14話目 仲間
クラウンスフィード邸から宿へ。何食わぬ顔で貴族区の関所を通過する。
(これが格差社会か)
出るときはなにも聞かれない。どころか「ご苦労様」なんて声をかけられた。従者がお遣いにだされたくらいに思っているのだろう。
(平和なもんだ)
すっかり夜も更けた。モニカから渡されたランプを片手に宿へ戻る。
そっと部屋のドアを押し開けるとリナーはすでに寝息を立てていた。はだけた毛布をかけ直す。
「ただいま」
無邪気な寝顔。なんだかんだ言ってまだ子どもだ。なのに道中見張りを買って出たり、狩りをして獲物を捌いたり、親元を離れ、よく知らない男と旅をするのは、さぞ疲れるだろう。
(おやすみ)
起こしてしまわないよう今日はイスで寝よう。ジャケットを脱ぎ、机に突っ伏す。
翌朝。
「師匠!」
「ん、ああ、おはよう」
「そんなところで寝ていたら疲れがとれません。こっちに来てください」
リナーに起こされ、引っ張られるままベッドへ。
「ああ~」
寝っ転がって背筋を伸ばすと実に気持ちいい。毛布に包まると実に幸せ。
「失礼します」
リナーも隣に来て、くっついて横になる。
(ちょっとこそばゆいな)
脇の下、あばらのあたりに吐息を感じる。ベッドから落ちないよう抱き寄せると温かい。目を閉じるとすぐに眠りに落ちた。
どれくらい経っただろうか。
「お客さん。そろそろチェックアウトのお時間です」
ドアをノックする音で目が覚めた。
「おはようございます」
毛布の隙間からちょこんとリナーが顔を出してこちらを見つめている。
「いま何時?」
「さっきお昼の鐘がなってました」
「げっ」
そりゃ起こされるわけだ。
「外出するぞ。顔を洗って身だしなみを整えてこい」
「どこいくんですか?」
「昨日助けた人にお礼したいって言われているんだ」
「承知っす」
リナーはさっとベッドを抜け出し、昨日買ったクマのアウターを頭から被って、部屋を飛び出していった。
「こんにちは!」
「はい、こんにちは」
ぽっかり空いた隙間にさびしさを感じながら、ベッドから起き上がってジャケットを羽織った。二度寝したからだろうか、妙にすっきりとした気分だ。
(やっぱりベッドで寝るのが一番だな)
部屋を出て掃除係の人に挨拶し、顔を洗いに外へ出た。
貴族区の関所。衛兵に声をかけると、
「どうぞ。話はうかがっています」
すんなり中へ入れた。
「ボクが入ってもいいんですか?」
「いいに決まってるだろ。早く行くぞ」
うららかな午後の貴族区。広い道、美しい街並み、豪華な四頭立ての馬車。どれひとつとってもほかの区とはひと味違う。タキシードを着た紳士やドレスを着た貴婦人が行き交う中、クマのフードを被ったリナーは注目を集め、少し恥ずかしそうだ。
「大丈夫だ。かわいいぞ」
そう言ってあげると耳まで赤くする。
(ふふっ)
子どもがいるってこんな感じかな。ジャケットの裾をぎゅっと握って離さないリナーを連れて、クラウンスフィード邸の門へ。
「あの、ジェイと申しますが」
「少々お待ちください」
昨日の今日ということで物々しい警備だ。ローザの私兵らしき守衛の横で待ってしばらく、上品なメイドが迎えに来た。
「ようこそお越し下さいました。ジェイ様。ローザ様がお待ちです。どうぞこちらへ」
白と黒のエレガントなメイド服に身を包み、ぴんっと背筋を伸ばして庭を歩くメイドの後ろをとぼとぼとついていく。
(魔王にもこういうの着せてやりたいな)
あの気の強そうな魔王にメイド服を着せて「ご主人様」なんて呼ばせ、かしずかせたら、どれほど楽しいだろうか。いや、逆にメイド服を着た魔王に「ひざまずけ、この豚!」なんて言われるのも、それはそれでアリかもしれん。
「師匠!」
「ん?」
しまった。顔に出てたか?
「師匠はああいう恰好が好きですか?」
「あ、ああ。カッコいいよな」
「ボクもああいう服にすべきでしたか?」
不安そうな顔に思わず笑ってしまう。
「いいや。リナーはいまのが一番似合っているよ」
笑ったのが気に障ったらしく、拗ねてしまった。
「ごめんごめん。悪気はないんだ」
ぷいっとそっぽ向く。
フード越しに頭をワシワシして機嫌をとっていると玄関に着いた。中に入ると、
「いらっしゃいませ」
使用人一同が出迎える。
「ど、どうも」
賓客扱いに戸惑いながら、ふたりであたふたしていると、
「ようこそ。ジェイ様」
とんでもなく豪華なドレスを身にまとったモニカと、
「遅いぞ」
これまた胸元がデンッと開いた派手なドレスを着たローザが奥から出てきた。
こういうときはまずは挨拶だ。
「本日はお日柄もよく」
「堅苦しい挨拶はいい。こっちだ」
ふたりの案内で客間へ通される。
客間にはこれみよがしに大きなローザの肖像画が飾られ、周りには高そうな美術品が並んでいる。
「そこに座れ」
ふかふかのソファー。平民には居心地が悪い。
「おい、菓子を持ってこい」
運ばれてくるお菓子も見事なものばかり。三段のスタンドに白磁の皿を並べ、そこにちょこんと色とりどりのお菓子が盛られている。
(いったいなにを企んでいる?)
ローザは見返りのないことはやらないタイプの女だ。丁重にもてなされるほど恐ろしい。手をつけたが最後、どんな無理難題を吹っ掛けられるか。
(でもなあ……)
リナーが「食べてもいいか?」と子犬のような目でこちら見てくる。
「お構いなく」
「遠慮するな」
ローザがクスッと笑う。足元を見られている気がするな。
「ありがとうございます。じゃあリナー、いただこうか」
でも今回はあくまで礼ってことだし問題ないだろう。と言った側からリナーが両手で菓子をつかみ口いっぱいにほおばった。そんな詰め込まなくても逃げやしないって。
「君もどうだ」
「はい。いただきます」
勧められるまま紅茶を飲む。うまい。ありえんくらいうまい。
(山暮らしが長かったからな)
前世はともかく今世ではこうした甘味に触れる機会がなかったからか、舌がじゅわっとしてきゅ~っとなる。
「おいしいか?」
「はい!」
ローザとモニカは満足気にうなずいた。お気に入りの紅茶なんだろうな。
「ところでジェイ様。こちらの方は?」
「ああ、こいつは」
「ボクはリナー。師匠の一番弟子です!」
一番弟子? まあほかにいないからそうだけど。
「あら、そうなんですの。かわいいお弟子さんね。私はモニカ。こちらは母のローザですわ」
モニカが微笑みかける。が、リナーはさっきまでとは打って変わって不機嫌そうに耳打ちしてくる。
(師匠。この人、よく見れば昨日の広場の女じゃないですか)
(うん。そうだけど)
(こんな女を助けたんですか?)
(まあね)
(師匠はお人好しです)
(そうだね)
気まずい雰囲気が流れる。と、事情を知らないローザが、
「どうした、内緒話か?」
「いえ、なんでもありません」
怪訝な顔で煙管を咥え、魔法で火を点けた。
燻る紫煙。真っ赤な唇。身をよじる度に首から下げた大きな真珠のネックレスが、デンッと張り出したお胸と一緒に揺れる。
(ゴクリ)
くっ、なんて破廉恥な。学生の頃からそうだ。スカートの丈を短くしたり、シャツのボタンを外して胸元をさらけ出すくせに、いやらしい目で見る男は刑に処すのだから、勝手過ぎる。
窓の外、青い空には雲が浮かんでいる。
「外になにかあるのか?」
「いえ、昨日の今日ですので、落ち着かないというか」
「ふむ」
ローザは煙管を置いて、姿勢を正した。
「昨晩は娘が世話になった。あらためて礼を言おう」
「いえ、ご無事でなによりです」
「昨今はこういった事件が多いのだが、まさか王都にまで乗り込まれるとは思わなかった。身辺警護の甘さを痛感するよ」
自嘲するローザ。クラウンスフィード家の当主として、王都を守護する三騎士団のひとつの長として、愛娘を危険な目に遭わせたとあっては立つ瀬がない。
「なにか魔族側で動きがあったのでしょうか?」
いままでの魔族はそのプライドの高さもあってか正面切っての戦いを好み、こうした策は用いてこなかった。
「かつての決戦以降、魔族に目立った動きはなかったのだが、八年くらい前からだろうか。どうやら指揮するものが変わったようで、そこからこうしたことが起きるようになった」
「詳しく聞かせてもらってもいいですか?」
魔王になにかあったのか?
「捕虜を尋問したところ、いまは魔王に代わって宰相が指揮をとっているらしい。そいつが食わせ者でな。権謀術数を巡らせて巧みに支配領域を広げている。今回のように要人を襲撃したり、辺境の村で騒ぎを起こしたり、民衆を煽動したりと、おかげで騎士団はどこも人手が足りていない状況だ」
魔王にいったいなにが?
(心配だな)
云々考え込んでいると、ローザがぐっと身を乗り出し、
「そこで相談だがジェイ、私の騎士団に入らないか? モニカから聞いたが、あの魔族共をひとりで倒したそうじゃないか。いまは腕の立つ人材を遊ばせているわけにはいかない」
顔を近づけて言う。
(近い近い)
胸が、胸の谷間が迫る。
「しっかり報酬は払う。働きによっては副官に取り立ててやってもよいぞ。支度金もだそう。悪くない話だろう?」
煙草の臭い。なんだろう? 頭がぼんやりする。
「家がないならここに住まわせてやってもいい。どうだ?」
「お断りするっす!」
あれ、リナーさん?
「師匠は魔王を倒すために、これから伝説の剣をとりにいくんです」
「ほう?」
ローザは身を引いて、
(ああ、おっぱい)
パッと扇子を広げた。
「魔王を倒すと! 賢者でさえ倒せなかった魔王を?」
「師匠はけんせいですので」
そうだ! 俺は剣聖。伝説の剣が、魔王が、俺を待っている。
「けんせい、とな?」
「そうっす。師匠はドラゴンを素手で倒したんです」
えっへん。なんとなく胸を張ってみる。
「ほう、見込んだとおりの腕前だな。しかしその伝説の剣とやらがあったとて、魔王に勝てるか? あの賢者をも退けた魔王に」
「ボクもいるっす!」
よく言った! いまの俺には頼もしい仲間がいる。ふたりならなんとかなるはずだ。
「見たところまだ子どものようだが」
「リナーはこう見えて凄腕の弓使いで、王宮にもこの子以上の使い手はいないでしょう」
「そこまで申すか」
ローザが口を閉ざす。ちょっと言い過ぎたかもしれない。リナーは隣で「恐縮っす」している。
「ならば無理強いはすまい。聞くがその剣はどこにある? ふたりで取りにいけるのか? 多少であれば人員を出しても構わんぞ」
おお、人手が足りない中、そこまで便宜を図ってくれるなんて。
(うれしいな)
案外、悪いやつじゃないのかも。
「ありがとうございます。ですが騎士団には騎士団の仕事があるでしょう。私たちはふたりで大丈夫です」
「ふむ。だがさきほど申した通り、いまはどこに魔族が潜んでいるかわからん。魔王を倒すほどの大事ならば、慎重に事を進めた方がよかろう」
ローザはあごに手をやって考え、
「ジェイ。見たところ君は魔力量が少ない。この先、なにをするにしても腕の良い魔法使いが仲間にいた方がよいだろう。 ひとり、紹介できるやつがいるがどうだ?」
あのローザが「腕の良い」なんて褒める魔法使いか。興味あるな。仲間にできたらさぞ心強いことだろう。
「いらないっす。師匠は強いので」
リナーよ。さすがにそれは言い過ぎ。
「どのような方でしょうか?」
誰だろう? 少なくとも前世の記憶に思い当たるやつはいない。
(ま、まさかローザ本人か?!)
ちらっとローザを見る。
(ごめん、無理)
トラウマがよぎる。こいつと一緒に旅をするなんて、想像するだけでハゲそう。
「おい、いま失礼なことを考えただろう」
「ソンナコトナイデス、ハイ」
「嘘をつくな」
なにかあるとすぐ魔力放って威嚇してくるし。うん、やっぱ無理。
「で、どなたでしょう?」
「モニカだ」
「は?」
モニカは目を伏せ、少し恥ずかしそうにしている。
「モニカは賢者の再来と呼ばれるだけあって筋は悪くない。きっと君たちの力になる」
「確かに、魔力量はすごそうですが……」
元賢者の俺から見てもモニカはすごい才能を持っている。魔力量だけならローザにも引けを取らないくらいだ。でもローザと違って実際に戦えるのか不安だな。
「案ずるな。私の娘だぞ?」
うーん、なんという説得力。これは認めざるをえない。
「でも大切なご息女をお預かりするのは気が引けるというか」
戦闘面も不安だけどなにより俺は男だぞ。うら若き乙女を同道させるなんて、狼に羊のお守りをさせるようなもの。
「なあに、問題なかろう」
ローザはフッと鼻で笑う。
(こ、こいつ?!)
俺を舐めてやがる! 手を出せまいと、「ヤれるもんならヤってみろ、このチキン野郎」と、俺を侮っていやがる。
(ゆ、許せねえ)
でも、たしかに、それが出来たんなら、こんなことにはなってない。
「モニカ、構わないな?」
「はい。お母さまのご命令とあれば……」
まさかモニカも俺をチキンだと!? これはいよいよわからせてやらないといけないな?
「わか――」
「反対っす」
リナーさん?
「お嬢様に旅は無理だと思う」
「貴方のような子どもにもできるのですから、わたくしにできないはずがありませんわ」
「野宿できない。虫とか、食事とか、いろいろ無理」
「くっ……」
たしかに都暮らしのお嬢様にとって旅は過酷なものになるだろう。だが、
「できますわ! 虫くらい食べますわよ(?)」
モニカは退かない! いや虫は食わないけどね。
「リナー、ああまで言ってるんだ。いいじゃないか」
「師匠?!」
「なにごとも経験だ」
昨日の件もある。もしかしたらローザは娘を王都から遠ざけたいのかも。
王都に置いておくより、俺に預けたほうが安全と考えたのだろう。……どんな形であれ、信頼されて悪い気はしない。
「よし。決まりだ。よろしくな、モニカ」
「はい。こちらこそよろしくお願いしますわ」
こうして旅の仲間がまたひとり増えたのだった。




