27話目 聖女
こここ、この女、なにを言ってやがるですか。
ダーリン?! 距離の詰め方、エグ過ぎでしょ。
「な、なにを言っているんですか?」
「わかったの! あなた、アタシのダーリンだって」
うるんだ瞳、紅潮した頬、震えるまつげ。
(やばい。こいつよく見れば案外かわいいかも)
怖すぎて直視できなかったけど、うん、悪くない。挙動は最悪だけど……スゥー、悪くない。
「運命の赤糸ってやつ。ビビッときちゃった」
ビビッときちゃったか……。普段なら小躍りして喜ぶところだけど、いやーきついっす。ってか、もしかして美人局的なやつ? こんな変わり身の早さありえないんだけど。
「そ、そうなんだ。へぇ~。でも僕には心に決めた女性がいるから」
目を逸らし、つむる。チラッと薄目をあけると、
「別にいいよ」
「!?」
「でも、その女性だけじゃなく、アタシも愛してほしいの!」
女は距離を詰め、胸元からこちらを見上げている。
(愛人とか妾的なやつをご所望ですか?!)
いや、君がよくても相手が嫌がるんですけど。君のせいで花嫁が逃げちゃうんですけど。
(まさか、それが狙い?)
俺の恋路を邪魔する気か? 負けたのがそんなに悔しいのか? 勘弁してくれよ。君はかわいいからいくらでもいい相手見つかるって。
「アタシ、頑張るから!」
「頑張るって……」
いまさらだよ! 最初から頑張ってよ! 第一印象大事にしてくれよ……。
「いまは大会に集中しよう。話は終わってから、ね?」
展開についていけない。ひとまず話を打ち切って牛を追いかけようとした、ところで、
「ピーーーー!」
ゴールデンボール奪取を知らせる笛が鳴る。
「あっ……」
終わった。良縁は手に――。
「ダーリン。これからヨロシクね」
「あ、ああ」
できたのだろうか?
祭りが終わり、俺はヤンキー女を連れて、連れてというか勝手についてきて、宿でリナー、モニカと合流した。
「まあ! ボールを掴む大会で女性を捕まえてくるなんてさすがですわね。ジェイ。皆さんが牛を追いかけている間、貴方はいったいなにを追いかけていたのかしら?」
「師匠……」
「待ってくれ。俺も困ってるんだ。まずは話を聞いてくれ」
なじられる間にもヤンキー女はしなだれかかってずっとべったり、俺の胸の辺りをくるくる人差し指でなぞっている。
「困っている割にはずいぶん仲がよろしいことで」
「猛獣にじゃれつかれてるのを仲が良いっていうかな?」
「嫌なら離れればよいのではなくて?」
「あんっ。ダーリン、行かないで」
離れようとして引き留められた腕が胸の谷間にガッチリ挟まれて――。
「はっ!?」
モニカさん。違うんです。本当に困っているんです! そんな目をされても困ります。
「師匠!」
リナーさん。違うんです。競わないで。腕を引っ張らないでください。
「ねえ、ダーリン。この人たちは?」
「仲間だよ」
真のね。言っている意味わかるよね?
「そっかぁ。ダーリンのハニーで~す。ヨロシク~」
女は手のひらをひらひら。
(せめてお行儀よくしてくれよ)
だから第一印象が大事だってどうしてわからないかな?
(っ、殺気?!)
振り向くとモニカがひきつった笑みを浮かべている。
「よかったですわね。素敵なご縁が見つかって」
「そう見えます?」
「あ~ん。ダーリン、ウチらお似合いだって。も~」
ここぞとばかりに体を寄せてくる女。まずいよ。このままじゃあ……。と、
「あら?」
モニカがなにか閃いたようだ。底意地の悪そうな顔をしている。
絶対よからぬことを思いついたよ、この娘。
「……貴方、もしかしてユリア様?」
ビクッ。さっきまでデレデレしていたヤンキー女がサッと顔をそむけた。
「ユリア様よね? 聖都の記念式典でお会いした。わたしくですわ、モニカ・クラウンスフィード。ずいぶん印象が変わられたので気づきませんでしたわ」
「あ”あ”。知らねーよ、んなやつ」
「あら人違いかしら? よく似ていると思ったのだけれど。勇者パーティを追放され、妹のミリア様に見捨てられ、ひとり淋しく今年三十歳を迎えられた――」
「アタシはまだ二十八だ!!」
モニカがほくそえむ。ヤンキー女ことユリアはハッと口元を抑えるがもう遅い。
「やっぱりユリア様ではありませんか。お懐かしゅうございます」
「テメェ……」
こいつ聖女だったのか。聖女っていったいなんなんだ?
「オビスポさんから言伝を預かっていますわ。聖都に帰ってこいと。早くお戻りになられたほうがよろしいのではなくて?」
ここぞとばかりに勝ち誇るモニカ。
「そうですわ! 聖都に戻られればこんなバカではなく、家柄も容姿も良い素敵な殿方を紹介いただけますわよ。ささっ」
まさに鬼の首を取ったよう。親切を装いつつユリアを追い出しにかかる。って、誰がバカだ!
うつむき、拳を握り込んでぷるぷる震えるユリアは、
「帰れるわけねーだろ……」
「ごめんなさい。よく聞こえないのだけれど」
とぼけた顔して耳を近づけるモニカを、
「帰れるわけねーっつってんだよ!!」
キッと睨みつけた。
「このまま、どんな面して帰れっつーんだよ!」
怒声のような叫び。傷ついた心を隠すように、弱味をみせないように強がっていた心の壁が、
「聖女として都を出て、皆に魔王を倒すって約束して、使えねーから出ていけって実の妹に言われて! どうやって帰れっていうんだよ!!」
涙とともに剥がれ落ちていく。
「皆になんて言えばいいんだよ……」
しんと静まり返る室内。
(そうか。つらかったんだな)
こんなになるまで思いつめていたなんて。賢者として期待を一身に集めながらなにも成し遂げられなかった俺には、彼女の痛みがよくわかる。
(黙っていられないな)
形はどうあれ、頼られた以上は無下にできない。
「なあモニカ。うちに迎えてもいいんじゃないか?」
「ハアァ?!」
「使えねーって話だけど、俺にはそうは思えない。魔法使いとしてならモニカにも負けないだけの力があると思う。なにより希少な神聖魔法の使い手だ。回復魔法を使える仲間は是が非でもほしい」
俺の魔力量ではモニカやリナーが大怪我を負ったとき、治しきれないかもしれないし。
「わたくしはそうは思いませんわ。一緒に旅をする以上、チームの和を乱すような方はお断りすべきですわ」
「そこはよく言い聞かせるから」
ちらっとユリアをみる。頼む。いまだけはおとなしくしてくれ。
「な、このとおりだ。頼むよ」
「……アタシからもお願い……します」
やればできるじゃないか!
沈黙、逡巡。しばらくしてモニカはため息をつき、
「仕方ありませんわね」
しぶしぶ認めた。うんうん。モニカもなんだかんだいって優しいからな。あとは……。
「リナーも構わないよな?」
リナーのことだ。嫌とは言わないだろう。
「反対っす」
「え、どうして?」
まさか反対されるなんて。やはり第一印象が悪すぎたか?
「聖女様に旅は無理だと思う」
「あ”ぁ”ん?! こっちが下手にでてりゃ調子にのりやがっ――」
ユリアを突き飛ばして、リナーに向き直り、膝を折って目線を合わせる。
「大丈夫だよ。モニカもなんとかやってるじゃないか」
いつも馬の上でふんぞり返って、やれ暑いだの、やれ腹が減っただの文句ばっか言ってるけど。
「野宿できない。虫とか、食事とか、いろいろ無理だと思うっす」
「そんなか弱い女じゃないから大丈夫だよ」
「……」「……」
むくれるリナー。ここまで嫌がるなんてめずらしい。
「たしかに口は悪いけど、たぶん悪い人じゃないから。誰だってつらいときはあるからさ。当たりが強くなっちゃうときもあるんだよ」
「師匠は甘いっす!」
「そうだよ。だからリナーも一緒にいるんじゃないか」
結局、言いくるめてしまった。
(ごめんね。でも、旅はこれからもっと危険になるから、強い仲間はどうしても必要なんだ)
リナーを胸に抱き寄せる。しばらく機嫌をとってから、
「よし、じゃあそういうことで、ユリアこれからよろしくな!」
「は~い。よろしくね、ダーリン」
あらためてユリアをパーティに迎えた。




