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16話目 魔剣士

 俺たちは聖都を目指し谷間にかけられた桟道さんどうを歩く。すぐ隣はがけ。はるか下を川が流れる。

 故郷の町ハインリグで買った馬に荷を乗せ、慎重に手綱たづなを引いていく。


「本当にこの道で合ってますの?」


 高所恐怖症のお嬢様(モニカ)は道中ずっと馬の背にしがみついている。


「合ってる。ここを通るのが一番早いんだ」


 聖都への巡礼路だがあちこち荒れている。かつては敬虔けいけんな信徒らでにぎわった道も、魔族との戦争ですたれてしまったようだ。


師匠ししょー。この先、道が少し崩れてます」

「通れそうか?」

「気を付ければ大丈夫です」


 うんうん。リナーは偉いなあ。なにも言わずとも先を見てくれるんだから。


「頼りになるなあ」


 ちらっと荷物モニカを見る。


「なんですの?」

「別に」


 故郷で貸しを作っちまったから、どうにも頭が上がらない。


「あ、そうだ。この先、吊り橋があるから気を付けないとな」

「冗談ですわよね?」

「だいぶボロかったからもう壊れちゃったかもしれないな。あーでも、そうなるともっとけわしい道を行かないといけなくなるなー。困るなー」

「いったん王都へ引き返しますわよ」


 俺はここぞとばかりにモニカをいじるのだった。



 吊り橋を渡った先、少し開けた場所で休憩をとることにした。


「最悪ですわ」


 モニカは青い顔をしている。

 馬に乗せたまま橋を渡るのは危険だったので、まずは馬だけ渡し、それから戻って手を引いて渡ったが、


(あのときの姿ときたら……)


 まるで生まれたての小鹿。橋よりモニカの足のほうが震えていた。


「なんですの?」

「天下のクラウンスフィード嬢にも怖いものがあるんだなって」

「泣き虫の貴方に言われたくありませんわ」


 と、道の先、崖を回り込んだあたりで魔力が弾けるのを感じた。

 モニカが目配せしてくる。


「リナー、馬を見ててくれ」

「承知っす」

「ジェイ」

「わかってる。様子を見てくるからここで休んでいろ」


 道なりに進んでいくと干戈かんかの交わる音が。


(なんだろう)


 斜面を背に、そっとのぞくと、


「隊形を崩すな。狙われるぞ」

「どうした聖騎士さんよ! 大陸最強って呼び声はハッタリか!?」


 剣をもった魔族の男とおそらく聖都の聖騎士団ホーリーオーダーの一行が戦っている。


(あの魔族強いな)


 白い短髪、背はやや低め。シャツから露出した肩や腕は筋肉質で太い。短めの直刀は体に近いところで攻撃をさばき切るという自信の表れか。実戦慣れしている証だろう。

 断崖と絶壁に挟まれた小道。魔族は脚力を魔法で強化し、壁を斜めに駆け上がって隊の後方に回り込み、


「おら、こっちだ」

「この!」


 甲冑かっちゅうの隙間、パッと小手を返して差し込まれた剣から、


「ぐああ」


 電撃が発し騎士を倒した。


(雷の付与魔法エンチャントか。やるな)


 魔法と剣。二刀を使いこなす魔族に聖騎士たちは為すすべなく討ち取られていく。


「負傷者を隊の中央へ収容せよ。魔力の残っている者は治療を」

「へえ、そうかい」


 隊を立て直すために生じる陣形の乱れ。見逃すはずがない。


「おらっ!」


 魔族は隊の内側に入り込み、崖際に立つ騎士を蹴とばした。


「アアァーー!」


 谷底へ。


(しょうがねえな)


 飛び出して崖を駆け下り、受け止める。


「よっと」


 全身を鎧で固めた男を抱きとめるのは骨が折れるぜ。


「す、すまない」

「いいってことよ」


 川岸に男を座らせ、崖を駆けあがり元の場所へ。


「よお、俺も混ぜてくれないか?」

「あぁ?」


 聖騎士を前にしているにもかかわらず、魔族はゆっくり振り返る。


「黙って見てりゃ見逃してやったかもしれねぇのに。よっぽど死にてぇらしいな」

「見逃す? 冗談だろ」


 戦いながらもこちらを警戒し、隙あらば始末しようとしていたくせに。


(殺気でバレバレなんだよな)


 最初から逃がす気がないのはあきらかだ。


「アハハ! すまねえ、つい思ってもないことを口にした」


 腹を抱えて笑う魔族に、背後から騎士団長と思しき男が斬りかかる。


「おっと」


 が、ひらりかわされ、


「雑魚はひっこんでろ!」

「ぐはっ」


 返り討ちにされた。鉄の鎧が剣を防ぐも、


「その辺にしといてくれないか?」


 電気はダメだ。ビクンビクン痙攣けいれんする男から焦げた臭いと煙がたちのぼる。


「そうだな。おい!」


 魔族の側にどこからともなく少女があらわれた。


「呼んだ?」


 銀色の髪、赤い目の魔族。病的な白い肌に黒のドレス。


(うっ、二対一か。正直自信ないかも)


 聖騎士もいるが、盾にされたり人質にとられたり、むしろ足手まとい。変なことされる前に逃げてほしいけど、


(言っても退かないだろうな)


 騎士だし、民間人の指示に従って敵前逃亡するなんて考えもしないだろう。


「周りの騎士団ザコどもを任せる」

「わかった」


 ん? どういうつもりだ?


「なあ、逆じゃないか?」


 俺を足止めしている間に騎士団を片付けてしまおうってのはわかるが、二手に分かれるのなら普通、《《強いほうに強い》》のを当てるのが定石じょうせき


「見くびるな。お前があんな雑魚どもより強いことくらいわかる」


 いや、それは合ってるけど。


(とにかく急いでこいつを片付けないと)


 これ以上、犠牲を出す前に戦いを終えたい。


「おい、一応名前をいといてやる」

「俺? ジェイだけど」

「俺様は魔王軍ネオ四天王のひとり、クロノス・デモナイト様だ!」

「あれ? 四天王って賢者が倒したんじゃ……」


 まさか四天王は五人いた、なんてことはないよな?


「あ? いったいいつの話してんだ。賢者が倒したのは旧四天王だろ。言っとくがいまの四天王はあんなカス共よりずっと強いからな!」


 あんまり変わらない気もするけどなあ。


「じゃ、あっちのも四天王?」

「んなわけあるか。あいつはただの駒だ」


 いや、ずいぶん変わったようだ。


「よーし、話は終わりだジェイ。せいぜい俺を楽しませろ!」


 クロノスの踏み出す右足。かかる身体強化魔法を打ち消す。


「なっ」


 空回り、たたらを踏んだところへ回し蹴りを浴びせる。が、剣の峰で受け止められた。

 と、電撃! とっさに腰を引いて難を逃れる。


「やるじゃねえか、ジェイ」


 足にしびれが。靴底を貫通しやがった。なんて厄介な。奴の剣は受けることも受けさせることもできない。触れるだけでダメージを与える剣。振りかぶる必要もないからどういう軌道を描くかわかったもんじゃない。


(とにかく俺の間合いに持ち込まないと)


 右手に魔力を集め、


魔針丸マジックニードル!」


 右目を狙って針を撃ちだす。クロノスは寸でのところでまぶたを閉じ、失明を防いだ。が、


「旋風脚!」


 生じた死角からの蹴り。――当たる、はずが突如あらわれた魔法壁バリアに邪魔をされ、勢いが鈍る。


(マジか!?)


 クロノスが呼び出した駒の魔法! 騎士団を相手にしながら機をはかっていやがった。


「なめるな!」


 かいくぐられ、奴の間合いに。


「いくぜ時空剣じくうけん


 上段、掲げられた剣。なんの工夫もなく振り下ろされる剣を魔法の盾で受け止める。


「バカなっ!」


 瞬間、振り下ろしたはずの剣が元の上段に。


「二段切り!」


 砕け散る盾。一撃目で生じた亀裂に寸分たがわず剣を通され、斬られた。

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