~」
……ちょっと怨みが入ってるな。
勇者パーティを追放されたユリアはよっぽどさみしかったのか、ことあるごとに俺にベタベタしてくる。
「ごめん。ちょっと離れようか。近い」
「え~、だってぇ~」
「モニカが見てるから」
「なに見てんだよ、あ”ぁ”ん?!」
「人間、こうまで落ちぶれると目も当てられませんわね」
「ほら、喧嘩しない」
ふたりは「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
(これからうまくやっていけるだろうか?)
「師匠~」
うん。リナー止めようね。そういうんじゃないから。
「ほんといいご身分ですわね」
「綺麗どころが多くて困りますね。アハハ。……ごめんなさい」
モニカは機嫌が悪くなるとすぐ魔力を放って威嚇してくる。ホントこういうところは母親そっくりなんだから。
大事になる前にユリアを引き剥がして、距離をとった。
「あんっ。ダーリンのいけずぅ」
「お願い。ちょっと黙ってて」
うーん、すさまじい魔力。二年の間に腕をあげたな。
おそらく彼女に勝てるのは魔王くらいだろう。そしてこの圧を前にまったく動じないユリアもユリアである。
(はぁ……)
気苦労が増えたな。とりあえず話を進めよう。
「で、アンティグワに着くころには冬になるから、そこで装備を整えたいんだが……」
「あら、そんなお金あるのかしら?」
「そこなんだよな」
故郷でもらった餞別、リナーの村でもらったドラゴン退治の報酬、ローザがモニカに持たせた路銀。これらは二年の間にモニカが使い込んでしまってほとんど残ってない。
「師匠! モニカは毎日、聖都の高級レストランで食事してたっす」
「わたくしは仮にも王族に名を連ねる身。口に合う料理は限られますの」
「いっつも高いお店で服を買ってたっす」
「淑女として身だしなみに気を使うのは当然ですわ」
この女、なんて贅沢を。リナーはいまだに俺が買ってあげたクマのフードを被っているというに。
あらためて見ると二年前はなかった指輪やネックレスがある。
「売ったら金になるかな?」
「冗談じゃありませんわ! そもそもこれらはわたくしが実家からの仕送りで買ったもの。貴方にとやかくいわれる筋合いはありませんわ。それにもとはといえば貴方が二年もわたくしたちをほっぽり出して山に籠っていたのが原因ではなくて? 女性のために稼ぐのが男性の甲斐性というものでしょう?」
くっ。いまの時代、そういうのはダメなんだぞ。これだから世間を知らないお嬢様は。
「やっぱりカジノで一発当てるしか……」
「ダーリン頑張ってね!」
「絶対ダメですわ」
そのほか、一応、馬術大会で二位だったときの賞金があるけど、人数が増えた分、水とか食料とかを買い足すとやはりカツカツになってしまう。
「なあユリア」
「ダーリン、な~に?」
「いくらもってる?」
ユリアはゆびを立てて首をかしげた。
「ごめ~ん。アタシもお金なくってぇ。だからゴールデンボールとって素敵な旦那さまに養ってもらおうかなって思ってたんだけど」
こいつ本当に聖女か? 聖女っていったいなんなんだ?
「大会に勝てていればなあ……」
賞金もそうだし、パトロンを得ることもできたかもしれない。かえすがえすも惜しまれる。
「ところでなんでダーリンは大会にでてたの?」
「そりゃあ素敵な出会いを求めて」
君じゃないよ。ごめんね。
「それはわかるんだけど、ダーリンって男の人もイケるの?」
「はあ? どういう意味?」
「え、だってぇ。ゴールデンボールって素敵な殿方とのご縁がありますよってものじゃん? だから金玉なわけで」
……マジ? 胃袋をつかめ、みたいな感じの大会だったの?!
隣でモニカが失笑する。
「あらジェイ。そういうことでしたの? 言ってくださればよかったのに……」
う、嘘だよな? もしかして大会開始前、野郎どもから熱い視線を浴びていたのは……。
「ちがう。俺は断じてそうじゃない!」
「そうなのぉ? じゃ、この子は?」
ユリアはリナーを指さす。
「いやリナーは……」
「ってかこの子、男? 女?」
なんてことを言いだすんだこの女は。それは開けてはならないシュレーディンガーの猫。
「ねえ、アンタって男なの? 女なの?」
皆が固唾を飲んで見守る中、リナーは、
「リナーはリナーっす」
胸を張ってそう答えた。
「ふ~ん」
ほっ。俺は胸をなでおろした。
「あらためて言うが、俺にそういう趣味はない」
「良かったぁ。まっ、ダーリンが女好きってのはわかってたけどね。アタシを見る目、もう飢えた野獣って感じでヤバかったもん」
君にそんな目を向けたことはない。断じて。
「話を戻しましょう。そんな祭りに参加して町中に顔を広めたけんせいさまはこれからどうやってお金を稼ぐのかしら?」
モニカは言外に「体でも売ったら?」とニヤニヤしている。……まずい。非常にまずい。一刻も早くここを去らねば。
「と、とりあえず街を出よう。アンティグワに行けばなんとかなるさ」
夜。俺たちは闇にまぎれ、逃げるように町を飛び出したのだった。




