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25話目 砂の町

 夕暮れ。平原を抜けて、砂漠に足を踏み入れた。


「いったいいつまでそうしてるつもりですの!」


 おっさんに敗れた俺はいまだ放心状態で立ち直れない。


師匠ししょー! 元気出してください」

「甘やかしてはダメよ」

「大丈夫っす。師匠はがんばったっす」

「ううっ、リナー」

「大丈夫っす」


 自分より小さな子になぐさめられるなんてみっともないけど、不思議と心地いいような?


「だってあんなんズルじゃん。あのおっさん途中で何頭も馬を乗り換えたんだって。あの車夫だってそうだ。おっさんと組んでゴール前で待機してるなんて卑怯じゃん」

「うんうん。師匠もミカヅキも立派でした」


 モニカのため息が心に刺さる。もうちょっと、もうちょっとだけ。


 そうこうしている間に日が沈み、砂と星と。

 一夜歩きとおして明け方、砂漠の中央にあるオアシスに着いた。ほとりにはどの国家にも所属しない自由都市があり、隊商が行き交う要衝ようしょうの地とあって非常なにぎわいをみせている。

 暑い日中の行動を避けたい俺たちは、すぐに宿へ入った。

 

「思っていたよりでかい町だな」

「そうね。食料はどうしているのかしら?」


 宿の人によれば隊商から買い取っているらしい。では、その資金はどこから出ているのか?


「ここだ」


 カジノ。絢爛けんらんいろどられた外観はまさに富の象徴である。各国の要人がお忍びでくると噂される賭場には、金はもちろんのこと貴重な魔導書、大陸協定で保護されている希少生物、果ては奴隷まで様々な景品が目白押しである。


「ダメですわよ」

「まだなにも言ってないけど」

「顔に書いてありますわ」


 ちらっと交換所をのぞくと「トンビの剣」や「聞かざるの指輪」など貴重なアイテムがところ狭しと並んでいる。


「なあモニカ」

「ダメ」

「リナーもあれ欲しいよな」

「師匠。我慢です」


 冒険に出てカジノに寄らないなんてプレイスタイルあるか? きっちりミニゲームまでやっちゃうお兄さんは悲しいよ。と、カジノの横、薄暗い路地の入口に一枚の立て札がある。


「なになに。今年も開催 ゴールデンボール! 参加申し込みはゴールデンボール実行事務局まで」

「なにかしら?」


 元賢者の俺が知らなければモニカも知らないようだ。

 道行く人に訊いてみた。


「ああ、牛の頭に取り付けられた金の玉を取り合う祭りみたいなもんだ」

「金の玉……」


 モニカを見る。彼女はスッと目を逸らした。


「取るとなんかいいことあるの?」

「なんでも良縁に恵まれるとか」


 ふーん、良縁ねえ。リナーやモニカと出会えたのは良かったけど、マスケルやテクニカとかいう化物に遭遇エンカウントしたのはどうだろう? 今後、あんな魑魅魍魎ちみもうりょうを寄せ付けないため、ひとつ祈願してみるのもいいかもしれない。


(そうだよ。せっかく異世界なんだから)


 たとえばバカンス中の魔王とばったり出会い、ひと夏のアバンチュールを楽しむ、なんて展開イベントがあってもいいはずだ。


(オイルを塗ったり、水着が流されたりして……)


 夏の日差しはふたりの心に火をつけて、火照った体はそのまま危険な夜に突入するんだ。


「俺も欲しい」


 ゴールデンボール。自前のは役に立たったことないし。幸せになれるのなら何個だってほしい。


「開催時期も近いし、参加してみてもいい?」


 モニカにお願いしてみる。うわっ、ローザみたいな目をしないで。


「競馬で負けたさ晴らしをしたいんだ。頼むよ、ね?」


 必殺、リナーの物真似、上目遣い! ……どうだ?


「……仕方ありませんわね」

「よしっ」


 俺はルンルンで事務局に行き受付を済ませるのだった。



 そして大会当日。


(あっれれ~?)


 集まった参加者のなんと九割が女性だった。


(え、この町の女の子、みんな出会いに飢えてんの? すごい奇遇じゃん)


 俺もなんだけど。大会なんて止めて皆で遊びに行かない?


(食事代だって出すし、馬も出すのに。家まで送り迎えしちゃうよ?)


 ってか、こんな状況でゴールデンボールとったら顰蹙ヘイト買いそう。ちょっと心配。と、


「あ”あ”ぁん!?」


 襟足えりあしだけ金髪の、いわゆるプリン頭の女にガンつけられた。


(関わらないようにしよう)


 君はダメ。現地集合割り勘で。知らんぷりしたものの向こうから近寄ってくる。


「テメェ、いまこっちみてたよな?」

「……あ~今日はいい天気だな~」

「なにシカトしてんだ! あ”ぁ~ん」


 どうしろって言うんですか。もしかしてそういう出会いを求めている方?


(たぶん、「テメェこそ調子のってんじゃねえぞ」なんて張り合えば仲良くなれるタイプの女の子とみた)


 フラグを立てないよう徹底して目を合わせずとぼけてみせる。


「ケッ! このチキン野郎!!」


 嵐は去った。というか、そんなんだから良縁に恵まれないのでは? うわぁ、今度は別の人に難癖つけてるよ。もしかして試合前に威嚇いかくして戦意をごうって作戦か?


(なりふり構っていられないんだな)


 たぶんいろいろ崖っぷちなんだろう。年齢的にも俺よりだいぶ年上みたいだし、若いのが許せないんだな。

 ふと周りを見渡すと数少ない男性陣からも熱い視線を感じる。


(やっぱ服の上からでも鍛えてるのバレちゃうか。しょうがないな)


 やはり体力的に男が優位であるのはいなめない。しのぎをけずるライバルはどうしても注目を集めてしまうのだろう。

 俺は絡まれないよう隅っこで小さくしている、と大会が始まった。


「え~本日はお日柄ひがらも良く~」

「早くはじめてください!」

「いつまで待たせんのよ」

「ちょっと、押さないで」


 開幕の挨拶早々に石を投げつけられた町長があわただしく降壇する。


(怖ぇ~)


 すごく殺気立ってる。落ち着こうよ。お兄さん、話聞くよ?

 思った以上に活気のある大会のようだ。

 係の人が立派な角の生えた雄牛をひいてきて、角の間にひもを渡してゴールデンボールを取り付ける。あれをいち早く獲りあげたものが勝者だ。


「それでは皆さん、第七回 ゴールデンボール開始します!」


 号令とともに女性が大挙して牛に襲い掛かった。驚いた牛はあわてて町の路地へ逃げ出す。


「追えー!」「〇れー!」

「ひき肉にしろー!」


 思ってたのと違うな。「牛さん。待ってぇ~」「いや~ん。牛さん怖~い」みたいなの想像してたけど、むしろ逆。牛がかわいそうまである。現代日本なら動物愛護団体がウォームアップを始めそうな激しさだ。


(あそこに混じってボールを取りにいくのか)


 気が引けるなあ。でも、俺もゴールデンボールが欲しい。ゴールデンボールを手に入れて、お姉さん方とキャッキャするんだ。

 行こう。素敵な出会いが待っている、はず。

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