26話目 祭り
雄牛を追いかける乙女たち。普通、逆だよね。
あまりの勢いに気圧されて、出遅れてしまった。
(前にでないと)
このままではゴールデンボールを手にできない。とはいえ殺気立つ女性陣をかき分けて前に出るなんて土台無理な話。
(と、なれば先回りだ)
日干しレンガで作られた家屋の上にぴょんとひとっ跳びして、屋根伝いに牛の行方を追う。町の出口は柵で封鎖されている。牛は柵の直前で進路を変え、ピンボールのように跳ね返ってゆく。その先を読み、
「あそこだな」
牛を迎え撃つに絶好の路地へ回り込んだ。と、
「あ”あ”~ん?」
なぜかヤンキー女がいる。
(うわぁ……)
「テメェ、ここで何してんだ?」
めっちゃ睨むじゃん。
「今日は天気いいな~。絶好の散歩日和だな~」
とぼけてみせたが、肩を怒らせ距離を詰めてくる。
「ここはアタシの場所だ。テメェはあっちいってろ」
近い近い。鼻息が首元に当たってるよ。おでこに唇がつきそうなんですけど。俺、鼻毛出てないかな?
「聞こえなかったのか? あっちいけっつってんだよ!!」
クソッ。異世界に来てまでこんなヤンキーに屈さなければならないのか? 剣聖のくせしてヤンキーにビビッてむざむざと場を明け渡すのか?
(ふざけんな!)
ひとつ、キッパリ言ってやろうじゃないか!
「……ィヤですぅ」
「あ”ぁん!?」
言ってやったぜ、こんちくしょう。あんま調子のってるとこっちだってやってやるからな。
「なんつったテメェ?!」
「ココはアナタの場所じゃないデスヨネ?」
「はぁ? つか口臭ぇんだけど、しゃべんな」
リナー、つらいよお。参加しなきゃよかった。
「どっか行けって言ってんの? 分かる?」
「……」
「テメェ、無視すんな!」
しゃべんなって言ったのはそっちだろ。なんてわがままな。
「そんなんだから良縁に恵まれないんだよなぁ」
「あ”ぁ?!」
しまった。口に出してしまった。ナンテコッタ。
「テメェ、殺す!」
女のアッパーカットをバックステップでかわす。
「そんなに怒らないでくださいよ。シワ増えますよ?」
「あ”ぁ”ぁ」
と、時を同じくして牛が猛スピードで向かって来る。
(こいつの相手をしている場合じゃないな)
女を尻目に牛に向かって猛ダッシュし、すれ違いざまにゴールデンボールを掠めようと手を伸ばす。が、
「テメェ、マジぶっ〇す! 聖光」
「マジ?!」
ヤンキー女の高級魔法が行く手を阻む。
まばゆい閃光が発射される直前に魔法陣の角度から軌道を見切り、全身のバネを使って屋根へ跳ぶ。が、
「痛っ」
かわしきれなかった。右足、擦り切れたズボン、皮膚が真っ赤に腫れている。
「おいおい、俺じゃなきゃ死んでるって」
レーザービームのような魔法「聖光」は神官らが得意とする神聖魔法に属する数少ない攻撃魔法だ。極めて強い魔力、高度な魔法技術が要求されるため、扱えるものは大陸中でも五指に満たない。
(こいつ何者?)
ただのヤンキーではないらしい。
「……なにかわしてんだ? あ”ぁ”ん」
「そりゃかわすだろ」
これは無視できないな。木剣をとりだして正眼に構える。
「三分だ。三分だけ相手してやる」
「テメェ、なめてんのか?!」
「御託はいいからかかってこい」
「……クソッ。テメェが悪いんだからな!」
浮かぶ魔法陣。放たれる聖光。恐るべき魔法だが、斬れる!
光速は神速に及ばず。神妙にして精妙な剣は光を千々《ちぢ》に裂いた。
「……マジかよ」
「どうした、遠慮はいらないぞ」
さっきの聖光は威力や発動速度を欠いていた。おそらくこちらの出方をうかがって出力を抑えたに違いない。
(本気の聖光を見せてみろ)
胸が高鳴る。十年におよぶ修行の日々。人生を賭け、命を費やして手にした剣がなにものなのか、真価が問われている。
(鍛え上げた体、練り上げた技が日の目を見る心地よさよ)
斬れるか。俺は己の剣を試したい。
「だったらアタシの本気、みせてやるよ! ……テメェが言い出したんだからな。後悔してもしらねえぞ」
「ふっ。安心しろ。必ず斬る」
「クソッ、なめやがって!」
女の体からほとばしる凄まじい魔力が天へ昇っていく。やはり只者ではない。魔力量こそモニカには及ばないが、扱う技術はモニカを上回り、ローザにまで比肩するであろう怪物。
「天より降り注ぐ清浄なる光よ。主にまつろわぬ悪しき者らを浄化せん。来たれ、聖光!」
完全詠唱から放たれる聖光はもはや太陽そのもの。世界が熱と光とに覆われる。が、
「流星剣」
剣聖に斬れぬものなし。天駆ける流星であろうと風雲たなびく空であろうと、光さえも。我が剣に敵せず。理を超えた剣は再び光を斬った、かに思われたが、
「三稜鏡!」
刃に触れる寸前、浮かび上がった水晶で屈折した光は背後に。
「させるか!」
回り込む光の先、こちらに反射させようとした鏡を魔力を送り込んで分解する。光は砂漠の果て、あてもない地平の彼方へ消えた。しかし、
「これがアタシの本気!」
気づけば周囲を三稜鏡で囲まれている。
「水晶の迷宮」
宙に浮かぶ無数の鏡。
(数が多すぎる)
俺の分解は射程が短い上に、複数同時には壊せないという欠点を持つ。反射角を読んで軌道を予測する時間もない。
「奥義 天照大聖光」
白く煙る世界。光に呑まれる。まぶしい。なにも見えない。だが俺には剣がある!
「秘剣 黒洞ノ太刀」
光子をすり抜け泳ぐ剣は無を生み、光を吸う。生じた磁気の嵐によって水晶の迷宮はバラバラに。反射し損ねた光は、
「あぁ!」
ヤンキー女に向かうも、
「斬ると言っただろ?」
当たる直前、カッと散って消えた。
「うっ、うぅ……」
敗北を認め、へたりこむ女。
勝利。見たか、これが剣聖の力よ。
ヤンキー女の肩をポンっと叩き、
「良い腕だ。君ほどの女性なら必ずいい人と巡り合えるさ」
魔法の修練に費やしたであろう長い歳月を思いやった。
(俺も同じだ)
剣の修行に人生を費やしたおかげで、いままでなんの出会いもなかった。でもいいんだ。運命の人がいる。
「テメェはいったい何者だ?」
「俺は剣聖ジェイ。魔王を倒すものだ」
「魔王を?!」
そう。魔王を倒し、改心させ、あわよくばお付き合いするのだ。
女の腕に目をやると少し赤くなっている。
「見せてみろ」
「おい、バカ。触るな」
光の切れ端に触れたか。俺もまだまだだな。
「慈悲深き神よ。この者の傷を癒し給え。ヒール」
これでよしっと。
「……ありがと」
「じゃ、そういうことで」
牛を追いかけようとすると、
「待って」
ヤンキー女が腕をつかんだ。
「どうした?」
なんだろう。すごく嫌な予感がする。
振り返ってみるとヤンキー女が悩まし気な目を向けてくるではありませんか。
「見つけた」
「なにを?」
「アタシのダーリン!」
「ハァ?!」
俺はとびあがるほど驚くのだった。




