17話目 決断
脈拍にあわせて血が吹き出る。痛みが、恐怖を呼び起こす。
(大丈夫)
しかし、鍛え上げた大胸筋が怖気づく心を鼓舞し、支える。
「死ね、ジェイ!」
とどめを刺しに来た剣。自ずと体は動き、避けた。
(大丈夫だ)
筋肉が剣を阻んだ。雷の付与魔法は打ち消した。致命傷ではない。治せる。特訓の日々は無駄じゃなかった。
「慈悲深き神よ。我が傷を癒し給え」
「させるか」
追いすがるクロノス。だが剣と魔法、ふたつを極めんと志したお前では俺の脚力に追いつけない!
「逃げるな!」
「魔針丸」
「無駄だ。覚悟を決めてかかって来い!」
逃げ回る間に傷が治る。
(さあ、どうする?)
時空剣。あの技は危険だ。間合いには入れない。
(どうやって攻撃するか)
魔法。いやダメだ。いまの魔力では奴が用心深く纏った衣を崩せない。
(なにか手は)
石でも投げてみるか? 小石は衣で防がれるだろうが、岩ならあるいは通用するかもしれない。しかし、そんな隙を与えてくれるだろうか?
「いつまでも逃げていられるなよ!」
剣がかすめる。道が狭く回り込むことができない。かといってこれ以上、退がるとリナーたちのところに出てしまう。
(巻き込むわけにはいかない)
クロノスは強い。もしあのふたりに標的が移ったら守り切れないだろう。なりふり構っていられない。ここはやはり岩か。投石なんて剣聖のやることとは思えんがやるしかない。と、
「師匠!」
後ろから飛んできた矢がクロノスへ。
「邪魔すんな」
剣で払われるが、
「氷の付与魔法。いかがかしら?」
矢に付与されたモニカの魔法が発動し、剣を伝ってクロノスの手首を凍らせた。
「ああっ?!」
手首を返せなければ剣は死ぬ。
「なめるな!」
魔法で氷を溶かすその隙を、俺は見逃さない! すかさず懐へ飛び込み、
「流星拳!」
渾身の一撃を放つ。
拳が届く寸前にあらわれ、またしても邪魔する魔法壁。でも、来ると分かっていれば問題ない!
魔法壁をぶち抜き、会心の拳がクロノスの腹にめり込んだ。目いっぱい踏み込み、力いっぱい打ち抜けば、
「がはっ!」
谷底へ真っ逆さま。のはずが少女が黒い翼を広げて飛翔し、受け止めた。
「テメェ、よくも!」
「そろそろ戻ろう」
「ふざけるな! あいつを殺さなきゃ気が済まねえ」
「じゃあね、バイバイ~」
ふたりはそのまま空を飛んで逃げていった。
「師匠!」
「さんきゅ。ふたりと、も……」
魔法で傷口をふさいでも失った血が戻るわけではない。リナーに抱えられながら意識を失ってしまった。
目を開けると、
「師匠!」
「リナー?」
視界いっぱいにリナーの顔が。すごく近い。まつげが触れそう。え、もしかしてずっとそうしてたの?
「心配しましてよ」
「すまん、心配かけたな」
モニカもいるのか。
(恥ずかしいなあ)
ここで休んでいろ、なんて啖呵きっといてこのザマですよ。
「ちょっとどいてね」
よっと上体を起こす。ダメだ。まだふらつくな。
(ここはどこだろう?)
風にひるがえる青いカーテン。白い壁紙、清潔なベッド。ずいぶん上等な部屋だけど。
「気が付かれましたか」
「貴方は?」
傍らのイスに白髪のおっさんが座っている。品のよさそうな、育ちのよさそうな、人のよさそうな微笑み。高位の神官の服を着ている。
「司教のオビスポです」
「これはご丁寧に。ジェイと申します」
司教か。お偉いさんじゃん。なんでここに?
「ジェイが倒れてから聖騎士団の方とともに聖都まで運びましたの」
「それは、お世話になりました」
「いえいえ。こちらこそ我が騎士団を助けていただき感謝いたします」
「騎士団の皆さんはご無事ですか?」
「はい。幸い、皆、命に別状なく。これもジェイさんのおかげです」
「それは良かった」
体を張った甲斐があったってもんだ。
それにしても、あのクロノスと少女。単独では危うかった。リナーとモニカが助けに来なければ死んでいたかもしれない。
(助かったぜ)
膝の上でゴロゴロするリナーを撫でる。いや、まあ、俺ひとりなら逃げてるから、死ななかった。というか二対一とか卑怯だし。うん。俺は負けてない。断じて。
(ツいてないな)
まさかあんなところで、あんな魔族に遭遇するなんて。
「オビスポさん。お聞きしたいのですが」
「なんでしょう」
「襲ってきた魔族はネオ四天王と名乗っていました。なぜそんなやつがあんなところに?」
人間領奥深く、聖都の側だぞ。ただごとではない。
「おそらく勇者を狙ったのでしょう」
「勇者?」
「はい。実は先日、聖剣を抜いたものがあらわれたのです」
聖剣リーヴァルティ。かつて世界が漆黒の魔に呑みこまれようとしたとき、剣から放たれた光が瘴気を清め、人々に安息の地をもたらしたという伝説を持つ。
「本当ですか!?」
聖都本庁試しの間。千年もの間、台座に安置された剣は選ばれた者にしか抜けないという。
俺も前世で挑んだが微動だにしなかった。
(女神に選ばれたチート転生者の俺ですら抜けないんだから、絶対コンクリートかなんかでガッチリ固定してあると思ったけど)
ズルしてたわけじゃないんだな。いや待て。とんでもない怪力の持ち主で台座ごとぶちぬいた可能性も……?
「勇者ってどんな人でした?」
「そうですね。私にはどこにでもいる普通の少女に見えましたが」
「へえ」
伝説って本当なんだな。
「でも勇者を狙うっていうなら、もう少し手勢を連れていてもよさそうな。たとえ四天王だろうと勇者には敵いっこないでしょ?」
なんてったって勇者は魔王を屠る者。たったふたりで獲れるわけない。いや、まあ、俺に一太刀あびせるくらいだ。それなりの腕ではあるけど。
「いえ、勇者も初めから強いわけではありません。聖剣の導きの下、数多の試練を乗り越えて強くなるのです」
「そうなんですね」
ん? もしかしてこれって魔王ちゃんの危機では?
(勇者に倒される前になんとかしないとな)
そのためにもやらなければならないことがある。
「俺ももっと強くならなくちゃ」
あんなやつら相手に死にかけているようでは魔王なんて夢のまた夢。
(技だ。技を学ぶ必要がある)
剣に対抗するにはやはり剣。鍛え上げた体を効率よく動かす理合がいる。
「剣の修行をしたいな」
「それでしたらここはうってつけでしょう」
オビスポが微笑む。
「ここには、あの暁の騎士団のひとり、テクニカ様がおられます」
「え、あのテクニカ?」
皆が訓練で汗を流す中、日陰でぼーっとしていた挙句、肝心の一大決戦では体力不足から早々に隊を離脱したあのテクニカ?
「ええ。かつては力のマスケル、技のテクニカと称えられた剣の達人です」
「はえ~」
うん、止めよう。別の人のところにいって修行したほうがいい。
「お望みであれば私が紹介状を書きましょう。なんの、遠慮はいりません。貴方は教団の恩人なのですから」
「いえいえそんな、ご迷惑をおかけするわけには」
「あら、よろしいじゃないですの」
モ、モニカさん?!
「先の魔族との戦いで、私ももっと強くならなければと思っていたところですわ。幸いここ聖都には世界中の魔導書を集めた図書館がありますし、新たな魔法を習得する好機ですわ」
「師匠!」
「リ、リナー?」
「ボクも聖騎士団の人たちと特訓したいです。もっと師匠のお役に立てるよう対魔族用の弓術を修めたいっす」
うっ、思えば俺、師匠なのにそれらしいことなにひとつやってないもんな。キラキラした瞳で見つめられると断りづらい。
(どうする?)
ふたりはともかく、テクニカは絶対ロクなことにならない。確信がある。
「ジェイも少したるんでいたところがあるのではなくて? あんな魔族に後れをとるなんて、けんせいの名折れですわ」
「後れなんかとってない」
「そのザマで?」
おのれ、モニカめ。言わせておけば。
「あー、わかった。やればいいんだろ、やれば」
どうせ黄昏の流星剣を手に入れたら誰かから習う必要があるんだ。ひとつ経験しておくのもいいだろう。
(いざとなったら逃げればいいし)
こうして俺たちはそれぞれ修行することにした。




