2話目 賢者
ハッと目が覚めると赤ちゃんだった。待って。いかないで、聞いてくれ。
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった、ってあるんじゃん。そんな感じよ(?)
駅の長い階段を登ると異世界であったのだ。
(う、うごかねえ)
バッチリ前世の記憶はある。なのに指一つ満足に動かせない。
(これが赤ちゃんってやつか)
知らない天井。木目を見つめていると女の人が顔をのぞかせた。
「どうしたのかな~?」
金色の髪に碧い瞳。外国の人っていうよりゲームのヒロインみたいな美形。あの自称女神にも劣らない。
「そろそろ、おっぱいの時間かな~?」
ま、まさか、貴方が私のママか?!
生を受けた喜びを知り、自然と涙があふれてくる。
「はいはい。いま準備しますからね~」
ああ神様。ありがとう。疑ってごめんなさい。
たっぷりとその豊満な乳房を堪能してから、ぐっすり眠りにつくのだった。
体を自由に動かせるようになるまでだいぶ時間がかかった。筋肉はもちろん、神経さえ未発達で、しゃべることすらままならない日々は苦痛だったが、
「ママ、おっぱい」
「もうおっぱいは卒業したでしょう?」
いまとなっては悪くなかった気がする。
ママ……、もとい母に背負われて見る家の中はさながら中世ヨーロッパのそれだ。電気はおろかガスコンロすらない古ぼけた石の家。そして、
「わあ」
母が指を立て、ちょちょいと振るや暖炉の薪に火が灯る。
「危ないから下がってなさい」
魔法。間違いなくここは異世界だった。
俺と母はふたり暮らし。父は名のある貴族らしいが会ったことはない。母は父のもとで使用人として働いていたが、身ごもったがために本宅を追い出され、この別荘に移り住んだらしい。
妾の子、とはいっても暮らしに不自由はなく教育もちゃんと受けさせてもらっている。
三歳になる頃、魔法の適性を測るといって不思議な石に触らされた。
「おお、これは素晴らしい!」
家庭教師が大事に持ってきた石は七色に輝くと、屋根を突き破って、天空を翔ける星になった。
「この子はすごい魔法の素質がありますよ!」
元王宮魔術師。人類でもっとも優れた魔法研究機関に所属していたこともある家庭教師の鼻息は荒い。
(せっかくだしな)
この世界でやれることをやろう。そう決意し、魔法の研鑽を積むことにした。
七歳。親元を離れ、遠く離れた街で貴族の子が通う学校へ。前世の記憶を持つ俺は初等教育を一年で終え、すぐに高等教育の場である士官学校へ入学した。
本来十五歳で入学するところ、わずか八歳の俺は、
「きゃ~! かわいい~~!!」
お姉さん方にだいぶちやほやしてもらった。
「なんだ、アイツ?」
「気に入らねえな、ヤっちゃいましょうぜ」
嫉妬の炎に駆られた哀れな男どもにからまれることもあったが、
「まだ、やる?」
「ひえ~、勘弁してください」
俺の魔法は士官学校の連中でさえ目ではなかった。
あまりの才能ゆえに高等教育ですら一年で終え、短い花の学園生活となったのは残念だが、まあ、才能目当てに言い寄ってくる女どもの相手をするのにも疲れていたところだし、ちょうど良かった、とも言える。
俺は高みを目指して王宮魔術師になった。城の一角、うずだかく積まれた本に囲まれ、じじいどもと一緒に魔法の研究に勤しむ日々。打って変わっての色気ない生活は、さらなる飛躍をもたらした。
――賢者。
齢二十にして魔法史に著されているすべての魔法を修めた俺は、人々からそう称されるようになった。
順風満帆の人生。かに思われたが、すぐに暗雲垂れこめる。
「魔族が攻めて来たぞ!」
魔族とは人類に敵対する亜人族である。神話の時代より世界の覇権をめぐって争ってきた両者は、ここしばらく小康状態にあったものの、新たな魔王の誕生とともに戦闘を再開した。
賢者である俺に赤紙が届けられたのはまもなくのことだった。
(ああ、最悪だ)
石畳の研究室。窓から差し込む朝日に埃が舞う。
鞄に着替えを詰め、机を綺麗にして外へ。
(また清いまま死ぬのか)
心残りがあるとすれば、研究に没頭するあまり同世代の女の子たちと触れ合ってこなかったこと。というか話す機会すらなかった。せっかくの名声もこれではなんの意味もない。かえすがえすも惜しまれる。
王族仕様、特別製の馬車に乗せられて、向かう先は戦場。
ここでは日々、多くの人が死んでいく。長年争っているだけに魔族は決して弱くない。
が、俺は強すぎた。魔族が束になろうともまるで相手にならない。四天王だとか、五虎将だとか、六将星だとかを討ち取って、英雄として名を揚げるまでそう時間はかからなかった。
一年後。俺の奮闘もあって戦況は人類優勢のまま、魔王を総大将とする魔族軍との一大決戦に臨む。
「賢者よ。どうかお頼み申す」
人類連合軍の幕舎。連合軍最高指揮官である王、直々の頼みに、
(賢者、様、だろぉ~?)
すっかり英雄気分に浸っていた俺は、
「おまかせください。この戦いで必ずや魔王を倒し、世界を平和にしてみせます」
帰ったら女を抱こう、そう心に決め、戦いに臨むことにした。
人類の趨勢を決するであろう大事な戦。諸侯が話し合って決めた作戦は、強大な魔王軍主力を連合軍本隊がひきつけ、薄くなった敵本陣に選りすぐりの精鋭部隊が斬り込むという単純なものだった。
もちろん俺は精鋭部隊に配属された。
(帰りたい)
どこよりも激戦が予想される。しかし首尾よく魔王を討つことができれば、その名声は時代を越えて語り継がれるだろう。そうなれば恩賞は思いのままだ。
「……頑張ろう」
ラッパが鳴る。俺のいや、人類の存亡を賭けた戦いが始まった。
人類側、騎兵の突撃から幕を開け、攻勢を続けること昼。精鋭を欠いた連合軍は徐々に押し返され、後退を始める。
反転攻勢に出たがために間延びする魔族軍。
その横合い、森に隠れていた俺たち精鋭軍が突撃を開始する。
「いくぞ!」
隊の先頭に立ち、馬を駆って、一直線に魔王本陣へ。
待ち受けるは魔王親衛隊。いずれも屈強な兵ばかり。頑強な抵抗に遭い、味方は次々と脱落して気づけば俺ひとりに。
だが、届いた。
「よく来たな人族の若者よ」
「君が魔王?」
脚を折った馬を乗り捨て、魔族と戦って戦ってたどり着いた終点。待ち受けるのは麗しき乙女だった。黒馬にまたがり、背筋をぴんとのばしてこちらを見下ろす様は、
――美しい。
真紅の瞳に射すくめられ、思わず見惚れてしまった。
手入れの行き届いた髪、艶やかな白のドレス。優雅に手綱を引く姿はさながら神話に出てくる女神さま。
(魔王ってかわいいんだな)
風に揺れる長いまつげに心が揺さぶられる。なにより目を引くのは――
(ゴクリ……)
なんて豊満なバディ! 男の欲望を解放したかのようなキャラメイク。バルンバルンなんですけど。砂時計のようにくびれた腰から下もデンっとしたお尻、短いドレスの裾からこれまたむっちりとしたふとももがのぞいている。
「どうした? ずいぶんと緊張しておるようじゃのう」
「ああ、女の子と話すのは久しぶりだからな」
魔王はその大きな目を丸くし、
「そうか。その方、賢者であろう?」
「そうだけど?」
「その癖に、女を知らぬとみえる」
クスクス笑う。
(あぁ……)
左手の甲で口元を隠す仕草。ぴんと立てた小指がなんとも愛おしい。
(決めた)
君を倒して嫁に迎えよう。いや、婿でもいい。王として君臨する君を支え、人類と魔族の仲を取り持ち世界に平和をもたらすんだ。
「ああ、恥ずかしながら縁がなくてね。よかったら教えてくれないか?」
「わらわに、女を、か?」
「? なにか問題でも?」
もしかして既婚? それはまずいな。
魔王は顔を真っ赤にし、
「恥を知れ、俗物め! わらわを辱める気か!?」
怒った。
(怒る顔もまたかわいいな)
なんて言ってる場合じゃない。なんか勘違いされているかも。
「いや違う違う! 清いお付き合いをさせていただければな、と」
「!? そ、そうか。早とちりであった。相済まぬ」
ふたりして謝る。
(なんだこれ?)
なにが早とちりなのか、よくわからない。場には変な空気が流れるし。
魔王はコホンと咳払いし、
「しかしわらわは魔王で、そちは賢者。相対するふたりが向かい合った以上、白黒つけねばなりゅまい」
仕切り直そうとしたが、最後の最後で噛んでしまった。
もだえる魔王。と、とりあえず話を合わせよう。
「そうだな。話はそれからでも遅くない」
呼吸を整え、構えをとる。
なぜ俺が賢者に成りえたのか? それは尽きることのない膨大な魔力を有していたからにほかならない。通常、日に一度か二度しか使えない強力な魔法でも、俺の魔力をもってすれば百でも二百でも使うことができる。儚い人の一生で、何千、何万といった魔法のすべてを修練することができた俺は、まさに特別な存在だったのだ。
みなぎる魔力が天を衝き、星雲を描く。
逆巻く雨、立ち昇る光。この地上において並ぶ者なし。
――たとえ魔王であろうとも。
魔王の乗る黒馬がいななき、暴れる。騎乗する主と対峙する敵。彼我の戦力差に怯えている。
「さすが賢者。見上げた魔力よ!」
魔王も同じ。強張った顔。さきほどの余裕は吹き飛んだと見える。
(怖がらせちゃったかな?)
命を獲ろうってわけじゃない。ただ降参してくれればそれでいい。
(あとは俺が交渉する)
人間と魔族の確執は根深い。きっと皆は納得しないだろう。説得には相当の骨を折るに違いない。
(でも、君を手に入れるためなら惜しくはない)
まずは魔王だ。彼女の緊張を解くよう、さわやかに笑ってみせる。
「安心しろ。殺す気はない」
「ぬかせ」
馬を御し、魔王も身構える。
火花を散らす魔法の応酬が始まった。常人では扱うことのできない必殺の魔法の数々は、辺り一帯をたちまち灰燼に帰す。
(なるほど)
魔王は強い。いままで戦ってきた魔族とは比べ物にならないほどに。
(これなら遠慮は無用だな)
だが、本気になった俺の敵ではない。威力も、精度も、手数も、なにもかもが遠く及んでいない。
すぐに馬から引きずり降ろし、制圧しにかかった。
「終いだな」
非致死性の魔法を選んで――
「なめるでないわ」
反撃をかわし――
(ん?)
たところで、魔王の足がもつれ、
「キャッ」
思わぬ動きで体当たりを喰らった。
「くっ」
予想外の動きに支えきれず、バランスを崩して地面に倒れ込む。
もみくちゃになりながら、なんとか抜け出そうと身をよじる――と、ふたつのたわわなメロンが実っているではありませんか。
「ああっ」
「しめた!」
生じる隙。渾身の魔法が放たれる。
薄れる意識。手に残るやわらかな感触。
そして、幸せいっぱいのファンタジー生活は幕を閉じるのであった。