23話目 障害
戦いの火蓋は切られた。参加者三百人が一斉にゲートへ殺到する。
ここをいかに早く通過し前に出るかが序盤の要だ。が、
「ここは通さないゾ~」
直後、ゾウが鼻で参加者を蹴散らし、巨体でゲートをふさいだ。
「なにしてんだ?!」「邪魔だ。どけ!」「テメェ、こっちは人生賭けてんだ。にぎやかしは他所でやれ」
「オイラは本気だゾ~」
ゾウは後ろ脚で立ち上がるや前足でスタンプ。
「うあ~」「ぎゃ~」
衝撃で大地が揺れ、馬が暴れ回り、参加者は次々に落馬していく。
「全員脱落したらオイラが最速なんだゾ~」
「ふざけんな!」「ルール分かってんのか?」「格闘技じゃねえんだぞ!」
違うな。これこそ最速を決める大会のあるべき姿だ。
馬種を問わなければレギュレーションもない。誰よりも早く荷を届け、戻ってきた奴が最速。ほかになにがいる?
(ワクワクしてきたぜ)
開始早々「てやんでい!」なんて言ってる人力車夫に並ばれたときはどうなることかと思ったが、この分ならミカヅキとの辛い特訓の日々も報われるってもんだ。
(さて、どうするか?)
まずはあのゾウをなんとかしなければ。と、
「オレ、ゾウ知ってる。ブタの鳴き声、苦手」
シマウマに乗った長身の男が言う。
「本当か?」
「俺も昔、本で読んだことがあるぜ!」
団結した参加者らがゾウを取り囲み、一斉に声をあげた。
「「「ブー、ブーーッ!!」」」
コイツら本気か? 大の大人が徒党を組んでブタの鳴き真似をしながらゾウに詰め寄る様は狂気としか言いようがない。
(でも、まあ確かにこれは怖いかも)
なんとはなしにゾウもたじろいでいる、気がする。
「効いているぞ。もっとだ」
「「「ブー、ブーーッ!!」」」
ソウはじりじり後ずさりして、
「パッ オ ~ ン!!」
ぶちギレ一転、長い鼻を振り回して突撃してきた。
「うあー」「逆効果じゃねえか!」
蹴散らされていく参加者たち。ある者は鼻で投げ飛ばされ、ある者はサッカーボールのように蹴とばされる。
「火だ。動物は火が苦手だ!」「火の魔法だ」「たいまつに火を灯せ」
集った火の勢いは苛烈。ゾウもおいそれとは近づけない。しかし、
「とっておきをみせてやるゾ~」
乗り手が号令を発すると、長い鼻で一息。猛烈な鼻息で火をかき消した。
「なんてこった」「クソッ、対策してやがる」「もうだめだ」
「村一番ののろまのオイラが、世界最速だゾ~」
参加者は意気消沈。煙が空に立ち昇っていく。
(なにやってんだか)
仕方ない。ここは俺が出るか。
「今度はお前が相手かな~?」
「催眠針」
「お、お前、なにしたゾ~?!」
「秘孔を突いた。しばらく寝てろ」
「あ、ありえない、ゾ~」
乗り手がいなければただのゾウ。制御を失ったゾウは嬉々として自然に還っていった。
(行こう。最速が待っている)
幸先のいいスタートを切った。
「遅れるな、続け!」
続々と追いかけてくる参加者たち。レースは始まったばかりだ。
平野。しばらく進むと、
「なんだこれは?」
断崖が行く手を阻んだ。
「下見したときはこんなものなかったのに」
ギリギリに立って崖下をのぞきこむ。十メートルはあるだろうか。とても騎馬で下りられる高さではない。
「おい、こんなもんどうすんだ」「やべーよ。降りれねえよ」「おい、誰か大会主催者呼んで来い」
そうこうしている間に続々と参加者が追いついてくる。
「……Knife Edgeで綴るMy Life……ゆらゆら揺れるMy Soul……。止まる? バカ言っちゃいけねえ。迂回するのさ。こんな時は……」
「そうだ! ここで立ち止まっていても仕方ない」
「回り込め!」
おっさんに続いて半数ほどが去った。
(迂回? 違うな)
最速をゆくなら最短を走るべきだ。速さは命より重い。リスクを恐れてアクセルを踏めないやつはレースに出る資格なんかねえ!
「ホホ。お先に失礼するぞよ」
同じ考えのやつがほかにもいるようだ。
鹿に乗った公家みたいな小男はぴょんぴょん跳んで崖を下りていった。
「すげー」「鹿ってあんなことができるのか」
こいつら呑気に見ている場合か?
(やってくれたな)
この崖、アイツが仕込んだに違いない。相当の策士だな。さて、どうするか。
「某から行かせてもらおう」
武者風の男が名乗りをあげた。馬上、鞭をかかげ、
「武神の加護あらんことを」
勇ましく駆け下りていったが、崖の真ん中でつんのめり、
「あ~れ~」
そのままゴロゴロと転がって地面に叩きつけられた。馬鹿とはこういうことをいうのだろう。
「やっぱ無理だ。馬じゃ」「重心が前にあるからどうしても転んじまう」「クソッ、いまからでも遅くない。俺たちも迂回しよう」
下でピクピクする男の有様に臆した連中が離れていく。――ここだな。
「ミカヅキ。俺に任せろ」
馬を降り、腹へ潜り込んで前脚を肩に担いで持ち上げ、
「いざ行かん」
しずしず崖を下りる。
「あいつ正気か?!」「馬を担ぐなんて人間技じゃねえ……」「鬼神のしわざじゃ」
俺が下駄を履かせることで水平が保たれ、安定する。
(人馬一体。ふたりで最速なんだ)
無事崖を下り、その先の川へ向かった。
さて川。平素なら緩やかな谷を流れる穏やかな小川が、
「なんじゃこりゃ」
この日は激流と化している。普段ならば透き通りぴょんと跳び越えられるせせらぎが、あろうことかこの日は大海のごとく谷に満ち、波打っている。
「ホホ。これでは進めぬ」
先行した公家もここで足止めか。水位は人の背丈をゆうに上回るようだ。流れも速い。馬ですら渡渉するのは至難。と、
「どけ。オレ、行く」
キリンに乗った男が追い抜き川に飛びこんだ。
(なるほど)
背が高く首の長いキリンならば川底に足が届き水面から顔が出る。
(考えたな)
ここはアイツが仕込んだようだ。まったく、楽しませてくれるぜ。さてどうやって攻略しよう?
指を咥えキリンをにらんでいた公家はおもむろに腰に佩いた黄金の太刀のひもを解き、
「ホホ。龍神様、どうか水を引かせたもれ」
ポイっと川に投げ込んだ。
(神頼みか。最速の所業にあらず)
道とは自ら切り開くものだ。俺たちは自力でゆく。
祈祷する男から少し離れ、川幅が広く、流れの穏やかな岸辺で魔力を練り、川を凍らせて道を作った。
「さあ行こう」
ミカヅキと恐る恐る渡っていく。
魔力の大部分を失ってしまったが、無事に向こう岸へとたどり着いた。




