20話目 勇者
法王直々の祝福を受けた俺とリナー、モニカは聖都本庁前の庭で輿に乗せられ、
「ジェイ様、ご出陣!!」
聖騎士団に担ぎ出された。
厳かな石畳の道ゆけば間もなく、天国の門と称される法王庁を守る壮大な門に至る。
(地獄の門の間違いだろ)
そびえる大理石の扉、中央上座に御座します天使の像。その足元、縦に光が走り、開けば日輪、さんざめく人波が、
「救世主様!」
強かに耳朶を打つ。
街道を埋め尽くす人々は、いままさに死地へ赴かんとする救世主様のご尊顔をひと目拝そうと押し寄せた。
「どうか我らをお救いください!」
聖騎士団が押し止め、
「控えおろう。ジェイ様のお通りであるぞ!」
一喝するや凪ぎ、大海が割れるかのごとく道がつくられた。
「さっ、参りましょう」
見送る神官、同道する騎士、迎える人々。皆、笑顔。祝福の道。地獄への道は善意で舗装されているという。
(嫌だ、行きたくない。誰か助けて)
いざゆかんと騎士らが行進を始める寸前、オビスポが側に来て、
(中止か?! 中止だな!?)
「ジェイ殿」
「どうした?」
「民に、一言賜りたく存じます」
最後のチャンスをくれた。
(言うんだ。はっきりと)
いまなら引き返せる。俺はゆっくりと立ち上がり、
「永きに渡り戦禍に苦しむ人々よ。刮目せよ! 我は剣聖ジェイ。この地に平和をもたらすもの也。祝福の時はもうすぐそこに来ている!」
「うぉぉぉおおお!!」
こぶしを振り上げて、歓声に応えたのだった。
(バカ! 俺ってほんとバカ!!)
大観衆を前にいまさら「やっぱり止めにしよう」なんて言えるはずもなく、おずおずと輿に座りなおす。
人の気も知らない民衆は興奮のるつぼと化して、
「ジェーイ、ジェーイ!!」
「モニカ! リナー!」
連行される生贄を見送るのだった。
山腹にある洞窟。そこに魔族の前哨基地があるらしい。
(どうする? どうやって逃げる?)
事ここに至って「お腹の調子が……」なんて言い訳では乗り切れない。もっと切実な、喫緊の問題でなければ……。
「ジェイ殿」
あくまで自然に、中止せざるを得ない状況になることが望ましい。
「ジェイ殿?」
そうか! まだワープゲートがあるって決まったわけじゃない。たとえあったとしても動作しなければ問題ないのだ。うまく故障させさえすれば……。
「ジェイ殿!」
「……どうした?」
「あそこが例の洞窟です」
とうとう着いてしまったか。いよいよやるしかない。バレないようにワープゲートを……。と、洞窟から何者かが出てくる。
「たいしたことなかったね~」
魔族、ではない。俺とさほど歳の変わらないであろう少女。さらに、
「まあ、この程度我々の敵ではありませんな」
「戦い足りねえぜ」
「皆、無事でよかった」
槍持ち、騎士、神官が続いて出てくる。
「あ、貴方さまは!」
「あれオビスポさん。おひっさ~」
どうやらオビスポの知り合いらしい。
「お久しぶりです。勇者様!」
勇者と呼ばれた少女はなるほど確かに聖剣を持っている。
(それ以外はどこにでもいる田舎娘って感じだけど)
人は見かけによらないらしい。絶対、筋肉ムキムキのマッチョ女だと思ってたのに。
「オビスポさんはこんなところでなにしてんの~?」
「ここに魔族の前哨基地があると聞きおよび参った次第にございます」
「あ、それなら僕らで攻略しといたよ~」
「なんと!」
まあ、勇者ならそのくらい楽勝だろうな。
「さすが勇者殿。ひとつお聞きしたいのですが、中に魔法陣はありませんでしたか? 魔王城とをつなぐワープゲートのような……」
「あ~、もしかしてあの鏡かな? 変な感じがしたから壊しといたよ」
「なんと!」
さすが勇者様。ひと目見たときからただならぬ雰囲気を感じていたところだ。
「それは困りました。我々、そのワープゲートを使って魔王城へ乗り込むところだったのです」
「え? オビスポさんが?」
「いえいえ、あちらにおられるジェイ殿が」
輿の上。とりあえず足を組んで、頬杖でもついてみる。
「お~、君がジェイか。噂は聞いているよ~。けんせいなんだって」
「余計なことをしおって」
「ごめんごめん。でも助かったんじゃない? 君じゃ魔王は倒せないでしょ」
ギクッ。ソンナコトハやってみなければワカラナイ。
「なんだと……」
「だって、魔王を倒すのは勇者の役目だから」
勇者はくるっと一回転してニコッと笑う。天真爛漫。ネコの目のようにコロコロ表情を変える勇者は、どことなく目が離せない、そんな魅力がある。
(だが魔王のおっぱいには遠く及ばんな)
俺は操を立てたのだ。こんな小娘など……。
「ねえ、ジェイ君。僕の仲間にならない?」
「は?」
「だって君も魔王を倒したいんでしょ? だったら僕と一緒に戦おうよ」
この娘と一緒に旅か。悪くない提案だな。人手は多いに越したことはないし、大人数の方が道中楽しいしな。海とか、温泉とか、宿とか。ちょっとムフフなイベントもあったりして。
三人だけで魔王城へ送り込まれようとしていた旅情を思えば、皆でワイワイするのも悪くはないんだけど……。
「聞いたよ~。七歳で魔族を倒したとか、ドラゴンを素手で倒したとか。僕、強い人が好きなんだ~」
勇者が近寄ってきて下から見上げる。目、大きいな。なんか吸い込まれそうだ。
「どう?」
「ひとつ尋ねてもいいか?」
「なにかな?」
「もし魔王が負けを認め降参すると言ったら、どうする?」
「う~ん、そうだな~」
勇者はあごに手をあてて思案してから、
「……ダメ。絶対許さない!」
小動物みたいな顔で牙をむいた。
「なら断る」
「あれれ。どうしてかな? だって魔王だよ? いままでどれだけの人を苦しめたと思っているのさ~。刑法に照らせば死刑は相当だよ」
至極真っ当な答えだ。だが、それでは俺の幸せいっぱいファンタジー生活計画はとん挫する。
「赦しを乞うのなら、たとえ魔王であろうと、俺は受け容れたい」
「……残念だよ。君がそんな偽善者だったなんて」
勇者の瞳に失意がみえる。嫌われたかも、そう思うと心がざわつく。
(魔性か)
不思議な娘だ。人を惹き付けるなにかを持っている。
「じゃ、ジェイ君はいいや。そっちの人、モニカさんでしょ? モニカ・クラウンスフィード」
「ええ、そうですけど」
「大魔導士ローザの娘にして賢者の再来と呼ばれる才媛。すごいね~」
「周りが勝手に言っているだけですわ」
「ねえ君、僕の仲間にならない?」
ハァ?! なに言ってんだこいつ。モニカは俺の仲間だぞ。
「そうですわねえ……」
断るよな? 断りますよね? お願いしますから、どうか断って下さい!
「せっかくのお誘いですけどお断りしますわ」
よし! 思わず俺はガッツポーズした。
「どうして?」
「ジェイはわたくしがいないとピーピー泣いてしまいますから」
モニカはこっちをちらっと見て、べ~っと舌を出した。なんて生意気な女だ。……だが今日は許す。
「じゃ、君は? 聖都一の弓使い、リナー君だよね?」
「お断りするっす」
うんうん、リナーは知らない人についていったりしないんだなあ。
「ありゃりゃ、全滅か~」
フラれたのに勇者はどこか嬉しそうだ。俺も大変ご満悦である。
「力になれず、すまないな」
心にもないことを口にしちゃったりして。にやけちゃうなあ。
「しょうがない。他の人を当たってみるよ~」
勇者は仲間を連れて撤収する。
(うわぁ仲間の連中、すっごい睨んでくるじゃん)
勇者はずいぶん慕われているらしい。
と、オビスポが引き留めた。
「勇者殿。つかぬことをお聞きしますが」
「どうしたの?」
「ユリア様はいかがされましたか。お姿が見えませぬが」
「あ~、あの娘は使えないからクビにしちゃった」
「なんと!」
ユリア。誰だろう? モニカに訊いてみる。
「聖女ですわ。ユリアとミリア。聖痕を持って生まれた姉妹。神聖魔法の使い手として有名ですの」
「あー……」
どこかで聞き覚えがあるような。
オビスポは勇者一行の神官にすがりつき、
「ミリア様。ユリア様はいまどこでなにをしておられるのか、ご存じないでしょうか。聖都には戻っておりませぬが……」
「知らない」
「そうですか」
がっくり肩を落とす。
(あれがミリア……)
聖女と呼ばれるだけあって見目麗しい女性だ。
(やっぱり見覚えがあるなあ)
どこだろう? 少なくとも今世ではないと思うけど。
(俺、人生の大半が人里離れた場所にいるからな)
出会った人は少ない。俺があんな美人を忘れたりしないはず。
あれ? なんか悲しくなってきた。
「ユリア様もじき二十九歳になられるというに。どうしておられるのか」
追放聖女か。なんかいろいろギリギリだな。
「じゃあね~」
用は済んだ、と今度こそ勇者一行は去った。
「俺たちも行こう。ワープゲートが使えない以上、正面切って戦う力がいる」
「どうしますの?」
「剣だ。黄昏の流星剣を取りにいく」
「わかりましたわ」
俺たちも聖騎士団と別れ、先を急ぐ。と、オビスポが、
「お待ちくだされ」
「どうした?」
「もし道中でユリア様をお見掛けすることがあったら、聖都へ戻るようお伝え願えないでしょうか」
すがりついてきた。
「いいけど、俺、顔知らないんだよなあ」
「わたくしが存じてます。聖都の記念式典でお会いしたことがありますの」
「あー」
さすがお嬢様。聖女さまとも知り合いか。
「どうか、お願いいたします」
「承りますわ」
ユリアへの言伝を頼まれ、西へ。山を越えたところは平野になっている。




