19話目 再会
聖都は危機に陥っていた。
「民間人の避難を、急げ」
「弓兵は城壁に上がれ」
「魔族はどこにいった?」
人間に化けた魔族の侵入を許し、あろうことか教団本部から栄光の遺物を盗みだされたのだ。
「ここだ。愚かな人族どもめ」
「いたぞ! あそこだ」
栄光の遺物とは、暴虐の魔獣「ヴィアフィリオ」の毛皮、背信司祭「プロドシア」の杖、嫉妬の鬼婦人「ジレボキリア」の指輪、堕ちた覇王「ヒゲモナス」の冠のこと。かつて賢者が屠った魔王軍四天王の首級である。
「我は魔王軍ネオ四天王がひとりフォボス・アペルピシア。屍霊術師である」
祈りの塔の上、フォボスが呪文を唱えると、四つの遺物を触媒に地の底より亡者が甦る。
「見よ。これぞ我が秘法リンカーネイション!」
亡者は生前の姿からはほど遠い姿をしている。光のない目、腐った体、朽ちた魂。ただ、人類への憎しみだけは変わらない。
「悪夢を見ているようだ」
人々は嘆くが彼らを倒した賢者はもういない。
「さあゾンビども。手始めにここを死の都に変えてやれ」
「させませんわ」
立ち向かうは賢者の再来モニカ・クラウンスフィードと、
「協力するっす」
聖都一の弓使いリナー。
「身の程をわきまえよ小娘。我が秘法リンカーネイションは……」
「氷柱結界陣!」
モニカの描く魔法陣は六本の氷柱を生じ、たちまち魔獣ヴィアフィリオを封じ込め氷漬けにした。
「なんだと?!」
「聖霊の破魔矢!」
リナーの放つ矢は背信司祭プロドシアの三重結界を貫き、さらには心臓を射抜いて、その哀れな魂を浄化した。
「バカな。腐っても元四天王だぞ?!」
「あら、とてもそうは思えないのだけれど?」
「操ってる術者が未熟」
「調子にのるな!」
しかしフォボスが魔法を唱えれば、すぐさまヴィアフィリオとプロドシアは起き上がる。
「四天王は甦る。何度でも!」
「厄介ですわね」
「モニカ。きっとあの呪物を霊媒にしてる」
「ええ。同意見ですわ」
術者を倒さなければ死者の行進は止まない。ふたりはフォボスに攻撃を集中するが、
「無駄だ」
ことごとく頑強な魔法壁、堅牢な盾に弾かれる。
「ランドタートルの甲羅から作られたこの盾には、どんな矢も魔法も無力!」
ランドタートルはジェイの故郷を襲った亀だ。その甲羅は鋼より硬く、魔法を弾き分散する効果がある。
「いったいどうすれば」
ふたりが攻めあぐねる間にも被害は増す。ヴィアフィリオは騎士の勇気を挫き、プロドシアは神官の信仰を奪い、ジレボキリアは男女の愛憎を入れ替え、ヒゲモナスは市民を虐げる。まもなく世界は狂気で満ち、我を失った人同士が殺し合いを始めるだろう。
狂乱の最中、
「手を貸そう」
「ジェイ?!」
ジェイが駆け付けた。
「フォボスとやら、いますぐ術を解くなら見逃してやるがどうだ?」
「下等な人族風情が生意気な。貴様から殺してやろう」
「そうか。仕方ない」
木剣を手に、ジェイは木鶏のごとく泰然自若とした構えから、
「そんな棒切れでどうしようというのだ? まさか斬るつもりか? 斬れると思っているのか、この私を! 人とはつくづく愚かな生き物だな。アッハッハッ」
跳び、宙。抜き放たれた剣は盾を真っ二つに、
「ハ?」
フォボスを両断。術者を失った四天王は土に還った。
「安らかに眠れ」
神妙にして融通無碍の境地に至ったジェイは、斬るも斬らぬも自在、活かすも殺すも思いのままであった。
「腕をあげましたわね」
「師匠!」
二年の時を経て、再び三人は巡り合う。
なんてことだ。そうだったのか。
「師匠?」
リナーを抱擁すると確かなふくらみが。間違いない、これは!
「うっ……ううっ……」
涙があふれてくる。そうか、そうだったのか!
「ちょっとなに泣いてますの。たかだか二年会わなかっただけですのに。もう、わたくしまで涙が出てしまいますわ」
「師匠! ボクもうれしいです!」
三人でわんわん泣いていると、
「またしても助けていただきましたね」
オビスポが聖騎士団を率いてきた。
「戻られたということは修行を終えたのですか?」
「修行は終わらない。生きている限りな」
「なんと殊勝な心掛けでしょう。私どもも見習わなければなりませんね」
「世界の情勢はどうなっている?」
魔王ちゃんは? 魔王ちゃんは無事なのか?
「いよいよ魔族の攻勢が強まっています。各国防戦に努めておりますがいつまでもつか」
「急がねばなるまい」
魔族が活発に動いているのなら魔王は無事だろう。であれば、あとはものにするだけだ。
「聖都ですらご覧の有様です。どうも付近の洞窟に魔族の前線基地が作られたようで……」
「ほう」
「さきほどの魔族がその洞窟から出てくるのを見たという者がおります。おそらくワープゲートのような魔法陣を内包しており、直接魔王城から乗り込んできたのではないかとみております」
「クックック……」
「ジェイ殿。いかがなされた?」
「逆用できれば魔王城へ奇襲をかけられるな」
さすが俺。ナイスアイディア。
「そのような手が?!」
「いかな魔王とはいえ不意を突かれれば多少なりともうろたえるだろう。そこを一気に叩く!」
「しかし敵の本拠地に乗り込むとなれば並みの者には務まりますまい」
「俺が行こう」
「なんと! まさか単身で乗り込まれるおつもりか?」
ん、単身?! そんなこと一言も言ってないけど。あくまでメンバーのひとりって意味で名乗りをあげただけじゃん。
「さすがけんせい殿!」
うわあ、なんだろう。すごく訂正しづらい。
「お待ちなさい!」
モニカ! 助かった。そうだよな。なんでひとりで乗り込む必要があるんですか?
「わたくしたちも同行しますわ!」
「当然っす」
「お前たち……」
待て待て。普通、大陸全土から勇士を募って皆で乗り込むだろ。なんで三人なんだよ。どうして誰も疑問に思わないんだ?
「そうと決まれば私も指をくわえてみているわけにはいきません。聖騎士団の総力をあげてお三方の道中をお守りします」
「ああ、頼む!」
道中だけなんて言わず最後まで頼むよ! どうしよう。いまさら引っ込みがつかないんだけど。
「出発はいつにしましょう?」
「早いに越したことはあるまい」
「ならば明朝にでも出発しましょう!」
雰囲気に呑まれて言っちまった。
「おお、皆聞いたか?!」
「けんせい様、万歳!」
街がにわかに活気づく。
担ぎ出され、崇め奉られた俺は、
(誰か止めてくれぇぇ!!)
途方に暮れるのだった。




